
明るく元気な町づくり 洞爺湖町
ブログも衣替え
御嶽山噴火活動の報道、人的被害の大きさにただただ驚きと悲しみ、気分転換にブログも衣替え。
こんばんは。しもみち英明です。
御嶽山噴火活動の報道、人的被害の大きさに、ただただ驚きと悲しみ。
地元紙の報道では、有珠山の例を引用して防災・減災の現状や取り組みを紹介。
火山マイスターのメーリングリストでも、顧問の名誉教授によるメディア同行レポートがアップされています。
噴火災害としては、人的被害が想像以上に大きいだけに有珠山周辺も従来の対応を見直す見込み。
認定火山マイスターとして、専門家と地域住民の情報の橋渡しする役割は、ますます重要だと感じています。
有珠山の主治医で、火山マイスター顧問の岡田弘北大名誉教授の言葉、“リスクはどこにでもあります。東京にいても地震のおそれがあり、有珠山だけリスクがあるわけではありません。火山をよく知り火山と仲良く、それが大切だと思います。”
「火山をよく知り火山と仲良く」、この言葉を頭の隅に置き、火山マイスターの活動をしたいです。
ブログの表紙模様替え、似顔絵を描いていただき悲しい情報から気分転換。
似顔を見て、毛がない、怪我がないにかけて、10月も頑張ります。
明日は、東日本大震災で岩手県釜石市の多くの子供たちの命を救った「津波てんでんこ」の普及に努めた片田群馬大学教授による洞爺湖町主催の防災講演会に参加してきます。
では、おやすみなさい(-_-)zzz
2022年4月洞爺湖町長に初当選。
大学卒業後、証券会社に勤務し米国留学、海外駐在経験。
帰国後、札幌市で学習塾を13年間経営。
30年ぶりに地元に戻り町議会議員とバス会社の二刀流で2022年1月まで4期途中まで活動。
1985年成城大学経済学部卒。
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03/01(金) 確固たる想いを洞爺湖で実現させたい! 〜『湖の膳舎 なかむら』 和食職人 中村 悠佑氏〜
2023.4.25 OPEN以来、ずっと気になっていた方をようやく取材することができました。 今回の主人公は『湖の膳舎 なかむら』代表 中村 悠佑さん 千葉県出身、東京都育ち、1児のパパです。 “ My洞爺湖! “ そんな勘違いをしてしまいそうになる景色。 広い窓いっぱいに洞爺湖が見渡せる贅沢空間にその店舗は存在しています。 和食職人と言うと、中学校を出て直ぐ料理の修行をするようなイメージがありましたが、中村さんは和食職人としては珍しい大卒者です。 「本当は、高校を出たら直ぐに飲食業につきたいと思っていました。早くこの世界に入りたかったのです。けれども、親の説得を受けて大学へ行くことになりました」。 とにかく飲食業が好きだった中村さんは、高校一年生の時からファミリーレストランやイタリアンレストランで、大学に入学してからは居酒屋でアルバイトをする日々でした。 「大学では文学部に所属していました。 実はあるリース会社に就職も内定していました。 でも、居酒屋でアルバイトしていた時に感じた、お客様が料理とお酒を楽しんでいる雰囲気がとても好きだったという気持ちを捨てきれず、どうしても飲食業への道が諦められず、その会社を断ってしまいました」。 そんな中村さんが大学卒業後に選んだのは調理師専門学校への入学でした。 「最初はフレンチ志望でした。 かっこ良く見えたんでしょうね。 授業では、和・洋・中をそれぞれ学ぶのですが、授業の中で試食をした時に体にも舌にも自分は和食に向いていると実感しました」。 専門学校卒業後、中村さんは赤坂や新宿の料亭で働き始めました。 修行時代の始まりです。 「就職して初めて飲食業の本当の厳しさを知りました。 労働環境は劣悪でしたよ笑 勤務時間は07:00~25:00 休みの日も糠床をかき混ぜるために出勤していました。 それでもそれほど辛いとは感じなかった。 修行時代を6年ほど過ごし、独立を決めました」。 29歳の時に独立を決めた中村さんは、東京中野の駅前に店舗を構えました。 30席もある店だったそうです。 “ この人みたいになりたい! と憧れる人はいない “ ときっぱり言い切った中村さん。 どこかで聞いたことがある…と思ったら、大谷選手が言った言葉でした。 