■惜春
山の樹々が芽吹き始めると、春の山は薄紅や淡緑、クリーム色など、レース編みのように繊細でやわらかな色に染まる。2011年に書いたことを再び引っ張り出してきた。 中国北宋の山水画家、郭煕(かくき)は
「春山澹冶(たんや)にして笑ふが如し」
と書き残している。澹冶とは、淡く艶やかな様子で、はにかんだ少女のほほえみのような春の山の明るさ、人の心を和ませるようなたたずまいをよく表している。
北海道伊達近郊では、今の時期は「山笑う」から「万緑」に向かっている中間か?
「萬緑の中や吾子(あこ)の歯生え初むる」
「万緑」という言葉は、王安石の「万緑叢中紅一点」が出典とのことで、中村草田男(なかむらくさたお)のこの句以来夏の季語として定着したとのこと。
自然の力強い息吹と小さな生命力の確かさなどが伝わってくる名句で草田男の代表句となっている。
以下、金子兜太(かねことうた)さんの「美しい日本の季語」による。
*春は、厳しい冬を越えて訪れたのどかな季節で、小さな種を力強く芽吹かせ、色とりどりの花をいくつも咲かせます。人々は、そんな春に自身の若くエネルギーに満ちた日々や、人生の最も華やかなりし思い出を重ねます。そして、過ぎ行く時間をとどめられないことを知りつつ、その悲しみを春に託すのです。(後略)*
(2020-5-25記)