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05/22(水) 【あの人に会いに】地域にひらく [ 坂本瑠美さん / 洞爺 ]
むしゃなびエリア(胆振・虻田地区)にて 一度は会いに行ってみてほしい、 地域を盛り上げる ”人” にフォーカスする企画 【あの人に会いに】vol.2 今回は、2024年6月2日(日)に 洞爺八幡神社にて開催される 『とうや古本市』の主催者 坂本瑠美さんにフィーチャーします。 瑠美さんが暮らしているのは洞爺地区。一緒に町を歩いてみると、並外れた情報量に驚きます。 「ここは〇〇さんが管理してくれてる場所でね……」「ここの道は子ども達と歩くのにとっても良い場所で……」「あ、〇〇さんがいる!寄っていこう!こんにちは~」……と、こんな様子でエンドレスに繰り出される地域のお話。 この地区の住民はほぼ全員知り合い、町のあらゆることに詳しい、まさに地域の生き字引。そんな瑠美さんなので、もう何十年も洞爺地区の住民かと思いきや……なんと移住してまだ8年だと言います。 「何年も前から居る人みたいだって、洞爺に来て数週間の時にはもう言われてたね (笑)」 多くの人と繋がり、大量の情報を蓄積し、それをまた人へ繋げていく。瑠美さんにとってはとても自然なことなのかもしれません。 移住の決め手は、子どもが沢山いること 瑠美さんは帯広市出身。清水高校の総合学科に進学します。とても自由な校風で、好奇心の赴くままに楽しく過ごし、”キャンプ好き”となっていきました。卒業後は札幌の調理専門学校へ。そこで旦那様と出会い、結婚・出産。若くして母となりました。瑠美さんについて特筆すべきことのひとつは、”子どもと仲良しな母ちゃん”。 「長男がもう20歳!長女も中3、子育てが終わっちゃうのが寂しい!!!」 札幌や江別で長く暮らしていましたが、よくキャンプに訪れていた洞爺湖に惹かれ、移住を決めます。長男が中学校に進学するタイミング、長女が小学校2年生の時でした。 「札幌はモノも人も多くて沢山繋がれるけど、都会ならではの子育てのしにくさもあって。例えば、騒音問題だったり、公園でボール遊びしちゃダメだったり、子どもだけで遊びにいけるところがなかったり……」 洞爺地区で、自由に遊ぶ地元の子ども達を見かけていたことが、のちに移住の決め手となりました。 地域に根差し、広がり続ける人脈 食べるの大好き、食べさせるのも大好き!な瑠美さんは、調理師として働いていましたが、洞爺移住後は「生産者側を経験したかった」と農家へ。3年程働き、調理の道へ戻ろうと転職を考え始めた頃に新型コロナウイルスが流行します。飲食業は縮小、調理師としての就職先は狭まっていました。そんな中、変わらずに募集があったのが保育園の給食室でした。 「午前は給食の調理をして、午後は学童スタッフとしても勤務できることになって。学童で子ども達と遊ぶのが、とっても楽しかったんだ~!ずっと一緒に遊んでいられる!」 偶然たどり着いた二つ目の天職。現在は学童の職員となり、時には給食センターやとうや水の駅食堂TSUDOUにて調理師も続けています。母でありながら3足の草鞋!とても忙しそうですが、まだまだそれだけではありません。 NPO法人地域自然活動センター森・水・人ネットの理事、PTA活動、洞爺八幡神社の総代、等々……ここに書ききれないほど多くの団体に携わっています。あちこちから声をかけられるひっぱりだこ、人脈は広がり続けます。 地域の神社をもっとオープンに! 沢山の活動のうちの一つ、洞爺八幡神社で開催している『とうや古本市』はどのようにして始まったのでしょうか。 きっかけは、瑠美さんが町内会の役割の一つとして、たまたま総代*になったことから。長く神社を支えてきた会長や総代たちの想いを聞き、動き出します。 「総代を務めたい人も少なくて、町内会で回り番でっていう感じで……もっと地域の若い人に楽しんで場所を繋いでもらわないとっていう危機感があったんだよね。会長も、もっと自由に使ってと言ってくれていて」 氏子……氏神様がお守りする地域に住んでいる人々。氏神神社の運営・維持、行事などを行う。 総代……氏子の総代表。祭祀や保持活動に努める役割を持つ人々。 ”本好き”という共通点があった会長や総代たち、話はとんとん拍子で進みました。 「(当時)本屋が無いこの地域で、本を手にとれる場所が欲しいよね、とよく話していて。神社での開催だから(予算をかけず)”ばくりっこ”で。この地域だとどんな本が出てくるんだろう、という興味もあったしね」 とうや古本市は、不要な本を持参し欲しい本を持って帰る、”ばくりっこ”スタイル。ゆったりとした境内では『その本は〇〇さんのオススメだよ』、『これ面白いね』と会話が生まれ、来場者が本を通して繋がっていきます。 