
明るく元気な町づくり 洞爺湖町
胆振管内議員研修会
胆振管内議員研修会が開かれました。研修会では、「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)について」を学びました。
先週、26日(月)午後から洞爺湖萬世閣で「胆振管内議員研修会」が開催。胆振管内の議長が登壇。洞爺湖町・壮瞥町・豊浦町・白老町・むかわ町・安平町・厚真町の7町議会議長さんです。
午前中は、洞爺湖町臨時議会でした。この日の夜から、、、既報の胆振地域を直撃した暴風雪がありました。
先輩で元町議のM氏からハウスの屋根がぶっ飛んだとのメッセージを頂きました。事情を知らず、“寒いですね、、、。”、、、、軽くレスしてしまい暖かいお叱りを受けました。屋根の被害額は、最低数十万円以上とのことでした。自分の配慮のなさを感じました。すみません。
メディアの報道では、登別温泉の宿泊施設、室蘭市内の報道が中心ですが、周辺自治体の農業施設被害もかなりあると思います。緊急の自然災害に対する行政の支援も必要であると感じました。
当日は、胆振管内議会議長会の竹中会長(むかわ町議会議長)よりご挨拶がありました。この研修会2日前、札幌で地方自治研究所の自治講座でもご一緒させて頂きました。
父方の叔父が元教師で、教え子の一人が竹中議長でした。このご縁で親しくさせていただいております。思ったより世間は狭いです。
洞爺湖町での研修会は、「TPPから学んだこと」が演題でした。講師は、北海道総合政策部政策局参事・木本晃氏。TPPの「期待」と「懸念」などについて理解を深めました。
ご講演では、期待としてFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)へのステップとなり関税撤廃で貿易が盛んになり日本の製品が参加国で差別されない。日本の技術・ブランドが守られるようになる。日本企業の投資が参加国で不当な扱いを受けないようになる。バラ色の話でした。
一方、懸念としては、関税撤廃により、農業の衰退や自給率の低下を招く恐れがある。食品の安全基準が緩和され、安全でない食品が増える可能性がある。
公的な医療保険を受けられる範囲が縮小されてしまう可能性、質の低い外国人専門家や単純労働者が大量に流入される危惧、地方の公共事業が海外企業にとられてしまう可能性。
外国人投資家が訴え、日本の制度が変えられてしまう懸念。この懸念は、以前ブログでもご紹介しましたが、ISD条項と言って、要は投資家対国家の紛争解決ができるルールです。実は、このISD条項はかなり不気味です。
TPPの功罪では、物品市場のアクセス、とりわけ農業、医療、労働について懸念されてます。
このISD条項かなりのくせ者なのです。外資系企業が被害を被ったときに相手国を提訴して賠償請求ができるルールです。古い言葉なのですが、多国籍企業のたくさんある国は、アメリカです。
木本参事がご講演の中で、「TPPに米国が参加する目的はアジアへの関与であり、made in USAの製品を広めることではないか。」と言ってます。この考察も一理ありますが、おそらく製品ではなくシステム、ルール変更が本当の目的でしょう。アメリカのスタンダード化をアジアにも期待している。
研修会の木本参事が言ったように、“TPPをめぐる問題点としてきちんとした情報がほとんど手に入らない。十分な議論も行われていない。日本の戦略、参加して何をしたいかのかが見えない。”
北海道のTPPを扱う現場責任者でも情報開示の必要性を抱いています。いわんや情報受け手の地方行政、地方議会、地方関連団体においてをやです。TPPの参加、不参加はまだまだ議論が必要だと思います。
明日は、札幌京王プラザホテルにて今年最後の読売ビジネスフォーラムです。講師は、武藤俊郎氏(大和総研理事長、元日本銀行副総裁)による「日本経済の課題」です。TPPについては、参加へのバイアスがかったお話しだと思いますが、、、。日本を仕切る財務省事務次官経験者の講話をしっかり聞きたいと思います。
2022年4月洞爺湖町長に初当選。
大学卒業後、証券会社に勤務し米国留学、海外駐在経験。
帰国後、札幌市で学習塾を13年間経営。
30年ぶりに地元に戻り町議会議員とバス会社の二刀流で2022年1月まで4期途中まで活動。
1985年成城大学経済学部卒。