「え?彼もそんなことを言っていましたか」。と、ご存知なかったご様子。 「修行時代、味付けはさせてもらえませんでした。味付けは最高の位置にいる人の仕事ですからね。 だから、味覚のトレーニングと料理の独自の研究は常に怠りませんでした。 自分の味付けは自分の店を始めてから学びました」。 なるほど。 以前、ある方から、洗い物をする時に鍋についたものやお客様の皿を舐めて味を覚えたという話を聞いたことがありましたが、やはり料理人の世界は厳しいのですね。 「妻は自身で店を持つことを夢に持ち割烹料理店で修行しており、2人で店をスタートしました。東京のお店は住宅街のひっそりとした場所で始めましたが、そこの住宅街にお住まいのお客様はもちろん、近隣の会社様の接待の需要も有り様々なお客様にお越し頂いておりました。その店は、12年間営んでいましたが、北海道行きを決め2023年1月31日に閉じました」。 きっと惜しまれつつ閉じられたのだと思います。 それが証拠に、その時のお客様が東京から洞爺湖までお食事にいらっしゃると言います。 「中村が洞爺湖に店を出したらしいと聞きつけた中野の割烹料理屋時代のお客様がわざわざ来てくださいました。 本当にありがたいです」。 「ところで、何故、洞爺湖を選ばれたのですか?」 「妻の美佳が北斗市出身なのです。いま娘は3歳なのですが、子育ては自然豊かな北海道で育てたいと予々考えていました。そういう視点で北海道を旅した時に、洞爺湖がとても気に入りました。移住するならここが良いなと。でも、果たしてここで商売が成り立つのか? とても不安でした」。 そんな心配を余所に、オープン直後から多くの客様が足を運ぶ店となりました。 「雑誌の「Poroco」や「Ho」に掲載されたことは大きな宣伝になり、とても感謝しています。 札幌圏の方も来てくださるようになりました。ですのでお陰様で夏は順調でした。でも、冬が心配だった。ところが、今度はインバウンドのお客様もたくさん来てくださるようになりました。 シンガポール・タイ・台湾の方が多いです。 海外のお客様は積極的にGoogleにコメントを入れてくださいますので、それをご覧になったお客様がまた来てくださいます」。 予約専門のお店のため、来店者数に合わせて仕込みができるのも強みのようです(席が空いていれば飛び込みも受け付けてくださるそう)。 「どのお料理も素材の味が最大限に生かされていますが、取引先の生産者さんはどのように選ばれているのですか?」 「洞爺湖に引っ越してきたのは2023年の2月で、店のオープンは4月でしたので、野菜は根菜くらいしか手に入らない時期でした。お米は移住前から財田米を食べ比べ、宮内農園さんのお米を食べて「この美味しいお米なら洞爺でお店が出来る」と確信を持てました。宮内農園の佐々木ご夫妻には他の農家さんをご紹介頂いたり、自分達で道の駅で買って美味しかった農家さんにアポを取ってみたりとオープン前は奔走の毎日でした。出来るだけ地元の食材を利用し、地元の方にこんな美味しい食材が地元に有ったんだ!と再発見していただけるようなお店を作っていきたいです」。 特別なものを使うのではなく、地元の方がよく食べているものを使いたいという考え方は素敵だと思いました。 「地元食材を使いながらも、今まで無かった店、今まであまり食べる機会が無かった料理を、職人技で提供する店になりたいと考えています。 とは言え、いまは未だ試行錯誤の段階です。 地元の方に足を運んでいただくためには地域性も大切にしなければいけませんから」。 「ところで、お二人にお尋ねします。移住して良かったなあ〜と思う瞬間てどんな時ですか?」 「最高の食材がすぐ身近にあることが幸せです。 娘がのびのびと成長していると感じる時もまた移住して良かったと感じます」。と悠佑さん。 「洞爺湖を眺めながら大好きな温泉に入っている時です!笑」と美佳さん。 明るい美佳さんは早くも常連さんの人気者です。 「最後に目指しているスタイルがあればお聞かせいただけますか?」 「洞爺湖ならではの和食の店を確立したいです。この素晴らしい借景の中で、洞爺湖でしか食べられないものを提供したい。そのためにも、もっともっと洞爺湖のことを知りたいですし、洞爺湖の食材のことを研究したいです」。 そう力強く語った中村さんの元に、保育園から帰ってきた娘さんが「ありがとうございます!」と言いながらニコニコと現れました♡ ―湖の膳舎 なかむら 情報― 電話 080-9269-2578 住所 北海道虻田郡洞爺湖町洞爺湖温泉186-85 Instagram https://www.instagram.com/nakamura0321?igsh=MWR1bm9ieTBya28yNw==
