むしゃなび物語劇場 小説「巨大なひまわり」/伊達市室蘭市を含む西胆振のポータルサイトむしゃなび


◆ むしゃなび物語劇場 小説「巨大なひまわり」 ◆
掲載日:2013.03.26 [1174]

 
 
むしゃなびが贈る作品劇場。日常の不条理を描いたちょっとユーモラスなショート小説
 
 雨の日曜日だった。暇にまかせてテレビを点けると、いつものように賞味期限の切れかかったお笑い芸人たちが登場し、奇妙でいて必死な笑い声を発し、顔を歪ませていた。今や日本の伝統番組とも言えるドッキリ番組だった。落とし穴に落ちた芸人は、本気で怒らないのがお約束。どんなにぶざまで惨めな状況に遭遇しても、カメラが全てをバラエティーに変える。 
 
 3分で見飽きた私は無意識にリモコンのチャンネルボタンを押した。が、日曜の昼下がりはどの局も、似たようなものだった。「地上A」のボタンに親指が掛かったのはザッピングも3周目。テレビを購入した直後は「地上D」と「地上A」のボタンを交互に押し、画面を見比べては「××歳以上の女優さんは、目尻のシワがクッキリ分かる」などと無邪気に遊んでいたのを思い出した。アナログ波が停止されて一年余り、家族の誰もが「地上A」ボタンを押すことは無かった。今や存在そのものが無意味となった「地上A」ボタンだった。 
 懐かしい気持ちがふつふつと沸き上がった。そうだ、百恵ちゃんや淳子ちゃんが歌っているかも知れない。林家三平が「よし子さん〜こっち向いてよ〜」などと、アコーディオンの伴奏に合わせて寄席の舞台で爆笑をとっているあの場面が出てくるかも・・と、私は古いアルバムを開くような気持ちに抗しきれなくなり、無意味なボタンを押してしまった。 
 次の瞬間、ディスプレーの左右が黒くなり、縦横が3対4の昔懐かしい比率で発光。ジワジワと浮かびあがったのは、人の背丈の3倍もの高さで、毒々しい黄色い花を咲かせた巨大なヒマワリだった。レポーターらしき男が「キュル、キュル、キュール」と、テープレコーダーを巻き戻したような聞き慣れない言葉でまくし立てていた。 
 奇抜な衣装を着けた男は、映画「スタートレック」に出てくるスポックのように、大きく上部が妙にとがった耳を持ち、額は狭く目は三角でくちびるは薄く顎が突き出ていた。隣に立ち説明する、科学者らしい男もスポック顔で、いかにも自分が一人で巨大ヒマワリの改良に成功したのだと自慢げに「キュル、キュルル、キュキュキュール」などと応えていた。 
 カメラがヒマワリ畑から右へパンすると、卵形の奇妙な家があり、それが不規則に上方に浮き、左右に揺れ、回転した。 
 「う、う、宇宙人だ!」 
 私は叫んでいた。宇宙からの電波が何かの拍子に地上Aに飛び込んだのに違いない。スポラデッィクE層の宇宙版?「宇宙Eスポの発生だ。宇宙人のテレビ番組だ〜あ」ひっくり返った間抜けな声に、最近生意気になった高校生の娘が自分の部屋から顔を出した。「父さん、ボケたけたこと言ってるんじゃないよ」と、鼻で笑った。妻も「またバカなことを」と、気にも留めず、隣の部屋の布団の中でマンガを読み続けた。 
 そのうち、スポック顔テレビは次の話題に移った。将軍風情のスポック顔が、数万の軍人らしきスポック顔に向かって「キュキュ、キュルル、キキキ」と演説し、数万人が「キュルルウ」と声を合わせ頭を振った。きっと、敬礼のような意味があるのだと、映像から伝わる緊張感でなんとなく理解できた。 
 白く塗られたロケットともミサイルともとれる物体が、勢いよく発射される映像が続いた。さらに、太陽系と思われる立体図面が登場。太陽から近い順に5つの星へミサイルの模型が到達するアニメーションを何度も繰り返した。 
 今度は小さく「おお」と声を漏らした。もしかすると、全世界中で私しかこの映像を見ていないのではないかと、既に家族の中で孤立しつつあった私は、さらに大きな孤立感に胃が痛くなった。しかし、知ってしまった以上、どうにかして地球侵略の事実を政府に知らせなければならない。今や家族、国家、地球を守れるのは私ししかいないのだから…。 
 