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これはもうmushanavi 的 情熱大陸だ!! Couturier Ty 宮崎智子という人
これほどまでにドラマティックな人生を歩んできた女性に出会ったことがあっただろうか? そう思うほどにのめり込ませる取材をさせた人。 倶知安在住、Couturier Ty 代表 宮崎智子さんを訪ねました。 智子さんが洋服のオーダーを請け始めたのは2000年頃のこと。 ブランドを立ち上げたのは2007年のこと。 そして倶知安に店舗を持ったのは2018年4月のことでした。 ↑デザイン段階でこの様な作業が入るとは知りませんでした。 「針と糸を使っての物作りならば大体のことはできます。」 そうおっしゃる通り、洋裁・編み物・刺繍・リメイク・修繕・革小物・布小物etc.なんでもこなされます。 ↑たくさんの糸や布が並びます。 ↑ツイードで作られた清楚なボディーコンシャスワンピース♡ ↑優しいオレンジ♡ ↑これを堂々と着こなして颯爽と街中を闊歩してみたい♡ ↑刺繍用の機械です。 地元の太鼓チームの半被を製作中。 ↑こういうワッペンも作ります。 実は、智子さんの最初の師匠はお母様でした。 今の智子さんと同じ様に何でもこなされていたお母様から、先ず習ったのは編み物でした。 「小学生の頃からビーニーやセーターなど、自分で編んだものを身に着けていました。 でも何故か洋裁には手を出しませんでした。ですが、洋裁をする母は私の憧れでした。 それなのに、母は私に一切無理強いしなかったのです。」 編み物以外しなかった智子さんに転機が訪れたのは20歳の時でした。 それは、お母様のこの一言が引き金でした。 「私の娘なのにスカート一枚作れないなんて…」 この言葉は、智子さんを発奮させました。 そして、お母様に習いながら初めて一枚のタイトスカートを作ったのでした。 このことがきっかけとなり、洋裁への転向を決めることになりました。 ↑落ち着いたカラーだからこそ、きっとパーティーで目立つはず♡ ↑取材時に智子さんが着ていらしたジャケット。とてもカッコよかった♡ そこからはお母様に師事をして洋裁の猛勉強を始めました。 また、文化服装学院を通信教育で卒業し、指導員の資格も取得しました。 とにかく物凄い集中力を持った頑張り屋さんなのです。 どんなことでも「やりたい!」と思ったら命懸け。 中途半端は大嫌い。 本気度は半端ない! 例えば英語。 ほとんど独学で、留学することなくTOEIC 900点を採ってしまったり。 スキーもプロ級の腕前だったり。 ↑パウダーもこの通り! そんな多才な人だから、全てが順調だったのかと思いきや…。 運命は智子さんをすんなりと洋裁の道へと導いてはくれませんでした。 2度の結婚と別離。 仕事も色々変わりました。 そんな智子さんに再び転機が訪れます。 「やはり洋裁道を極めたい! お客様のこだわりを100%表現し、デザインも着心地もお客様にピッタリ合うものを作って差し上げたい!」 改めてそう決心した智子さんは、再び猛勉強を始めました。 それも生半可ではない勢い。 しかも結果も残しました。 ↑これらの賞状や賞はほんの一部です。他にも色々と壁に飾られていました。 そして立ち上げたのが「Couturier Ty」なのでした。 「実は、Tは私の名前の頭文字。Yは母の名前の頭文字なのです。」 なるほど。 お店の名前にお母様は生きていらっしゃるのですね。 ↑出産祝いのオーダー品。オーガニックコットンで作られています。 25年前にお母様を亡くされた智子さんは、のちに運命的に出会った師匠に師事、猛吹雪のさなかでも中山峠を越えて札幌まで習いに行ったそうです。 ところが、またもや神様は智子さんに試練を与えました。 その先生も急逝されてしまったのです。 あれだけの資格や賞をいただいているのですから、師匠は必要ないのでは?と思うのですが… 「上には上がいます。常に技術向上をし続けていたいのです。だから今も師匠を探しています。」 いかにも智子さんらしい謙虚さ。 まだまだ勉強することはたくさんある! 前進あるのみの精神です。 ところで。 このお店を通して伝えたいことはありますか? とお尋ねしてみました。 「洋裁教室の指導者としては、食わず嫌いにはならずにやってみましょう!と伝えたいです。やってみようとしないで “出来ない” って思うのはもったいないです。 