Rietty
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02/12(金) いま、お馬さんと密な関係になってみた!LAKE TOYA RANCH
こちらの特集版にご訪問くださり、どうもありがとうございます^^ / 今後月に2~3回ほど、編集部のライターとして、皆様のお目目にかかることになりましたRiettyです。 この場では、私が出会った「好き」や「楽しい」や「いいね!」を皆様におすそわけさせていただきたいと思っています。 いろんなモノ。 いろんなコト。 いろんなヒト。 楽しむための情報の一つとして。 どうぞ末長くお付き合いくださいね ♡ さてさて。 国道230号線を留守都村方面に向かって車を走らせた時。 この看板を見かけたことはありませんか? 私、実はず〜〜っと気になっていたのですが、ついに曲がってみました。 すると…。 まずお迎えしてくれたのはこの子。 プードルのラヴィン君です。 まだ子供なので、「お客様だ〜!」とはしゃぐ姿がとても可愛い。 北海道弁では「おだつ」感じ。 そして誘導されるように歩くと…。 たくさんのお馬さんたちがのんびりお食餌中でした。 ここは、洞爺湖にほど近い月浦町にある「LAKE TOYA RANCH」さんです。 おっとり優しいお馬さんに跨り、ホーストレッキングや引き馬などを体験できるところです。 早速、体験してみました。 乗せてくれたのはヨーロッパ系ハーフリンガー&どさんこのミックス、大食漢のマックス君。 男子ですが可愛い顔立ちです。 山岳馬なので体力があります。 まずは「よろしくね ♡」とご挨拶。 そして、マックス君の相棒はアメリカ産クウォーターホースのローラちゃん。 カウボーイが乗るお馬さんです。 でも、ここで乗っているのはとても素敵な美人インスタラクターさん♡ トレッキングに出かける前に、「進め」「止まれ」「ターン」の手綱捌きを教わりました。 とても良くトレーニングをされているお馬さんたちなので、的確なアドバイスのもと、少しの練習と、「仲良くなりたい!」という気持ちがあればすぐに乗れるようになれます。 さあ! いざ! トレッキングに出発〜! 緊張と興奮でワクワク&ドキドキ☆ 親切なインストラクターさんは、ほとんど後ろを見た状態で爽やかに優しく指示をくれます。 上り坂は前傾して。 下り坂は後ろに反り気味に。 軸を保とうとするので、インナーマッスルが鍛えられそうです。 太腿の内側も締まりそう。 なかなかの運動量です。 二次的効果を密かに期待してしまいます。 途中、雪が降り出しました。 グリーンシーズンも良いけれど、白い雪原や山道を歩くのは本当に気持ちがいい ♡ お馬さんが一緒にいると、見慣れたはずの洞爺湖の景色が非日常なものに変わります。 お馬さんとの密なトレッキング。 元気に迎えてくれるラヴィンちゃんと、穏やかなお馬さんたちと、親切なスタッフさんたちに優しい時間をいただきました。 もちろんワイルド&イケメン社長 高橋洋一さんも、はにかみながら歓迎してくれます ^^ / 最後に地元密着耳寄り情報!!(地域外の皆様にはごめんなさい) 絶対にお得!! 絶対におすすめ!! 見逃さないでね♪♪ 帰りは高橋社長とラヴィン君が見送ってくれました。 レイクトーヤランチ情報 電話 0142-73-2455 住所 虻田郡洞爺湖町月浦44番地(カーナビ住所検索はうまくいきませんので、レイクトーヤランチと入れて検索してください) アクセス 洞爺湖温泉街より車で5分 E.mail toya@jphorseriding.com ※記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2021年) ※シェア、リンク等大歓迎です!
