伊達発

老いて良かった 

心の伊達市民 第一号

心の伊達市民 第一号伊達季節移住のススメ

記事一覧

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

ブログ閉鎖中の話題(2015年01月30日)

以前に「老いの考察」に付いて書いたことがある。
その時ばかりは友人達から「全くその通り」とか、「どれも共感できる」などの返信があった。
いつもこのように反応してくれると嬉しいのだが・・・。

今では少なくなった風呂屋。(文京区)

 

そんな中に沖縄のF君からメールで提案があった。
「読みながら笑ってしまった。出来たら次回は老いて良かった面を書いて、私達を勇気付けてくれ」とあった。

質屋も見かけなくなった。(豊島区)

 

これは相当に難しい提案だ。
言われてみて分かったが、「良かったこと」というのはそう簡単に思い浮かばないのである。

でも、いつも「華麗」ではなく「加齢」について愚痴っているので、世の中の高齢者の為に明るい話題も考えてみた。

懐かしいような飲み屋街。(新宿区)

 

かなり前のことだが作家の赤瀬川原平が「老人力」という本を書いた。
加齢による衰えを肯定的に捉えている本である。
例えば、女房から「最近、耳が遠くなったわね」と言われたら、「ワシも老人力が付いて来たな」と考えるということを書いていた。

昔のアメリカ映画の「King Kong」を思い出した。(中央区)

 

しかしこれは寂しい。 私はもっと前向きに考えたい。
若者が我々を羨ましがるようなものでなければ、F君の期待に応えられないと思う。
思い付くままに以下に書き出してみた。

今は人力車が観光客の人気。(台東区)

 

【老いて良かったこと】
・若者より経験、知識が豊富である。
・経験が多ければ多いほど、昔話をする楽しみが増える。
・誰にも見栄を張る必要が無い。
・映画をいつでも1100円で見られる。
・電車で席を譲られる。

・使い切れないほどの時間がある。
・食べたい時に食べ、寝たい時に寝られる。
・食欲以外の欲望が無くなるので、ストレスも無くなる。
・政府も金融関係者も金持ちと思い込んでくれている。
・大抵のことは「年寄りだから」と許される。

都心に佇む昭和の残照。(港区)

 

・失う地位や名誉が無くなるので、怖いものが無い。
・都合の悪い時は聞こえない振りが出来る。
・花見や紅葉の最盛期に見に行ける。
・日本の歴史を学び直して、愛国心が強くなる。
・多少のお金があれば、孫が寄って来てくれる。

・病院のお得意様になれる。
・お墓や相続税の案内が向こうから来てくれる。
・「やらなければならない」ことが殆ど無い。
・妻以外に命令されることが無い。
・思い出をすべて美化出来る。

こうやって無理して列挙してはみたが、F君の期待の「勇気づけてくれ」にはほど遠い。
結論として、「老いたら良かった」ことなどはなく、老いたら静かにしていることが肝要なのである。

赤錆びたトタン板の家がまだ残っている。(中央区)

 

(おまけの話)
「老いて良かった」というテーマの「おまけの話」は更に難しい。
私は自分で「老いて良かった」と思っていないのだから・・・・。

いつもこのブログで「お迎えが来る」とか、「残り少ない」などの文字を頻繁に書いていると、なぜか悟ることがある。
それは死を恐れなくなり、「いつでも来ていいですよ」という気持ちになっている。

蒸気機関車は今は飾り物となってしまった。(港区)

 

「あなたの人生は明日で終りですよ」と神様から言われても、「はい、分かりました」と素直に受け入れることが出来るようになっている。
これを「達観」と呼ぶのか、あるいは「諦観」と呼ぶのか?

徘徊する歩道は、私のために大きな印を作ってくれて親切になった。(江東区)

 

ある時、テレビで黒柳徹子が言っていた。
「私、死なない病気になったみたい」。
これは可笑しい。結構、笑えた。

よく考えてみれば、今までの人類の歴史で「死ななかった人はいない」という当たり前のことに気付く。 それが「老いて良かった」ことなのかもしれない。

ハワイの荒 了寛和尚の「絵説法」・・・・(ハワイ) 老いても、私はなかなかこうはならない。

 

コメント

この記事へのコメントはありません。