
愛と感謝の日々
暫く前に郵便局に行ったら、ちょうど近所の方が外にいらしたので会釈をすると、
「林さんだよね?」
と声をかけていただきました。
「ラジオ聞いたよ!STVラジオに出てたでしょう。聞いたよー」
ととてもうれしそうに言ってくださるので、お礼を言うと、
「がんばってね!」と言って手を振ってくださりました。
地元の方が喜んでくださるのはひとしお嬉しいなと感じました。
(ラジオリンクはこちら
私には故郷がありません。
生まれ故郷の埼玉からは、私が14歳の時に家族揃って引き上げてきたので、もうそこに行っても何もありません。
住んでいた家もアパートなので、取り壊されてもう既になく、別の建物が立っています。
自分にとって、生まれ育った場所に寄る辺がないと言うのは、何とも言えず、足元が不安定な感覚がありました。
しかも訳あって生まれ故郷を離れているので、簡単に帰ることができません。
WATERと言う水のドキュメンタリー映画を上映していた時、その中に1つのエピソードがありました。
それは、記憶を失って、さまよっていたある男が、ある場所の泉の水を飲んだことにより、自らの故郷を思い出したと言うものでした。
水は情報を伝達し、私たちの体は80%以上が水でできています。
水の結晶がさまざまに形を変えるのは、外界からの情報を受け入れてできる自然のシステムで、それはすべての水に当てはまります。
私は、そのエピソードを見たときに、様々な出来事があって、記憶が分断されている自分の幼少期の記憶を取り戻すために、生まれ故郷の土地に行ってみたいと思うようになりました。
そしてそれは数年前に、ほんの短時間だけ実現しました。
電車を降りて、生まれ故郷の空気を吸った瞬間、えもいわれぬ懐かしさに胸が締め付けられました。
涙が出そうになるような喉の暑さを覚えながら、記憶をたどって住んでいた家の方へ歩いて行きました。
子供の頃遊んだことのある川、そして橋、通ったことのある道、今はもうない懐かしい長屋のあった場所を通り、1時間もいないで、また電車に乗りました。
ですが、このときの経験は私の中の何かを確実に変えてくれました。
あの空気を吸っただけで、私の中の何かが落ち着いたのです。
それはとても不思議な感覚でした。
私は、自分に故郷がないが故に、とても故郷に憧れていました。
子供2人授かってから、なおさら、この子供たちに自分と同じ思いをさせたくないと思うようになり、いつでも帰って来られる故郷を作りたいと思い、がむしゃらに暮らしているうちに、大滝で一軒家のご縁をいただきました。
そして上野の土地に住んで約17年。なんてこの土地は美しいのだろうと思って、何のゆかりもないのに移住して、大滝住まい25年目。四半世紀をここで過ごしています。大滝にここまで惚れ込むとは自分でも思いませんでした。
まさに水が合うとしか言いようがありません。私にはこの大滝の水はとても甘く感じます。ここの空気もとても清らかに感じます。緑は鮮やかで、紅葉は艶やかで、雪は清らかで、どれほど年月がたってもその感動は薄れる事は無いのです。
自然の中で自然と共に暮らしたいと言う私の願いは、ここを大滝で叶えていただきました。
生き物と共に暮らしたいと言う子供の頃からの願いも、ものを作って暮らしたいと言う願いも、一軒家に住みたいと言う願いも、自給自足的な暮らしがしたいと言う願いも全て叶っています。
私がどれだけ伊達大滝に感謝しているか、大滝が大好きか、それはまだ全くお役に立ててはいませんが、形にしてきたもので少しずつ明らかになっています。
骨折してからあまり作れていないけれども、地元の特産果実アロニアのクッキーの開発ができたこと。
百畳敷のニョロニョロが好きすぎて、折れて落ちているものも持って帰ることに罪悪感を感じ、思い余ってガラス細工のオブジェを作り出してしまったこと。
家の窓にできる氷紋が美しすぎて、写真を撮り溜めていたおかげで、骨折してパンが作れなかったときに、氷のアートが生まれて命を救われたこと。
まだCDを作れていないけれども、紅葉舞う道を通っているときに、故郷大滝と言うとても素敵な演歌ができたこと。
子供たちと学校が入る前までは、泥だらけになって自由にさせてあげたいと半農半パン屋な暮らしをしていた中で、20年何とか継続させていただけたてんねんやと言う菓子工房を継続できたこと。
