心の伊達市民 第一号

心の伊達市民 第一号伊達季節移住のススメ

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

ブログ閉鎖中の話題(2014年4月29日)

2日目は桜の花の真っただ中で目覚めた。私は眠い。
太陽が昇って来たので、アチコチと歩き回り桜の写真を撮る。
向かいの谷の傾斜に植えられた桜が素晴らしい景観である。

朝陽に照らされた妙義山。

 

特に目的も無いので、道の駅でもらった地図を見る。
旧国鉄のアプト式鉄道の残骸となったトンネルが残っていて、徒歩で歩けるようになっている。先ずはそれを見に行く。

軽井沢に抜ける旧道にある「眼鏡橋」。

 

途中には「眼鏡橋」というアプト式鉄道が通っていた頃の名残の陸橋がある。
ここは北陸新幹線の開通により信越本線が廃止になって、陸橋だけが取り残された。
ここで記念撮影をして、その先のトンネル見物の駐車場に向かう。

アプト式鉄道の駅「熊ノ平駅」の名残が残されている。 ここでスイッチバックした。

 

Mさんは足が悪いので、階段は登れない。
私は1人で50メートルほどの階段を登り、頂上に立つ。
そこは旧熊ノ平駅が残っている。

そこから横川駅まで遊歩道がある。
遊歩道にはトンネルが残っているので、4つのトンネルを歩いて抜けてみた。
帰る時になって気が付いた。
4つのトンネルを抜けて戻るには、ズ~と上り坂だったのである。

トンネルは4つ続いている。ここは今は遊歩道となっている。

 

トンネル見学を終り、軽井沢に向う。
軽井沢はミーハー族が溢れるようになったから、私は行かなくなった。
現役の時は軽井沢72などに、泊りがけでよくゴルフに来たものだった。

「雲場池」は静かで美しい。白い雲が水面に浮かぶ。

 

観光客は殆ど来ていない。
軽井沢別荘族らしき、白人の外国人夫婦が池の畔で「おにぎり」を食べていた。
全くの静寂で、シーンという音が聞こえるような気がしたが、どうやら加齢による「耳鳴り」だったようだ。

昼食はMさんの推薦の「ハルニテラス」に行くと言う。
「その言葉の意味は?」と私は聞いたが、分らないと言う。
後で調べたら、「春に咲く楡(にれ)の花」のようだ。
でも、Mさんのお気に入りは「雲場池」だそうで、そこで写真を撮る。

「ハルニレ・テラス」。 春楡(はるにれ)だそうで、外国語ではなかった。

 

現地に行って驚いた。「こんな場所に、こんな施設が!」と思った。
私はしばらく軽井沢に来ない間に、すっかり田舎者になっていた。
でも、客層を見たら、殆どが若いカップルで、ジジイの2人連れは私たちだけだった。
場違いの場所に紛れ込んだような、肩身の狭い思いでランチを食べた。

夕方から用事があるし、オバマ大統領が来日する日で高速道路が混むといけないので、ランチを食べてすぐに家に向った。しかし、昨夜の睡眠不足で、道中はMさんに気を使って話し続けなければならないし、本当に参ったなー。

ハンバーグとコーヒーで2000円は高いか?

 

(おまけの話)
最近、なにかと話題になる「星野リゾート」という会社がある。
この会社は1914年に軽井沢に温泉旅館を始めたのが、スタートだったそうである。
それから100年で、今や社長は時代の寵児となっている。

眼鏡橋を下から見上げる。

 

現在の社長の発表によると、東京・丸の内に高級温泉旅館を開くそうだが、その発想が凄い。
ホテルでないところが凄いと思う。
このような話を聞くと、「私の時代は終った」とつくずく思う。

別荘地の落ち葉を掃除する人。

 

軽井沢のその温泉には30年ほど前に、友人と日帰り温泉で入りに行ったことがある。
その時は旧軽井沢からも遠く、「なんだか薄汚い温泉だなー」と思った。
それが30年でこのようになるとは、全く想定外であった。

やはり会社というのは、「リーダーによってこれほど変わる」という見本みたいな会社だ。
私は引退して12年が経つが、「あの時、引退したのは正解だった」と思っている。

別荘地の中を流れる小川に「ワサビ」が植えられていた。

 

 

コメント

    • 信濃 征太郎
    • 2021.04.14

    廃線や路線付け替えなどで使われなくなった線路。これを訪ねて回る人がけっこういます。その場所の風景はわびしさが第一の印象です。旧道とか廃屋を訪ねる人も多いですね。私の故郷はこのようなところばかりです。感傷に浸るのを通り越した気持ちになる場所ですね。そのようなところにはワサビが自生しています。今は鹿に食べられてしまうことが多いようです。