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[2008.10.22]
■ブラジルでも読まれている私のブログ
武者なびにブログを書くようになって、3年以上も経つ。 
その前は伊達の情報を東京の友人達にメールで送信するということをやっていた。そして東京にいる時は、伊達の友人達に東京情報を送信していた。 
 
そんなメールのことを知ったYさんから、『是非とも武者なびに掲載させて欲しい』と頼まれて、それ以来、ブログとして書き続けて来た。 
 
ふっと思い付いて調べてみたら、最初は2005年6月23日だった。もう3年以上も書き続けていて、その数は600話に近くなった。 
今ではこれが私の日課となってしまった。 
多分、私のブログを読むのが日課になっている人もいるだろうと思う。 


伊達に滞在している時は土曜・日曜・祭日を除き、毎日、ブログを書いた。毎日書けるだけのネタがゴロゴロしているという理由からである。 
ところが、東京に戻ると、それがそうは行かない。 
 
伊達の人が東京に来れば、ネタに困らないだろうと思う。 
東京で生まれ東京で育つと、地方の人には東京の何が面白いのかよく分からない。 
一方、自分が面白いと思うネタは東京にはそうは無い。 
 
伊達では忙しくしている私だが、東京では忙しくない。 
家にいる時は、静かに仏像を彫ったり、本を読んだりしている。 
 
 
友人達も年をとったので、出不精になって来ている。 
まだ現役で頑張っている友人も多く、そんな彼らの邪魔もしたくない。 
 
私の老後は『夏は伊達で忙しく動き回り、冬は東京で静養する』というパターンに落ち着いたようだ。 
いつまで続けられるか分からないが、元気な間はブログを書き続けようと思う。 
 
(おまけの話) 
ある時、伊達の寿司屋の文七から携帯メールが入ったことがある。 
『橋本さんのブログを読んで、イタリアからお寿司を食べに来てくれた人がいまお店にいる』という驚きの内容だった。 
 
ところが、今度はブラジルからである。 
これは私が以前に書いた『謎が深まる消えた町を行く』というブログに対してのコメントであった。 
 
本人の許可は取っていないが、公開されたコメントなのでその内容を下記に転載しました。 
 
『ブラジルからです。昭和37年私は室蘭工業大学の学生でした。夏休みに帰省するとき札幌まで歩いて帰ろうと思い、室蘭岳に登り鉱山町に下りました。そこから北へ歩きました。途中で日が暮れました。 
運良く林道保全の労働者の飯場が目の前に現れ、入浴晩飯で歓迎してくれました。 
 
翌朝北へ歩きました。突然眼の下に木も草もない谷が現れました。 
みすぼらしい小屋があり円柱状の黄色の硫黄が沢山並べてありました。 
すべて人力で硫黄の採掘が行われているようで驚きました。これは幻想だったのでしょうか?もう一度あの谷の写真を見たいと思います』。 
 
世界は狭い。ブラジルからとは!いま更ながらインターネットの威力を知った。 
皆さん、たまにはコメントをもらえると、なお頑張れますよー。 
 

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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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