開いてみました。




店の隅には大きめの作業台とアイロンやミシンがあり、
布にむかって作業をする店主の栗林道子さんの姿がある。

ふとミシンを見ると、どっしりとした、実力のありそうな、見たことのないミシン。

「これは古くて、工業用に近いものでね。今では手に入らないんだよ。
今のミシンはプラスチックだから軽いでしょ。これは重くて動かないし、厚物も縫えるし」
使い込まれていて、しかも現役だと一目でわかるミシン。
大切に、日々使われていることが感じられる。


はぎれ布があちこちに置いてある。
大きめのものから50センチ角のカットなど。
なんだかレトロっぽいものや、いい雰囲気のプリント布がある。
布が好きな者なら順番にくまなく見てしまうだろう。かくいう私も。
どうしても欲しくなった布が何枚かあった。
「ここにあるのはもう手に入らない布なんだよ」と道子さん。
気に入りのカット布専門の問屋から仕入れていたが数年前その問屋が廃業したそうだ。

もう手に入らない、しかも有名デザイナーの布が密かに混ざっている。
「昔は日本のコットンは色が悪くてね、
外国のコットンはプリントが綺麗で質も良くて。USAコットンが入ってきたときは、
赤色が綺麗で、なんとも言えない深みのある、本当にいい赤だった」

道子さんはカントリードールやパッチワーク、布小物、編み物や編みぐるみなど、
これまであらゆるものを作ってきた。このウサちゃんも道子さんが作ったもの。
なんともかわいくて店のあちこちに置いてみたりして。
「皆がパッチワークを知り始めた頃は、今とは違って、裏に貼る専用の布があったんだよ」
と、壁に掛けてある自作のキルトの裏を見せてくれた。

シンプルで、「裏」だと分かりやすいプリントで、しかし普通の布としてもかわいい。
わざわざ裏貼り用にと考えられ、デザインされた布があったことを初めて知った。

道子さんがここで店を始めたのは五十数年前。
手芸が好きで始めたのかと思ったのだがそうでもないようだ。
「店を始めた頃にはここらへんにも洋裁店が3件あったんだよ」
「洋裁店」とは、
NHKの朝の連続テレビ小説「カーネーション」で描かれていたようなお店。
お客さんが布を選び、オーダーで洋服を仕立てる店のことだ。

「洋裁学校も近郊に3校くらいあったし、個人で洋裁を教えている人が何人もいたし。
大きい店なんかでは縫い子さんを雇ったり、何人も働いていたんだよ」
コシノ母娘の「カーネーション」の世界のようで、
思い浮かべると、なんだか物語のような光景だ。
しかし上記ドラマの内容よりはずっと現在に近く、
昭和二十年、三十年あたりだろうか。とすると、たった五十年前のことだ。
そんな店が何軒もあって女性たちがにぎわっていたなんて。
「こういう店(手芸店)をやるつもりなんかなくて、
洋裁関係のものを扱ってた。今は洋裁店もないし、もう誰もやらないしね」
道子さんにとって「手芸」と「洋裁」とは全く別物なのだ。

しかし、古くからのお客さんが材料を求めに顔を見せる。
そして今でも、洋服を作りたいと言って洋裁のことを聞きに来る人がいるという。
洋裁のできる人がいない。
今は、趣味で手芸をする人はたくさんいるけれど、
本当の洋裁を知る人が、この町にほとんどいない。
そのことに気がついた。

てづくりはうす
マルサン
北海道伊達市大町
20ー71
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