Rietty
今回の主人公は、『boulangerie ibox 弄月店』の店長でパン職人の 武田 浩一さんです。
浩一さんは山口県出身の55歳。
見かけも感性もとても若々しいお方です。
2023年4月OPENされた『boulangerie ibox 弄月店』は国道37号線の道路沿いにあります。
『社会福祉法人タラプ』を母体にしたこちらのお店は、構想2~3年を経て誕生しました。
そこに店長兼パン職人として抜擢されたのが浩一さんでした。
浩一さんは『ibox』に入社して12年、そしてパン職人としては30年のキャリアをお持ちです。
イラストレーターを目指していた若かりし頃のおはなし
「実は、若い頃はイラストレーターを目指していました。」
と、取材は唐突なお話から始まりました。
「え?フリーのイラストレーターですか!? 若い頃からパン職人を目指していたのではなかったのですね!」
「はい。僕は幼稚園の頃から内気で、新聞の折り込み広告の裏が白い紙を見つけては、絵ばかり描いている子でした。山口県の高校を出てから、18歳で東京の美術系の専門学校に入りました。友達と切磋琢磨をし、新しいものは何か?今は何を求められているのか?を常に探求しながら、プロへの道を模索していました。コンテストにも頻繁に応募していました。入選したりもして、そこそこに評価をしていただきましたが、それだけでは食べてはいけないよな…と、中途半端な自分に限界を感じ始めていたのが24歳頃でした。」
「未練はありませんか?」
「昔の仲間が活躍しているのを見ると、“もう少し頑張ってやっていればよかったかな…”とパン職人に転向したことを少し悔やむ瞬間もあります。いまでも家では時々絵を描きますし、そうそう!ここの店の看板の絵も、幟の絵も、必要に迫られて描きました笑 当時の絵はほとんど処分してしまいました。断ち切るためにね。でもね、正直後悔しています笑」
「もったいない!とっておけばこのお店に飾れたのに!」
「笑 そうですね。あの頃は『アンディ・ウォーホル』『バスキア』『キースヘリング』など、ニューヨークで活躍していたストリートアーティストに影響されていました。
なんていうか、ポップアートの世界って80年代のサブカルチャー的な音楽とも繋がっている。そういうものに刺激を受けながら、「いま、一番新しいものはなんだ!」と、プロのアーティストを目指す友人たちと語ったり、試したりするのが楽しかったですね。」
パン職人として立つと決心したこと
イラストレーターの道を諦めようと考えていた浩一さん。
ある日、パン職人の募集広告に目が止まりました。
「いきなりパンですか?」
「はい。パンと絵との間に共通点を感じました。絵は白い紙にゼロからモノを作り出す作業です。そしてパンも同じく何もない作業台に粉を乗せるところからモノを作り出す作業です。どちらも『ゼロから作る』というところが共通していました。」
「なるほど〜。だから抵抗なくこの世界に入れたわけですね。」
パン職人としては2年おきくらいに店を変え、その店の良いところを学んでこられました。
例えば、東京の自由が丘では、全国展開をしているパン屋で働いたそうです。
「様々な形態で店を出している会社でしたが、僕がいたところは粉から作る店だったのがラッキーでした。そこには10年いました。その後、大好きな湘南地域の鎌倉・葉山・藤沢・逗子などの有名店でパン作りの技と歴史を学びました。鎌倉ではチーフを任されていました。」
「湘南が大好きだった浩一さんが何故、北海道にやって来たのですか?」
「たまたま山口の実家に一時帰省していた時、自由が丘のパン屋でお世話になった人に声を掛けられたのです。『いい話があるよ』って。それがiboxのパン職人を募集しているという話でした。その人は伊達市出身の人でした。」
縁とは不思議なものです。
山口県出身の湘南好きな人が、最初にパン修行をしたところで出会った人に誘われて、今は北海道の伊達市にいるのですから。
『boulangerie ibox 弄月店』店長としての浩一さんがが目指す店とは
iboxのパンは、今まで修行して来たパン屋のベスト版的なパンだと言い切った浩一さん。
