伊達発

死にざま、生きざま  

心の伊達市民 第一号

心の伊達市民 第一号伊達季節移住のススメ

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

少し前に嵐山光三郎の本の影響を受けて、私の友人達の「死」に付いて書いた。
最近は友人達も後期高齢者になったせいか、「死」に付いて拒否感が薄れて来たように感じる。
以前なら「縁起でもない」と嫌がられたのだが、みんな自分のこととして捉えるようになったのだろう。

死は避けられない。今までの長い歴史で、「死ななかった人」は1人もいない。
その為に過去には多くの権力者が「不老不死の薬」を求めて彷徨ったが、いまだにそんな薬は開発されていないし、もっともそんな薬は開発して欲しくない。

中野坂上の「願成寺」の巨大な「仏画」

 

私のブログに必ず毎回、コメントを書いてくれる「信濃征太郎」という人がいる。
これはペンネームで、私は彼を良く知っている。
その時のコメントは『コロナ禍はお墓参りにも影響が出ますね。私も故郷へもう2年以上行っておりません』

『昨日のこと、長いこと連絡が取れなかった友人から突然の電話が入りました。入院して元気を回復したのだそうです。具合が悪いことは知っていましたが、ご本人からの電話があり、びっくりし安心した次第でした』。

中野坂上の「願成寺」には多くの羅漢像がある。

 

もう1人のShinjiさんもよくコメントを書いてくれるが、彼はアメリカで私のブログを読んでいる。
今回のコメントは『しばらく連絡しなかった友人や知人が、「もう死んでいました」と知らされることが多くなった。久し振りに電話をするのも怖くなった』

『アルツハイマー型認知症で、「こっちの言っていることが伝わらないかもしれない」と予期しなくてはならなくなった色々な人の、色々な死に方を披露してくれてありがとう御座いました』。
もっと多くの人がコメントを書いてくれたら、頑張れるのだが・・・。

 

そこで今回も私が知っている人の「死」に付いて書いてみる。
1人目は植木職人の棟梁の「ジンさん」である。漢字は知らない。
私が子供の頃に住んでいた家は1000坪ほどもあり、かなり庭が広かった。
時々、ジンさんが来て、庭の手入れをしていた。

ある時、庭で白蛇を見付けたジンさんは、なんとその蛇の皮を剥いで焼いて食べてしまった。
それからほどなくして、多摩川に投網を打ちに行ったジンさんは川に入ったところで心臓麻痺を起こして亡くなってしまった。あれは「白蛇の祟り」だと言われている。

 

取引先の男の「死」である。
ある時、得意先で親しくしていた会社の専務をゴルフに誘った。
前日に確認の為の電話を入れたら、女子事務員が『いま取り込み中なので、あとから電話をします』と言った。そのまま電話が来なかったので、夕方にもう1度、電話をした。

そして事情が分かった。私が電話をしたその時に、その人は会社で倒れたのであった。脳梗塞だった。
ゴルフに行くのがもう1日、早かったら、ゴルフ場で倒れていたはずだ。
そうなったら、私は恨まれるところだった。

 

私の子供の勤務先だった、外資系の会社の女性役員の死は驚かされた。
彼女とは食事を共にしたことがあるので、親しみを感じていた。
ある時、彼女が新聞、テレビ、週刊誌に登場したのである。

なんと殺人事件だった。彼女は若い男と付き合いがあったらしいが、その男との金銭のもつれで殺されたらしい。多くの死を見て来たが、殺された「死」は初めてだった。

 

人の死に方には色々とあるが、「これが一番」というのは分からない。
長患いで、家族に面倒を掛けたくないと思っている。
死んでしまえばいいが、アルツハイマーで長生きも困る。

周りの友人達も,ボツボツとお迎えが来ている。
コロナで死んでも構わないと思っていたが、ワクチン接種も終えたので、それも叶わない。
やはり「死ぬまで生きる」しかないようだ。

 

(おまけの話)
「死にざま」とは関係無いが、朝食に「小倉トースト」を作って食べた。
小倉トーストは名古屋の食べ物で、名古屋以外の人は知らない人の方が多い。
これはトーストに「あんこ」を塗ったものである。
名古屋の喫茶店の過当競争から生まれた商品らしく、以前はものすごく安かった。

私の手作りの「小倉トースト」

 

私の作って食べた小倉トーストは、少し前に四谷のたい焼き店「わかば」で買って来たたい焼きの「あんこ」を使った。「わかば」のたい焼きは私には「あんこ」が多過ぎるので、それを少し取り除いて保存しておいた。私の「小倉トースト」は食パンをトースターで焼いてバターを塗り、その上に「あんこ」を塗るのである。これは意外に美味しい。試す価値はあると思う。

私の生まれ年の守り本尊「勢至菩薩」

 

15年以上も前のことだが、同級生3人を誘って名古屋に「小倉トースト」を食べる旅に出た。
全てを安上がりにする旅なので、安い長距離バスに乗り、安いビジネスホテルに泊った。
夕食だけは奮発して、熱田神宮近くの老舗「蓬莱軒」で名古屋名物「ひつまぶし」を食べた。

翌日の朝に前日に下調べをしておいた名古屋駅近くの喫茶店に行って、「モーニング・サービス」で「小倉トースト」を食べた。コーヒー、ゆで卵、野菜サラダまで付いて、500円くらいだったと思う。
その時、一緒に行ったS君は脳梗塞で寝た切りらしく、連絡不能となってしまった。

私の仏像彫刻の代表作「阿修羅」

 

コメント

    • 信濃 征太郎
    • 2021.09.27

    私の友人にもあちらの世界へ向かう人が多くなりました。どのようにして旅立ったのかはよく知りません。「これが一番」の死に方はわからないが、「そうありたい」と願っているものはあります。亡くなる少し前まで身の回りのことが何とか出来て意識がはっきりしている、ということです。長命だった田舎の両親はほぼそのようになっていて亡くなったのでした。

    • Shinji
    • 2021.09.27

    こちらでは死ぬとobituary (死亡記事)を新聞や知人に発表したり、葬式やメモリアルサービスのときに、そのひとの人生を俯瞰するような文章が読まれます。これを、死んだ後に誰かが書くのは大変だから、生きているうちに自分で書いておこう、というムードが私の友人関係内で高まっています。 自分のことは自分が一番よく知っているし、他人に迷惑をかけないし、でこれはいいアイデアだと思います。ま、就職するときに履歴書を書くように、この世とのお別れに人生一代記総履歴書を書くのも、けっこう楽しいんじゃないでしょうか?