「小さい頃この境内で遊んでいたという人たちが、『神社で何かやってる!』とたまたま来てくれたことがあって、そういうのも嬉しいよね」 ただ場を繋ぐためのイベントではなく、持続可能な開催を目指して主催者が楽しむことを大切にしていることも、とうや古本市の特徴。『焚き火で焼き芋がしたい』、『地域の楽しいお店も呼ぼう』……そうして、地域住民にも毎年楽しみにされるイベントとなりました。 子ども達のたまり場をひらきたい 地域のために動き続ける、実行力抜群の瑠美さん。これからやっていきたいこと、目指すところはあるのでしょうか。 「誰もが気軽にふらっと集まれるような、子ども達のたまり場を作りたいなと思っていて」 学童で日々子ども達と触れ合い、真っすぐな好奇心に共鳴していくうちに、もっと探求できる場をひらいてあげたいと思うように。 「大人は知りたいことを自分で見つけられるし、すぐに調べることもできる。でも、子ども達が自分でリーチできるものって、自分の周りにある環境だけ。すぐ近くに沢山の面白いこと・面白い人がいるから、それを繋いであげられる場所がほしいなって」 そんな場所ができたなら、子どもだけでなく大人も楽しめるスポットになりそうです。老若男女がワイワイ集い、誰でもフラットな関係で、好奇心のままに学びを追求できる……素敵な”未来の場”のイメージが浮かびました。 来る6月2日(日) のとうや古本市は、そんな明るい未来の話が自然と生まれる場所でもあります。とにかく多忙な瑠美さんとゆったり話せる、貴重な機会かもしれません。新緑が眩しい、気持ちの良い境内を楽しみに、ぜひ足を運んでみてください。明るい瑠美さんにつられて、笑顔になってしまうこと間違いなしです。 <とうや古本市> 日時:2024年6月2日(日)10:00~15:00 場所:洞爺八幡神社(虻田郡洞爺湖町字洞爺町1番地) ★入場無料、飲食や雑貨など各種出店あり ★お家に眠る不要な本がありましたら、ぜひご持参ください! ★とうや古本市は、年2回、春・秋に開催しています。今回が5回目!
misaki
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10/08(日) ふらり旅人からのゲストハウス 自由人 小林圭子氏 〜想いと直感のままに『ポンコタン』
今回の主人公は洞爺湖の近くでゲストハウス『ポンコタン』を営む小林圭子さん。 旭川出身の47歳。 洞爺湖に移住する前は名古屋で商売をされていました。 「北海道には30代後半からバイクにテントを積み、 ふらりと旅しに来ていました。」 洞爺湖との出会いは、 2018年に「幸せのパン」の映画の舞台になったところを見てみたくて 青春18きっぷでふらりとやってきたのが初めてでした。 ところで圭子さん。 なんと言うか・・・。 「以前、どこかで会いましたっけ?」 そんな錯覚を起こさせる人です。 あの、バリアフリーな雰囲気は一体どこからくるのだろうか? 探ってみたくなりました。 旭川から札幌へ。 そしていきなりポン!と名古屋へ飛んだ圭子さんが始めたのは、 なんと”バナナ焼き屋“のお店でした。 店の名前は「パピリカ」。 それはアイヌ語で「豊作」という意味です。 バナナ焼き屋をやろうと思った理由は〜。 「小さい頃から食べていたソウルフードだったから」 ただそれだけの理由で、 古くからお菓子文化が発達している(駄菓子の製造所も多い)名古屋で店を出そうとは、 普通はなかなか考えつかない。 でもそれをひょいっと始めてしまうところが圭子さん流。 深くは悩まない。 やりたいからやる。 ただそれだけ。 そんなシンプルさが、度胸を超えた何かを感じます。 パピリカ時代のHPを見つけました。 熊が鮭ならぬバナナを咥えている姿が なんともユニークで忘れないロゴです。 何事もサラッと話す割には材料にはかなりこだわっています。 卵も牛乳も使用していないので(カスタード以外)、 卵アレルギーや牛乳アレルギーの子どもを持つ親御さんも よく買いに来てくれたそうです。 そして白餡はしっかりと手作り。 バナナ焼きと言えば旭川の名物お菓子。 この時お話を伺うまで知りませんでしたが、 旭川のバナナ焼きにもバナナそのものやバナナエッセンスなど、 バナナフレーバーは一切入っていないそうです。 バナナ焼きとは、形からだけ連想するネーミングのようです。 とても美味しそう〜! 食べたかった〜! パピリカはすぐに地元に溶け込み、 8年間営業を続けました。 その時の繋がりは今も続いていると言います。 人懐っこいと言う表現とも違う、 相手に壁を作らせない不思議な力を圭子さんは持っています。 「いろいろなところから転勤してきた人たちが多く住むところでした。 近所の方がよく買いに来てくださっていましたよ。 家賃を払いつつ、 女ひとりが食べるだけの分はなんとか稼げていました。」 