Rietty
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07/16(金) 家具と雑貨と憩いの店 洞爺湖畔「KITORINGO」
KITORINGOって何語だろう…? そう思った方に、まずは種明かしから。 実は「木と林檎」なのだそうです。 国彦さんは家具製作をなさっているので「KI」。 雑貨屋とカフェを切り盛りする瑠美さんが林檎好きなので「RINGO」 なんとも単純明快なお答えが返ってきました。 りんご好きな瑠美さんが作るジャムです。 りんごを持ち上げるエゾリスのシールが可愛い! ブルーベリーは自家栽培です。 お店を始めて6年目のKITORINGOさんは、当初、留寿都村の旧三の原小学校で5年間営業されていました。 そして、今の場所に移転オープンされたのが今年の4月29日になります。 奥様の瑠美さんはカフェと雑貨担当。 伊達のご出身です。お店を始める前は札幌のアパレル会社でバイヤーをされていたそうです。 旦那様の国彦さんは山形県のご出身。 家具職人になるか建築家になるかを迷った末、家具職人の道を選び、旭川の高等技術専門学院で家具制作を学んだのち、札幌で修行をされたそうです。 当時、札幌に住んでいらした佐藤さんご夫妻は、週末カヤックをするために通っていたのがここ洞爺湖だったと言います。 「ここの環境がすっかり気に入り、住みたいと思うようになりました。2年半懸けて家探しをしていたところ見つけたのがここでした。」 現店舗と工房は、家を借りていた当時は倉庫と畑だったのだそうです。 「実は、私たちが住む家の前所有者は私の出身幼稚園の園長先生だったのです。」 と、瑠美さん。不思議なご縁とタイミングに恵まれた佐藤さんご夫妻でした。 だって、洞爺湖まるごと敷地のようなロケーション! なんという贅沢! 現在ではその家を購入し、店舗兼工房を新築、内装は全てご自身の手でおこないました。 店内には国彦さん作品の会計カウンター兼キッチンと雑貨コーナーがあるのみ。 ドリンク&フードは、テイクアウトまたは外のデッキ(こちらも国彦さん作)でご飲食可能です。 雑貨は日本のものも一部ありますが、多くはスウェーデン・フィンランド・デンマークなど北欧で買い付けてきたもの。 「今はコロナで行けなくなりましたが、以前はスーツケースとリュックにプチプチと新聞紙だけを詰めて仕入れに行っていました。」 と、語る瑠美さん(シャイな瑠美さんは写真NGでした)。 商品選びの勘とセンスはバイヤー時代に取った杵柄なのでしょう。 小さな体でリュックを背負いスーツケースを引く瑠美さんを想像するとちょっと驚きます。 食器をスーツケース一杯に入れたらどれだけ重かったことか…。 でも、自分の目で見て選びたい気持ち、よくわかります。 だからこそのこのラインナップ。 海外へ出かけられない今は、その時に知り合ったフィンランド人から仕入れをしているそうです。 食器はどことなくレトロ感漂います。 ヴィンテージ物だそうです。 「ちょっとレアな食器に拘っています。これらが生活に加わることで精神的に豊かな気持ちになってほしい。」 瑠美さんはそう語ってくれました。 家具職人の国彦さんには工房を案内していただきました。 大きな機械がたくさんあり、工房というよりも工場といった雰囲気です。そこには、見たこともない重たそうな機械が所せましと置かれていました。 当たり前ですが、全て使い道が違います。 これらを全てお一人で使いこなしています。そして、これらの機械でカットされ加工され材となった木は、国彦さんの手で家具などに生まれ変わるのです。 ダイニングチェアからスツール、箱物、キッチン周りなど家具全般を制作なさいます。 たとえフシがあってもそれを活かしたものを作るなど、端材も決して無駄にしないそうです。 こちらのカッティングボードもフシがありますが、味わい深い作品になっています。 そして、どうしても作品にならないときには薪に。 “ 材料を無駄にしない “というのは国彦さんのポリシーです。 こちらはオガクズを集める機械です。 もちろんオガクズも無駄にはしません。 肥料として引き取ってもらっているのだそうです。 国彦さんは丁寧に言葉を選びながら家具作りへの想いを語ってくださいました。 「なるべく環境に配慮したいと考えています。 自分が作るものを通して、あるいは木を通して地域や社会に貢献したいと思っています。」 “ 環境への配慮 “ “ 社会貢献 “ いまやどの分野でも気を配らなければいけないキーワードです。 それを意識した実践は素敵です。 そして最後にこうも話してくださいました。 「KITORINGO作品を使っていただくことで、生活に精神的な豊かさを感じてほしい。これが来てから生活が楽しくなったね。これが来たから生活しやすくなったね。そんな風に思っていただけるような、品質の良い使いやすい作品を作りたいです。」 近々新作発表があるそうです。 ある方とのデュエット作品とか…? とてもワクワクします。 珈琲の香り。 良質でハイセンスな雑貨。 瑠美さんの笑顔。 木の香り。 シンプルで使い心地の良い家具。 国彦さんの木への眼差し。 そしてまるで庭のように遮るもののない洞爺湖。 それらすべての融合である「KITORINGO」さん。 なんとも言えない心地よさを感じる素敵な空間でした。 KITORINGO キトリンゴ 営業 土日祝 11:00~16:00 住所 虻田郡洞爺湖町洞爺町174-7 電話 0142-82-9382 e.mail kitoringo@gmail.com Facebook ※記事の内容は取材時の情報に基づいています。取材2021年
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04/06(火) お腹と心が喜ぶごはん。ほっとするカフェ 洞爺湖「MITTSU みっつ」
ふらりと一人で入りたいお店に出会いました。 「MITTSU」のオーナー二瓶光子さんは、東日本大震災をきっかけに洞爺湖町に移住して来られた方。 当時、洞爺湖町から入っていた震災ボランティアNPO団体からのお誘いがなければ洞爺湖町には来ていなかったと言います。 ご縁は不思議ですね。 極限状態の時、人の繋がりは本当にありがたいものだと思います。 移住後は、2014年に現在の場所から300mほど離れたところでカフェとハンドメイド作品を取り扱う「MITTSU」を開業され、現在の場所に移転してからも丸4年になるそうです。 お食事メニューは A. ベジプレート(材料は野菜のみ) B. ベジプレート+肉料理 の二種類。 私はAをいただきました。 とてもとても優しいほっこり味。 おいしかった~! メニューは日替わりです。 「できる限り地元の野菜をふんだんに使うこと」 をポリシーにされていらっしゃいます。 「足りない場合は伊達野菜も使います。」 とのこと。これは伊達市民としても嬉しいです♡ 同じメニューをお弁当にもできるそうですし、ご予算や内容のご相談も受け付けてくれます。 1個からでもOK。 10個以上の時には5日前までのご注文をお願いしますとのことでした。 そして、もうひとつのお顔。 実は洋服の仕立て・リメイク・お直しなどの技術者さんでもあります。 夜の営業もなさっているのに、ふたつのお顔を同時にこなすスーパーウーマンです。 幸せを伝播させる笑顔の裏に、秘めた底力を感じる素敵人でした。 5月にはお友達とアロマのワークショップを開催予定だそうです。 そして、夏には店をリニューアル予定とか。 洞爺湖町の女性たち。 エネルギー満開です♪ ※夜の営業は2021年4月現在、予約制でひと組のみとなっています。 ※記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2021年)。メニュー、料金は変わることがありますのでご注意ください。 ※シェア、リンク大歓迎です!
