伊達発

皇居一周5キロの旅

心の伊達市民 第一号

心の伊達市民 第一号伊達季節移住のススメ

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

前日の天気予報では明日は天気が良いので、ウォーキングに行こうと思っていた。
先ず有楽町の床屋に行ってサッパリしてから、考えることにした。

先月の支払いの時に小銭で支払ったら、1円足りなかった。
オーナーの女将さんが「いいですよー」と言ったので、それが気になっていた。
そこで浅草で買った不織布の50枚入りのマスクを1箱プレゼントに持参した。

皇居前広場からスタートする。(観光客1人もいない)

 

床屋を終り近くの銀行で現金を降ろしてから、なんとなく皇居に向かった。
皇居前に行ってみたら、足元の歩道に北海道の花のプレートが埋め込んであるのが見えた。
そして思い出した。

皇居の周りを一周する歩道に、全国の47都道府県の花のプレートが埋め込んであるというニュースを見たことがある。そこで、ノンビリとそのプレートの写真を撮りながら皇居を一周しようと考えた。

皇居に入る門の中で「平川門」が一番美しい。

 

このプレートは100メートルおきに埋め込んである。
私の歩幅で測ったら、130歩で100メートルだった。
プレートは全部で47+3枚あるそうで、余分のプレートは1枚が千代田区のもの、あとの2枚が桜だそうだ。皇居一周は約5キロなので、これで丁度、50枚となる。

お堀端を歩くのは子持ちが良い。緑が多いし、お堀を渡ってくる風が心地良い。
お堀に浮かぶ水草、石碑、銅像、地面に落ちたサクランボなどを見ながら先に進む。

お堀の中には浮草が繁殖していたが、光景としては綺麗だった。

 

気を付けないといけないのは、常にジョギングの人が後ろから走って来ることである。
私のように歩いている人は殆どいないので、ランナーは我がもの顔で走っている。

花のプレートはゴミや落ち葉で、一部が見えないところがある。
そんな時は、私は足でゴミを払い除けてから撮影する。
それを不思議そうに見ながら、ランナーが通り過ぎて行く。

ジョギングする人が多くて危ない。

 

ところどころに「KEEP OUT」の標識がある。
日本語では「入らないで下さい」でお願い口調だが、英語で「KEEP OUT」と書かれていると「外に居ろ!」であるから英語は命令口調のように感じる。

景色を見ながら、看板を見ながら、そして写真を撮りながら1周を正味1時間10分で廻った。
実際は2時間近く掛ったのだが、その事情は(おまけの話)で・・・。

「ソメイヨシノ」の小さなサクランボが生っていた。

 

家に戻って撮影した「花のプレート」を整理した。
ところが撮影した写真が、都道府県の数より2枚少ない45枚しか無い。
仕方ないので撮影した全てのプレートに、番号と都道府県名を書いてみた。

すると福井県と沖縄県が無い。どうしてだろう?
全部揃ろわないと落ち着かないので、翌日にこの2枚だけの撮影の為に出掛けて行った。
何歳になっても「そそっかしい」のは治らないものである。

「内堀通り」は「日本の道100選」に選ばれている。

 

(おまけの話)
皇居一周の旅も中間を過ぎて、半蔵門に差し掛かった。
その時、半蔵門から皇居内に入る警備のゲートのところにある囲いの中に、数人の人がいるのが見えた。

数人が待っているところから、誰か分からないが皇族の方が半蔵門から出て来るか、入るのではないかと思った。私は「皇族の追っかけ」がいるとは思いもしなかった。
そこで私は少し離れた場所で、様子を見ることにした。

半蔵門から出て行くのか、入って行くのかは分からなかった。

 

しばらくすると警備の警察官が私の方にやって来て、「あの柵の中で待ってください」と言った。
なんだか分からないままに、私は柵の中に入る羽目になってしまった。
またしばらくすると警察官が、「少し遅れているので、12時35分過ぎにいらっしゃいます」と言った。

私は持参したコンパクトカメラで、誰だか分からないが撮影することにした。
そして折角だからと思い、このカメラでは初めての「連写」のセットをして待った。

半蔵門を出る車列(後ろの白いワゴンに愛子様が乗っていた)

 

12時40分になり、半蔵門からパトカーに先導されて黒塗りの車が出て来た。
その車に誰か皇族が乗っていると思い、落ち着いて連写をした。
ところが使い慣れている一眼レフカメラと違い連写するとデータ保存に時間が掛かり、次の撮影が出来ない。

モタモタしている間に車は私の目の前を通り過ぎて行った。
更に悪いことに黒塗りの車ではなく、その後ろのワゴン車から雅子皇后らしき人が手を振っているのが前の人達の隙間から見えた。

通りに出たワゴン車の後部だけが少し写っていた。

 

結局、遠くにワゴンが写っている写真だけしか撮れず、40分も待った甲斐が無かった。
何事も「本番で初めてのことをしては駄目だ!」と反省した。
自分でも「バカだなー」と思い、しばらく落ち込んだ。

こんな調子なのだからもし今でも車を運転していれば、いざという時にブレーキとアクセルを踏むのは私だろうと思ったのである。更に夕方のTVニュースを見ていたら、「愛子様が愛馬との最後のお別れに皇居に行かれた」と伝えていた。あの時は雅子皇后ではなく、愛子様だったのである。

都道府県の「花のプレート」

コメント

    • 信濃 征太郎
    • 2021.05.10

    連日の五キロ歩行お疲れさまでした。どんなことでももきちんと揃えないと気が済まないところがいいですね。私などすぐに「まあいいか!」で終わらせてしまいます。 中学生のころの通学路は片道五キロの山道でした。今頃はいいが秋から冬にかけての帰り道は真っ暗になりましたね。

    • Shinji
    • 2021.05.10

    H さんは国際運転免許証も持って、外国でも怖いものなしに運転をしてきた人ですから、アクセルとブレーキの踏み違いなどは、決してなさらないでしょう。