室蘭の坂 第一回「日本一の坂」/伊達市室蘭市を含む西胆振のポータルサイトむしゃなび


◆ 室蘭の坂 第一回「日本一の坂」 ◆
掲載日:2012.10.01 [1787]

 
室蘭は坂の町。 
いくつもの素敵な坂がある。 
つけられている名前も、なんとも魅力的なものが並んでいる。 
牛太郎坂、問屋坂、ラッパ森の坂、などなど。 
その中でも、一際気になる名のついた坂へ出かけることにした。 
その坂の名は、『日本一の坂』!! 
日本一……。 
これはまた、大きく出たものだ。 
何が日本一なのだろう。 
長さか? 
幅か? 
勾配か? 
眺めか? 
もしや、手すりが純金で出来ていたりするのか? 
いずれにしても、さぞや日本一な坂なのだろう。 
期待に胸膨らませつつ、その坂へと向かった。 
 
JR室蘭駅を降り、北へ向かって歩くこと数分で旧室蘭駅舎に着く。 
この駅舎は、1912年に建てられた北海道で最古の木造駅舎で、 
1996年にその役目を終え、この場所へ移築されて、 
現在は、室蘭 観光協会の観光案内所として活用されている。 
室蘭のかつての栄華の香りを漂わせたまま、今の室蘭を見つめ続けている。 
 
 
 
さて、日本一の坂はこの近くのはずなのだが…。 
まわりを見渡すが、それらしき案内板もなにもない。 
日本一!と、のたまうわりには寂しいものである。 
と、通りの向こうから、一人の少年が石ころを蹴りながらやって来た。 
 
 
 
坂の場所を尋ねると、少年は「知っているよ」という風にちょっと頷いて、 
無言のまま駆け出した。 
信号が点滅しだした横断歩道を慌てて渡り、なんとか少年の後を追うと… 
 
 
 
ありました! 
 
 
 
えーっと…。 
ここ? 
確かに看板が、ある。 
 
 
 
しかし、見たところ何の変哲も無い坂である。 
案内してくれた少年は、後ろも振り返らずに一段飛ばしで階段を駆け上がって行く。 
私も気を取り直して、とりあえずのぼることにする。 
 
 
 
のぼる 
 
 
 
のぼる 
 
 
 
振り返る 
 
 
 
のぼる 
 
 
 
のぼる 
 
 
 
のぼる 
 
 
 
あっという間に、上りきってしまう… 
坂の上に、少年の姿はすでに無い。 
きっと、あのままどこかへ走り去ってしまったのだろう。 
何が日本一か!と納得できない心持ちのまま、側らに目を転じると、案内板… 
 
 
 
 
 
そこには、「この坂の下には、かつて(福井庵・日本一)という名の 
蕎麦屋があったのでこの名がついた」と記されていた。 
なんと! 
ザ・拍子抜け! 
その蕎麦屋は、今は跡形もなく、坂にその名だけが残ったのだそうな。 
それだけでは、「あぁ、そうですか」という話。 
 
後日、調べると、この蕎麦屋には、小説より奇なる物語がついていた。 
この蕎麦屋(福井庵・日本一)の主人、実は、小樽で殺人を犯し、 
この地に辿り着いた所謂(逃亡犯)。 
妻と共に店を切り盛りし、腕はよかったとみえて評判も良く、常連客もついた。 
その客の中に、一人の刑事がいた。 
この刑事、よほどの蕎麦好きだったのか、毎日来る。 
仕事柄、目つきは鋭かった事と想像する。 
その目で、暖簾をくぐり、注文を口にし、蕎麦を茹でる主人を見つめていたのだろう。 
その視線を背中に感じつつ、主人は、どんな思いで蕎麦を茹でていたのか。 
釜の中で踊る蕎麦を見つめながら、背中を冷たい汗が流れる。 
逃亡犯である店の主人は悩んだ。 
ひょっとして、自分の罪がばれたのではないか……。 
主は、悩みに悩み、そして、自死してしまった。 
主を失くした蕎麦屋は暖簾をおろし、そして、坂に名前だけが残った。 
件の刑事、実際は、別の事件で張り込み中だったらしい…。 
 
かくして時が流れ、 
ここに蕎麦屋があったことも、その蕎麦屋の主人の物語も、忘れ去られ、 
坂だけが、今日もここにある。 
 
 
 
 
蕎麦屋があった場所には、今は釣具店があり、 
階段も手すりも綺麗になって当時のものではない。 
でも、ここから見える空だけは、きっと変わっていないのだろう。 
そんな気持ちで空を眺めていたら、シャルル・トレネの名曲「詩人の魂」を想い出した。 
【時は流れ、詩人は死に、誰もが詩人のことを忘れても、今日も誰かが、その詩を口ず 
さんでいる。作者が誰なのかを、知らないままに】 
でたらめなフランス語を口ずさみつつ、坂を下りて帰ることとする。 
 
 
 
室蘭駅に向かって歩いて行くと、先ほどの少年が立っていた。 
礼を告げようと思って近づくと、なにやらニヤニヤしたまま、 
道端の柵に寄りかかっている。 
そして、柵の向こうを顎で示す。 
 
 
 
柵の奥には、廃道になった路地が続いていた。 
その先には、苔むした石段が。 
 
 
 
 
 
目を閉じれば、かつて、その石段に木霊していたであろう雑踏の気配が、 
聞こえてくるような気がする。 
 
名もない坂、忘れられていく坂、でも、きっと誰かの想い出の坂。 
そんな坂を、これからも訪ねて行きたい。 
 
そして、目を開くと、もう、少年の姿はなかった。 
 
(写真と文:坪川拓史) 
 
 

室蘭市在住の坪川拓史さんの「坂」を訪ねる連載がはじまりました。 
次回もお楽しみに!(編集部)

※記事の内容は取材時の情報に基づいています。(取材2012年)  

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