ホテルマンの幸せ

おはようございます♪

 

私の故郷はどこなのか?

 

今日のブログタイトルです。

 

私は1975年 3月に札幌市白石区で生まれました。

 

なので22歳くらいまでは本籍もその住所でした。

 

私も全く覚えていないのですが1歳くらいまでは札幌にいたらしいのですがそれから夕張で数年暮らしたそうです。

 

相当なボロボロな家だったと昔聞いたコトがありました。

 

そして幼稚園に入園するちょい前には栗山町に移り小学5年まではそこで暮らしました。

 

小学5年の時に転勤で芦別市へ引っ越したのです。

 

そんな芦別市に先日ちょいと立ち寄ったのでした。

 

鉄道マニアが好きそうなこんな場所もあるのです。

 

芦別

 

 

この橋から見えるのですが…

 

線路の途中で止まったままの列車です。

 

芦別

 

 

芦別

 

 

ねっ?

 

鉄道マニアの人が好きそうでしょ☆

 

ここは芦別の中の西芦別で恒樹や野々村が住んでいた炭鉱住宅がある町です。

 

私が住んでいたのは隣の上芦別でした。

 

小学5年から中学3年まで暮らしていた家がある場所まで行ってみました。

 

するとね…

 

 

自宅

 

 

あれっ?!

 

 

あれれれれ?!

 

 

芦別

 

 

芦別

 

 

僕が当時住んでいた家がすっかり壊されていて原っぱになっていたのです…

 

なにもかもが上手くいかずに毎日がイラついていたあの頃…

 

 

ちなみに10年くらい前に撮影していた当時住んでいた家の写真はコレです。

 

 

芦別

 

こんな平屋の住宅がたくさん建ち並んでいたのに全部なくなって原っぱになっていたのです…

 

ここで小学5年から中学3年まで暮らしていたのでした。

 

そしてあのまま芦別にいたんじゃ将来が真っ暗な気がしたので砂川の高校へ行かせてもらって野球部の寮生活を始めたのでした。

 

高校3年の夏に野球部を引退したのちはまたここに帰って来たのですが両親と妹2人で幸せに暮らしていた家に私が戻るとなると色々と問題が生じるというコトで…

 

高校3年の夏休みから卒業までは私用にさらに借家を借りてもらって私はそこで1人で住むという謎の生活が始まったのでした☆

 

そんな1人で住んでいた時に栗山時代の悪い友人達の貴ちゃんとか日原が遊びに来てくれたりしていたのです。

 

 

飲み屋で人に迷惑をかけさせたら右に出る者はいない日原…

 

日原

 

体もでかいし声もでかいし態度もでかく数年前に伊達で飲んだ時ももう連れて歩きたくないと思わせる程の態度のでかさでお店に迷惑をかけまくっていた人なのです!!

 

それと…

 

荒れに荒れまくっていた時代の栗山中学の主犯格で高校も荒れに荒れまくっていたバリ工こと『夕張工業』でその名を轟かせていた幼馴染の貴ちゃん…

 

貴ちゃん

 

 

今では仏さまのように穏やかになっているけど時々暗殺者のような顔になるのが気になる貴ちゃん

 

この人たちが高校時代に私が1人で住んでいた家に遊びに来てくれていたのでした。

 

 

こんな車で…

 

 

ソアラ

 

 

パラリラパラリラ音を響かせながらご近所さんの迷惑をかえりみないマフラーの音をヴォンヴォン響かせながら『大ちゃん 遊ぼ〜〜〜っ♪』って来てくれていたのです。

 

当時の貴ちゃんいわく『恐乱(きょうらん)って族に入ってるからソアラ気合い入れてるんだよね♪』とのコト…

 

日原も当時『赤信号は進めだぞっ大輔っ!!わかってんのかぁ?!』ってワケのわからないコトで威張っていたのが実に懐かしく思います。

 

そんな甘酸っぱい青春を過ごしていた家は今はもうありませんでした。

 

当時通っていた小学校にも立ち寄ってみました。

 

上芦別小学校

 

私が小学6年になった年に「上芦別小学校」と「東芦別小学校」とが合併したのでこの小学校が新築の時の第1期卒業生なのです。

 

第1期卒業生の記念に当時「10年後の自分へ」という手紙を書いたのに今だにそれが自分の手元に戻ってくるコトもなく、当時の先生に電話で聞いてみたら『そんなの覚えてないぞ』と言われる始末なのです…

 

それを当時の友人のノンノンとサックにも伝えたのです…

 

 

先生から『するな!』と言われたら必ずするで有名なサック

 



 

手先が器用なのですぐいろんなモノを改造しちゃうというイヤな一面もあるのです。

 

それと当時の啓成中学校の悪い方の主犯格のノンノン

 

ノンノン

 

あんなに不良だったのになぜか学校で先生をしている人と結婚して今は穏やかに暮らしているのです。

 

『10年後の自分への手紙はどうなった?』と聞いてきたノンノンに『伊藤先生がそんなのは知らんって言ってるぞ』と言うと…

 

『なら俺たちだけで勝手に穴掘って探してみるか?』と言っていたのですが…

 

 

そもそもどこに埋めてあるのかもわからないし、そもそも埋めたのかもわからない条件でここに来て穴を掘り始めたらね…

 

 

おわまりさんが来て僕連れて行かれると思うんですよね…

 

上芦別小学校

 

そう思いながら懐かしい小学校を眺めていたのでした。

 

そんな芦別の思い出でした☆

 

 

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