「ところで、ポンコタンは小さな村という意味。 パピリカは豊作という意味ですよね? どちらもアイヌ語ですが、なにか特別な意味があるのですか?」 そんな筆者の質問に 圭子さんはまたもやあっさりと答えます。 「いや、なんとなくです。」 まただ…。 やはりこんな調子…笑 筆者はその言葉の背景を知りたい!と質問をしても、 決してはぐらかす訳ではなく、あくまでもサラッと答える。 想いが至極シンプルだからこそ、 きっとその時の直感のまま「なんとなくそうしよ」と 思った通りに動いてしまうのだろうと思います。 しかも、転機にはだいたい誰かが力を貸してくれる。 これはもう人徳です。 気負わず流れに任せるというのは、実は楽そうで楽ではない。 でも圭子さんは素直に誰かの力を借りながら、 とても自然にその技を使ってしまう。 「名古屋の友人がゲストハウスをしていたんです。 あらたに宮古島でゲストハウスを始めるにあたって、私も少し手伝いました。 その友人は度胸があるというかなんというか、 外国人が結構泊まりに来ていたのですが、英語は喋れないんです。 でもなんてことなくやっているのを見て、 私も妙な自信をつけてしまいました。 『そうか、英語ができなくても宿屋はできるんだ』 ってね。」 「その辺りから、ゲストハウスに興味を持つようになりました。 ちょうど、ふらりと洞爺湖へ足を運ぶ機会も増えていたこともあり、 洞爺湖の近くでゲストハウスをやることが ふわっとしたものから現実的になりました。 あ…その前にバナナ焼き屋を畳まないと。」 そう思った時、 店を丸ごと買いたいと申し出てくれた人が現れました。 それは元々はお客様だった友人で、古民家カフェを営んでいる方でした。 バナナ焼き屋営業終了2日後には洞爺湖に移住してしまうというスピーディーさ。 思ったらサラッと行動! その後、1年半をかけて建物をリフォームし、ポンコタンを開業されました。 「待っていてくれているような気がしていました。 洞爺湖はどっしりとしていて迎え入れてくれるような安心感がある湖だと感じています。 移住してすぐは、キャンプ生活をしながらあるホテルでバイトをしていました。 同時に物件探し。 そんな中、即決したのがこの建物でした。 借金も1000万円以上してしまいました。」 この建物は、昔、ある会社の社員寮だったところ。 なので、一部屋一部屋にトイレが付いていました。 さて、ゲストハウス「ポンコタン」は 内装・外装そのほとんどをDIYしています。 もともと建物に興味があったわけでもなかった圭子さんですが、 もの作り好きであったことが功を奏しました。 「必要に迫られた部分もありますが、 バナナ焼き屋時代に建物の内部構造にものすごく関心を持つようになりました。 そもそもは工事関係者への不満に端を発したのですが、 お陰で建築について色々知ることができました。 建物がどんなふうにできているのかを知るために、 分解しながら構造を理解していきました。 コンクリートにネジを入れるにはどうしたらよいか?とかね。」 冒頭に登場した仕切りに描かれた洞爺湖の絵は、名古屋時代の友人が描いてくれたもの。 「名古屋時代の友人たちは変人が多くて(笑) 尋ねてきては色々置いて行ってくれます。」 困ったふりをして、笑いながら話す圭子さんには、 遠くから支えてくれる友の存在に感じる安心感が表れていました。 圭子さんの仲間たちは、 「ポンコタン」のオーナーの とてつもなく自然体なおもしろキャラクターをよくご存知のようです。 「うちね。コンセプトなんてないのよね。」 圭子さん、突然、そうサラッと言った後でこう続けました。 「よく眠れました!って言ってもらえるのが一番嬉しいかな。 旅の途中で快適な時間をここで過ごしてくれたら、 それが一番嬉しい。 それとね。 今年の夏はすごく忙しかったのね。 借金あるからあと10年はやらないといけないけど、 とりあえず持続可能な宿を目指して働き方改革するわ(笑)」 「10年経ったら何するの?」 そんな問いに。 またもやサラッと 「わからないな」 と答える圭子さんでした。 帰り際 「また来て!」 と軽い調子で言われました。 「うん」 と答えてしまいました。 ポンコタンの魅力は この気安い感じなんだろうと思った筆者でした。 決して気負うことなく、 そのまんまの圭子さんが妙な安心感を与えてくれる取材の時間でした。 ゲストハウス ポンコタン 〒049-5721 北海道虻田郡洞爺湖町洞爺湖温泉97 080-6092-4967
Rietty
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10/13(金) きのこから森を観て、森から地球を観る 〜愛ある きのこアドバイザー 中嶋潔ワールドへようこそ!
