■心のふるさとを歩いて感じたこと。
さて、話が前後します。 先日、身内に不幸があったことに少し触れましたが、実は八重ちゃんの兄弟が亡くなりました。
しかも二人続けての不幸でした。
11月27日に姉、29日に弟が亡くなったのです。
こんなことってあるのですね。
母の落胆振りは、想像するに余りありますよね?
ただ、姉についてはアメリカに住んでいたため行くことを諦め、弟の葬儀のために三重県まで私が付き添い飛んでいったのでした。
母の故郷である迫子へ行くのは実に33年振り。
あの時も祖母の葬儀でした。
その前の年まで夏休みになると、父を留守番にして弟と三人で遊びに行っていました。
私は余りにも懐かしくて、本来の目的は少し置いておき、昔釣りや水泳をして遊んだ川や海の方へ散歩に出掛けました。
川には手ですくえそうな程のウグイやフナが群れなし、大きなハゼやダボハゼがのんびりと石陰で休む。
海では、少し砂を掻けばアサリが採れ、真珠の筏の上から覗けば、水族館の水槽のように色とりどりの魚が泳ぐ。
今でも鮮明に蘇るあの日の映像は、もしかして夢だったのかしら?
人口が減る一方で年寄りばかりになった過疎の村は、一つしかない店もそのままに、家並みの風景は昔と少しも変わらないのに、水の中の住人たちはすっかり姿を消してしまっていました。
川を歩けば足に当たるほどにいた魚が一匹もいない。
そんなはずない!と、慌てて近くまで行って覗いてみても同じでした。
ショックでした。
悲しかった。
叔父は、農薬や生活排水が原因だろうと話していました。
豊かな自然が当たり前の暮らしの中で、その有り難さに鈍感になってしまう罪。
私に自然の中で遊ぶ楽しさを教えてくれたこの場所が、昔のままではなく悲しい思いをしたことで、身の回りの自然を後世に残すことの大切さを改めて強く感じたのです。
この冬は16年振りの暖かさなのだそうです。
レジャー産業は、自然とはかなり敵対する関係ではあるのだけれど、私もそれに関わる一人として何か出来ることがあるかもしれない。
「昔は日本でもスキーが出来ました。」
将来、そんな語り継ぎがされないよう、子供たちにもその子供たちにもずっと、大切に残していかなければ…。
漠然とではあるけれど、そう心に決めた散歩でした。
ルスツでは、イリュミネーションが綺麗に輝いています・・・が・・・、ちょっと複雑な気分です。
ホテル内のメリーゴーランド。
幻想的空間。
ほんの数分間の夢物語。
堂々巡りの夢ではなく、現在と将来を見据えなければ・・・。