■うるるんハイクラウン。
今、最大手のコンビニで「ALWAYS 続・三丁目の夕日」にちなみ、有名ブランドの人気のお菓子を、当時の復刻パッケージにして限定販売しているのをご存じですか?
ポッキーやチョコレート、箱ミルキーにプリッツ、ベビースターラーメンなどなど。
どれも皆、素朴っていうか味わい深いっていうか、そうそう♪こうだったこうだった!という、とっても懐かしいデザインばかり。
近頃のお菓子のパッケージは、なんだかハイグレードをイメージさせるものが多くて。
それはそれで「お~っ!」って思うけれど、100円~300円位のお菓子に、それほど高いクオリティーは求めないんだけどなあ…、そう思うのは私だけ?
それに引き替え、駄菓子は潔いですよ☆
自分の役目を知っているから、パッケージも簡素だし、ネーミングだって笑いのセンス溢れるものが多いし。
ところで、その復刻版シリーズの中に、まさに「三丁目の夕日」の情景とリンクするような、私にとっては大切な思い出の中に登場するお菓子があったのです。
その名も「森永ハイクラウンチョコレート」。
当時、私たち家族は千葉県の市川市に住んでいました。
父の会社の社宅だったそのアパートは、夜になると廊下を蝙蝠が飛ぶほど古い建物で、時折叱られて、「ここで反省しなさい!」と入れられる一番奥の空き室は、まったくもって恐怖の部屋でした。
父はそこから、東京の王子にある重油工場に通っていたのです。
ある日、乳飲み子の弟を背負った母と一緒に、父を会社まで迎えに行ったことがありました。
何故そうしたのかは、母も覚えていないようなのですが、父の退社時間に合わせて、電車に乗って出掛けて行ったのでした。
初めて訪れた父の会社の事務室は、油臭い板張りの床に木の机がいくつか並んでいて、その中の一つが父の机でした。
そこに一人で残っていた父は、私に気がつくと手招きをしました。
私が喜んで駆け寄ると、父はおもむろに引き出しを開け、私の手に「森永ハイクラウンチョコレート」を乗せてくれたのです。
私が来るからと、用意していてくれたのでした。
常時、家にお菓子がある家庭ではなかったので、それはそれは嬉しくて、そのあとどこへ行ったかは覚えていませんが、私の手にはハイクラウンチョコレートの箱が、しっかりと握られていました。
先日、コンビニに陳列されたハイクラウンを見たとき、あの日の思い出が、父の笑顔と重油のにおいとチョコレートのパッケージとともに蘇り、熱いものがこみ上げてきてしまいました。
そしてつい買って帰ってきてしまったのです。
ただ、箱を開けてみてちょっと首をかしげてしまいました。
なんだかチョコレートの形と包み紙が違うような気がするのです。
もっと平べったかったような…?
もっとも私にとっては、どういう訳か中味よりもパッケージの方が強く印象に残っているので、どんな形のチョコレートだったかは問題ではないのですが...。
3本入っていたチョコレートの内1本だけ母にあげ、私は残りの2本を食べながら、市川での暮らしを思い起こしていたのでした。
江戸川の土手が懐かしいなあ…。