きのこ観察会にて この日は、倶知安にある「GURUGULU」というオフグリットのゲストハウスで「きのこ観察会」が行われました。 参加者は小さなお子様から大人までの15~6人。 この日筆者は、「きのこ観察会」への参加と、今回の主人公 中嶋潔氏 の取材目的で出かけて行きました。 お天気最高の野外活動日和♪ 実は筆者、潔さんの観察会には“きのこ”以外でも参加しています。 今回で4回目。 中嶋潔ワールドは、毎回飽きることなく楽しい時間を過ごせます。 何故かって? それはきっと、森愛溢れる潔さんと森にいると、とても楽しくて、平和で、幸福感が何倍にもなるから。 森がいっぱいの日本に住んでいて良かった! 地球に生まれて良かった! そんな幸せの時間を与えてくれる人だからです。 子どもも大人も惹きつける潔さんの技はひとえにお人柄が成すものです。 子どもって、そういうところを察する力に長けていますので、すぐに人気者になってしまいます。 中には、きのこ博士くん候補生のように詳しい子もいました。 毎回観察会を楽しみにしているご家族もいらっしゃるようです。 そして観察会の締めは約11種類もの“きのこ”が入ったうどんを毎回振る舞ってくれます。 実は皆、これも大の楽しみ🎶 林床への興味 実は潔さんは、あの難関資格「森林インストラクター」でもあり、「きのこアドバイザー」でもある森の人。 2001年から6年間林業に携わり、現在はニセコのリゾート会社にお勤めです。 「北大のポプラ並木が倒れたり、支笏湖周辺の森の木が軒並みなぎ倒された大きな台風が来た2004年、悲しいことにリストラに遭ってしまいました。管理する木がほとんど倒れて無くなってしまったからです。でも林業の仕事が大好きだったのでその後は民間会社の林業部門で働きました。林業に携わっていた6年間で行っていたのは、育苗・植林・伐採・管理。おもにトドマツ・アカエゾマツ・カラマツ・ミズナラ・ケヤマハンノキなどを植えていました。働き始めた頃は何も知らなかった樹木の名前も、毎日触れて観察をしているうちに、2年で倶知安周辺の樹木は全て覚えてしまいました。この地域の樹木について、ある程度把握できてきた時に、次に興味が湧いたのが、いつも樹木のそばの地面にいる、きのこたちでした。」 「興味を持ち始めた頃から直ぐに“きのこ観察会”を催すようになりました。自分自身はまだまだよくわからなかったので、黙々と独学もしつつ、『誰か詳しい人!?』と呼びかけて興味がある人や詳しい人と一緒に観察をすることで少しずつ覚えていきました。最初の頃は図鑑を森に持って行き、調べながら歩いていました。でもそれをやるとなかなか進まず多くを観察できません。実は、“きのこ”ってまだ良く分かっていないことが多いです。日本には5千〜1万種類くらいはあると言われていますが、その内、名前が付いているのは2500種類くらいです。そしてそれらのうち、一般的な図鑑に掲載されているものが800種類ほどです。名前のない不明菌と呼ばれるものの方が非常に多いことになります。実際に森を歩いていてもわからないものがたくさんあるわけです。だから、図鑑を持ち歩くのはとても非効率になります。ある日、北海道大学名誉教授の五十嵐教授の観察会の仕方を見て衝撃を受けました。森の中では一切図鑑を開かなかったのです。だから、僕も現場で図鑑を開かずに、種を言い当てることができるようになる努力をしました。きのこ用のカメラを買い、色々な角度から写真に収めてあとで調べるという方法をとりました。10年くらい続けてやっと種の見分けに信憑性が出てきたかな〜。」 にわか仕込みで覚えようとしている筆者には耳が痛い話です^^; 「また、FaceBookでは『北海道のきのこ好き』というグループを作って、常に新鮮な情報交換をしています。オンライン上の趣味のグループって、とかくイザコザが起きやすいのですが、このグループは居心地の良いグループにしたかったので、しっかりルールを守り、ネット上のマナーをわかってくれる人のみを承認するようにしています。自分がなかなか見られない“きのこ”も皆さんがシェアしてくれるのでとても勉強になります。」 常に学ぶ姿勢を止めない潔さんです、 そしてじきに、潔さんに転機がやってきます。 「ニセコのある会社から、スキー場ゴンドラの夏季営業を始めるに際し、山頂で自然体験部門を立ち上げるのでその担当者にならないかという話しが舞い込みました。好きな分野でしたので直ぐにお引き受けし、2007年から2020年に廃止されるまで担当しました。コロナ禍がきっかけでその部門はなくなってしまい、今は別のセクションにいるのですがあれは楽しい仕事でした。」 今ももちろん“きのこ”への愛は変わらず持ち続け、観察会活動はライフワークとして続けているというわけです。 「ところで、“きのこ”は確かに可愛くて面白いですが、それほどまでにのめり込んだのは何故ですか?どこにそんな魅力を感じたのでしょうか?」 「石炭期を終わらせたのは“きのこ”だという話を知っていますか?」 「え? あ…はい。一応ネイチャーガイドの端くれですので…」 「“きのこ”への興味は食べられるor食べられないだけではありません。