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[2019.05.20]
■JALの整備工場見学  
毎朝、起きるとメールをチェックする。 
着信しているメールの多くは不要な広告宣伝メールなので、そのまま読まずに削除する。 
 
ところがある日の広告メールに「0円で大興奮。旅好きが惚れる無料観光スポット」というタイトルがあり、それに惹かれてメールを開いてみた。 
 
見学前の説明の休憩時間に、同じ場所にあるDC9-81 のカットモデルの操縦席に座る。(SKY MUSEUM) 


現役の時は全く見向きもしなかったのに、最近は「無料」という言葉に弱くなった。気を付けないと詐欺に遭いそうだ。 
 
今回の無料は「JAL工場見学~SKY MUSEUM」の見学なので、怪しくないと分かった。そこでJALのホームページから見学を申し込んで、1人で出掛けて行った。 
 
整備工場は巨大な格納子だった。 
 
 
最近は友人達を誘うと、「返事が無い」、「都合が悪い」、「なかなか返事を寄越さない」などが多いので、面倒だから1人で行くようにしている。 
 
元々が「手帳の空白を埋める」ことや「健康の為に歩く」のが目的であるから、特に連れは必要ないのである。  
 
巨大なボーイング787機。 
 
 
見学会は午後12時30分の集合なので、浜松町から東京モノレールに乗り、「第2ターミナル」まで行って昼ご飯を食べることにした。 
 
飛行機に乗らないのに空港へ行くのは、私は初めてのことだ。 
軽いランチを食べたらまだ時間があったので、5階の展望台デッキに行って離着陸の飛行機を見た。 
 
エンジンの整備らしい。 
 
 
時間になったのでJALの整備工場がある2駅先の「新整備場」にモノレールで行く。入館は身分証をチェックされ、胸から掛けるIDカードを渡される。 
 
50人ほどが参加して、整備工場の見学前に3階の部屋でビデオを見せられ、係員の説明を聞く。そしてやっと3組に分かれて工場に向かう。 
 
整備工場の向こう側は滑走路である。 
 
 
工場と言っても、そこは飛行機の格納庫である。 
巨大な格納庫に5機のJAL機が入っている。 
 
作業に支障の無いように少し離れて見学するので、どんな作業をしているのかは良く分からない。 
引率の係員の説明もあるのだが、工場の音と時折、離陸する飛行機の音でよく聞こえない。 
 
エンジンのカバーを外して、整備員が作業をしている。 
 
 
でも現役の時には工場を経営していた私は、現場を見るだけで血が騒ぐ。新入社員らしき若者たちが、先輩社員の指導でエンジンの周りに集まっていた。飛行機には10メートルくらいまで近づけるので、その巨大さに圧倒される。 
 
「なんでこんな大きなものが空を飛ぶんだろう?」と不思議でならなかった。40分の整備工場の見学は、思い掛けず楽しかった。 
これが無料では申し訳ない。 
今後は飛行機に乗る時はJALにしようという気持ちになった。 
 
この格納庫に飛行機が5機、並んでいた。(整備工場は絵になる!) 
 
 
(おまけの話) 
若い頃からであるが、港や飛行場に行くと無性に外国に行きたくなる。 
私の青春時代にパンアメリカン航空(パンナム)がスポンサーとなり「兼高かおる世界の旅」というテレビ番組があり、私は外国に興味を持って欠かさず見ていた覚えがある。 
 
それが私の外国への興味の原点かもしれない。そのパンナムも1991年に倒産してしまったのは残念だった。 
 
ANA機が到着した(第2ターミナルの展望台デッキから) 
 
 
学生時代から「いつかは外国へ行きたい」と、思い続けていた。 
それが思い掛けないことから、大学卒業時にニューヨーク(NY)に行けることになったのである。 
 
1964年にNY世界博覧会が開催されることになり、日本館のレストランで働く従業員の募集があった。 
その募集試験に応募して、運良く合格してニューヨークへ渡った。 
 
ANA機は離陸する(第2ターミナルの展望台デッキから) 
 
 
「憧れのハワイ」とか、「トリスを飲んでハワイに行こう」なんてTV広告があった時代に、一足飛びに私はハワイを飛び越えてニューヨークまで行ってしまった。 
 
そこでの経験は貴重だったし、その影響は思った以上に強烈で、それ以来、なんだかんだと言いながら外国との関りが続いていた。 
現在のベトナムとのご縁もその一環である。 
羽田空港のJALの工場を見学して、「もう外国は卒業」と思っていたのに、また行きたくなった。 
 
着陸するために東京スカイツリーの手前を飛ぶ(第2ターミナルの展望台デッキから) 
 
 
  
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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