Rietty
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06/02(金) 『染まらないために染める』パンチラインな大和魂 〜異端児染師Aizome『I』
作務衣を纏った渋めの男性が現れると思いきや、目の前の染師は2パートに刈り上げたヘアスタイルの、抱いていたイメージとは程遠い方でした。 そのカッコいい雰囲気に釘付けになったところから取材は始まりました。 人生、何がきっかけで何が起こるかわからない。 金子夫妻と話をしているとつくづくそう思います。 「藍と出会って人生が変わった。」 今回お話しを伺ったのは、そうきっぱりと言い切る金子智志さんと愛さんです。 本当にこんなところに工房があるのだろうか…? 地図を頼りに探し当てた工房のある土地を見て驚きました。 湿地と田んぼに囲まれた広大な土地。 そこには、小屋を含め廃屋が何軒も建っていました。 「え!? こんな場所があったんだ!!」 それが筆者の第一声。 けれども同時に思ったこと。 それは〜。 「このお二人はなんて大きな夢を抱えているんだろう!」 ということ。 どんなに広い土地が欲しくても、この状況を見たら恐らくは誰もが諦めるだろうと思います。 なによりも廃屋の数が多いので壊すのが大変。 構築物も多い庭は広すぎて手入れも大変です。 ここを買うのは、たくさんお金を持っている人か、夢が大きく手入れが苦ではない人だと思いました。 現れたご夫婦と出会い、一目でこのお二人は後者だと直感しました。 ヒップホッパーが染師になると決めた日 金子愛さんは、伊達紋別駅近く「クリーニングのかねこ屋」の娘として生まれ、ピアノ教師を生業にされて今年で21年目。 その愛さんがパートナーとして選んだのは、ヒップホップに勤しみMCを生業にすることを志していた智志さんでした。 出会ったのは、その智志さんが夢をあきらめ、故郷の伊達市にUターンし、その後しばらくした頃のことでした。 「12年前、札幌から帰ってきてからは建築業に就いていました。」 そう話す智志さんの口から出てくる言葉は、とにかくイチイチ面白い! 韻を踏むような言葉がポンポンと出て来ます。 さすが、MCを目指していた方! 「僕、言葉が大好きだし大切にしているんです。ヒップホップをやっていたので、韻を踏む言葉の並びで、複雑な心の動きや物事の状況をバシッと表現するのが好き。そういうのパンチラインて言うんですよ。でもね、『言葉より藍!』と確信する出会いがあったんです。 藍に出会ったのは6年前でした。ニューヨークで寿司屋をやっている友達と会ったのですが、彼はアメリカに住みながら、日本人としての紺色にこだわりを持っていました。『和の心』を紺色=ジャパンブルーに求めていたのです。その時、僕の中に何か響くものを感じました。その日から、頭の中が紺色でいっぱいになりました。黎明館(藍の体験館)に通ったり、独学で学んだりしてすっかりと『藍』にハマってしまったんです。」 へ〜! パンチライン! 初めて耳にする言葉です。 最初は少々緊張していたお顔の智志さんでしたが、徐々に頬を緩め、次々とパンチラインをちりばめて語り始めました。 「とにかく藍染にハマって、3年間独学で染めていました。でもどうしても独学には限界がありました。そこで3年前、徳島の『BUAISOU』の研修生に応募しました。全国でわずか3名の狭き門に合格して研修生になることができ、12日間の研修をさせていただきました。そして、どうしても迷いがぬぐえず自信が持てなかった僕のやり方を『それでいい』とお墨付きをいただくことができたんです。嬉しかった。ようやくこのまま突き進んでいいんだ!