まず、一期一会で神出鬼没なところが面白いのです。“きのこ”への興味を覚えてから20年超えてもまだまだ情報は更新し続けています。実に奥が深い。地球上の“きのこ”の登場は、酸素と二酸化炭素濃度のバランスに関係しています。地球上にきのこが登場する前、植物たちは枯れても分解されることがないので、その遺骸は地面に溜まり続け、それが石炭となって地面の中に二酸化炭素の多くを封じ込めてしまいました。そのため地球の酸素濃度はどんどん上がり続けましたが、“きのこ”を含む菌類の登場により、死んだ樹木を菌類が分解するようになり、石炭はできなくなってしまいました。その後、大気は現状の酸素濃度で安定し、土壌も変化し生き物は進化し、現生の植物が誕生しました。“きのこ”の登場は、地球上の生物や植物にとってとても大きな出来事だったのです。“きのこ”をはじめとした菌類が地球上の生命活動の重要な鍵を握っているわけです。」 なるほど〜。 もうかなり前のめりな筆者。 目がキラキラしているのを自覚しました。 もっともっとその続きを聴きたい衝動を堪えて、取材モードに戻しました。 同時にここで、潔さんが一体どんな子ども時代、青年時代を過ごしたのかということに俄然興味が湧いてきました。 潔氏 小学生〜大学生の頃 「小学生の頃は物知り博士的キャラでした笑」 「それって今と変わらないですね笑」 「そうだね。たぶん僕は父親の影響をかなり受けていると思います。父は兵庫県赤穂市生まれで海育ちだったので、海が大好きな人でした。よく釣りやキャンプへ行ったなあ。今でいうグランピングのようなキャンプも体験させてくれました。父自作の2段ベッドがテントの中にあったんです。自然の中での過ごし方の基本を習ったのは父からでした。そして、ものすごい読書家で聡明でした。物事を科学的に考えることがとても好きな人で、それを試してみるのも好きでした。手先もとても器用だったので、周りが驚くようなものを色々作っていたなあ〜笑」 お父様のことを楽しそうに話す潔さん。 “ 困った人” “ 変な人 ” という言葉が何回も出てきましたが、その言葉の裏にある尊敬と愛が込められていることも筆者には伝わっていました。 「例えばね、自宅の一角にコンクリートの建物を作って、屋上に畑を作ったこともありました。ところが階段がない。梯子で上るわけです。そして父親だけはトイレを使わず糞尿を肥料として屋上の畑に撒くわけです。周りは住宅街。当然臭う。当時、父はEM菌関連の本を読み漁って研究をしました。決して環境問題に傾倒していたというわけではなく、素朴な感情で超循環の暮らしをしたいと考え、自給自足を目指していたのだと思います。大変だったのはお袋だろうなあ〜笑」 「あ。こんなこともありました。当時大阪府に住んでいたのですが、自宅の近くに天の川という名の川が流れていて、その河川付近に遊んでいる土地があると放っておけない。開墾しちゃうんですね。特に迷惑を被る人はいないとは思いますが、まあ、今なら問題になりそうですよね…^^; とにかく、学校では学べない自由な世界があることを父が教えてくれました。」 お父様のお話を伺っていたのですが、途中から潔さん自身のお話を聴いている錯覚を起こすほど、お父様の影響を強く受けていらっしゃるなあと感じて、心の中でクスッとしてしまいました。 「中学生の頃は自転車少年でした。自転車の旅が好きで、高校の卒業記念に友達と13泊14日四国の野営旅をしたこともありました。高校時代はワンゲル部・新聞部・クイズ同好会を掛け持ちしていました。自然の中にいることも、ものを読んだり書いたりすることも当時から好きでした。北海道新聞のコラムを12年間連載したこともあります。」 しまった…。 またやってしまった…。 最近どうもうっかりとモノを書く人を取材相手に選んでしまいます。 潔さんは常に笑いながら話してくれるのですが、緊張が走った瞬間でした ^^; 「大学時代はワンゲル部一筋でした。山は本当に好きで、仏教系の大学で哲学を学んでいたのですが、卒業後は北アルプスの山小屋で夏から秋まで五年間、小屋番をしていました。」 小学生から大学生時代のお話を聴き終わり、目の前にいる潔さんを作り上げてきた道筋が見えた気がしてものすごく腑に落ちました。 キノコから森を観つづけた潔さんが成し遂げたい想いとは 「最後に、成し遂げたい想いがあったら教えていただけますか?」 筆者が投げかけた質問に、それまで、ニコニコと顔いっぱいの笑顔で話していた潔さんの顔つきが急に変わりました。 「キノコは森を観る窓だと思っています。」 そう切り出した話の続きはこうでした。 「北海道の70%は森林と言われています。ずっと森を観てきた人間として、キノコを通して北海道だからこその森の守り方・育て方・稼ぎ方などを仕組み化していきたいと考えています。ご存じですか?北海道の人工林の約50%はトドマツ林です。 そしてなんと、トドマツ林にはおそらく世界で一番キノコの種類が多く生えているのです。 しかも、トドマツ林は保護林の中には存在しない。つまり、林床の利用は自由です。 