■4回目の引っ越し
引っ越しの話である。 私の最初の引っ越しは大田区雪谷から小金井町であった。
その時の私はまだ幼稚園に入る前だったので、記憶にない。
2回目は同じ小金井の中での引っ越しである。
オヤジが工場を経営していたので、そこから少し奥に行った広い場所に移った。
私は小学3年生だったので、学区外だが元の小学校に通っていた。
私の書斎兼寝室 (7.5畳)
3回目は結婚した時である。
この時も同じ小金井の中で、今も住んでいるこの場所である。結婚と同時に家を新築して、新婚生活が始まった。
ここで子供が生まれ、仕事を続けて来た。
その間には色々なことが起き、私の人生の大半を過ごした思い出の土地だ。
リビング兼ダイニングルーム (22畳)
私も高齢者の仲間入りをしたので、もうこの場所で人生を終えるのだろうと漠然と思っていたら、そうはならなかった。
女房が、『娘と一緒に住もう』と言い出した。
特に反対する理由もないし、変化が大好きな私は賛成した。
元料理研究家のキッチン (6畳)
この際だから、どうせなら都心の高層マンションに住もうと考えた。そして、娘の通勤も考えて場所は中央区勝どきに決めた。
今は新しい住まいでの生活が待ち遠しい。
そこではいつもの小金井と違い、目新しい場所で徘徊が始められるからだ。
もうこれが最後の引っ越しとなると思ったら、もう1回残っている。5回目に引っ越す時は、アチラの世界へ行くことになるということだ。
2階へ(高齢者用手すりがある)
(おまけの話)
都心に引っ越すには、住んでいた家を売らないといけない。これが簡単ではなかった。
自分が気に入っている家だから、他人も気に入ってくれるはずだと思っていた。
ところが不動産会社が広告を出しても、見に来る人が居ない。
たった1人見に来たお医者さんの奥さんも、『素敵な家ですねー』とは言ったが、予算が合わず買ってくれなかった。
この玄関から出て、新しい引っ越し先へ
(鏡に映った裸婦像も寒いのでマフラー)
不動産会社の営業マンと話し合って分かった。
土地が広すぎて、総額が高過ぎてしまうのである。
この辺りで売れる家は、土地面積が30坪以下だそうだ。
そこで引越しのこともあるので、やむを得ず建て売り業者に売却した。
この土地は3~4分割されて建て売り住宅が建つのだろうと思うと、私の人生が切り売りされるようで、寂しい。