 地元出身の国会議員で総理経験者のH氏に電話したが、通話中が延々と続いた。政府に内証で海外の要人と会談する行動派だが、女子校生のような長電話だった。それとも、消費税の増額に反対するO派幹部との密談か? 
「消費税よりももっと重要な話しだというのに」私の胃が勝手につぶやき、強い痛みを脳に伝えた。 
 文明の進んだ宇宙人が、いきなり大軍を送り込むはずは無い。既に先遣隊が到着し、人類の手の内を十分に調べ分析していると推測できる。さらに政府の中枢にも既にスパイを送り込んでいて、本格的侵攻の直前に指揮命令系統を混乱させる恐れもある。いや既に、日米同盟をはじめ我が国を取り巻く国際情勢は混乱しているではないか。「選挙期間中や政権交代直後の混乱に乗じて、攻撃を仕掛けるのが効果的」といったリポートを、スポック顔の将軍が手にしていると思うと、背筋にいやらしい汗が滲んだ。 
 
 私は信用のおける友人の五目行雄に急いで連絡をとった。「もしもし、五目さん・・」私は、相手の受話器が上がりきらないうちから、一気に事情を告げた。 
 五目は、以前務めていた律法・保険経済新聞の先輩記者で、今は経済誌の編集局長だった。話しが終わると、一息入れ。「お前は仕事のし過ぎ。北湯沢温泉でも行って休めよ」と優しい返事が返ってきた。締め切り近くとあって、彼の職場は騒々しく「校了したら手が空くから。そのうち飲もう」と、いつもの調子で切れた。H氏の地元秘書、工藤学にも伝えておこうと中島町の事務所へ出掛けた。が、三角目の工藤の耳の大きさが気になり、結局「消費税のアップは次の選挙の争点になるのか」と、今となってはどうでもいい話しでお茶をにごしてしまった。 
 
 
 あれから1週間。私は誰も信じられない精神状態に追い詰められた。宇宙人の乗ったロケットは日々地球に迫っているのに…と考えはじめると、私はもう眠れなかった。 
 家族に隠れ、深夜に「地上A」を見てメモをとる毎日が続いた。3回に1回ぐらいの割合で、スポック顔の映像が浮かび、番組途中で電波が弱まりザザ、ザアーと砂嵐の画面にになる。その時間と内容を克明にノートに記録し、ビデオにも収めた。しかし、ロケットの話題は二度と出てこなかった。時には、地球で深夜にやっているテレビ通販の宇宙人版といった感じの、全く緊張感の無い番組もあったが、何を売っているのかさっぱり分からなかった。 
 電波状態が不安定でかつ、わが家のテレビ以外では地上Aは映らない。周囲に熱心に説明するほどに、変人呼ばわりされ惨めな気持ちになり落ち込んだ。時には、2時間も3時間も砂嵐の画面を見つめてしまい、家族も全く口をきいてくれない。地球歴2012年はほぼ、誰とも会話をしない日が続いた。
 
 2014年夏。電波のコンディションが良い日が続く。このころには、夏から秋にかけてが電波の調子が良くなることが分かってきた。スポック顔の科学者がニュースを解説していた。宇宙船から送られてきた映像が紹介されていた。それは洞爺湖の湖畔にあるヒマワリ畑で遊ぶ観光客の姿だった。「おお、地球に到達していたのか」私の胃の痛みは絶頂に達し、遂にこの日がきたと覚悟を決めた。 
 次の瞬間、見慣れた伊達市内の幼稚園マークを胸に付けた子どもたちがカメラをのぞき込んだ。巨大な靴が宇宙船を何度も踏み付けた。10数回も踏まれただろうか、途中で地球からの映像が途切れた。スポック顔の科学者は、撮影した宇宙飛行士の写真を示し、恐怖にひきつった表情で、いかに地球人が巨大かという話しを、宇宙人のスカイツリーのような建物と比較したフリップで「キュルキュル、キュルルウ」と語り続けた。 
 
(おわり)

御尾久 亘( みおく わたる): 1962年生まれ。伊達市在住の文筆家。 

※記事の内容は取材時の情報に基づいています。(取材2012年)  

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