と自信が持つことができました。」 『BUAISOU』について 世界各国からワークショップの依頼が殺到し、ハイブランドとコラボし、グローバルな活動をし続ける徳島の藍染工房です。 徳島県を拠点に、藍の栽培から染色、仕上げまですべてを一貫して行うBUAISOUは、古き良き伝統をそのまま受け継ぐのではなく、常に進化をし、先人たちをリスペクトしながらもそれを超えていく努力を続け、未来に繋ごうとしている。 わずか5人で運営する工房は、2015年4月されました。BUAISOUの名は、白洲次郎の邸宅「武相荘(ぶあいそう)」にちなんだものだそうです。 Bluem の誕生 ところで智志さん、『BUAISOU』研修においてお墨付きを得られたものの、しばらくは染師と建築の仕事の草鞋を二足履いていました。 けれども次第に口コミでオーダーが入る様になり、二足の草鞋を履いていては藍染の仕事が追いつかない状況になりました。 技術の確かさも証明されました。 それは「伊達美術協会」から表彰された『協会賞』という最高賞。 月と海、人間と自然を表した作品。 タイトルは『183672144288』 タイトルの意味はこうでした。 〜人と月と海の共通となる数字『18』。その18の倍数が人間の『生』を表し、目には映らない人と自然のつながりを人類が最も信頼し、裏切られてきた『数字』で表現しました〜 18:1分間に月が引き起こす波の回数=人間の1分間の呼吸の回数 36:人間の平均体温 72:人間の1分間の心拍数 144:人間の最高血圧 288:日数に変えると10月10日で妊娠期間と同じ 「人間が最も信頼し、裏切られてきた数字」この言葉だけで俄然実物を観てみたくなりました。 6月3日より2ヶ月間、「だて歴史文化ミュージアム」において展示会が開催されます。 「本格的に染師として生きていきたいと考えていたので、そのためにも自分の工房が欲しい!と思っていました。工房にする場所をずいぶん探したのですが、タイミングや予算も含め中々『ここだ!』という所に出会えなくて…。 がっくり‥としかけた一昨年の冬、出会ったのがこの場所でした。見に来たら一目惚れ。だいぶ荒れていましたが迷いはありませんでした。実はここ、子どもの友達のおばあちゃんの家だったところなのです。妻がそれを思い出してくれ、購入に結びつきました。」 昨年6月、ついに念願の城が手に入りました。 金子さんご夫婦にとっては夢に向かうThe 1’st stage『Bluem』です。 “ Blue “ × “ Bloom “ つまり青=藍 と開花。 藍で笑顔の花を咲かせたい! 藍で自分たちも開花したい! そんな想いが込められていました。 韻を踏む言葉が大好きな智志さんらしいネーミングです。 「『Bluem』は『藍』製品をカッコいいものとしてブランディングしていく場だと考えています。異文化交流はもちろん大事です。でも日本人として異文化を受け入れながらも、大和魂というか、『和の心』を『藍』を通して表現したい。だから『染まらないために染める』んです。ここを『まちのハブ』として育てて、いろんな人たちと繋がりながら行動して、自然を尊ぶ日本人のDNAを呼び覚ましたいんです。」 循環型ファッションを目指して ところで、今までの経済合理性は短期的にも長期的にも継続は難しい状況だと言われています。 そんな中、若い人を中心に高まってきたのが「気に入ったものを修理したり、染め直したりして長く使いたい」というニーズ。 衣料メーカー自体が「お客様に頻繁に買い替えさせる売り方ではなく、アフターケアを軸に『3つのR』をビジネスモデルの根幹にしていると言われています。 