そして今、氷紋アーティストや氷紋伝道師と言うお言葉を周りからいただき、新聞さまには画家とまで書いていただき、伊達大滝の美しい氷紋をたくさんの方に喜んでいただくことができるようになってきました。
でもこれはまだまだ私が大滝にお世話になった御恩返しの爪の先っちょほどもできていないと思っています。
私の大滝愛はこんなちっぽけなものでは無いのです。もっと皆様に喜んでいただきたい、たくさんの方が喜んで大滝に来て、そして喜んで大滝から帰っていくようなことができるようになりたい。
このような思いでずっと暮らしていたら、上野町の今の清らかな土地を授かり、氷紋が生まれ、パリやフィレンツェに絵が展示していただくような稀に見るびっくりぽんの流れが生じてきました。
これも全て、私がこの土地に住まわせていただいたおかげで、この年の清らかさを先人の皆様が守り続けてきてくださったおかげだと強く強く感じています。
だから決して私の才能とか、力では無いのです。
ここを絶対に間違ってはいけないと私は心に命じています。
すべて与えていただいて、全て使わせていただいていかせていただいている。
氷紋の絵を描いている時によく思うことがあります。
今は道路ができて車で簡単に走ってこられるこの土地だったけれども、昔は牛や馬に引いてもらったりした山道だったはず。
アイヌの方が住んでいたとも聞くが、この極寒の地に和人が入植し、チェーンソーもユンボもない時代に木を切り、畑を切り開いて手作業で家を建てた、そのご苦労と言ったらどれだけのものなのか。
車やテレビが導入され始めた頃の昭和生まれの私には全く想像もつきません。
氷紋の絵を書かせていただきながら、人生の先輩のお兄様お姉様が、氷紋は昔、炭鉱によくできたことや、朝起きたら、布団の襟が凍るような昔の家には毎日これができていたと教えていただいたことを思い出し、先人への感謝の念が湧くのです。
この感謝の念を感じさせていただくことも、私がこの土地に生まれ育ったものではなく、他から来たものなのに、こんなにも良くして受け入れていただいていること、この厳しい寒さの気候条件も厳しいこの土地で、集落を守ってきてくださった皆様のおかげで、私はこの美しい土地に住まわせていただいている事を思い、胸が熱くなるのです。
先人のどの行いの1つが欠けても今はないことを深く知ると、今の奇跡を実感します。
ものがありふれていて、何もかも満たされたように見える世の中ですが、私が子供の頃よりも、なぜか殺伐とした事件が多かったり、様々な災害や疫病など、過去にはなかったような大変なことが増え続けていることを半世紀以上目の当たりにしてきました。
もっと幸せで、もっと優しく、もっと心安らかに暮らせる世の中を子供たちに残したい。
そのために自分が今何ができるのかをずっと考えてきました。
そこを考えすぎて、日常のことが手につかなくなることもある位で、自分がおかしいんじゃないのかと思う位ずっとそのことを考え続けてきました。
なので、事務仕事などをしていても、そのことが常に頭にあり、その延長上で絵や歌が生まれたりするので、よく誰でもできるような当たり前のことができなくなったりするうっかりものです。
どうして自分は、こんなにも人様よりもポンコツなんだろうと思い、とても情けなく、自信をなくすようなことがとても多かったです。
ですが、今、自分では世の中の役に立たないだろうと思っていた私の絵がたくさんの方に喜んでいただけるということが夢ではなく本当だと、一つ一つ実感させていただいて、ポンコツな部分の多くある私だけれども、こうして1つ役に立てることができたなら、とても幸せだと感じています。
逆に、搭載していていただいた絵と言うそのオプションを役に立てることによって、ポンコツな部分をカバーしていただいているような気がします。
それは、皆様がとてもうれしそうに絵を見てくださったり、メディアに出たことをを見たよと言ってくださったりしてくださるそのやりとりの中で、私は一つ一つこれでよかったんだ。大丈夫だ。間違ってないんだと言うことを噛み締めさせていただいています。
いちど捨てた絵の道に戻ってきたのは、とても不思議な感覚ではありますが、子供たちにもっと素敵な世界を残してあげたいと言うその思いを中心に置いて、では何をしたら良いかというところにシフトしてきたので、書きたいから書くと言うものでは全くなく、書かせていただいているとしか言いようがないのです。
