■田舎の生活【3】(SONG NHAT HOTEL から)
(2013.7.15) 2日目の朝は午前6時に起きた。
竹のベッドでは寝ていられないからである。
食事の後に、この家のお父さんの管理している塩田を見に行った。
この時期は雨季なので、塩作りはお休みだそうだ。
今は塩田の中は真水のようで、11月から塩作りが始まるようだ。
塩田とコーさんのお父さん。
塩田見学から戻ると、家でみんなが騒然としている。
何事かと思ったら、私に「警察から呼び出しが掛っている」と言う。
良く事情が分からないのだが、外国人がこの村に入る時は警察に届けを出す必要があるらしい。
塩田を横切り近道をする住民たち。
「見知らぬ外国人がウロウロしている」と、村の誰かが警察に密告したらしい。仕方ないので、生徒のバイクに乗って4人で警察に向かう。
こういう時には言葉が分からないのは困る。
生徒の日本語会話能力では、何が起きているかを私に説明が出来ない。
遥か向こうまで、コーさんの塩田は続く。塩田作業は11月から5月まで。
警察に着くと、署員が出て来て「パスポートを出せ」と言っているらしい。私は持ち歩いているパスポートのコピーを渡した。
なにかを聞くがベトナム語では分からない。
その内に署長らしき男が出て来た。
署長も同じように私に聞くが、何も分からない。
なにを運んでいるのか?
その内に今度は私服の男がやって来て、署長の書類を後ろから覗き込んでいる。署長もそれを許しているところを見ると、秘密警察なのだろうか?
署長も私に色々と聞きたいらしいが生徒の通訳では埒があかず、それでも仕方なく同行したこの村の生徒に聞いているが分からない。
村にはジャックフルーツの木がある。
なにやら調書らしき紙に、色々と書き込んでいるがベトナム語なので私には分からない。
生徒の1人が警察に行く前にM副校長に事の次第を電話したらしく、その時、彼女から私に電話があった。
沼地には作業用の牛が草を食べている。
「心配することは無い。私から警察署長に説明するので、電話を代ってくれ」と言う。
署長と長々と電話で話した結果、どうやら事情が分かったらしい。
そして、本来は支払うべき罰金も無く、最後は握手をして警察を後にしたのである。
ホーチミン市に戻ってからM副校長が言っていた。
「私が警察署長に伝えた。ベトナムの為に奉仕してくれている大事な日本からのお客さんを逮捕なんかしたら、国際問題になりますよ!」。
田舎の食堂。バイクは高いので、田舎では自転車も多い。
(おまけの話)
この1件は後から色々と事情が分かって来た。
この村から中国の主張する国境までは10キロほどらしい。
M副校長の用意してくれた薬。 「下腹の時」とは「下痢の時」らしい。
中国とベトナムは領海問題で大いに揉めており、以前には交戦もあったらしい。
そこで政府としては中国人が潜り込まないように、警備を厳重にし、この村に入る外国人には登録申請をさせていると分かった。
そんな村に来ていたとは、私は全く知らなかったのである。
この村の住民は外国人はおろか、日本人など見たこともない。そんな村で私は陽気に振る舞い、村人に「シンチャオ(こんにちわ)」と挨拶をしまくっていたのである。
これじゃ目立つわけだ。
市場の近くは朝から人通りが多い。
そんな私を陰から見ていた村人が警察に密告したのだろうが、自由社会から来た私はベトナムが社会主義の国であることを忘れていたのである。
M副校長は私に電話で、「調書にはすぐにサインをしないように。その調書を生徒に電話口で読ませて、私がOKと言ったらサインして下さい」と言っていた。
こんな田舎の村で、私は国際紛争に巻き込まれてしまったのである。
この村はココナツも特産である。