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[2011.01.25]
■父の形見
なぜか急のことだが、私もそろそろ身辺整理をした方が良いと思うようになった。その理由の1つに、部屋にガラクタが増え過ぎたということもある。 
また過日のことだが、急に心臓が痛くなり、いずれ心臓病で急死するんじゃないかと気が付いたこともある。 
 
少し片付けていたら、「父の形見」という言葉を思い出した。『なにが私の父の形見かなー?』と考えたが、なかなか思い当たるものが無いのである。 
 
作者不明の「薔薇」 


父の着た衣類というのも無いし、愛用していた道具も無い。趣味の無い人だったので、それらしき物も無い。 
父の写真もアルバムは姉が持っていて、私は持っていないので、葬儀用の1枚だけである。 
 
そして気が付いた。絵画と彫刻があった。 
絵画は鈴木信太郎という日本画家の書いた花である。 
 
鈴木信太郎作 「花」 
 
彫刻は中村博直の裸婦像である。 
 
中村博直作 「裸婦」 
 
母が生きている時に、『この絵は高いので、いずれ売却して兄弟姉妹で世界一周でも行きなさい』と言っていたのを思い出した。 
 
そこでインターネットで調べて、美術商に問い合わせてみた。その答えは、『実物を見ないとハッキリした価格は出せませんが、50万円以下です』と、冷たい知らせだった。 
 
そこで、もう彫刻を鑑定してもらう気が起きなくなってしまった。 
美術品はダイヤモンドに似ていて、買う時は高いが、売る時は予想以上に安くなってしまうのである。 
 
親の形見をお金に換算するということが、そもそも間違っているのかもしれないなー。 
 
女房の友人の板倉画伯作 「椿」 
 
(おまけの話) 
父親の形見のことを考えていたら、自分の形見はどうなるんだろう?、と連想した。 
 
私は娘が1人だけなので、男物の衣類だとか愛用の品なんて迷惑に違いない。そうかといって、高価な物は持っていない。色々と考えてみたが、やはりなにも無い。 
 
私の女房と娘は女同士だから、使える物があるだろうと思う。 
最近の母親は若づくりなので、そのまま着られる洋服もあるようだ。靴もサイズが一緒なので、履ける。 
 
私が趣味で彫った多数の仏像なんて、まるで迷惑な品だろう。これは棺桶に入れて、焼却してもらおう。 
長い間に撮った写真も、自分以外には必要ない。 
 
形見には迷惑な仏像達 
 
そう考えると、形の無い形見はどうなんだろうと思った。 
たまには私を思い出してもらえるように、キーワードを残すのがいいのではないかと思い付いた。 
 
私のキーワードは、インターネットのこのブログ「むしゃなび」がいいかもしれない。 
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▼コメント(1)
名前:通りすがり  2011.05.31 20:06:19
鈴木信太郎は、50万というのはさすがに安すぎますね。そして、彼は洋画家に分類されるかと思います。おいだ美術とかの怪しい業者よりも、兜屋画廊とかに持ち込んだり、相談した方がよいと思います。持っていても値段が上がりそうな珍しい画家でもあります。 

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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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