「いろいろな嗜好の方に美味しいと感じていただけるようにバラエティーに富んだラインナップになっています。でも強いこだわりは『本物であること』。例えば、クロワッサンならばフランスの伝統的な技法とレシピで作っていますし、バケットもベースはメソポタミア時代から続くフランスの伝統を大切にした作り方ですし、フォカッチャならばイタリアの伝統的なレシピと技法で作っています。伝統と歴史を大切に、決して色褪せない本物を追求しつつも、やはり地域性も大切にしなければいけないと考えています。それぞれの伝統を重んじながら、どれだけ地域仕様にアレンジできるかが勝負どころです。そして、美味しいということを一番大切にしたい。」
思いがけず壮大なお話が飛び出し、すっかりのめり込んでしまった筆者でしたが、究極の答えにストンと納得してしまいました。
ものすごくシンプルで真理であると思いました。
「材料にこだわる」「地元食材を使っている」「健康にこだわる」「添加物は使わない」というお話は今まで色々なところで伺ってきました。
当然、この言葉の背後には「だから美味しい」と続くのだと思いますし、素晴らしい理念だと思っています。
ところが
『美味しいということを一番大切にしたい』
という答えを、ストレートに伝えてくれた飲食店さんは意外と少なかったことに気づきました。
よく考えれば当たり前の台詞に、目から鱗の気持ちになった筆者でした。
伝統と歴史を重んじる浩一さんの姿勢は
『長年受け継がれて来ているものは美味しいからだ』
という実感と自信の表れなのでしょう。
「boulangerie ibox 弄月店」はね、
街の中で人の集まる中心にiboxがあるといいなと思っています。
だから、月一で『ふくろう市』というタイトルで
イベントも開催しています。
店の知名度をもう少し上げたいですし。
それとね、
パンも美味しいけれど珈琲もめちゃくちゃ拘っていますよ!
恵庭の「珈琲きゃろっと」という店の物なのですが、
豆はもちろんのこと、マシンのセッティングもすごいこだわりようです。」
確かに、マシンの珈琲でこれだけ美味しいものは正直経験したことがありません。
本当に美味しい!
「それと、弄月店ができる前、だて道の駅に出店したことも大きかったです。あそこは食材が実に豊富に揃っているので選ぶのが楽しい。基本は地産地消です。でも『美味しいこと』にはこだわるので、地元以外のものも取り入れます。」
浩一さんが迎えたい最期とは
「どんなお爺ちゃんになりたいですか?」
と質問してみました。
「お爺ちゃんになれば、たぶんここは退職をしているから、その時は自宅のパン屋で仕事をしながら死にたいな。ある日、パンを焼いていたらね、タイマーが鳴るんです。でも僕は動かない。そのことに気づいた弟子が覗き込むと僕は死んでいる。最後に焼いたパンを取り出し、弟子たちがみんなでそのパンを食べる。みんなでってところが大事。そんなストーリーが僕の中では出来上がっています。」
泣きそうになりました。
その姿が映像で浮かんだからです。
そして、イラストレーターの道に今でも未練を感じていると語っていた浩一さんはもうそこには居ませんでした。
最期はパン職人として死にたいと語りました。
良かった…。
心からそう思いました。
取材の間中、絵本を捲るような物語をお聴きし、歩んでこられたその道を振り返りながらも、しっかりと最期を見ているお姿とパンが重なりました。
浩一さんが捏ねた全てのパンを味わってみたくなった筆者です。
―boulangerie ibox 弄月店 情報―
〒052-0013
住 所 伊達市弄月町59-35
定休日 月曜日(不定休あり)
電 話 0142-82-8310
E.mail takeda.kouichi@tarap.org
編集部のライターとして月に2~3回ほど、皆様のお目にかかることになりましたRiettyです。
この場では、私が出会った「好き」や「楽しい」や「いいね!」を皆様におすそわけさせていただきたいと思っています。
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