むしゃなび特集/2008年2号/伊達市室蘭市を含む西胆振のポータルサイトむしゃなび

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■ むしゃなび特集 2008年2号 ■
だて文化の未来その1 [4/4]
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市民の理解を得るには

阿部 マスタークラスのレベルが、学校教育の中の音楽教育の力量だけでは考えられないくらいレベルの高いものだ、ということをいい形で打ち出せることが大切です。そのレベルだと、生徒は伊達以外に間口を広げることになりますが、その時、それが市民と乖離するのが問題となってきます。

信木 私は旭川で地域のボランティアセンターに登録しボランティア活動をやっていますが、サラ金などの後援のついたイベントの受付で、おみやげなどを配っていると、皆に感謝される得難い経験を得られる反面、企業の宣伝に踊らされているような気分になります。
 市民を巻き込むことが大切です。ボランティアをやっていると、それを生き甲斐のようにしているおばあちゃんたちに出会います。機会、場所を積極的につくり、そういう方に、意見を言っていただき、市民の知恵がでてくるようにすることが大切ですね。

理解を得るには時間がかかる
機会の提供と時間

信木 教育者は、今消えてしまうものの種をまくのではなく、20年先に芽が出るものをまかなければならないです。
 この構想をみると 、各構想の間に隙間があり、ひとつひとつが独立の事業で、響きあってシンフォニーになっていない気がします。美術部門と音楽部門を磨いていき、文学はフォーラムを単発的にやり、箱ものに手を出さないようにしたほうが良いです。既存の施設をうまく使い何かやる、という繰り返しの中で、市民が理解を深めていけるよう時間をかけ進めてはいかがでしょうか。

楽木 機会の提供と時間が必要です。地道にやり続けることが大事であり、やっぱり30年は必要でしょう。
 企業も地域の重要な一員なので、企業の社会参加が普通に行われなければなりません。企業に踊らされている気になるという話がありましたが、それは企業が丸投げをするからです。資金だけ提供して、あとはボランティアにやってもらうと、こういう状況になります。
 企業の職員が市民活動にどういう姿で関わるか。その構成員が労力をおしまないことです。自らが企業という組織をつかって、個々人がやって、利益が市民にいくようになると、だれも文句を言いません。
「市民が受益者」を
明確に打ち出すコースづくり


阿部 音楽のマスターコースの場合、受講者がレッスンを受けるという企画だと利益を受けるのは受講者本人のみとなってしまいますが、受講者が街のあちこちに行って演奏するという企画も加えれば、市民も受益者となります。
 音楽はいろんな人に聞いてもらって人々に影響を与えることで意味がでてくるので、最初から人に聞かせるところまでを目的とし、それを提示する。例えばそれが、ホールに行けない人のお宅まで行き発表するということであれば素晴らしいことです。

楽木 シャケのようなものですね。最初は資金を費やすけれども、3年後には帰ってきます。このコースを終えて芸大に行き伊達に戻り、あちこちで活動するようになればいいのです。それにはどうしても時間がかかり、やり続けることが大切です。

絵画教室「野田・永山塾」

※シャーマンコレクション
 太平洋戦争直後に連合国軍総司令部(GHQ)の民政官として米国から来日し、滞在中に多くの日本人画家・文化人と交流を持ち、作品収集したフランク・エドワード・シャーマン(平成3年没)のコレクション。藤田嗣治、向井潤吉、中村研一、棟方志功、東郷青児等の著名作家の油彩画・版画など美術作品のほか、書籍・写真・書簡など約5000点。2007年、伊達市教育委員会に寄託。

 この特集は、3回の「アートビレッジ構想推進のための拠点づくり推進会議」と、「市民フォーラム」の4回にわけてお届け致します。今回はその1回目です。


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