何人かの方に、その我欲の少ないところが、ルーブルやフィレンツェの流れを呼び込んでいるんじゃないのかなぁ、と言っていただいたこともあります。
できるだけ美しい氷紋の美しさを損なわないように、その美しさをさらに春でも夏でも秋でも、溶けることなく、消えることなくお伝えできるように、氷紋アートが生まれたかのようです。
身に余るようなありがたいお仕事をさせていただいていますが、皆様に美しい氷紋を見ていただいて楽しんでいただけるように、心を整え、氷紋から大自然への感謝と、この先も美しい世界が続く願いをお届けすることで、大好きな大滝にありがとうと感謝の思いを形にできたらと思っています。
そしてそれが皆様の喜びにつながるのであれば、これ以上の幸せはありません。
まだ大学生の息子がおり、毎月ヒーヒー言っているシングルマザーですが、命ある限り貢献したいと思っており、がんばりますので、今後ともぜひどうぞよろしくお願いいたします。
✨❄️氷紋❄️✨.˚⊹⁺‧┈┈┈‧⁺ ⊹˚‧┈┈┈┈‧⁺ ⊹˚
氷紋ー冬の朝、北国の窓にできる美しい氷の紋様。
古い機密性のよくない家や車の窓に生じるが多く、近代的な結露しない建物にはあまり出来ない自然の芸術。羽根のような紋様や、植物、波状など、その日によって様々な形状に育つ。未だ研究されていないらしい未知の現象。
.˚⊹⁺‧┈┈┈‧⁺ ⊹˚‧┈┈┈┈‧⁺ ⊹˚ .˚⊹⁺‧┈┈┈‧⁺ ⊹˚‧┈┈┈┈‧⁺ ⊹˚
✨❄️氷紋美術展2023伊達大滝(半常設展示)❄️✨
おかげさまでご好評いただき展示継続、増設感謝✨
会場:緑の風リゾートきたゆざわ 1Fリラクゼーションルーム
9〜12時/15〜20時位まで 売店稼働時間に順じどなたでも閲覧できます
入場無料/原画やポストカードなど販売中。絵画オーダー承り中。
〒052-0316 北海道伊達市北湯沢温泉町300-2
❄️GW中ライブペイントあり❄️
5/3〜5/7 18:00〜21:00
天恵〜緑の風〜仕上がり間近です!
是非ご覧くださいね✨
Instagram個人アカウントにて
2023年のルーヴル展示の取材渡航のダイジェストを
シリーズでお届けしています
こちらもどうぞお楽しみください😊
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むしゃなびエリア(胆振地区・虻田郡)にて 会いに行ってみてほしい ”人” にフォーカスする企画 【あの人に会いに】vol.6 今回は、洞爺地区で『TOYA親子塾』を主宰されている 岡本 里佳 さんです。 洞爺地区でどのようにして親子塾が生まれたのか、 そして10年も続いているという、その秘訣をお聞きしました。 巡っていく恩返し 里佳さんの原点となるエピソードがあります。 それは、静岡に住んでいた頃のお話。 車無しで、子どもを3人連れての病院帰りでした。 4歳の手を引き、2歳を乗せたベビーカーを押し、 更には赤ちゃんをおんぶして、 歩道もなく歩きにくい狭い道を なんとか歩いていました。 遠い道のりを頑張って歩いていたその時、 急に雨が降ってきてしまいました。 傘を持っておらず、そのまま歩き続けていると…… 横にスッと車が止まり、 中の方がビニール傘を差しだしてくれました。 「お礼がしたいと連絡先を聞こうとしたら、 『お礼は良いから、次はあなたがその傘を誰かに渡して』と」 「人にあげるものって、 ちゃんとしたものじゃないと!って思っていたけど、 高価なものじゃなくても良いんだって気付けて。 この時のことがすごく残っていて、 できる限りのことをしようって」 ちょっとしたことが物凄くありがたい、 無理をせずできる範囲でも恩を送ることができる。 この出来事は里佳さんの原点となりました。 塾がない、なら作っちゃおう 九州から洞爺地区に移住してきた岡本家、なんとお子さんが6人の大家族!「でも、この地域に来たときは周りに大家族が多くて、6人兄弟だって他に2家族もあったの!」と里佳さんは笑います。 親子塾は、お母さん方の会話から生まれました。 「近所のお母さんから、子どもたちが家ではなかなか勉強できない、というお悩みを聞いていて」 他の友人から『塾というより塾の”自習室”が良いらしい!』と耳にしたところで、ここには塾も無い。