
「ああ〜遊行!!」
北海道市民としての視点で!!
おはようございます・・。
今日もいい天気ですね・・。
土曜日なんだが、緊急事態宣言のせいか予約は少ない・・・。
たぶんそれもあと数日で終わる!!
・・・・・。
・・・・
・・・
・・
かな?
さて、今日は私のお気に入りのユーチューバーをご紹介します。
YouTubeは一人で楽しむものだから、ご紹介も考えておりましたが
北海道民なら知るべき内容と感じたんでご紹介します。
夕張の税制破綻・・なぜ起きたのか?正直知らない人が多いかと思います。
そして現状の夕張も知らないと思います。
良かったらご覧ください!!
前作品もいろいろあるが、前作はマニアックなものもあるので
興味のある方はドはまりするだろうが、よかったらご覧ください!!
たぶん、7話くらいで終了するんでしょうが、現在2話までしかやっておりません。
それではどうぞ!!
さて、今日は午前中は忙しいが予約は午後からとれるでしょう・・。
それでは今日はこの辺で!!
★誕生★
12月10日 洞爺湖のほとり
★血液★
興味がないがO型みたい
★趣味★
創造
5歳で父の仕事の関係で岩手県に・・。
修行時代>高校を卒業後千葉県の大友美容室で10年間みっちり修業・3年程、姉のサロンで店長として修業
遊行の始まり>
Cut&Perm麗人 1995年10月7日OPEN、
遊行が始まった、始まった頃は苦行の連続 真面目にリサーチしてお店をするべきだった・・。と後悔の日々・・・。
しかし生まれながらの恵まれた環境に育ち、苦労知らずで生きている
2007年12月10日
麗人Love Earthに名前を変える。
そして新しい基地を構える。
みなさんのご指示で立派な基地がオープンしました。
生まれただけでぼろ儲け・・。
目標
「楽しむこと・・。」
「人生はたった一度きり・・。自分の人生の映画を主演で演じきる」
麗人HP
<a href="http://reijin.website/">http://reijin.website/ </a>
★誕生★
12月10日 洞爺湖のほとり
★血液★
興味がないがO型みたい
★趣味★
創造
5歳で父の仕事の関係で岩手県に・・。
修行時代>高校を卒業後千葉県の大友美容室で10年間みっちり修業・3年程、姉のサロンで店長として修業
遊行の始まり>
Cut&Perm麗人 1995年10月7日OPEN、
遊行が始まった、始まった頃は苦行の連続 真面目にリサーチしてお店をするべきだった・・。と後悔の日々・・・。
しかし生まれながらの恵まれた環境に育ち、苦労知らずで生きている
2007年12月10日
麗人Love Earthに名前を変える。
そして新しい基地を構える。
みなさんのご指示で立派な基地がオープンしました。
生まれただけでぼろ儲け・・。
目標
「楽しむこと・・。」
「人生はたった一度きり・・。自分の人生の映画を主演で演じきる」
麗人HP
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08/29(日) 特別な日を演出するlovelyアイテム “ アイシングクッキー “と手料理のおうちカフェ「Cookies Toya!! Cafe (越後屋)」
溢れんばかりの笑顔で元気に迎えてくださったのは、店主の 越後あゆみさんでした。 きっと、あゆみさんの笑顔にかかったら、どんなに落ち込んでいる人でもつられて笑顔になるに違いない!そう思うほど素敵です♡ あゆみさんがアイシングクッキーに出会ったのは6年前のことでした。 ↑クッキーはさっくさく。アイシングはカリッカリで美味しい! 越後屋さんにお嫁に来てからというもの、どんなこともガムシャラに働いてきたあゆみさんが、「越後屋として私にしか出来ない何かを身に付けたい! 自分の存在意義を高めたい!」そんな想いを強く感じていた頃に出会ったのがアイシングクッキーでした。 その時に「これだ!」と直感。 直ぐに独立を目指して学び始め、イギリス発祥の技術を持つjsa日本サロネーゼ協会 アイシングクッキー認定講師の資格を取得しました。 