北海道にしかできない「トドマツ林限定のきのこの資格制度」を作りたいと考えています。その資格制度を作ることで、北海道の人工林に最も多いトドマツ林に生えるキノコを熟知している人を増やせば、世界で最もキノコを理解している人を増やすことになります。キノコの理解者を増やすことで、森は森のまま木々を適正に管理して守り・育てることができます。木を切って売る林業ではなく、林床のキノコを売って稼ぐ林業を成り立たせる仕組み作りをしたい。トドマツの林床に生えるキノコの中には、マツタケよりも高値で取引されるものもあるんです。そして、その仕組みを推進する立場として『トドマツ林限定のきのこマイスター』が存在する。人工林ってね、人里に近いところにあるわけです。しかも人工林には必ず林道があるし、トドマツ林には笹がない。それらもその新しい仕組み作りにはメリットになります。つまり、人が入りやすくキノコが生えやすい環境である宝の森と言えるわけです。つまり、何をやりたいのかをもう一度と言うと、”森は森のまま維持する林業”の仕組み作りのために「トドマツ林限定のきのこの資格制度」を作りたい!と考えているんです。」 土の中や倒れた木の中で、人間の目には触れない世界の中に無数に張り巡らされている菌糸たちのネットワーク。 そして、空気中に飛び出した見えない胞子たち。 地表の循環の立て役者キノコたちを通して語る潔ワールドの森愛・地球愛・人間愛にすっかり魅了され、潔さんの成し遂げたい想いを応援したくなった筆者でした。 ―中嶋 潔氏 情報― FB : https://www.facebook.com/kiyoshi.nakashima.18 FB : 「北海道のきのこ好き」 ・倶知安「風土館」にて時々講演をしています。 ・「北海道のきのこ好き」に参加すると、各種ワークショップ情報を得られます。 10/29にも倶知安「GURUGURU」にてキノコ観察会があります。
Rietty
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05/23(月) 垣根のないコミュニティー作り “ とうや水の駅食堂 TSUDOU ” の未来像
交流の場つくり はじめにお二人がタッグを組み“とうや水の駅食堂 TSUDOU “ をつくりました。 一人目。 運営担当 折原 英明さんは札幌ご出身の46歳。 8年間、フランチャイズの外食産業においてスーパーバイザーとして勤めていました。 そして二人目。 店長 石塚 誠さんは伊達ご出身の44歳。 23年間、洋食の調理を経験されていました。 さて、始まった“ TSUDOU “ の未来をお二人はどのように想い描いているのでしょうか? 今回は、洞爺水の駅に5月6日に新規オープンされた“ TSUDOU “の運営担当 折原さんにお話を伺いました。 実は以前、こちらの場所には人気のうどん屋さんが入っていました。 ところが、そのお店が昨年閉店した後、2022年2月に新しい飲食店の公募がありました。 その際、5件の応募があった中、とうや水の駅食堂TSUDOUの企画が採用されました。 折原さん 「TSUDOU=集う 場として、あるいはコミュニティーの場として、人と人との交流の場として、“いつも開いていること” “いつも人が居ること” を大切にする場所づくりをしようと考えました。 その場の入口を『食堂』という形にしたのです。」 ↑注文カウンターは廃材を利用して作られています 移住を決意 筆者 「なるほど。ところで札幌ご出身ですよね。移住のきっかけは何ですか?」 お子様が小学校入学のタイミングで移住を決意されたということで、その背景を話していただきました。 折原さん 「札幌に住んでいた頃から、湖が近くて景観も良く、あくせくしていない旧洞爺村が気に入って、8~9年間くらいよく遊びに来ていました。子どもも連れてきていたのですが、湖畔の商店のお子さんと一緒に遊んでもらったりして、子どもの方がこの地域に早く馴染んでいました。大人たちも良く声がけをしてくれましたし、面倒もみてくれましたし。まさに昭和の子育てのような雰囲気でした。年代問わず、地域で子育てをしているような…そんな様子を見ていて、子育てするのにもここは良い環境だなあと感じるようになりました。それが移住の決め手です。」 このお話には筆者自身の思い出と重なり、とても懐かしい気持ちになりました。 自然も豊かなここがそういう地域ならば、確かに子育てには最適です。 ↑いつも温かく迎えてくれる洞爺湖 ↑お子様連れもWelcome! 筆者 「なるほど。では、初めからここで飲食業をしたいと考えて移住して来られたのですか?」 ↑お子様用オムライス。喜びそうです ↑シンプルさに安心感を覚えるカレーライス ↑伊達大矢ミートさんの黄金豚を使ったカツ丼 折原さん 「はい。飲食業に携わりたいと考えていました。この業界に長くいましたので、ノウハウは持っていました。それに自分が観光客としてここに来ていた頃、食事をするところを探すのに結構苦労しました。冬季休業してしまうお店も多いですし。