伊達発

ウズベキスタンから来た「ラーちゃん」

心の伊達市民 第一号

心の伊達市民 第一号伊達季節移住のススメ

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

ブログ閉鎖中の話題(2015年1月28日)

今回の話は犬好きの人には分からないだろうと思う。
実は私も以前は犬好きで、猫は嫌いだった。
それがヒョンなことから我が家に猫がやって来て、それ以来、我が家にはいつも猫がいるようになった。

2011年のラーちゃん。 (小金井の自宅で)

 

いま我が家にいる猫は「ラーダ」という名前である。愛称は「ラーちゃん」だ。
生まれはウズベキスタンという、私も行ったことのない国からやって来たのである。
「ラーダ」というのは、当時のソ連の高級車の名前だそうだ。

「ラーちゃん」は私の甥っ子が商社マンで、ウズベキスタンに駐在していた時に町で拾って来た野良猫である。彼がウズベキスタンから国内勤務となり出張が増えた。
それで独身男が猫を飼い続けるのが難しくなったのである。
仕方なく我が家で引き取り、それ以来、我が家にはいつも猫がいるようになった。

ラーちゃんは紙袋に入るのが好きだ。

 

我が家に来たのは13年くらい前で、夏の間、私達が北海道に滞在していた時も一緒に伊達市まで連れて行った。ラーちゃんが落ち着いた生活を送れるようになったのは3年前からで、私達が伊達市に行かなくなってからである。

飼い始めて分ったが、最初の頃は日本語が分からなかった。
こうしてみると、ラーちゃんは「数奇な運命に振り回された猫」と言うのだろうか?

日向ぼっこをしながら、大あくび。(小金井の自宅で)

 

小金井の田舎から中央区という都会の真ん中に引っ越した時は、ラーちゃんは41階という高さは初めてなので、怖がって窓には近付かなかった。
それが今では窓辺に寝そべって、窓から都会の風景を眺めている。もうすっかり都会の猫になっている。
なんだか顔つきも垢抜けて来たように感じるから、私は全くのバカオヤジである。

毛布に包りご機嫌のラーちゃん。

 

ラーちゃんは朝5時になると私の部屋に来てベッドに乗って「起きろ!」と顔を舐めるが、知らぬ振りをしていると次には耳を噛む。
そうなると仕方ないので私は起き出して、残りの餌を片付けて新しい餌と水を与える。
そして、前夜のトイレの始末をする。

ドアのガラス部分から室内を覗いている。

 

私の朝食の時は私の横に座り、私の食べたヨーグルトのカップを舐める。
そして、少しだけバターをあげると、それを合図に去って行く。
去って行った先は女房のベッドである。 これを毎日、繰り返す。

写真を基にイラスト画を描いてもらった。(2012年)

 

午前8時になって、娘が起きて来ると嬉しそうにすり寄って行く。
世話をしているのは私なのに、私に感謝の気持ちも表さない。
なんか納得できないが、それでもラーちゃんは可愛い。

最近は寝てばかりいるが、考えてみたら、ラーちゃんは人間の年で言えば80以上になっている。
もうとっくに後期高齢者なのである。

カーテンの陰でお手入れをする。(勝どきで)

 

(おまけの話)
結婚して子供が幼稚園に入る頃に、我が家ではシェパードを飼った。
名前はアニーと言った。アニーは10年くらいで癌で死んでしまった。
そしてしばらくして、女房がイギリス人の友人から2匹の猫をもらって来た。

居間を我が物顔で歩く。

 

「ベル」と「マルタン」という名前だった。
2匹は仲が良く、ベルはいつもマルタンんの尻尾をしゃぶっていた。
ベルは16年くらい生きた。残ったマルタンはそれから1年半くらい経って死んだ。

飼い猫が死ぬのを見て、もう動物は飼いたくないと思っていたが、女房と2人きりになると寂しくなる。
お互いに会話も少なくなり、間が持てなくなる。
そこへラーちゃんがやって来たのである。

カメラを向けたら、こちらを見た。

 

そしてラーちゃんの話題が中心だが、また会話が復活した。
長年、連れ添った夫婦というのは何か言うと「分かっている」ということになりがちで、そのマンネリを打破するには猫を飼うのが良いと分かった。

最近は寝てばかり。(2015年)

 

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