卒業と同時に菓子製造業の許可を取得。 ついに、若い頃からの夢でもあった「カフェをやりたい!」と融合させた店の誕生です。 始めた頃は、越後屋さんの空き事務所でひっそりと営業されていたそうですが、2021年7月21日に晴れて今のお店をリニューアルオープンさせました。 ↑このドアを開けたら「かわいい~~!!」と思わず言ってしまいますよ♪ ↑テラス席もあります。 ↑2F席も ↑2F席から~ 五人のお子様を育てながら仕事と家事と勉強を4立させて来たあゆみさん。 行動力は人一倍。 思い込んだら一直線。 でもなんと驚いたことに「本当はお菓子作り苦手だったんです。ズボラだから計量とかが苦手で。」とケラケラと笑って話してくれました。 けれども、実はイラストなど絵を描くことはお好きでした。 あゆみさんは、持ち前のど根性で好きな絵を描くためのお菓子作りを猛勉強しました。 そして、今ではすっかりお菓子作りそのものが大好きになりました。 ↑1種類の商品を作るのになんと5~6時間要するそうです。 「お客様が「美味しい!」とおっしゃった時の素敵な笑顔を見るのが本当に嬉しいのです ^^」 そんな風に話すあゆみさんのお人柄と、アイシングクッキー&カフェメニューに魅せられたお客様たちが、OPENからわずか1ヶ月で早くもリピーターになってくださっているのだそうです。 なんて素晴らしい!! ↑カフェメニューもお食事からお飲み物、スイーツまで色々。 パフェに入っているのは、下から順にクラッシュドクッキー・生クリーム・プルプルティーゼリー・レモンのシロップ漬け・紅茶のシフォンケーキ・どかんとソフトクリーム。 ボリューム満点、とってもおいしかったです。 「スイーツもお食事も手作りをモットーに、お子様にも安心して食べさせられる原料を使ってご提供しています。」 5人のお子様のお母様のお話しは、やはり説得力があります。 誰にでもどんな店なのかが分かるような名前にしたかったという「Cookies Toya!! Cafe」という店名は、まるで明るくハッキリとしたあゆみさんのお人柄を表しているようです。 ↑越後屋さん側からも入れます。 表玄関は山側、ホテルゆとりろさん側になります。 力強くこんなお話しもしてくださいました。 「アイシングクッキーをもっとたくさんの方に知って欲しいです。例えば、お誕生日・お土産・自分へのご褒美など特別な日のものとして、また、いただいた方の嬉しそうな笑顔を見て、あげた人の方が嬉しくなってしまう様なものとして、もっと広めたいと思っています。将来はこの店でアイシングクッキー教室も行いたいですし、生徒さんには自分のためだけの時間作りとして楽しんで欲しいと思っています。 アイシングクッキー作りを通して、私がそうだったように、きっと皆さんも幅広く楽しい人たちと知り合える場になると思います。」 もう全身にアイシングクッキーが好き!ということが溢れかえっているあゆみさんでした。 今後のコロナの状況にもよりますが、少ない人数を対象にハロウィンクッキー教室を開催する予定だとか。 faecebook要チェックです☆ https://www.facebook.com/CookiesToya/ 洞爺湖温泉街、ますます楽しくなってきました。 店舗情報 Cookies Toya!! Cafe 住所 洞爺湖温泉 洞爺湖越後屋2F 電話 0142-75-2158 営業 水・木・金・土 11:00~15:00 アイシングクッキーレッスンは予約制 ※ 記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材:2021年8月)
Rietty
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01/16(月) 自然と人との調和を追求したい 〜美のクリエイター 長友加也の世界
