■マレーシアの『Liberty号』からのメール
2005年5月22日に私の同級生のH君が福島県小名浜港からヨット『Liberty号』で世界一周の旅に出た。 クル―は3人で、その年になるまでみんなヨットは全く経験が無かったので、かなりの冒険である。
出航前にそれなりにトレーニングはしたが、定年後に始めたヨットなので、帰って来られないのではないかとみんなが心配した。
出航の時はみんなで盛大に見送りに行った。
もう2度と会えないと思ったからだ。
出発前に小名浜港でリバティ号と筆者
その後、太平洋を横断しなんとかアメリカ西海岸に到着し、そこからアメリカ大陸を南下した。そしてH君は2007年1月にパナマに着いたところで、健康上の理由でヨットを降りて帰国することとなった。
小名浜港沖のLiberty号
Liberty号はその後も航海を続け、今年になってマレーシアに到着した。
そこから予定を変更して日本に戻ることになったLiberty号に乗る為に、H君はマレーシアに飛行機で向かった。
先日、H君はその報告に我が家にやって来た。
H君は言った。『俺の旅は終っていなかった。ここで乗船しないと人生に悔いが残る』と、なんとも格好いい言葉を吐いて帰って行った。
(おまけの話)
そして、H君は4月21日にマレーシアからメールを送信して来た。
『・・・・・・・、健康上の理由により、パナマから途中帰国しておりました。ヨットと船長の弟はその後も、延べ10人を越える海の多国籍ヒッチハイカーと共に旅を続け、南太平洋を西に航海してタヒチやオースラリアをまわり、昨年暮、マレーシアに到着。
その後、更に西に行くかどうかを模索していましたが、このたび急遽日本に帰ることになりました。
マレーシアのLiberty号とH君
自分の気持ちとして旅はまだ終ってない私としては、旅をフィニッシュするべくヨットを迎えに来たわけです。
明日23日にここを出航して、かの有名なマラッカ海峡に出ます。その後、シンガポールを回り、ベトナムとフィリピンの間をまっしぐらに北上して台湾経由、日本に帰るコースをとる計画です。日本まで2ヶ月弱の航海を予定していますが、すべては天候次第。台風シーズンの前に日本のどこかにたどり着きたいと思っています。それでは皆さん、ご機嫌よう!』
人生の終盤に思いきった冒険をし、孫子の代まで語られる物語を完成しようとしているH君が私は羨ましい。
私には語るべき物語も無い。
せめて私は夢の中で、H君の冒険に便乗させてもらおう。
一緒にヨットで冒険旅行に行ったつもりになりたい方は、下記のアドレスでご覧下さい。
航海の途中でも衛星通信でHPに航海の様子が載ります。
Liberty号のホームページ
http://www.ne.jp/asahi/liberty/sevenseas/