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[2020.08.03]
■ベトナム(20)・・・ドンナイに行く(2)
(2013年8月1日) 
 
昨日の話で「ドクダミ」のことを書いたら、日本から3人の友人がメールで指摘して来た。「ドクダミは毒ではない。毒矯みから来ていて、毒を抑えるの意味です」とあった。ありがとう。知りませんでした。 
 
たまには間違いを書かないと返信をもらえないので、この間違いは私にとっては良かったと思っている。 
 
さて、2日目は教室がお休みなので、ドンナイ観光となった。 
朝7時15分に先生2人がホテルに迎えに来てくれた。 
今日はハイヤーを頼んである。 
 
名前は分からないが、有名なお寺。ここでは阿弥陀如来も象に乗っている。 
 


ハイヤーを1日借りると、120万ドンである。(6000円) 
私には高いのか安いのか分からないが、いずれにしても私が支払う。 
 
ベトナムに来てから、なんでも私が払うことになってしまっている。 
「金持ちの国、日本から来た人」ということになっているので、仕方のないことだ。 
 
1万ドンでお線香を買う。 閻魔大王か? 
 
 
先ずは小高い丘の上にあるお寺の見学である。 
私は先生に聞いた。『ここはどんなお寺なんですか?』。 
先生『ここは昔、偉い人が住み付いた場所だそうです』。 
私『それだけ?。それじゃ、観光ガイドとして失格だよ』。 
 
ザボン園で船に乗る。 
船とザボン園見学とランチで4人で120万ドン(6000円) 
 
 
ベトナムは仏教国だが、宗教は日本と同じく普段はあまり信じていない。ゆっくりと、寺の中を見て廻った。 
 
色々な仏像があるが、古い日本の仏像と違って色が派手だ。 
日本でも見たことがあるような仏像も多い。 
 
ザボンが鈴なり。 
 
 
庭に石碑があった。漢文が彫ってある。 
ベトナム人は漢字は読めない。先生でも読めない。 
フランス支配下の時に、漢字を捨てさせられたからだ。 
私はかなりいい加減に、石碑の文字を読んで聞かせた。 
 
『300年前に泰習という上人が雪や霧の中を、大変な思いでここまで来た。そしてここで悟りを開いたので、ここに寺を建てたのです』 
 
ザボン園でランチ。ここは美味しかった。 
食べ残すと、先生は持ち帰る(偉い!) 
 
 
他の場所でも石碑に彫られた漢文を読んで、先生や生徒に聞かせた。 
ベトナム人の知らない歴史を、日本人が石碑を読んで聞かせたのでみんなは驚き、日本語の先生から殆ど歴史学者となってしまった。 
 
川の水は茶色い。町の人がレジャーに来ている。 
 
 
その後は有名な滝を見に行くという。行ってみたら、大したことはない。東南アジアの川は、どこでも茶色に濁っている。 
日本の透明な川や滝を見慣れた者からすれば、こんな滝はどうということはない。 
 
その次はザボン園である。 
日本のザボンや文旦のような果物がこの国にもある。 
ここでゆっくりして、疲れを取った。 
 
ザボン園の売店。 
大きなザボンが6個で20万ドン(1000円)1個166円。 
 
 
(おまけの話) 
夕食を生徒達と食べてからホーチミン市に戻ることになっているし、疲れたこともあり観光を早目に切り上げた。 
 
そこで、生徒達にドンナイ川の河畔のカフェに来てもらい、そこで日本語の練習をすることにした。 
 
ザボンの木。むかしここに偶然に、2本のザボンが生えていたことから 
ザボン園が始まった。 
 
 
彼らは日本人と直接話が出来る初めての機会なので、この時とばかりに私に話し掛ける。でも残念ながら、大した質問は出ない。 
日本語の単語を知らないからである。 
 
ベトナム人は「つ」の発音が出来ない。 
ベトナム語に「つ」の発音が無いからである。 
『橋本先生はいちゅ日本に行きますか?』と聞いて来る。 
 
私は『橋本先生はいつ日本に帰りますか?ですよ』と教える。 
そして反復させるが、「つ」がどうしても「ちゅ」となってしまう。 
 
カフェの前のドンナイ川では漁師が魚を獲っていた。 
 
 
私は「9月に日本に帰ります」と言う。 
生徒は「9がちゅですか?」と聞く。 
そして「(ちゅ)ではありません。(つ)です」という発音練習が延々と続く。そして最後まで出来ない。疲れる。 
 
ザボン娘。(住み込みで、給料は安いと言っていた) 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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