■同級生と歩く赤坂から神宮外苑
11月26日は今季初めての寒さの上に、小雨模様だった。
でも予定通り、中高時代の友人達と「都心を歩かない会」に行かなければならない。
1年半くらい前までは「都心を歩く会」だったのに、「腰が痛い」とか「足が痛い」という人が増えて来て、仕方なく「都心を歩かない会」にするよりなかった。
「やげんぼり」の店は黒塀でお洒落だ。(入口横にランチメニューがある)
その前に前日のことだが、マンションの知り合いのXさん(84歳)にバスの中で会った。
私 「いまは時間がありますか?」
Xさん「暇ですよ」
私 「では3階のカフェで、お茶でもしましょうか?」
Xさん「うーん?、チョットなー」
私 「私がご馳走します」
「ぎおん やげんぼり」赤坂店。
Xさんは本人が、誰にでも宣言している「ケチ男」である。
そこで私の奢りでカフェに行った。その時に私はXさんの為に、いずれ必要となるだろう遺影になるような写真を撮ってあげた。
そして翌日の朝にXさんに電話して、その写真を渡すために3階のロビーに来てもらったのである。Xさんは奥さんと一緒で、私達はソファに座り少し話をした。
ランチ定食「八坂」(1200円)
「出汁巻き玉子、赤だし、ジャコの小鉢、ご飯、漬物」
話の途中でXさんの奥さんが私に聞いた。「すみません。お名前は?」。私は驚いたが、Xさんは親しい私の名前を忘れてしまい、奥さんに私の名前を言えなかったらしい。
80歳を過ぎると、こんなにボケるのか?と、自分のこの先が心配になった。奥さんは写真の謝礼に缶ビールを3本持参していたが、私は「お酒は飲まないです」と断わって、バス停に向かった。
赤坂見附の「豊川稲荷東京別院」。
赤坂見附駅に集合した今日の「歩かない会」の参加者は、私を含めて5人だった。
すぐに細い路地を入った、ランチ会場の「やげんぼり」に向かう。
ここは私がネットで調べておいた店で、京都の有名な「おばんざい屋」の赤坂店である。ランチメニューから一番人気の「八坂・出汁巻き玉子」を注文する。予想通りに美味しかった。
歩道に植えられたプラタナスの葉が紅葉していた。
食後は今日のメインテーマである、「天皇陛下の祝賀パレード」の道順を辿る旅である。
先ずは赤坂見附から近い場所にある「豊川稲荷」にお参りする。
ここでYくんが「腰が痛い」と言って脱落し、タクシーで帰って行った。青山一丁目から神宮外苑に向かう。期待していた銀杏並木は、まだ少し早かったようだ。
それでも大勢の観光客が来ていて、思い思いに写真を撮っている。
道路はプラタナスの落ち葉で埋められていた。
我々は絵画館横を通り、東京オリンピックの開会式が行われる予定の完成した「国立競技場」の写真を撮り、その後、JR信濃町駅に向かう。
そして駅近くのカフェに入り、今日の反省と同級生達の消息を確認し合った。
12歳から18歳までの思春期を一緒に過ごした仲間というのは、もしかしたら女房よりも私の秘密を知っているのかもしれない。
青山通りから見た神宮外苑の銀杏並木。
(おまけの話)
11月後半から12月の初めにかけた時期になると、アチコチから「喪中につき」という葉書が届く。最近は自分が年をとったせいか、その枚数が増えたように感じる。
Sさんは奥さんを亡くした。北海道で知り合ったAさんはご主人を亡くした。Oさんの母は105歳で天寿を全うした。Tさんはご主人を亡くした。
「銀杏祭り」の期間は道路も閉鎖されて、歩行者天国になっている。
亡くなってしまえば全てが終り、良い思い出だけが残る。ボケたことも忘れられて行く。
今回の「歩かない会」では、「ボケたか?、大丈夫か?」という小さな事件があった。
神宮外苑で銀杏並木を見た後に、S君は「足が痛いので、先に駅に行って待つ」と言った。そして信濃町駅方面に歩いて行ったのを見届けた。
まだ道路に銀杏の葉が落ちていないので、少し早かった。
我々は新国立競技場の写真を撮った後に信濃町駅に行ったら、S君の姿が見当たらない。携帯に電話をしても出ない。
心配していたら、S君から電話があった。
S君「いま東京体育館前にいる」。
私 「そこは信濃町駅ではなく、千駄ヶ谷駅だよ」。
・・・ということで、そこから彼に電車で1駅の信濃町駅まで来てもらい合流出来た。
今回のことで、「年をとったら、クドイくらいに確認が必要」と知ったのである。
最近になって完成した「新国立競技場」(東京オリンピックの時の開会式が行われる)