また、洋服の仕立て屋としては、自分サイズの服の心地よさを知ってほしいと思っています。 色々取り扱っていますが、一番好きなのはドレスオーダーを受けて仕立てるお仕事です。 日本人にも華やかなカラーを堂々と着て、思い切りファッションを楽しんでほしいと思っています。」 ↑こちらは既に終わりましたが、小物作りの講師の他、定期的に初心者向けの洋裁教室も開催されています。1日で服が作れるプログラムになっています。 工房に所狭しと置かれた道具や機械や糸や布を見ていると、筆者も自分だけの1着が欲しくなってしまいます。 夢を実現させることへの熱量が人並み外れて高い智子さん。 きっともっともっと大きな夢があるに違いない!と次なる目標をお尋ねしてみました。 すると、とても恥ずかしそうに教えてくれました。 「フランスに住みたいです。 ヨーロッパの色彩豊かな生地を使って洋服を作りたい! そして、思い切り大胆にファッションを楽しむ人に私の服を着て喜んでほしいのです。」 なんと、しっかりとフランス語の勉強も始められています。 これは必ず掴む夢だな…と感じてしまいました。 華やかな外見とは裏腹な、物凄く泥臭く地道な努力をされる智子さん。 その情熱に強く引き込まれ、頭の中には葉加瀬太郎さんのバイオリンが鳴り響いていました。 Couturier Ty(制作中ページあり) https://tymode.jp/ 記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2021年)
Rietty
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「あなたのまま とっぽとっぽと歩きましょ」作品が語りかける『陶っ歩や』の世界。
伊達市稀府町で陶芸教室を営む『陶っ歩や』さんを訪ねました。 お話を伺ったのは、主宰の木村友子さんです。 大きな目で真っ直ぐに相手を見つめながら、優しく話される友子さんは旭川のご出身。 旦那様のお仕事の関係で転勤を何度か繰り返し、気に入った伊達に移住されました。 「今まで、ピンチや転機の時、いつも周りの方が助けてくださいました。」 そう話す友子さんは、いくつかのエピソードを話し始めました。 長和にある旦那様の会社の社宅に住んでいた時のこと。 厚真町に住んでいた時の陶芸との出会いのこと。 稀府に家を建てた時のこと。 窯が自宅にやってきた時のこと。 陶芸教室の第一歩。 陶芸教室の第二段階、そして今。 作品販売へのきっかけ。 などなど。 感心することに、それらのお話しに苦労話は一つもなく、ましてや自慢話もなく、何事にも心からの感謝を込めてお話をされる友子さんを見ていると、これらのエピソードは全て人徳によるものに違いないと感じるのでした。 出会った方をとても大切になさる友子さんだからこそ、きっと周りの方が放ってはおかないのでしょう。 2003年より始めた陶芸教室には、現在生徒さんが23名いらっしゃるそうです。 ちょうど取材にお伺いした時もお教室の日でした。 ↑玄関からお教室に続く可愛らしい足跡♡ 様々なところで友子さんの優しい配慮があります。 それぞれに思い思いの作品を作る生徒さんたち。 和気藹々と本当に楽しそう。 この日はいらっしゃいませんでしたが、男性の生徒さんもいらっしゃるそうです。 現在、ご自宅の陶芸教室以外にも市内の星の丘中学校で年に一度、また、長生大学、カルチャーセンタでの「大人の粘土遊び」などの出張教室を行っていらっしゃいます。 「陶芸は、まだ形のないところから土を捏ねると始まります。粘土遊びを通して " 作者みんなが主役で、失敗なんてなくて、何を作ってもよくて、みんなで一緒の時間を過ごせて良かった! " そんな想いを共有できたら嬉しいなと思っています。」 友子さんはそう話してくださいました。 そんな優しい空気感の中で出来上がった作品を手にした作者の達成感は、きっと自己肯定感に繋がっていくのだと思いますし、「ここに居て良かった。」という安心感に繋がっていくのだろうと、「陶っ歩や」さんの世界を想像します。 お教室の生徒さんたちの楽しそうだけれど無心な姿の中で色々なお話を伺っていると、じわじわと心が温かく解放されていく感覚を覚えました。 本当に素敵な空間。 『陶っ歩や』のお名前の由来も伺ってみました。 「陶という字は入れたかったのです。 