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[2008.02.08]
■44年ぶりの2人だけの同窓会(ハワイ・7)
今までに何回も書いているように、私は今から44年前の22歳の時にニューヨーク世界博覧会の会場の日本館でバスボーイとして働いた経験がある。 
 
当時の仲間は今でも結構仲が良く、時々集まっては昔話をして楽しんでいる。 
その時にウエイトレスとして参加した女性にSさんがいた。 
そのSさんは結婚後、ハワイに渡りホノルルに住んでいる。 


私が『仏像 in ハワイ』をやることになり、それならと彼女にも色々と協力もしてもらい、現地で会うことになった。 
夕食を一緒にしようということになり、ホテル・ニューオータニの中にある『都』というハワイでは老舗の日本食レストランで待ち合わせた。 
 
久し振りに会ったSさんハワイ風のピンクとグリーンのムームーで現れて、かなり太めとなっていた。でも昔の面影はそのままだ。私は女房を一緒に連れて行ったのだが、年のせいか話す内容はどうしても昔話となってしまう。 
 
 
以前にこのブログで紹介したモデルのAさんは『まだ死んでいないわよー』という新情報もあった。また、Sさんは5年前にご主人を亡くして、今は1人で暮らしているようだ。 
娘さんが2人いて、1人はプロゴルファーとなり、もう1人は弁護士となったそうで、『今はベビーシッター役で忙しい』と言っていた。年齢からは想像できないくらい若く見える。 
きっと幸せなんだろうと思う。 
 
仏像展の最終日である日曜日にもSさんは会場まで来てくれた。前回より更に派手なピンクのムームーで現れた彼女は仏像には似合わない。 
私の彫った阿弥陀如来像の前で2人で記念撮影をした。 
 
昨年、彼女は日本に来た時にNY時代の仲間で清水市に住むM君の別れた元女房の実家がある瀬戸の家に泊めてもらったというから、ややこしい変な話だ。 
6月にはまた日本に来るそうだが、日本では飽きるほど電車や列車に乗りたいと言う。 
 
ハワイには電車が無いので乗りたくなるというが、変なことをしたがるSさんであった。 
ハワイに長く住むと、少しだけ私達とは感覚がずれて来るようだ。 
 
 
(おまけの話) 
Sさんと会う予定をしていた同じ日に荒了寛大僧正から夕食に誘われた。 
残念であったが断ったら、なんと同じレストランの『都』で同じ6時からだと言う。 
荒住職は『それなら合流しろ』とかなりアバウトな人だ。 
 
私はSさんと会うのを楽しみにしていたので、夕食後に合流することにした。 
Sさんの話では彼女のご主人が亡くなった時に、荒了寛大僧正に葬儀のお経を読んでもらったそうである。我々の食事が終ったので、別室の彼らと合流した。 
その時にSさんが主人の葬儀の話を出したが、荒住職はそんなことを忘れていた。 
荒住職はしゃぶしゃぶを食べていたが、昨年の11月に我々が下見に行った時も荒住職はしゃぶしゃぶを食べた。 
 
この話は『ハワイの和尚は鍋奉行』で書いた。 
我々が帰ろうとすると荒住職は、『おじやを食べて行け』と言う。私達はそれは辞退して帰ったが、荒住職のおじやは私が思うに、卵を入れてからかき混ぜ過ぎるんじゃないかと思う。 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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