塾を作ろうにも、この町には大学生もいない。 「でも、自習室で良いなら、場所だけ提供すれば良いんじゃない?親子塾をやってみよう!ってなったの。役場にこんな活動がしたいと相談に行くと、じゃあうちの子も……とすぐに子どもは集まって。」 親たちが当番制で見守りをして、子ども達に学習の場を提供する『親子塾』がスタートしました。さらに、見守り担当の親も一緒に学ぶスタイルが定着しました。 親子塾には月に2回程度、食事提供の回があります。(冬季を除く)その名も、『親むすび子ろりん(おむすびころりん)』。中学生は部活帰りでごはんを食べずに親子塾に直行になることもあるらしく、ここでご飯を食べられる回はありがたいそうです。 「やっぱり食は繋げてくれるよね、参加率が高い。笑」 食事の提供には、地域の農家さんから野菜をいただいたり、フードバンクを活用したりしています。 美味しい!とニコニコでごはんを食べる小学生たち。そこに部活帰りの中学生たちもワイワイと加わります。学校の外で友達とごはん食べられるって、嬉しいですよね。食後の片付けは子ども達自身で。学年が異なる子どもたちの交流は、兄弟が増えたようで楽しそうです。 無理しない、出来る限りのことを 一緒に活動するメンバーに『里佳さんはどんな人?』と聞いてみると、『しっかりしてるのに、フワフワしてる。だから緊張しすぎないし、楽しく活動できる』とのこと。 「無理はしないって決めていて。トップが無理しちゃうと、みんなも苦しくなっちゃうから」。みんなで楽しく活動すること。そのためにはトップが程良い”ゆるさ”がを保つこと。持続可能な活動にするための秘訣はここにありました。 <運営するお母さんたちに話を聞いてみました> Q.なんで『TOYA親子塾/親むすび子ろりん』に参加していますか? A.「たのしい」「子育ての情報交換になる、先輩がたくさんいて何でも聞ける」 「友達と居る時の子どもの様子を見られる」 「子育てを離れても、小中高の話が聞けて情報が入る」 どなたもとても楽しそうに参加されており、 保護者のみなさんにとっても憩いの場となっていることが伺えました。 ここだから、続けてこられた 親子塾は、なんと今年で10周年! 子ども達は卒業していき、保護者も入れ替わる中、この活動が10年も続くというのはとても凄いことだと感じます。 子どもが卒業しても変わらずにお手伝いに来てくれる方もいるそうです。 「はじめはこんなに賛同して、協力してくれる人が沢山いるなんて思っていなかった。洞爺地区だから、この地域だから続けてこられた、というのは凄く思う」 洞爺地区に訪れると、地域で子育てをしている様子を見かけることがよくあります。ひとりの大人が沢山の子どもを連れていたり、他人の子どもでも自分の子どものように叱っていたり。みんなお互い様で、子ども達を見守り合っているコミュニティ。この地域力が根底にあることが、親子塾が存続できる理由だと里佳さんは言います。 「みんなが同じ方向を向いているから、助けて!って言いやすい、頼みやすい」 10年間ずっと続いているから、いつでも帰って来られる安心感。日々活動を積み重ね、子どもにとっても親にとっても大切なコミュニティが出来上がっていました。 さて、今後の展望はあるのでしょうか。 「私たちが老後になっていって、いろいろと困ることがあると思う。次はその問題を解決していくようになるのかな?」。何かあっても助け合える、心強い関係性は既にできているように見えました。 『TOYA親子塾』・『親むすび子ろりん』は、洞爺地区の親子が参加できます。 (毎週水曜19時から、洞爺総合センターの和室にて。) 次は誰かのために、と活動し続けられる優しさ、包容力あふれる里佳さん。子育てに悩む方にはぜひお会いしてほしい、素敵な”地域の母”でした。
misaki
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ブレない自然体な人 “ 須藤建設 株式会社/ SUDOホーム“ 4代目代表取締役社長 須藤正之氏に出会った