それに間が抜けた感じにしたかった 笑 “ とっぽとっぽ “ とゆっくり歩いている感じがいいなあと思いました。」 なんだかもう、いかにも友子さんらしい♡ でももちろん、プロの陶芸家としてのキリッとしたお顔もお持ちでした。 「作家としては、見て楽しく、触って嬉しく、使ってほっとする物つくりを心がけています。また、教室の主宰者としては、できる限り生徒さんの作品に手を加えることはしないようにしているのです。なぜならば、あくまでも主役は作者ですから。もちろんサポート役としてご相談を受けたらいくつかの選択肢はご提示します。でもやはりそのチョイスは作者に預けたいと思っています。 生徒さんたちには私をどんどん踏み台にして欲しいですし、私もときには生徒さんの良いところを学ばせていただいたりもしています。 皆様と過ごす時間の中で、お互いに陶芸を通して何かを感じあって、日常生活から離れた自分に向き合う時間を共有しあって、みんなで大切にしあえたら幸せです。」 そんなお話をとても柔らかく静かにお話をしてくださいました。 コロナ前までは毎年、生徒さんたちの作品展をされていました。 再開できることを皆んなで楽しみにしているそうです。 友子さんの作品は、教室または北湯沢の「緑の風リゾート」様、あるいは洞爺湖の「ザレイクビューTOYA 乃の風リゾート」様で購入することができます。 作品は、見るほどに友子さんに似ていらして、素朴で飾らず優しいお茶目さんたちでした。 『陶っ歩や』さんの世界に浸り、幸せいっぱいになってお教室を後にしました。 陶芸教室に興味がある方は、是非お問い合わせくださいね。 優しい友子さんと、可愛い作品たちが皆様をお待ちしています。 ※記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2021年)
Rietty
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【あの人に会いに】地域にひらく [ 坂本瑠美さん / 洞爺 ]
むしゃなびエリア(胆振・虻田地区)にて 一度は会いに行ってみてほしい、 地域を盛り上げる ”人” にフォーカスする企画 【あの人に会いに】vol.2 今回は、2024年6月2日(日)に 洞爺八幡神社にて開催される 『とうや古本市』の主催者 坂本瑠美さんにフィーチャーします。 瑠美さんが暮らしているのは洞爺地区。一緒に町を歩いてみると、並外れた情報量に驚きます。 「ここは〇〇さんが管理してくれてる場所でね……」「ここの道は子ども達と歩くのにとっても良い場所で……」「あ、〇〇さんがいる!寄っていこう!こんにちは~」……と、こんな様子でエンドレスに繰り出される地域のお話。 この地区の住民はほぼ全員知り合い、町のあらゆることに詳しい、まさに地域の生き字引。そんな瑠美さんなので、もう何十年も洞爺地区の住民かと思いきや……なんと移住してまだ8年だと言います。 「何年も前から居る人みたいだって、洞爺に来て数週間の時にはもう言われてたね (笑)」 多くの人と繋がり、大量の情報を蓄積し、それをまた人へ繋げていく。瑠美さんにとってはとても自然なことなのかもしれません。 移住の決め手は、子どもが沢山いること 瑠美さんは帯広市出身。清水高校の総合学科に進学します。とても自由な校風で、好奇心の赴くままに楽しく過ごし、”キャンプ好き”となっていきました。卒業後は札幌の調理専門学校へ。そこで旦那様と出会い、結婚・出産。若くして母となりました。瑠美さんについて特筆すべきことのひとつは、”子どもと仲良しな母ちゃん”。 「長男がもう20歳!長女も中3、子育てが終わっちゃうのが寂しい!!!」 札幌や江別で長く暮らしていましたが、よくキャンプに訪れていた洞爺湖に惹かれ、移住を決めます。長男が中学校に進学するタイミング、長女が小学校2年生の時でした。 「札幌はモノも人も多くて沢山繋がれるけど、都会ならではの子育てのしにくさもあって。例えば、騒音問題だったり、公園でボール遊びしちゃダメだったり、子どもだけで遊びにいけるところがなかったり……」 洞爺地区で、自由に遊ぶ地元の子ども達を見かけていたことが、のちに移住の決め手となりました。 地域に根差し、広がり続ける人脈 食べるの大好き、食べさせるのも大好き!な瑠美さんは、調理師として働いていましたが、洞爺移住後は「生産者側を経験したかった」と農家へ。