お二人のお子様のママ。 そして。 珈琲焙煎所のオーナー。 またある時は。 ヨガインストラクター&美容整体師。 と、思えば。 時に少女。 時に少年。 果たしてその実態は…。 以前から、いつか取材をさせていただきたいと思っていた長友加也氏。 ようやくお話を伺うことができました。 お邪魔したのは『TOYACAFE』。 6年前に壮瞥町の地域おこし協力隊として移住をして来られ、3年の任期を終えて開業されたのが壮瞥温泉町の湖畔にある珈琲焙煎所『TOYACAFE』でした。 長友加也氏は静岡県浜松市生まれの39歳。 日本女子体育大学をご卒業されているので、バリバリの体育会系体質かと思いきや、意外にもそういう方ではありません。 いえ、そういう面も持ちながら感性豊かでしなやかな方です。 『TOYACAFE』を拠点に20年ほどのキャリアを持つ美容整体と、13年のキャリアを持つヨガインストラクターの仕事もマイペースで行っていらっしゃいます。 「珈琲焙煎については独学でした。小さな子どもがいますので、親になってからは、あくまでも子どもを中心に置いた上で、自分がやりたいことは何かを考えながら無理のないペースでやってきました。」 珈琲焙煎所のオーナーとしての加也さんについても詳しく書きたいところですが、そこの部分については今回こらえて…。 主にフェアトレードの豆を丁寧に手煎りで焙煎されているとだけ伝えておきます。 この度取材をさせていただいたのは、最近宣言された新たな肩書き『フォト(動画)クリエーター』としてのお仕事についてでした。 一見、お一人で何役も同時にこなすのは超人的だ!と思ってしまうのですが、なぜか加也さんからは、必死感というか、がむしゃら感というか、がんばっている感が伝わってきません。 淡々と。 粛々と。 自然体で自分の想いの方向に向かっているという自由な雰囲気を醸し出している。 これってものすごくクール! かっこいいなあと思います。 そんな加也さんに自己分析をしていただきました。 出た……宇宙人。 実は前回の記事の主人公も宇宙人でした ^^; 筆者はどうも宇宙人に引き寄せられるらしい…。 かくいう自分も宇宙人? いやそれはさておき…。 さらに続けてこう話されました。 これを伺って安心しました。 決してセンスだけで物事を極めているわけではなく、とことん追求してめいっぱい努力し、きちんと結果を出す人だということがわかったからです。 でも決してそれを表に出さない。 やはりかっこいい。 さらに尊敬してしまいます。 さて。 話をフォト(動画)クリエーターに戻します。 このお話。 実は加也さんのキャリアに裏付けられていました。 なんて素敵な!! これは、加也さんならでは、加也さんだからこそ撮れるものです。 そして今も続々と撮影依頼が来ているそうです。 独立宣言をするや否や舞い込む依頼に加也さん自身が驚いているご様子でした。 それは、これまでの加也さんの活動や発信が、必要な方にしっかりと伝わっていた証だと思います。 今回の取材でわかったこと。 『TOYACAFE』を拠点に置き、珈琲焙煎所・フォト(動画)クリエイター・ビューディーサロン(美容整体・ヨガ)と多方面に活躍しつつも、それは全て1本の軸を外れない活動でした。 365日の時間割の中で、全てが子育を中心とした隙間時間に見事に整理されていました。 長友加也氏は、しなやかな自由人かつ被写体に寄り添う美のクリエーターでした。 *画像は全ていただいたものです。 ―長友加也 情報― 長友加也Instagram https://instagram.com/kaya.n_film?igshid=YmMyMTA2M2Y= 長友加也Facebook https://www.facebook.com/takeuchi.kaya TOYACAFE Instagram https://instagram.com/toyacafe?igshid=YmMyMTA2M2Y= TOYACAFE HP https://toya-cafe.localinfo.jp クリエーター依頼 https://toya-cafe.localinfo.jp/pages/2702246/page_201903191041?fbclid=PAAaaRlA7qepU9u58JEGPIduBSXwsST_TFMjY2g7B4tXbxadOYI92yOhEeYlM (2023年1月取材)