冒頭からなんですが…。 筆者、須藤正之氏に惚れました。 正之氏の未来への愛溢れる想いに触れ、とても清々しく温かい気持ちにさせていただいた取材でした。 正之さんの生い立ち 正之さんは1973年 北海道豊浦町で生まれました。 豊浦町は、須藤建設(株)の創業者 須藤幸次郎氏が1918年に会社を興したところです。 ↑宮大工だった幸次郎氏、豊浦神社の建築がきっかけで、山形県から豊浦町(当時は豊浦村)に移り住みました。当時は家具も手がけていたそうです。 生まれた家は、会社の資材センターの敷地内にありました。 「子供の頃の自分にとっては、“ そこにある “ 木端や釘などが格好の遊び道具でした。 友達や兄弟(弟二人)たちと秘密基地を作ってよく遊んだものです。今思えばかなり危険な場所だったのですが、資材センターという子供にとっては危険地帯で遊ぶことで、加減を知り、安全を学んだのだと思います。同時に、「そこにあるもので工夫して遊ぶ」ということを学びました。」 正之さんにとって、器としての家への想いとは? 「昔の家なのでとにかく寒かったです。 中学までは生まれた家で過ごし、高校からは札幌の寮に入りました。大学は東京へ。そして大学卒業後、札幌で勤めた時にアパートに住みました。この時、建材アレルギーで大変辛い思いをしました。 色々な土地の色々な家に住む中で、家は環境や気候や何より住む人に合ったものであるべきだと思うようになりました。 家に住むということを日々当たり前に暮らしていますが、引っ越しを繰り返す中で「住」の大切さを肌で感じるようになりました。 」 生まれた時の住環境に始まり、周りの大人たちの仕事ぶりを見ていたこと、色々な家に住んだこと、そんな経験から「住」に関わる仕事への擦り込みがされていったと思うとも話してくださいました。 須藤建設株式会社の住宅部門SUDOホームの企業コンセプト「土地が家を決め、人でいえが決まる。」 正之さんの経験談から発する「住」への想いは、まさに企業コンセプトにリンクするお話でした。 「北海道の地を見つめ、ここで暮らす人々を見つめて、この風土にふさわしい住まいを追求する」 この信念は、外観へのこだわりにも繋がります。 「家はそこにずっとありつづけるものです。 ですから、自然も含めた周辺環境に溶け込み、トータルで存在するものでなければならないと思っています。」 実は筆者の家の近くにもSUDOホーム作の家があります。 やはり、周りに馴染みながらもとても存在感があり、外観的にも素敵で住みたくなる佇まいです。 本当にお話の通り♡ 正之さんにとって自然とは? 「自然も含めた周辺環境」のお話が出たところで、こんな質問をさせていただきました。 「私は豊浦に生まれたわけですが、あそこは海があり川があり山がある自然豊かなところです。 札幌や東京にも住みましたが、自分の中では住むのも仕事も自然豊かな北海道だと思っていました。 アトピー体質ということもあり、自然に囲まれているとストレスがないですし、人間らしくいられます。 自然の中で遊ぶ経験が少ないと、人間力が退化してしまうのではないかという危惧を持っています。 そういう意味では今の子供たちが心配です。 人間にとってどんなに知識や技術が発達しても自然には勝てません。 産業革命以降、人間は自然を犠牲にして生きてきました。 もしかしたらすでに手遅れかもしれませんが、それを食い止めるために何かしないと心配で子どもも作れません。 環境を未来へバトンタッチするためにも、できることを何かしないと。地球を大切にしないと…。」 ご自分を “ 話し下手 “とおっしゃる正之さんは、丁寧に言葉を選びながら、自分に言い聞かせるように、そして心でお話しされているのが分かる語り口調でお話ししてくださいました。 筆者は、ここまでのところで文章には表現はしませんでしたが、何度も子どもたちへの想いを語る正之さん。 本当に未来の子どもたちのことが心配で仕方がないご様子でした。 須藤建設株式会社の住宅部門SUDOホームの取り組み〜子どもたちと自然に向けて 実は、初めて須藤社長にお会いしたのは、3年前のことでした。 「植樹会に集まったお子様向けに何か自然体験プログラムを行なってほしい」というご依頼をいただき実施した時のことです。 ↑2019年10月の植樹会・昼食のあとの自然体験プログラム風景 このようなスタイルで植樹会を行うようになったのは、「使わせていただいた分だけ、木を植えて地球に返していきたい。 子どもたちにこの森で自然に触れ合う時間を作りたい。」という正之さんの想いからでした。 「もちろん、木が大きくなるのには時間もかかります。 