■美瑛の丘の木
美瑛の丘に一本目立つポプラの木があった。丘の上に独立して、樹齢を重ねてきた木である。
ここに来ると思わず丘と空を背景に写真に収めたくなる。
この木が所有者の方の手で切り倒された。
いままでもいろいろと経緯があったようだ。観光客が訪れて、この農家の方の土地に無断で立ち入り木と一緒に写真を撮ったりしていた。畑を踏み荒らされ、病害虫を持ち込まれ、農家の方にしてみると生活を脅かされる事態が出ていた。この状況にたまりかねて持ち主の方は、抗議の意味も込めて、この木の幹に赤いスプレーペイントで「×」印をつけて、この畑には入ってくれるな、この木のそばで写真を撮るのは止めてくれ、とのメッセージを発していたことがあった。
そういうこともあまり効果がなかったのか、今回持ち主の方は、この木を切ってしまわれた。この木に何の罪もないのだが苦渋の決断だったようである。
ちょっと傾いて考え事をしている風に見えることから「哲学の木」という名前がついていた。
美瑛や富良野の辺りのなだらかな丘の上には、ポプラなどの樹齢を重ねた大きな木があり、この風景は見る人をして心和ませ、北海道らしいとも感じるものだ。
開拓に入った当初に自分の畑の一部に植えたものが、長い年月をかけて成長して、遠くからも目立つ大きなシンボルツリーになったのだろうか。
伊達の私の住むそばを流れる気門別川を少し上流に歩くと、樹形のいい柳の木があった。この木も昨年切り倒されて、いまはない。4本くらいの木が集まって一つの樹形を作っていた。
散歩のとき、とくに芽吹きのころこの木を少し離れてみると若葉の色、全体の木らしい形が好ましかった。ある時この場所を眺めたら、妙にすっきりしているというか、何か足りないなと感じたら、この木がなくなっていた。寂しい感じがした。いつもあるべきところにずうっとあると思っていたものが、ないというのは寂しい。
散歩道を歩いていくと正面にこの木が見えてくる。奥に大きな栗の木があるが、その他にはないので、のびのびとこの空間に枝を伸ばして、全体にこんもりとした形を作っていた。
年月が経って、どこか弱っていたので倒れる前に切られたのかなと考えている。
川の対岸の同じような位置に、もう一株、この木の兄弟のような木があった。いままであまり気にしていな
かったが、昔にペアーで植えられた木なのかなと、この頃思っている。
有珠の登山口に向かうときに、畑の中の道を通っていくことがある。道の中ほどに、樹形のいい木がある。この木も四囲にのびやかに枝を広げている。周りが混み合っていないので、悠々とのびやかなのだろう。
やはり、この木も芽吹きの頃の、柔らかな緑の時が美しく感じる。有珠山の麓の畑にあるので、私の中では単純に“有珠山麓の木”と呼んでいる。
夏には木陰ができるので、畑作業の人々もこの木の下で憩うのかもしれない。
芽吹きの頃が楽しみだなあ。
かつて住んでいた横浜の二俣川には、大池公園(こども自然公園)という桜の名所がある。
桜山という丘のつらなりがあり、麓から丘の上に約1000本の桜の木があり、季節ともなれば、大勢の花見客で賑わう。染井吉野のうすい桃色が満開の時も、淡い色が美しいなと思うが、少し遅れて咲く八重桜も濃い桃色で、花の厚みがあり、これも美しい。写真に撮ると、八重桜の方が見栄えがするようにも思う。
この桜山とは少し離れた、田舎道のような道脇、そばに小学校の教育用のたんぼがある辺りに、一本の桜の木がある。辺りには桜の群落がないので、一本独立した桜の木である。樹齢を重ねた趣で、大きく四囲に枝を伸ばしていて樹形がきれいだ。
勝手に“大池の一本桜”と呼んでいる。
周りの木々がようやく芽吹きで少し色づいてくる頃に、一足お先に淡い桃色の花をいっぱいにつけて、孤高の趣があった。樹齢を重ねたので花数が減った。むかしはもっと花をいっぱいつけていたよ、という話も聞いたことがあった。
まだ、あの場所でことしも花を咲かせてくれているだろうか。
(2016-3-27記)