伊達市地域生活情報マガジン『むしゃなび』へ ブログ★むしゃなび トップへ [今日:1] [昨日:1] [812] rss feed
[2010.07.07]
■ぶらり全駅下車の旅(中野~東中野)
中野駅北口前のアーケード街は日本一らしい。 
その名を中野サンモールといい、商店街の長さが225メートルもあるから、買い物するにはそれは長過ぎる。 
 
中野サンモール 
 
中野駅から南に進むと青梅街道に至るが、私は北口の線路沿いを歩いて行く。 
この辺りは織田という名の付く専門学校がコングロマリットを形成している。 
 
昔は織田着物学園と言ったように記憶しているが、それが時代を先取りして、ファッション、調理師、栄養、製菓、きものと5つの専門学校を経営するまでになっている。 
 
織田専門学校 


道路沿いのガラス張りの教室では、白いコック服を着た若い男女が熱心に先生の言うことを聞いている。 
その教室の向い側の線路の壁には、誰が書いたか?、素晴らしいアートで埋め尽くされている。 
織田ファッション専門学校の生徒が、JRの許可を取って描いたのかもしれない。 
 
線路の壁アート 
 
中野駅の少し前で高架から地上に降りた電車は、この少し先から今度は電車は道路の下の切通しを走るようになる。 
この通りには桜が植えられていて、春には桜が綺麗だろうと思う。 
 
その通りの名前を見て驚いた。 
片側が線路で、もう一方には殆ど店も無く、人通りも無いのに、『ギンザ通り』という看板が電柱に取り付けられている。 
田舎の「銀座通り」よりも私を驚かせた。 
そして、驚きながら歩いていたら、東中野駅に出た。 
 
東中野ギンザ通り 
 
(おまけの話) 
青梅街道の中野に友人がいた。 
彼はKさんといい、私より少し若かった。 
彼とは工作機械の見本市会場で、商売を通じて知り合った。 
 
私の会社が機械を製造し、彼の会社がドイツから切断機を輸入して、それらを一緒にしてお客に売り込んでいたことがある。 
 
切通しを走る中央線 
 
Kさんは根っからの営業マンという感じで、明るく感じが良い。そんな彼とは気が合って、一緒にゴルフをしたり麻雀をした。 
どちらも私の方が強いのだが、負けず嫌いの彼はそれでも私に挑戦を続けていた。 
 
ある時、Kさんは知り合いの紹介で新しく工場を始めると言った。販売の経験しかない彼に、私は『止めた方が良い』とアドバイスしたが彼は聞き入れなかった。 
 
そして案の定、失敗し、莫大な負債を抱えて倒産してしまった。その後、長野県の方に行ったらしいという噂を聞いたが、それっきりとなってしまった。 
 
中野駅を通る度に、Kさんのことが思い出される。 
▼トラックバック(0)
このエントリへのトラックバックURL:
現在トラックバックの受信を停止中です
▼コメント(3)
名前:山崎ときお  2010.07.14 09:12:49
いつも楽しんでいます。よく沢山言葉が出て来ますね。毎日大変ですね。これからもよろしく。 
名前:thomas sabo charms  2010.07.13 18:06:14
幸せな生活。 
名前:shinji  2010.07.07 12:13:21
今は行方不明のKさんの話。橋本さんの文には、おりにふれて、人生の一断面が垣間見えて、いろいろあるんだなー、人の人生は、と思わせられます。 

▼コメントを書く...
*必須入力です
 「コメント」欄は日本語で記入してください。
 英字数字のみだと、コメントと見なさず投稿できません。
*お名前:
URL:
*コメント:
プロフィール
心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
ブログ検索
最近のスナップから
2月の山中湖 
 
丸ビル方面の夜景 
 
ラーちゃん