3年程働き、調理の道へ戻ろうと転職を考え始めた頃に新型コロナウイルスが流行します。飲食業は縮小、調理師としての就職先は狭まっていました。そんな中、変わらずに募集があったのが保育園の給食室でした。 「午前は給食の調理をして、午後は学童スタッフとしても勤務できることになって。学童で子ども達と遊ぶのが、とっても楽しかったんだ~!ずっと一緒に遊んでいられる!」 偶然たどり着いた二つ目の天職。現在は学童の職員となり、時には給食センターやとうや水の駅食堂TSUDOUにて調理師も続けています。母でありながら3足の草鞋!とても忙しそうですが、まだまだそれだけではありません。 NPO法人地域自然活動センター森・水・人ネットの理事、PTA活動、洞爺八幡神社の総代、等々……ここに書ききれないほど多くの団体に携わっています。あちこちから声をかけられるひっぱりだこ、人脈は広がり続けます。 地域の神社をもっとオープンに! 沢山の活動のうちの一つ、洞爺八幡神社で開催している『とうや古本市』はどのようにして始まったのでしょうか。 きっかけは、瑠美さんが町内会の役割の一つとして、たまたま総代*になったことから。長く神社を支えてきた会長や総代たちの想いを聞き、動き出します。 「総代を務めたい人も少なくて、町内会で回り番でっていう感じで……もっと地域の若い人に楽しんで場所を繋いでもらわないとっていう危機感があったんだよね。会長も、もっと自由に使ってと言ってくれていて」 氏子……氏神様がお守りする地域に住んでいる人々。氏神神社の運営・維持、行事などを行う。 総代……氏子の総代表。祭祀や保持活動に努める役割を持つ人々。 ”本好き”という共通点があった会長や総代たち、話はとんとん拍子で進みました。 「(当時)本屋が無いこの地域で、本を手にとれる場所が欲しいよね、とよく話していて。神社での開催だから(予算をかけず)”ばくりっこ”で。この地域だとどんな本が出てくるんだろう、という興味もあったしね」 とうや古本市は、不要な本を持参し欲しい本を持って帰る、”ばくりっこ”スタイル。ゆったりとした境内では『その本は〇〇さんのオススメだよ』、『これ面白いね』と会話が生まれ、来場者が本を通して繋がっていきます。 「小さい頃この境内で遊んでいたという人たちが、『神社で何かやってる!』とたまたま来てくれたことがあって、そういうのも嬉しいよね」 ただ場を繋ぐためのイベントではなく、持続可能な開催を目指して主催者が楽しむことを大切にしていることも、とうや古本市の特徴。『焚き火で焼き芋がしたい』、『地域の楽しいお店も呼ぼう』……そうして、地域住民にも毎年楽しみにされるイベントとなりました。 子ども達のたまり場をひらきたい 地域のために動き続ける、実行力抜群の瑠美さん。これからやっていきたいこと、目指すところはあるのでしょうか。 「誰もが気軽にふらっと集まれるような、子ども達のたまり場を作りたいなと思っていて」 学童で日々子ども達と触れ合い、真っすぐな好奇心に共鳴していくうちに、もっと探求できる場をひらいてあげたいと思うように。 「大人は知りたいことを自分で見つけられるし、すぐに調べることもできる。でも、子ども達が自分でリーチできるものって、自分の周りにある環境だけ。すぐ近くに沢山の面白いこと・面白い人がいるから、それを繋いであげられる場所がほしいなって」 そんな場所ができたなら、子どもだけでなく大人も楽しめるスポットになりそうです。老若男女がワイワイ集い、誰でもフラットな関係で、好奇心のままに学びを追求できる……素敵な”未来の場”のイメージが浮かびました。 来る6月2日(日) のとうや古本市は、そんな明るい未来の話が自然と生まれる場所でもあります。とにかく多忙な瑠美さんとゆったり話せる、貴重な機会かもしれません。新緑が眩しい、気持ちの良い境内を楽しみに、ぜひ足を運んでみてください。明るい瑠美さんにつられて、笑顔になってしまうこと間違いなしです。 <とうや古本市> 日時:2024年6月2日(日)10:00~15:00 場所:洞爺八幡神社(虻田郡洞爺湖町字洞爺町1番地) ★入場無料、飲食や雑貨など各種出店あり ★お家に眠る不要な本がありましたら、ぜひご持参ください! ★とうや古本市は、年2回、春・秋に開催しています。今回が5回目!
misaki
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