Rietty
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05/29(日) 在留外国人に寄り添う国際交流のプラットホーム “ ぱれっと “ by留学生フレンドシップ
立ち上がった留学生フレンドシップ さて、冒頭から失礼します。 皆様ご存じでしょうか? 現在、西胆振には1000人を超える在留外国人の方が住んでいると言われています。 そしてその方々は、日本の労働力となっていただいているにも関わらず、実はとても暮らしにくい状況下にいます。 例えば、受け入れ先が少なく働き先がなかなか見つけられない。 故郷に帰りたくても帰れない。 仕送りも出来ない。 でも、支援の手がなかなか差し伸べられないetc. そんな境遇にいます。 このような現状を知り、「支援したい!」と2015年4月に立ち上がった団体が『留学生フレンドシップ』でした。 『留学生フレンドシップは、室蘭工業大学留学生を中心とした各国留学生、在留外国人と市民との交流をはかり、親睦を通してお互いの文化・習慣を確認し合うことにより相互理解を増進して、彼らの知識と力を地域社会に還元し、かつ各国留学生、在留外国人と市民との間に発生するトラブルを可能な限り回避しながら各国留学生、在留外国人の生活支援、活動支援をすることを目指します。』留学生フレンドシップHPの「活動目的」から抜粋 この団体は、異国に訪れ、様々な不安を抱える方たちの「少しでも力になりたい」という想いを共有する仲間で成り立っています。 代表は日栄 均さん。 「できることは何でもしたい!」と熱く語ってくださいました。 ぱれっと とは? さて今回は、その『留学生フレンドシップ』が母体となって運営をしている “ ぱれっと “を取材させていただきました。 ↑2022年5月1日オープン! 経営者は三津谷達子さん。 留学生フレンドシップの事務局長で “ ぱれっと “ の経営者でもあります。 ぱれっと経営者の三津谷さん在留外国人のことで常に頭がいっぱい。何やら考え中のご様子の三津谷さん… 以前、タピオカ専門店だったところを事業継承された三津谷さん。 “ ぱれっと “を国際交流のプラットホームにしたいと考えていらっしゃいます。 「留学生はもちろん、在留外国人の置かれている状況はとても厳しいです。西胆振だけを見てもこんなにもたくさんの外国人の方が暮らしているにも関わらず、法的な整備は追いついていません。日本人ならば難なくできることも、言葉の壁もあり支援が必要であったりしますが、そのサポート団体も少ないです。技能実習のために日本に訪れ、労働力として貢献していても不安なく過ごせるような環境はまだまだ整っていません。また家族で日本に住んでいても、特にコロナ禍の逆風もある中では仕事が見つからず、苦労をされている方も多いです。このように、困った時に気軽に相談をしに来られる場として、同朋が集まれる心の拠り所として、“ ぱれっと “は存在しています。」 例えば自分が外国に留学した時のことを想像してみます。 生活習慣も言語も、もちろん法律もなにもかも違う環境の中で、困った時や不安になった時、いつでも迎え入れてくれるところがあったならどんなに心強く有難いことか…。 “ ぱれっと “ は、外国人のよろず相談所の拠点的機能も兼ね備えているので、スタッフは常に胆振管内を飛び回り、各種サポートをしたり、在留外国人の雇用に前向きな企業を探して歩いています。 そして留学生フレンドシップは、近々北海道国際交流協力総合センター(ハイアック)の協力団体となり、秋には団体名も新たに登録されるそうです。 伴って、“ ぱれっと “のプラットホームとしての機能も増してフル回転になっていきます。 ↑ハイアックの事業活動の詳細はこちらをクリック 「もうほとんど親のような気持ちです。せっかく来てくれた日本で安心して楽しく暮らしてほしいですからね。物好きでおせっかい好きなジジババの集まりなんです。」 ご本人はそうおっしゃいますが、在留外国人にとってはジジババどころか天使のような存在だと思います。 