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[2020.08.11]
■ベトナム(22)・・・外国人には困る町
(2013年8月3日) 
 
ベトナムという国は結構面白い。 
面白い理由の1つに、「外国語が分からない」というのがある。 
言葉が分からないために誤解することも多いが、これは開き直って楽しめば良い。 
 
  タクシーの中から (私には運転できない)  


ホーチミン市の中心は1区といい、東京で言えば千代田区と中央区を合わせたような場所で、官庁や高級ホテルなどがある。 
この辺りなら、ホテルでも英語なら通じるし、お店でも大丈夫だ。 
 
シェラトン・サイゴン・ホテル・アンド・タワーズの正面玄関 
(第1区) 
 
 
ところが私の現在住んでいる町に来ると、そうはいかない。 
そもそも私の滞在しているホテルのコンシェルジュが、ベトナム語以外は全く駄目なのである。数日前の夜もシャワーを浴びたのだが、お湯が出ない。でも暑い国なので、特に困りはしなかった。 
 
     私の住むホテル 「SONG NHAT」  
 
 
遅い時間だったので、日本語学校の先生にメールで事情を説明した。 
翌日の朝になってホテルに電話してくれた先生は、『部屋のお湯を沸かす電源が入っていないのが理由だ。』と言った。 
 
そういえば、その後、オバサンが部屋をノックしたので中に入れたら、 
風呂場でなにかやっていたようだったが、あれがそうだったのか・・・。 
ホテルからの説明が無いので、なにがなんだか分からないで生活している。 
 
ベトナム風ウォッシュレット (ホースでお尻を洗うらしい) 
 
 
昨日はスーパーマーケットに1人で買い物に行った。 
ここから歩いて20分くらいだが、暑いしバイクの洪水の中を歩くのは 
東京と違い思った以上に危険で大変だった。 
 
しかも副校長が買ってくれた排ガス防止用のマスクをしているのだから、暑いし息苦しい。 
 
マスクとサングラスは必需品 (これでヘルメットを被る) 
 
 
スーパーは日本のスーパー並みの大きさだが、高級品だけを売っているそうで、庶民は涼みに来る程度で、高いのであまり買わないそうだ。  
また、袋などの持ち物は指定の場所で一時預けしてから、店内に入る方式である。買い物客をまるで信用していない。 
 
私は朝食用のマグカップ、フルーツを切るナイフ、ティッシュペーパー、果物、ヨーグルト、バター、フランスパン、シャンプー、ボディソープなどを買った。 
 
私のホテル「SONG NHAT」の受付嬢 
 
 
しかし目指す品物がどこにあるのか分からず、店員に聞いたが言葉が通じない。仕方ないので、私の秘書役のミン・ドゥックさんに電話して、日本語で説明した後に、その携帯電話を店員に渡してベトナム語で通訳してもらった。 
 
会計は日本と同じだが、レジの女性のスピードがまるで遅い。 
日本のスーパーに慣れている私はイライラしてしまう。 
それでも買物は無事終えて、52万ドンを支払った。(1万ドンは50円) 
 
スーパー「パンドラ」 写真を撮っていたら警備員に怒られた。 
 
 
(おまけの話) 
ランチと夕食は日本語学校の生徒と一緒に食べる。 
彼らは昔の日本のように年配者を敬っている。 
 
食事の前に「なにか飲み物を頼みなさい」と言っても、遠慮して頼まない。食べ物も一番安いものを頼む。 
「折角だから、美味しいものを頼みなさい」と言っても、「私はこれが 
好きです」と言う。 
 
フォーを食べる (中級店なので3万9000ドン) 
 
 
生徒が行くような安い店なら、4人で行っても、たかだか20万ドンである。彼らはご飯をご馳走になった上に、日本語の勉強が出来るのだから、こんな嬉しいことはないのだそうだ。 
 
食事が運ばれて来ると、彼らは私の箸、フォーク、スプーンをティッシュでシッカリと拭く。これをどこの店でも行う。 
 
定食屋のランチ (好みのおかずをご飯に乗せてもらい、スープが付いて2万ドン) 
 
 
食事の最中も質問攻めに遭う。 
会話をしたいだけなので、大した話は出ない。 
それでも変な発音の日本語を聞きとるのは、相当な努力がいる。 
 
だからホテルに戻った時はすっかり疲れてしまい、いつも午後9時には 
寝てしまう。 
 
生徒達とサトウキビのジュースを飲む。 
 
 
 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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