ですので、ランチ難民を出さない地域にしたいとも考えました。」 ご自身の経験からこの地を選び、ご自身の経験から食堂のスタイルを決めました。 言ってみれば、約9年間のモニター結果から考えられた形ということになります。 まさにスーパーバイザーとしてのご経験が活きています。 ↑ホタテ漆喰を塗り、リノベした壁 TSUDOUへの想い さて、取材に伺った時はまだ店内が未完成の状態でした。 私ならきっと、あまりお客様には見せたくないと思う店内の姿がそこにはありました。 例えば壁。 ホタテ漆喰で塗られていましたが、まだ塗り残した面が多くあります。 テーブルも作成途中でした。 その理由の一つには、企画が採択されてからOPENまでの準備期間が1ヶ月そこそこだったということがあります。 でも折原さんは動じていませんでした。 “ TSUDOU “という場が徐々に変化していく姿も楽しんでほしいという想いがあったからです。 こちらのロゴマークをご覧ください。 とても余白の多い、シンプルすぎるように見えるデザインです。 でも、ちゃんと意味がありました。 「デザインの余白は、ここに集う人々が自由に描いてほしいと思っています。 地域の方はもちろん、観光で訪れた方にも、パブリックの場として誰もが気軽に入られる場でありたいですし、それぞれの想いを大切にしたいと考えています。 そのための入り口として『食堂』という形をとっています。 既住者であっても移住者であっても、子どもであっても高齢者であっても全ての垣根を取り払って融和していく中で、新しいアイディアや交流が生まれ、情報発信基地となり、結果として町に貢献できたら嬉しいです。」 と、折原さん。 ↑水の駅の入り口には車椅子も用意されています ↑いつも人がいる安心感を感じていただくために、施設内が見渡せる位置にテーブルを配置しています。とても開放的な雰囲気。 ↑大きなガラス戸の向こうには洞爺湖がいつも見えます 誰もが構えることなく入ることができる、親しみやすさと安心感がここにはありました。 きっと、“ 目の前に洞爺湖 “ というロケーションも手伝っていることでしょう。 「まずは水の駅をを含めて洞爺地区を盛り上げていきたいです。そのためにも、地域住民・役場・洞爺まちづくり観光協会・洞爺湖町商工会議所・地域の商店などとしっかりタッグを組みたいと考えています。そして、ゆくゆくは洞爺地区だけでなく虻田や温泉も含めて洞爺湖町の活性化に貢献していきたいと思っています。」 ご自身が観光客としてここに訪れていた時、地域の人々に温かく迎えていただいた恩返しをしたいとも話されていました。 食堂のこと ところで、食堂のお話。 筆者 「メニュー構成を教えていただけますか?」 折原さん 「メニューについては奇をてらったものは一つもありません。コンセプトは『洞爺の野菜と丼めし』です。食材については、野菜は洞爺産、肉は伊達の大矢ミートさん、鶏肉は伊達のめぐみ鶏を使用しています。将来的には、洞爺産野菜を使ったサラダプレートや、洞爺湖産のワカサギやヒメマスを使った料理も提供したいと考えています。」 ↑どれも馴染み深いメニュー構成です。メニューを見て料理をイメージできることは大切ですね。 最後に〜 お話を伺っていて筆者が気づいたこと。 それは〜 折原さんは、とてもフレキシブルな考え方をお持ちの方だということでした。 良い意味で頑固ではない方。 そして、全てにおいて『人』という存在を強く意識しておられる方でした。 “ TSUDOU “ という場から生まれる『何か』に大きな期待を寄せつつ、ロゴマークの余白が、訪れる人々の想いで彩られていく未来が楽しみになった筆者でした。 ―TSUDOU 情報― 場 所 洞爺水の駅内 営業日 ・5月中は不定営業 ・4~10月末 10:00~17:00 ・11~3月末 10:00~16:00 定休日 毎月第3木曜日(不定休あり) 詳細はinstagramをご覧ください。 https://instagram.com/toya.tsudou?igshid=YmMyMTA2M2Y=
Rietty
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09/18(土) チカプ~“こだわりを持たない”というこだわりのパン屋さんに出会った。
伊達市南稀府町 緑丘高校をすぎ、さらに山の方へ走ると「チカプ」はありました。 看板には“しあわせの青い鳥”が描かれています。 オープン時刻直後から次々と焼き立てパンを買いにいらっしゃるお客様。 その切れ目を待っていた筆者は、パン工房からの香りだけで幸せな気分に浸っていました。 それは、くどい匂いが一切しない、シンプルな香りでした。 ↑今の気温が高い時期だけ限定で10:30~開いています。でも全部揃うのは11:00~ 昨年5月、関東圏から移住してこられた佐藤さんご夫妻が、お店をOPENされたのは2021年6月のこと。 それまでは、旦那様は美容室を経営し、亜実さんはパン屋さんに勤めていました。 「本当は北広島市で美容室を営みながら、私はその片隅でパンを売ろうと思っていたのです。」 