それに、側から見ても「してやってる」意識がまるでない。 外国人との交流を心から楽しんでいることがわかります。 だからこそ長く続くし皆様に頼られるのでしょうね。 他にも主な活動内容としては〜 帰国申請の手続きのサポート在留資格延長相談生活福祉資金(帰国前提の場合は受給資格なし)を受けるための日本国内の預金通帳発行手続きサポート就職やアルバイト相談、斡旋(外国人の人材派遣業登録済み)留学生が札幌などで試験を受けるための移動相談医薬部外品などの説明書きの翻訳サポート などなど、数えあげればきりがなく様々な相談が持ち込まれます。 どんな相談でも、我が子のことのように親身になって応じてくれる場があることが、どれだけ在留外国人の皆様の心の支えになっていることか。 まさに駆け込み寺です。 ↑優しい店長の渋田みどりさん そこで尋ねてみました。 「そのモチベーションの原動力は何ですか?」 すると単純明快な答えが返ってきました。 「笑顔で喜んでもらえることです。」 つくづく、この方たちだからこそのお答えだと思います。 実は筆者、随分以前からまったく別のことでお付き合いをさせていただいていたのですが、実に「らしいなあ」と感じます。 損得勘定がまるでない。 心で動いている。 それは、どんな場面でもそうでした。 ですから、「手伝いたい!」と集まるメンバーも類が友を呼んでいるようです。 けれども、決してその好意に甘えているわけではないところに感心してしまいます。 ↑スターマリンさんのご協力でクルーズも体験していただきました 「大切にしているのは、長く無理なく楽しくできることです。きっと、仲間たちのモチベーションはそれぞれ違うと思います。例えば手伝うことで国際交流ができることに楽しみを見出す者。手伝うことで語学学習ができることに価値観を見出す者。動機は様々でも、結果winwinの関係を築ければ誰もがハッピーになれますよね。」 気負いや正義感をむき出しにした活動でなく、自然体な活動が、在留外国人たちにも安心感を与えているのだということがよくわかりました。 日本語教室のこと そしてもう一つ。 在留外国人の言語の問題が少しでも解消できるようにと、日本語教室も開催しています。 先立って、この教室を留学生フレンドシップで行うために、コロナ禍でも対面式で開講できるようにと環境を整え、北海道国際交流・協力総合センター主催『日本語学習支援者養成講座』をスタッフ5名が受講、その資格も取得しました。 「みんなと仲良くなれるように、自分の名前や住所、好きな食べ物などが言えるように、まずは自己紹介とあいさつを言えるようにしましょうと呼びかけました。現在、毎週土曜日の午後15:00~16:00に無料で開催しています。途中ティータイムなども挟みながら、和気あいあいと行っています。」 と、三津谷さん。 しっかりと温かく外国人たちに寄り添うことで、どんなサポートが必要なのかを見極めて実践されていることに感動を覚えました。 雇用の場としての”ぱれっと” ところで、在留外国人が働く場としての“ ぱれっと “。 こちらでは、留学生・ボランティアなども含め5人が働いています。 ↑恥ずかしそうに笑うコートジボワールご出身のアシイ セレンさん ↑ベトナム料理のバインミーは水曜日・金曜日・土曜日のみのご提供 こちらは以前、タピオカのみのお取り扱いでしたが、最近「バインミー」というベトナム料理を曜日限定で始めました。 ベトナム人留学生のレシピですので本場の味。 パンもバインミー専用のものが使用されています。 ↑カップも可愛い♡ たっぷり入っていますので小腹が満足します。 ↑タピオカメニューはこんなに豊富。ユニークな組み合わせもあります。在留証明証、学生証で割引も! 在留外国人を総合的にサポートをする留学生フレンドシップが運営する“ ぱれっと “。 現在はタピオカとバインミーのみのご提供ですが、6月からはソフトクリームやベトナムコーヒーなどのメニューも登場します。そして将来的には、外国お土産なども揃えながら、食文化の発信の場としても展開をしていきたいと考えています。 今後は活動エリアを今までよりも広げつつ、西胆振に住む外国人の親代わりとなって、地域と在留外国人の交流の場として、今後ますます多方面に機能し、国際交流のプラットホームになっていくことと思います。 ―ぱれっと情報― 住 所 室蘭市中島町3丁目29-1 電 話 なし 営業日 火曜日〜日曜日 10:30~18:30 定休日 月曜日
