伊達発

ホタルの撮影旅行(2)

心の伊達市民 第一号

心の伊達市民 第一号伊達季節移住のススメ

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

ブログ閉鎖中の話題(2017年7月06日)

2日目は予定表によると、ロープウェイで魔の山「谷川岳」に登るのと、月見野でのホタルの撮影だけで、その間は特に予定が無い。
谷川岳の駐車場からロープウェイ、リフトと乗り継いで1500メートル地点まで行く。
幸いに天気予報が外れて曇り空だったので、谷川岳の頂上が見えた。

「岩観音」(旧川場温泉村)・・・昔の人が岩に三十三体の仏像を彫った。

 

次は全くの田舎村に行ってみた。連れの男が自然派で、田舎が好きなのである。
行った先のただの田舎は「旧須川村」で、どこへ行っても、田圃ばかりだ。
それでも観光で村興しをしようと頑張っていて、所々に観光スポットがある。

でもそこに行ってみたら、「主もいなけりゃ、誰もいない」ということが多い。
しかしながら、我々は「ここは正しい日本の農村だなー」と嬉しくなる。

谷川岳に行って、ケーブルカーに乗った。 その次にリフトに乗った。

 

昼飯を食べる場所も無くウロウロしていたら、「そば処・四季の家」を見付けた。
店に入ったら誰もいない。「こんにちはー!」と叫んだら、別棟から女将さんが出て来た。
「とろろ蕎麦」を注文したら、「今から蕎麦を打ちますが、時間が掛かるけどいいですか?」と聞いて来た。

標高1500メートル地点から谷川岳を見る。

 

我々は時間は余るほどあるので、「ゆっくり待ちます」と言って休む。
しばらくして出て来た蕎麦は旨かった。
お互いに暇なので、女将さんに農村の事情を聞いてみた。

すると「最近は農家の長男でも都会に出てしまう。そして爺ちゃんが体が弱った頃に戻って来て、農家を継ぐ。最近の農業は機械化されたので、嫁もパートに出て都会風ですよ」と言っていた。
思い掛けないところで、農村事情が分かったのである。

正しい日本の農村風景。

 

(おまけの話)
須川の蕎麦屋の女将さんにホタルに付いて聞いたところ「そこの田圃の向こうの小川に沢山出ますよ」と言われた。それではと月見野の予定を変えて、ここで撮影することに変更した。
周囲が真っ暗となった午後7時30分になったのに、ホタルはただの1匹も出ない。焦る。
「計画通り月夜野に行けば良かった」と、女将さんの話を信じたのを後悔したがもう遅い。

ソバの栽培も盛んのようだ。

 

連れの男に相談したら、「月夜野まで20分で行けるから、まだ間に合うかも・・」と言うので慌てて車を走らせる。月夜野に着いたが、ホタルの場所が分からない。
コンビニに飛び込み、場所を教えてもらう。時間はドンドンと過ぎて行く。
新幹線「上毛高原駅」の反対側がホタルの出る場所だと分かり、そちらに車を回す。

昔の庄屋「冨澤家」が保存されている。

 

細い道を進むとお婆さんがいたので、場所を確認した。
すると彼女は「今年は寺の方は出ていない。向こうの方がいいよ。向こうは車が停められないので、この場所はウチの土地だから、ここへ停めて急いで行きなさい」と嬉しいことを言ってくれた。

この辺りは土質の影響か、紫陽花は薄黄色が多い。

 

車を停めて、焦って先を急ぐ。
連れは少し足が悪く歩くのが遅いので、私だけ先を行く。
なんとか8時30分頃に現地に着いたので、ホタルの撮影に間に合った。
撮影後にそこに居た「ホタルの保存会」の会長のオヤジに聞いてみた。

久し振りに栗の花を見た。

 

私「今年のホタルの出具合はどうですか?」
係「今日は160匹くらいだ」
私「エー、どうして分かるんですか?」
係「カウンターで数えている」
私「いつ頃が最盛期ですか?」

係「これが難しい。湿度と夜の温度が微妙に関係している。月見野市のHPで毎日、公開しているから、それを見てから来て下さい。最大では500~600匹が出るが、その時は周りが明るくなる」。

撮影条件(ISO/8000,マニュアル、3.5F,30秒) 真っ暗闇なので、距離は事前に適当に決めておいた。

 

ホタルの撮影の旅だったが、こんな難しい撮影は初めてだ。
ネットに出ているような素敵な写真を撮るためには、この近所に住まなければ無理だ。
午後9時過ぎに月見野を出て、家に戻ったのは12時を廻っていた。
私は免許証を返納してしまったので運転は出来ないが、連れの運転が下手で、しかもスピード出すので怖くてたまらなかった。

ホタルの光は点滅するので、次にどこに現れるか分からないのが難しい。 もっと良い写真を撮りたかったが、初めてだから仕方ないかも・・・。

コメント

    • 信濃 征太郎
    • 2021.07.31

    死と隣り合わせ。生きているとはそういうことだとわかっていても忘れてしまいます。普通の生活の中では全く考えたりしません。目的があって行動を起こすとそれが見えてきたりしますね。無理をしたり先を急いだりすればますますそうなります。だが、今の世の中はそれがなくても隣り合わせであることがすぐにわかることになってしまいました。今日も感染予防に気を付けたいと思います。