と亜実さん。 ところがこのコロナ禍。 住み慣れない街でのチャレンジをするにはあまりにもリスクの高い状況でした。 すっぱりと諦めた旦那様は、亜実さんの夢を全面的にバックアップすることに決めました。 そこで、親戚が伊達市に住んでいらしたご縁から、物件を探し、店舗付き住宅にリノベーションをしました。 オーナー佐藤亜実さんは「チカプ」の職人兼店主として。 旦那様は主夫 兼 畑係 兼 販売係として。 見事な連携でお店を切り盛りされていらっしゃるのでした。 亜実さんは製菓製パン専門学校ご出身。 パン作り一筋で16年のキャリアをお持ちです。 ↑一度に二組のみの入店とされています。感染予防対策もしっかりとされていました。 ↑庭のお花も店内に素敵に飾られています。 ↑実はこちらはフィッティングルーム。パン屋さんにフィッティングルーム??? ↑亜実さんのご実家(茨城県)のお母様がもんぺなどを作っていらっしゃいます。 こういうところにも佐藤ご夫妻の自由なセンスが光ります。 ↑立派なとうもろこし! 筆者はこのとうもろこしが入ったパンを購入しました。 ↑サンドウィッチの日には大活躍のパリパリきゅうり 朝3:45起床をしたところから、亜実さんのパン作りの1日が始まります。 夏ならば野鳥の鳴き声と共に、この時季ならば野鳥の鳴き声を待ちながら、亜実さんは仕事をしています。 ↑庭の杏や近所の農家さんのところで摘んできたハスカップなどを使って作ったジャムも販売されています。 ↑ひよこのお菓子のようなスコーン。とっても可愛くて「チカプ」そのもの! 「チカプ」とはアイヌ語で「鳥」のこと。 実は旦那様の美容室のお名前も、鳥にちなんだ「egg」と「bird」でした。 せっかく北海道に移住したのだから、アイヌ文化にちなんでこの名前をつけたと言います。 「自然が豊富な稀府で、野鳥の声しか聞こえない時間は、清々しい気分でパン作りをすることができるのです。」 そう話す亜実さんは本当に幸せそう。 幸せな人が作るパンは美味しいに決まっています。 筆者もたくさん購入してしまいました。 ↑3つも食べてしまいましたが、全く胸焼けしませんでした。 ↑店内は、とにかくセンスある温かみに溢れていて素敵です。 コンセプトを伺ってみました。 「コンセプトは…。 生地そのものの原料には拘りますが、 それ以外は“特別なこだわりを持たない”という『こだわり』と、私自身が楽しむということ。 例えば、その時に畑で採れたものを活かしたいし、材料が揃わなければ無理して作らず、あるもので美味しくなる工夫をして作りたいと思っています。 “こうしなきゃいけない”という縛りを作らず、自由な発想で楽しく作らなければ長続きしないと思っています。 そうすれば無駄も出ませんし。 だから、あまり定番の商品は多くありません。 いらっしゃる度に違うパンと出会える。 その方がお客様にも楽しんでいただけると思いますし、私も楽しく作れます。」 このお話には飲食店経営経験者の筆者も激しく同意しました。 自らが楽しみ、「これ絶対に美味しくなると思う!」という閃きを大事にして、お客様が喜ぶ顔を思い浮かべながら作る。 きっと、亜実さんもその感覚なのだと思いました。 そしてこんなお話もしてくださいました。 「伊達は自然や天候にもとても恵まれています。 それが証拠に自家製の天然酵母がとても元気に育つのです。 以前はうまく発酵してくれず何度も失敗をしたので、店をオープンさせるにあたってとても心配をしました。 でもそんな心配は要りませんでした。 本当に酵母が元気! 水や空気など、環境がすごく良いのだと思います。 もう本当に、この環境に作らせていただいている。 そんな気持ちです。 その元気な天然酵母で作った元気なパンを是非皆様に召し上がっていただきたいと思います。」 なんて素敵なお話し!! 「チカプ」のパンものがたりを伺うだけで「絶対おいしいに違いない!」と思ってしまいます。 自然に恵まれた環境で、自家菜園もあって、元気な天然酵母が作れて、楽しくパンが作れる。 亜実さんが夢に描いた通りのお店になりました。 「チカプ」は、稀府版「しあわせのパン屋」さんです。 ―パン情報― ♡ 月曜日はサンドウィッチの日です! ♡ 平日は14:00以降でも品数があります。ただし、ご予約はご遠慮ください。 ♡ 今後、冷凍パンのおまかせセットの発送にも力を入れていきます。 [パン生地主原材料] 道産小麦数種・天然酵母(レーズン)・国産米油・道産てんさい糖・シママース(塩) *パン生地には乳製品・卵は使用していません。 [定番商品] カンパーニュ・全粒粉バゲット・食パン・スコーン 他のバリエーションは日によって変わります。 ―チカプ店舗情報― ・営業日 木曜日~月曜日 11:00~16:00 ・定休日 火曜日・水曜日 ・住所 伊達市南稀府町303-49 ・電話 0142-24-1017 ・Blog https://chikap-bakery.hatenablog.com/
Rietty
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