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[2008.10.15]
■八百比丘尼
 風光明媚な福井県若狭湾に面した小浜市に「人魚の浜海水浴場」という所がある。そこから200メートルほど入った後瀬山の麓に位置するのが、空印寺というお寺なんだけど、このお寺、藩主であった酒井家の菩提寺でもある由緒あるお寺だ!その山門のすぐ横に小さな洞窟がポッカリと空いていて、周りには椿の木と「八百比丘尼入定洞」と書かれた案内がある。そう、これが人魚の肉を食べて800歳まで生きたとされる「八百比丘尼」の最後の地とされている場所なのさ…。 


 ところで、「八百比丘尼の伝説」って皆さん知っていますかね?知ってる方も多いとは思いますが、ここで軽くおさらいをしておくと、その昔、高橋権太夫という長者が東勢村(現小浜市)にいた…。ある日、長者は海の中にある蓬莱の国へ行き、そこから”人魚”の肉を持ち帰って来たという…。実は古来から人魚の肉を食すれば、不老不死を授かると言われていたようで、好奇心旺盛な長者の18歳の娘が、父親の持ち帰ったこの肉を食べ、永遠の命を得てしまった…。 
 
 18歳のままの姿形で、ただ年齢だけを重ねていった娘は、120歳の時、自分のあさはかさと世と自分の罪をはかなんで出家し、尼(比丘尼)となった…。そして、全国を行脚し、貧しい人や困っている人のために仏の道を説いて回ったらしい…。800歳になって、この小浜の地に辿り着いた比丘尼は、ついに入定(身を隠して死を待つこと)する事を決意する…。白椿の枝を洞窟の入り口に刺して、「この枝が枯れたら自分も死ぬだろう」と言い残して、人々の前から姿を消したそうだ…。 
 
 現在、この洞窟は高さ1メートル強くらいの四角い入り口になっており、奥行きも20メートルほどあるようなんだけど、中には「八百比丘尼」と書かれた石碑が設置されていて、何故か暗く、寂しい空間に思えた。 
 
 空印寺には、この洞窟以外にも、長者の娘が人魚の肉を食べようとしている「八百比丘尼の絵巻」(室町時代のものとされている)や、白椿の木で作られた比丘尼の木造が安置されている。 
 
 空印寺だけでなく、小浜市には八百比丘尼関係の史跡があちこちにあって、小浜市の根来地区には高橋長者の屋敷跡があり、「八百尼」と書かれた石碑が立っているし、青井地区の神明神社の境内には「八百姫神社」がある。ここは、全国を行脚した末に小浜に帰った八百比丘尼が、最初に庵を編んで住んだ所と言われている所で、彼女の死後、その霊を慰めるために神社として祀ったという縁起が残されている…。 
 
 これ以外にも、冒頭に書いた人魚浜海水浴場や「人魚」「マーメイド」を冠した、八百比丘尼に関連した地名や施設も数多くある…。たくさんの書物や芝居にもなっているのだから、本当に実在した可能性はかなり高いと思うが、800歳なのに顔と体は18歳ってやっぱり不幸でしょうね…。不老長寿を得たがためにかえって不幸な人生を送らざるを得なかった娘の悲しみに共感する心が、いまだ根ざしている土地のように思える…。 
 
 小浜市は京都にも近いので、興味のある方は一度空印寺にお参りに行かれる事お勧めしますよ。当然、身体堅固・家内安全の御祈願はお忘れなく…。 
 
  
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PROFILE
タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
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この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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