R:リユース(再利用) R:リデュース(使う資源を減らす) R:リサイクル(再資源化) の3つです。 「僕は自然のこと全然詳しくないです。SDGsとかもよくわからない。まあ持続可能な社会を目指そうということですよね。でも思うんですよ。藍もそうですが、人間は自然の恩恵なしには生きていけない。食べ物だってなんだって素材は全て自然が与えてくれています。でも、人間の勝手で飽きたり汚れたりすると簡単に捨てられてしまう。元は全て命なのに。そんな傷んでしまったり、汚れてしまったりしてしまったものを藍染によって甦らせることができるんです。幸い妻の実家がクリーニング屋なので、汚れやシミはしっかりと取り除いてから、新たな命を吹き込むことができる。おまけに堅牢性も増します。モノを大切に残すためのお手伝いができるのも幸せを感じることです。そうそう!あるピザ屋さんの窯から出た灰も藍染めに使えるんですよ。灰だって元は木。いただいた命に感謝して、最後までできるだけ捨てず使わせていただきたいと思っています。子どもたちの子ども、もっと未来の子どもたちのためにヒトが生きる源の自然を、僕らの役目として僕らの仕事で残して行きたいです。そう、『サスティナブルー』な仕事として。」 最後は韻を踏んで締めてくれました。 智志さんの中では当たり前の活動から生まれる循環。 ヒトもモノも自然もとても大切にされているお人柄が窺えるお話しでした。 人との出会いを一つ一つ丁寧に心に刻んでいるからこそ繋がっていく糸。 きっとお二人の出会いも…♡ 何度かその話を振りましたが、どうやらお二人だけのシークレットのようです ^^ お話しをしていて感じたのですが、ご夫婦のお人柄が多くの素敵なご縁の糸を手繰り寄せている気がしてなりません。 それを証明するかのようなイベントが、昨年の夏に開催された初イベント「草紙奏藍」でした。 先の見えないコロナ禍真っ只中、子どもも大人もみんなが疲弊してどんどん笑顔が少なくなっていく状況に、心を痛めていた金子さんご夫婦が立ち上がり開催されたのが、この『草紙奏藍』でした。 結果大盛況でしたが…。 思いついたのはいいけれど、正直他の作業もあり気持ちはいっぱいいっぱい。 広すぎる庭の草刈りはおろか、イベントに際しての環境整備もままならない。 途方に暮れそうになった時、助けてくれたのは、金子夫妻の活動を見守ってきた地域の方々や友人たちでした。 中には遠方から駆けつけてくださる方もいました。 畑違いの仕事から飛び込んだ『藍』の世界でしたが、元々のお二人の仕事や趣味の人脈のおかげで、予想を遥かに超えるお客様にお越しいただき、イベントは大盛況のうちに終わることができました。 もちろん、評判は上々。 きっと、今年の夏も期待されているのではないかと思います。 「今後もイベントは色々開催していきたいと考えています。全国シェア2位と呼ばれる篠原さんの藍の生産と“すくも”に加えて、染師としての技術や製品もグローバルに羽ばたかせて行きたいです。まずは「藍の町」伊達を歩く人たちの服や小物を藍色に染めたい!と思っています。」 2時間に渡った取材は、お話し上手な智志さんに乗せられ、素敵すぎる愛さんの笑顔に乗せられ、楽しくて楽しくてあっという間でした。 その楽しさはきっと、お二人に関わった方皆様が感じることだと思います。 I (藍)の形をバトンになぞり。 I (私)が染師として。 大和魂のI (愛)を届ける。 きっと、最後の『愛』は妻の愛さんと共に〜の意味が込められていることと思います。 AIZOME「I」 / Bluem 情報
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