むしゃなび特集/2009年7月15日号/伊達市室蘭市を含む西胆振のポータルサイトむしゃなび

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■ むしゃなび特集 2009年7月15日号 ■
ノスタルジー探険・人情商店ここにあり「道前製靴店」 [2/3]
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 <今の時代の中で、靴職人のできること>

 小さな店内の、その窓辺に道前さんの仕事机がある。
 ここで靴を作っているんですね、と聞くと、
「いやあ、今は作っていないよ。オーダーメイドの靴なんかうれないんだよ」
 と、気さくに、人を思いやるような抑揚で、答えてくれる。
「欲しがる人、いないんですか?」
「うん、欲しいってもねえ、今、オーダーメイドで作ると、時間もかかるし、だからものすごく高いものになってしまうんだよ。安い靴がなんぼでもあるのに、わざわざ高いもの買わなくたっていいんだから。今は修理だけをやってるんだよ」

 人それぞれに愛着のある靴がある。

 本皮製ではなくても、
 セール2000円で買ったものでも、
 その履き心地や、形や色、捨てがたい靴。
そんな靴はかかとが減ってしまってもそのまま靴箱の中に置いてあったりする。

 もう履けないけれど、もしかしてまた履くかも、などと思いながら。

 道前さんは、そんな靴を丁寧に直してくれる。
 本当に無理な場合は「捨てたほうが早いんでないかい」と判断してくれる。
 
 デザインが気に入って買ってしまったが、サイズがすこし合わなくて足が痛い、とか、最近足がむくんでキツくなってしまった。そんな靴も「木型」を使ってサイズを大きめに直してくれる。
 そうやって何足も靴を直してもらった女性が、うれしそうに、その靴の1足をさっそく履いて帰ってゆくのを見た。

もったいない、っていう時代に育ったからねえ」
 と道前さんは言う。道前さんが育ったのは、物のない時代。

 樺太(サハリン)で終戦を向かえたのは道前さんが14歳のとき。終戦を迎えたその同日、すぐに、何も持たずに体ひとつでその地を離れなければならなかった。

 倶知安町に住むことになった道前少年は近くの京極町の靴屋で作業員を探しているという話を聞いて、職を選ぶなどということもなく当然のように靴屋に勤めはじめた。

 靴を作りはじめた。
 靴底、皮の裁断、縫製、買う人の足に合わせた型作り。
 倶知安を出てからもその道を極める道へと進んだ。札幌、室蘭、独立して苫小牧、そして伊達。

 札幌にいたころ、ある少女の靴を直したという。
   「あとでわかったんだけど、
    美空ひばりの靴だったんだよ」
 12、3歳の美空ひばりが札幌に公演に来ていた。舞台で使う靴がこわれて修理にだした。
 大急ぎで、そしていつも通り職人の仕事をしたのが、道前さんだった。

 やがて時代が変わり、オーダーメイドの靴は売れなくなった。

 しかし、それでも、人々の気持ちの中には「大切にしたいもの」はある。
 お気に入り。愛着。自分のこだわり。お金で買うことのできないもの。
 今も昔も変わらない、人々の中にあるそんな気持ちに応えてくれるのが道前製靴店だ。
 職人の技はそういう気持ちと一緒に今も生きている。
 そしてまた逆に、私たちの、自分の中にあるやさしい部分を、
 道前さんという職人の仕事が、思い出させてくれる。


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