大矢さんの鞄
わずか十四歳のときに精肉店をはじめた大矢辰男さん。
中学校に通いながら肉屋の経営者となった大矢少年は、
通学のときも仕事でも、いつも、この鞄と一緒だった。
もともとこの鞄は、昭和二十三年頃、
大矢辰男さんの父親が使っていたもので、
父はその頃、家畜を北海道から各地へと運ぶ仕事をしていた。
昭和二十九年、青函連絡船「洞爺丸」の沈没事故があった。
これは、函館を出航して青森を目指していた洞爺丸が、大型の強い台風15号の影響を受け転覆したもので、行方不明者あわせて犠牲者が1155人に及んだ、日本史上最大の海難事故だ。
沈没した正にこの船で、海を渡る予定だった大矢氏の父。
しかし何の偶然か、直前になって乗らず、助かった。
この鞄も、もしかしたら海の底にあったかもしれない。
危機一髪で助かった幸運な鞄をお護りのように抱え、
大矢さんが始めた小さな店舗の「お肉屋さん」。
そのオオヤミートは今では「食肉生産加工販売業」。
豚を育てるところから加工・販売まで手掛ける、全国でも稀な生産者となり、
伊達の、あの豚肉、黄金豚(こがねとん)を生み出した。
十代から四十一歳までの長い間活躍したこの鞄は、
今でも社長室で大矢さんのことを見守っている。
ここにあるものを生かす。根源を見据える。
「最近、社員と一緒に心がけている事があるんですよ」と大矢さん。
古いものを捨てて新しいものを使うのをやめ、
「使わなくなって積んであるものが色々あるんですが、
そういうものをまた使っていこう、ということで・・・
このカップ、いいでしょう?」
今、目の前に置かれたばかりのコーヒーカップを指さす。
「これもそうなんです。改めて使ってみて気がついたんですが、
これは、有珠山の火山灰(を含んだ粘土)で作られているんだよ」
地元の土で作られた陶器だったことを思い出し、嬉しくなったと言う。
たとえば大昔でも、このカップはこの場所で作ることができたかもしれない。
遠い場所から求めなくても、この土地にあって間に合う物(事)が沢山あるはずだ。
大矢さんの部屋には「身土不二(しんどふじ)」と書かれたポスターが貼られている。
身土不二とは、古い時代から言われている言葉で、
身体(身)と環境(土)は切り離せない関係にあって一体である(不二)という意味で、
その土地でその季節にとれたものを食べるのが健康に良いという考え方。
現代で言われる「地産地消」とも共通する。
長く食品・食肉業界にいる大矢さんは、この古い言葉の意味を、
現代に置き換え、理論的にも理解する。なぜ地産食材が身体に良いのか。
また「一物全体(いちぶつぜんたい)」という言葉にも思う所がある。
一物全体とは
生物は丸ごと全体で様々なバランスが取れており、そのまま摂取することが人体にも望ましく、全体を使うことで総和以上の働きをするという考え方。
沖縄で「豚は、鳴き声以外は全部食べる」と言われているのもこれだよね、と大矢さん。
消費時代を越えた今。
手元にあるものを見直し、使い、生かし、根源を再確認する。
無駄を出さずにまるごと使う(まるごと使えるものを生産する)。
この身土不二と一物全体の考えは、
資源や自然や生き物も含めた「環境」を、消耗することなく衣食住をかなえることにもつながる。持続可能な世界を取り戻すことの根本と言えるかもしれない。
昔の人が丈夫で健康だったのは、
この身土不二と一物全体の考えが自然に保たれていたから、とも言われている。
黄金豚(こがねとん)
大矢氏が安全な食肉を作りたいという強い気持ちを持ったのは、
この地域の子供たちの給食が気になったからでもある。
遠い所から運ばれる食材より、近くで作られたものを食べさせたいと思った。
どうしても安全な肉を食べさせたくて、「給食センタ−」が出来た当時、利益を度外視して給食のための豚肉を供給した。
安全な肉を作るには、昔からの方法で豚を育てることだと考えている。
その一つが、時間をかけて育てること。子豚たちは、とにかく太らせるようなストレスのある育て方ではなく、昔そうだったようにゆっくりと時間をかけ、黄金の丘の豚舎で余裕をもって育てられる。
そうすると病気にかかりにくい免疫力の強い豚になるため、余分な薬もいらない。
また、地元の牛乳が原料の「牧家」のホエー(乳清)を与えることで腸内環境が良い状態に保たれ、豚たちはさらに丈夫で健康に育つ。
大矢さんが気に留めるもう一つの言葉は「
医食同源」。
生きるもの全部に当てはまる言葉だ。
そして、この豚たちは三種類の品種を交配させて生まれた「三元豚」なのだが、
昔からこの土地で飼われている豚の子孫でもある。
こうして育てられた豚肉が、
実際に数値の上で、ビタミン類やミネラル分が豊富な食肉「黄金豚」なのだ。
さらに、まだまだ、抜かりはない。豚の糞尿等も、まるごと資源だ。
稲藁などと混ぜ合わせて有機質堆肥にされ、畑の土にすき込まれ、有機質野菜を育てるのに利用される。健康な豚の糞尿は、健康な土を作る。
オオヤミートだけではなく地域の企業が協力し合い、
本来廃棄物だったものをお互いが有効な資源として利用し、この循環を実現している。
この土地で生まれた安全で美味しい肉を安心して食べられるのは本当に幸せなことだ。
大矢氏の考えを知った上で食すれば、
ただ「おいしい」「幸せ」なだけではなく
少しは自分も本来の循環の輪に入って行ける、そんな気もしてくる。
物事の根源を見据え、
本来の思いを忘れずに進む。
これが現在の大矢辰男さんが心でつぶやいている
最も大切な事柄の一つだ。
オオヤミート本店 伊達紋別駅前
北海道伊達市山下町79-1
TEL: 0142-25-2983 FAX: 0142-25-1129
E-mail: oya-meat@coral.plala.or.jp
開業時間 8:00〜17:00
定休日 日曜日
<The Human!>
オオヤミートの大矢辰男氏は今こんなことを考えている。
大矢氏の、始まりと、現在。
※記事の内容は取材時の情報に基づいています。(取材2014年)
《他の特集を読む》