Rietty
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06/23(金) 「B5(シ)の声を絶対に出すんだ!!」 カッコつけないカッコ良さ 声楽家 加藤亮子の諦めない生き方
今回の主人公は加藤亮子さん。 声楽家としての軌跡を追いました。 お話を伺ったのはグランドピアノが置かれたご自宅でした。 窓辺にはウルトラマンがいました。 棚には亀さんたち。 大きな窓からは空と海と夕陽が見えました。 「ウルトラマンは子供の時から好きで、特にウルトラセブンが好きです。お話が今見ても深いんですよ。怪獣とかも何故地球を攻撃するのか?とか。人間同士の信頼を無くせば勝手に滅んでいく…とかね。」 ふむふむ…。 なるほど…。 「亀は何かゆっくり可愛い。水の中を気持ちよさそうに泳ぐ様子、卵を産むときの様子、陸亀の孤高感、なんとも言えないのですが好きなんです。」 物語のプロローグは音大受験失敗から 小さい頃から音楽好きだった亮子さんが大好きなテレビ番組は、『ミッチと歌おう』(放送1963~1965年)でした。 これは、アメリカNBCの人気ミュージカル・バラエティー番組をNHKで放送したものです。 指揮者のミッチ・ミラー率いる26名の男性コーラスグループで、「クワイ河マーチ」や映画「史上最大の作戦」のテーマソングは日本でも大ヒットをしたので、筆者も覚えています。 そしてもう一つの番組は、『アンディウィリアムスショー NHK』。 便利な時代です。 オンデマンドで視聴することができました。 今観ると、とってもオシャレで温かくて面白くてカッコいい。 https://www.youtube.com/watch?v=mFPID7igH1c なるほど〜。 ストンと来ました。 なんとなくオシャレでカッコいい亮子さんのルーツがわかった気がしました。 さて、小学生だった亮子さんの元にある日ピアノがやってきました。 なんと、酔った勢いでお父様がピアノを買ってきたと言うのですから驚きます。 そしてお母様の勧めでピアノを習い出したのでした。 音楽家への道の第一歩でした。 ピアノ科を目指していた頃 「ピアノは高校三年生まで習っていました。音大を目指していたのですが残念ながら落ちてしまいました。ピアノは決して嫌いではなかったのですが、人前で弾くのは本当に苦手でした。本番になるとアガってしまうんです。」 通っていたピアノの先生は、受験に失敗した亮子さんに遠藤道子先生を紹介しました。 「当時、遠藤先生は札幌ショパン協会会長をなさっていて、ピアノの先生としては3本の指に入る怖い方と有名でした。だから、受験のためとは言えもう怖くて怖くて…正直嫌々でした。」 通い出してみれば案の定怒られてばかり。 「私からしたら『あの人上手いな〜』と思う人でさえ、ものすごく怒られているのですから、本当に怖い…。」 そしてとうとう。 「あなたみたいな生徒は初めてです!!!」 と、言われてしまいます。 今までの生徒さんは、直線的にどんどん上手になっていくというのに、亮子さんの場合は波がありすぎる曲線だったらしく、とうとう先生は呆れてしまったのでした。 ところがその怖い先生は、何故かとても亮子さんを可愛がってくれました。 しかも亮子さん本人にはまったく自覚がない可愛がり方。 それというのも、他の生徒さんには見せないプライベートな一面を亮子さんには見せていたのだそうです。 それは、他の仲間が「信じられない!」と驚愕するエピソードでした。 きっと、怖い先生に対してもガードや壁を作らない、お茶目で素直でカッコつけない亮子さんが愉快で面白かったのだろうと、筆者は勝手に想像しています。 「けれどもレッスンはとにかく容赦無くて…。初めから『あなたはピアノが下手!基礎からやり直し!!』