すぐに元に戻るわけではありません。 でもECOへの取り組みは ” 1人の100歩より、100人の1歩 “ を座右の銘に、取り組みたいと思っています。」 植える樹種も様々です。 トドマツ・アカエゾマツ・イタヤカエデ・ヤチダモ・エゾヤマザクラ・シラカバetc.という風に北海道に馴染んだものを専門家のアドバイスを受けて選んでいます。 これらをオーナーの皆様に植えていただき、ジンギスカンを囲んでいただき、自然体験をしていただくという内容です。 ここでの体験が、子どもたちに擦り込まれて自然に親しみを持ち、木に親しみを持ち、木で作られたものへの愛着、家への愛着が湧くようになるのだと思います。 さらに今後に向けてこんな構想もあるそうです。 「今後、少子化と人口減少は止まることなく続き、DXは進化していきます。でも、子どもたちにはAIにはできない” 物づくりの楽しさ “ を知ってほしいと思っています。 ですので、家づくりの技術を知る子ども向け体験会の実施計画を持っています。 そして将来、職業の選択肢に建築業を入れてほしいとも考えています。 話で聞いたり本で読むよりも、体験に勝るものはないです。 」 お話を伺いながら、正之さんの幼少期のエピソードを思い出していました。 この構想のベースはきっと、資材センターでの秘密基地つくりなのでしょう。 ↑「彩り豊かな風」とは子どもたちのことだそうです。 ↑須藤正之氏が青年会議所の理事長だった頃に書いたものです。 2012年ですから、まだSDGsが叫ばれる前ですね。 ところでご趣味はなんですか? ↑お気に入りのロードバイク 「三つあります。 一つ目はお気に入りのロードバイクで走ることです。5年くらい前に始め、コロナ禍では3つの密を気にする必要がないため洞爺湖一周などして走っています。自然の中、心地よい運動にもなっています。二つ目は3~4年前に始めた硬式テニスです。 伊達テニス協会主催の初心者教室から始めて続けています。 三つ目はバイオリン(あまりできてないから恥ずかしいのでフォントを小さくとのご要望で… ^^;)です。」 ↑洞爺湖一周の時の一コマ。 どれも友達から誘われたのがきっかけだそうです。 「どんなことでも取り敢えずやってみる!というのがモットーです。 それは全てのことにおいてそうです。 固定概念に囚われて、食わず嫌いをすると世界を狭めてしまいもったいないと思っています。 どんなことでも楽しめてどんなことでも無駄はないと思えるのは自分の良いところかもしれません。 それに何より人の輪が広がるのが嬉しく楽しいです。 」 ところが、一方でこんな風にご自分を評価されていました。 「もしかしたら自分がないのかもしれません。 自分が話すより聞く方が好きですし。 人と交わることで常に変化している自分を感じたりもします。 いわば細胞分裂を繰り返すアメーバみたいなものです。 それと、” 苦労は買ってでもしろ “という言葉がありますよね。 いつも自己変革を起こしていたいのだと思います。 でも同時に、人から頼られる存在でありたい、人の助けになりたいという欲求もあります。 」 こんなにも偉ぶらず、苦労話を一切せず、飾らず、自然体でご自身を語られる企業トップの方って、ほとんど出会ったことがない気がします。 すっかりファンになってしまった筆者です。 とことん謙虚でニュートラルな方です。 最後に、読者の方に向けて何か伝えたいことはありますか? 「困った時こそ手と手を取り合い力を出し合っていきたいですが、今は手と手を取り合えない状況ですね。でも、こんな時こそ人への思いやりを忘れずにいたいと思います。 一人一人が、人と人との関わりを大切にすれば、温かい世の中になると思っています。 他者を大切に思う心を忘れずにいようと思っています。 会社のことについては、山形から移住した初代から始まり100年以上存在してこられたのは、たくさんのお客様に受け入れていただいたお陰です。 この先も皆様に必要とされる会社であり続けるよう努力したいと思います。 」 北の地を愛し。 そこに暮らす人を愛し。 未来の子どもたちを愛し。 家つくりを愛する。 須藤建設株式会社/SUDOホーム 代表取締役社長 須藤正之氏は、ニュートラルだけれどブレのない、愛溢れる人でした。 今回の取材は須藤建設株式会社/SUDOホーム 代表取締役社長、そして個人としての須藤正之氏をクローズアップしました。 会社の詳しい情報はこちらを是非ご覧ください。 https://sudo-group.com 各種取り組みや、家作りへのこだわりなどが分かりやすく詳しく掲載されています。 ホームページをご覧になれば、皆様もきっと、家を建てたくなると思います。 ※記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2022年)
