伊達発

キャバレー「白いバラ」 

心の伊達市民 第一号

心の伊達市民 第一号伊達季節移住のススメ

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

ブログ閉鎖中の話題(2017年11月13日)

「銀座は高級で、次々と世界のハイソな流行を発信している」と思っている人が多い。
銀座の通りには「中央通り」、「晴海通り」、「並木通り」、「マロニエ通り」、「レンガ通り」、「ガス灯通り」、「みゆき通り」、「すずらん通り」、「柳通り」などの愛称が付けられている。
この他にも全部で30以上の通りがあるが、ブランド店が多くあるのは中央通り、晴海通りである。

銀座4丁目交差点の「和光」。

 

しかし裏通りに廻ると、昔の風景も残っている。
裏通りには歴史を誇る名店が多くあり、私の贔屓にしている最中の「空也」は並木通りにある。
老舗の寿司店、和食店、その他レストランも多く、みんな流行っている。

ただ庶民の味方の牛丼の吉野家、ハンバーガーのマクドナルド、ラーメンの日高屋などは銀座の中心部には無い。家賃の問題か、或いは遠慮か?

4丁目近くの日本の洋食「ざくろ」。

 

松屋デパートの横を入ったところに競馬の場外馬券場がある。
開催日には普段はあまり見掛けないような人達がうろついているので、知らないで行くと驚く。
この近くに倒壊しそうな古いビルがあり、その名は「奥野ビル」と言う。

現在は20店のギャラリーが入っているが、83年前の建設当初は今で言うところのデザイナーズ・マンションで、見に行くとその時代にタイムスリップ出来る貴重な建物である。

銀座1丁目9-8 「奥野ビル」    時代物のエレベーターが今も現役。

 

松屋デパートから中央通りを渡り、1本裏通りに行くと場違いな風景が現れる。
それが今では死語になっているキャバレーで、店の名前は「白いバラ」である。

最近のニュースで【銀座の名店(白いバラ)、ついに閉店へ】と書かれているのを知った。
私はこの店を知ったのは、恥ずかしながら銀座からはるか遠くに住む北海道壮瞥町のIさんからの電話だった。

キャバレー「白いバラ」。                料金は1時間で8800円。

 

少し長いがニュースから転載する。
『昭和初期に開店し、今も昔も愛されていた旧き佳き老舗グランドキャバレー「白いばら」が、来年2018年1月10日を持って閉店することになった。銀座の老舗キャバレー「白いばら」と言えば、創業の昭和6年(1931年)より、86年目を迎えた、今もなお営業を続ける貴重な正統派キャバレーの一つ。』

「あなたの郷里の娘を呼んでやって下さい」。 北海道の出身の娘(本当かな?)

 

『同店の特徴は、何と言っても入り口にある横長の大きな日本地図。そこには在籍しているホステスの名前(源氏名)が「出身都道府県ごと」に掲げられており、自分と同郷のホステスさんを指名しやすくしています。地元話に華が咲き、方言の訛りも共有できるというわけで、

日本地図の下には大きく「あなたの郷里の娘(こ)を呼んでやって下さい」と書かれています。昭和時代の雰囲気を色濃く残すレトロな空間のファンや、実際に同店へ通っていたお客さんまで、多くの人々から惜しむ声が続々と挙がっています』。

「白いバラ」はガス灯通りにある。      今でも夜になると、この街灯は本物のガスで灯る。

 

ところでIさんから白いバラを教わった理由である。
かなり前にIさんが仕事の関係の団体で上京した時に、私に会うために電話をして来て、その待ち合わせ場所が「白いバラ」の前だったのである。

そしてIさんは白いバラで楽しんだ後に、みんなと別れて私と会ったのでる。
私は不覚にもその時初めて「銀座にキャバレーがある」と知ったのであった。
(注)かなり前に既に廃業している(2021年現在)

数寄屋橋交差点近くの3軒の名店。「うなぎ」、「鮨」、「焼き鳥」。

 

(おまけの話)
私は酒を飲まないので、現役時代もバーやキャバレーに出入りすることは無かった。
だから酒の上の失敗も無い代りに、失敗を酒のせいにすることも出来なかった。

アルコールが駄目なのは橋本家の血統だろうと思う。オヤジも全く飲まなかった。
友人達は「酒もタバコもやらないのだから、さぞお金が貯まっただろう」と言うが、そんなことはなくチャンと他に出て行く場所があるのである。

銀座4丁目交差点。(三愛ビル)

 

20歳代の頃のことだが、ある会合で地元の友人達と新宿で食事をした。みんなはその後、キャバレーに行くと行った。先輩のMさんから「後から来いよ!」と言われて店の名前を言われた。

先輩から言われれば行かないわけにいかず、遅れてその店に行った。
店に入ったが、先輩たちがいない。その時の雰囲気では出るわけにもいかなくなり、席に座った。
そして15分だけいて、お金を払って店を出た。これが生涯初めてのキャバレー経験だった。

ダイアモンドの「デ・ビアス」ビルは曲がっている。

 

後日、先輩に会ったら、Mさんは『申し訳ない。酒を飲まない橋本が来ると思わなかったので、つい他の店に行ってしまった』と謝ってくれた。
そして『今後は橋本と一緒の時の食事代は常に俺が出す』と言った。そしてその通りにしてくれた。

その代りとしてのMさんは私に向かって『金で解決できることは俺に任せろ!、でも世の中には金で解決できないこともある。その時は相談に乗ってくれ』と言ったが遂に相談に乗ることも無かった。

銀座4丁目交差点から京橋方面を見る。

コメント

    • 信濃 征太郎
    • 2021.11.13 7:21am

    お酒を飲んで失敗したことが何度もあります。一番わかりやすいのが、電車に乗って眠ってしまい降りる駅を乗り過ごしてしまったことです。世の中、お金で解決できないことばかりですね。長いこと生きてきてしみじみそう思います。でも、お金はあった方がいいなあ。