伊達発

浅草から上野まで

心の伊達市民 第一号

心の伊達市民 第一号伊達季節移住のススメ

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

1ヶ月ぶりに有楽町の床屋に行ったら、床屋の前の通りが通行止めになっている。
そのせいで都バスが迂回しているので、以前は停留所から1分のところが6~7分も掛かる。

そこにいた工事関係者に聞いてみたら、『東京オリンピックの重量挙げの試合会場が東京フォーラムで行われる。その関連施設を道路に作る工事です。オリンピックが終ったら、元に戻します』とのことだった。
私の周りでは、着々とオリンピックの準備が進んでいる。

「すしや通り」は名ばかりで、今は寿司屋は1軒しかない。

 

床屋を終り「さてどうするか?」となったが、また浅草に行ってしまった。
今回は浅草から上野まで歩いて行くことにした。
暇人は現役の時のような「義務」、「目的」「使命」などが無いのが困る。

あるのは「迷惑」ばかりのようだ。
浅草では雷門をくぐり、仲見世通りの途中から伝法院通りに入る。
そこから六区に進み、「すしや通り」のアーケードを進み雷門通りに出て右折する。

「東本願寺」の鐘楼は大きい。

 

突き当たりが国際通りで、そこには昔は浅草名物の「仁丹塔」があった。
そのT字路を左折して、次の交差点が浅草通りである。
浅草通を進むと、少し先の右側の奥に「本願寺」が現れる。

久し振りにお参りをしようとしたら、門の左側にプレートが貼ってあり鐘楼のことが書かれていた。
折角だからと思い係の女性に聞いて、門信徒会館屋上の巨大な銅製の鐘を見に行った。
こんなことを出来るのも、引退した者の余禄である。

「かっぱ橋道具街」入口の「ニイミ」の巨大な看板

 

浅草通りに戻り、先に進む。
すぐ右手のビルの屋上に、巨大なコック姿が現れる。
ここが「かっぱ橋道具街」の入口の名物で、ここから800メートルも両側に飲食関係の道具屋が続く。

今はコロナで閑散としているが、以前は外国人観光客が「食品サンプル」をお土産に買い求めている姿を見られたものである。

仏壇屋街は北向きだけに店がある

 

浅草通りのこの辺りから、左側に仏壇屋が目立つようになる。
以前にこの辺の店に亡父の仏壇を買いに来た覚えがある。
今と違い、50年ほど前は地元には仏壇屋は無く、ここへ買いに来るしかなかったのである。

その時に誰かから教えてもらった。『仏壇屋は道路の南側(北向き)にしかない。なぜなら、仏壇に太陽が当たると痛むから』。その時に理由を初めて知って、とても感心した覚えがある。

「下谷神社」の花手水のアジサイは枯れかかっていた

 

更に進むと、「稲荷町」の交差点に着く。
その左側の少し奥まったところに「下谷神社」がある。
この神社の「花手水」は有名なようで、私が行った時は少し枯れかかっていたが、アジサイが水面いっぱいに浮かんでいて、とても綺麗だった。

またこの神社は都内で最も古い神社で、「江戸の祭りは下谷から」と言われている。
5月の例大祭の時のお神輿の巡行は盛大で、以前に撮影に来たこともある。

JR上野駅を歩道橋の上から見る

 

ここまで来ると、もうJR上野駅が正面に見える。
昔の上野駅は東北からの出稼ぎや集団就職の人達の、東京の窓口だった。
私がスキーをしていた頃は、ここから夜行列車に乗って上越方面に行ったものである。

今ではすっかりお洒落になっていて、美術館、上野公園、アメ横などの窓口になっている。
久し振りに贔屓の蕎麦屋「和楽庵」に行って、おススメメニューの「桜エビのかき揚げソバ」を食べた。

「桜エビのかき揚げソバ」(1300円・税込み)

 

(おまけの話)
今回の浅草行きには、もう1つの目的があった。
それは浅草寺の「傳保院通り」の店舗の様子を見ることであった。

ニュースで『東京・浅草寺沿いの「伝法院通り」に並ぶ土産物店などが、台東区から立ち退きを求められていることが表面化し、騒動となっている。区は伝法院通りは区道であり、これらの店舗が許可なく建てられた「不法占拠」にあたるとしている』と私は知ったからである。

仲見世通りから見た「伝法院通り」

 

商店街の会長の話では『店舗は終戦直後からバラックで営業を始めたが、1977年に街づくり計画に応じバラックを解体。当時の台東区長・内山栄一氏から自費で建物を建てられる店だけが戻るよう指示を受け、それに応えた店が、浅草伝法院通り商栄会を形成し営業してきた』という経緯があるようだ。

でも台東区によると、そのような証拠となる書類は無いようだ。 いずれにしても、40年以上も家賃も払わずここで営業していたわけであるから、台東区の言い分も分かる。

伝法院通りの右側に問題の店舗が32軒ある。(今はコロナで閉店中)

 

またその前には仲見世通りでも問題が発生した。 2018年に『門前にある仲見世通りは浅草寺が大家で、家賃が安過ぎたので16倍に値上げする』という話があり、それにも驚いた。しかし結局は店子は8年間かけて、16倍の家賃を受け入れることになった。

浅草は今でこそ有名な観光地となっているが、40年ほど前は寂れていて観光客も来なかった。
その頃を知っている私は、現在のコロナ禍の観光の落ち込みが当時とダブって見える。

 

六区側から見た店舗(中には家賃を取って又貸しをしている店もあるのでは?)

 

コメント

    • 信濃 征太郎
    • 2021.06.23

    行ったことがあっても素通りしてしまう、あるいはそこまでいかない、そのような場所のお話で、とても興味深く思いました。閑散としていた昔の浅草のことも思い出されました。仕事をしていたころ、上野駅へは早朝何度も出向きました。夜行列車で到着する人を待っていたのです。井沢八郎さんの歌のような世界でした。

    • Shinji
    • 2021.06.23

    上野駅は正面入り口があいまいです。中に入っても、動線が複雑で、入口出口、地下鉄連絡地下道など入り乱れています。御徒町口がにぎわっていて正面玄関がさびれているような印象です。最近は公園口がオシャレになっているようです。伝法院通りはなんか怪しげな店が並んでいました。2年前に浅草のホテルに泊まったので、そのあたりを見る機会がありました。子供の頃は浅草へは一切いかなかったです。両親は浅草嫌いだったようです。今と違いますね。