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・『La Felice』代表 小野 友美氏 ・室蘭市出身 現在は伊達市在住 ・二児の母 『La Felice』とは、イタリア語で「心地よい」という意味だそうです。 代表の友美さんは、誰もが心地よい暮らしができるように、様々なアプローチで活動をされています。 今回は、友美さんが思う、より心地よい暮らしについてお話を伺いました。 友美さんは、約24年前から看護師のお仕事をされています。 けれども、子育て期間の6年半はお仕事を休んでいました。 友美さんの感心するところは、資格を取得したら直ぐに誰かに試してやってみて、直ぐに仕事にするところ。 しっかりとPDCA(Plan Do Check Action)を回すことです。 これって誰でも出来そうで、意外と出来ない人の方が多いこと。 友美さんの最大の強みのような気がします。 さて。 『La Felice』のロゴには 〜アロマとおかたづけ〜 と書かれていますが、実は友美さんの活動はそれだけではありません。 現在行なっている講座メニューを書き出すと… 1. アロマアナリーゼ 香りの心理分析 2. アロマテラピー講座 3. アロマハンドトリートメント 4. 片づけ心理学 5. おかたづけのきほん講座 6. おかたづけ相談・訪問 7. 片づけオンライン訪問 8. 方眼ノート1dayベーシック講座 9. 地元ラジオ番組「ときめきテラス」パーソナリティー こんなに色々なことをされています。 やはり直ぐやる課! ^^ 友美さん曰く「やる!と決めることが大事」なのだそう。 「やろうと思ったけれど」 「やるつもりだったのに」 これは筆者の得意のセリフ…^^; それではダメなのですよね。 わかってはいるのだけど…。 あ。これもダメなセリフ 笑 ふむふむ…。 なるほど〜。 実体験に基づいたお話は説得力があります。 そんなに良いものならば、一度体験してみよう〜!! ということで、筆者、「方眼ノートメソッド」を体験して参りました! 正直なところ、まだ出会ったばかりなので絶大なる効果を感じるまでには達していませんが、方眼ノートの活用によって、目指すゴールに向けての道筋が見えやすくなり、段階ごとの考えがスルスルと出てくる感覚はありました。 うん。 これはなかなかよいかも…。 現在、東京のある公立中学校では教員全員がこのメソッドを学び、生徒にも方眼ノートの書き方を指導し、生徒一人一人にとって何がどの程度わかり、何がどの程度わからないのか?を、誰にも見える化出来たことで、中間テストも期末テストも廃止したという実践報告もあるそうです。 公立学校でもそこまで出来るということには正直驚きました。 〜と、これまでご紹介したことを図式化されていました。 さらにさらに友美さん。 ワイラジオのパーソナリティーもされています。 番組名は「ときめきテラス」 お友達とお二人で30分の枠で様々なお話をされていいます。 パーソナリティーを始められたことで、話す訓練にもなっていることを実感しているそうです。 一見、多方面で活動されているように見えますが、実は「整える」というキーワードで全てが繋がる。 『全ての方が心地よい毎日を過ごしてほしい』という願いを込めた友美さんの活動なのでした。 ―La felice 情報はこちらから― おのともみFB https://www.facebook.com/tomomi206 La Felice Instagram https://www.instagram.com/lafelice_aroma.shuunou?igshid=YmMyMTA2M2Y HP https://la-felice.com/
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