と言われ、ソルフェーズの指の基礎練習の猛特訓を受けていました。ところがある日、その勉強中にピアノではなく声を褒められたのです。なんと、『あなた、声は出るわね!声楽科に転科しなさい!』と勧められてしまったのです。」 ついに、亮子さんにとっての転機がやってきました。 声楽家としての門を叩くことになったのです。 声楽科への転向 短大ではカナダ人の先生に声楽を学び卒業をした亮子さん。 なぜか小学校教員の道を選びます。 「10年間、教員として勤めました。子どもたちから『先生っていつも歌ってるね♪』と言われていました。自覚はなかったんですけどね。そんなこんなで、あんなに頑張って学んだ声楽から20年くらいブランクがあり、気づいたら40歳を過ぎていました。」 声楽から遠ざかっていた亮子さんに再びスイッチを入れたのは、娘さんのピアノの先生でした。 それはちょっぴりお調子者(失礼…)の素質が見えるエピソードでして…。 ピアノではあんなに人前でアガってしまうのに、なぜが歌ではアガらないとい亮子さん。 「ちょっと歌ってみたら?」 とさり気なく誘われてイタリア歌曲をいきなり歌ってしまいました。 「超楽しい! まだイケるかも♪」 スイッチオン! そしてこんなことも。 誘われて、小さな教会でTUBEの曲をノリノリで歌いました。 「めっちゃ楽しい!!」 そう。 久しぶりに人前で歌ったことが着火剤となってしまったのです。 これらがきっかけで声楽家としての火が再燃。 やっぱり人の前で歌うことが本当に好きなのだと実感した瞬間でした。 そうこうするうちに自宅で歌を教える様になりました。 「声楽を学んだとは言え、20年以上もブランクがある中で、ただ歌うのが好きというだけで人様に教えるのは正直不安でいっぱいでした。自分はまだまだ下手だと思っていましたし指導法にも自信がありませんでした。もう一度学び直したい!と、教室を探したのですがなかなか見つからず…。諦めかけたころ、ようやく東園己先生と出会いました。55歳になっていました。」 歌は筋肉です!! ようやく素晴らしい先生と出会い、レッスンをしていただけることになり、いよいよ初レッスンという日、なんと亮子さんは雪まだ残る早春の道で事故を起こしました。 「中山峠へ向かう途中、車がドリフトして路外に飛び出してしまったんです。ところが、なんと細い木2本に支えられ、体は無傷でした。そして偶然通りかかった方にドアを開けていただき助かったのです。木に支えられたこと、偶然通りかかった方が助けてくれたこと、体も無傷だったことなど、運の良さを感じました。」 ハプニングからスタートしたレッスンでしたが、東先生との出会いも運が良かったとしか言えないエピソードがありました。 「最初のレッスンで言われたんです。『あなたは癖で歌っている』と。おまけに『その癖を直すには2〜3年は掛かる』とも言われました。そして、歌いやすくなるための “体の使い方” も徹底的に直されました。先生のレッスンはとてもわかりやすく、学生時代には理解できなかったことが30年経ってストンと腑に落ちました。もう必死で学びました。するとその効果あってか、直すのに2〜3年はかかると言われた歌い方の癖が1年で『直った』と言われました。嬉しかったです。」 体の使い方?とキョトンと驚く筆者に。 「歌は筋肉よ!!」と答えた亮子さんは、おもむろに筋トレ式発声法の仕方の一つを教えてくれました。 今年でレッスンに通い始めて14年になりますが、自分の発声に少しずつ自信が持てる様になった10年目の頃、亮子さんはある目標設定をしました。 それは〜。 「トスカの『歌に生き恋に生き』を歌いたい!!」 でした。 それにはB5(シ)の音が出せる様にならなければいけませんでした。 そしてそれは無謀とも言える挑戦でした。 ところが奇跡は起きました。 65歳になった亮子さんに奇跡の日がやってきました。 B5(シ)の音が出たのです。 それまで何度も口にしていた「私って怠け者だから。お尻に火がつかないとやらないの」という台詞の意味がわかりました。 亀さんのようにのんびりと構えながら。 本当の本気が出るまで力をためるタイプ。 まるでウルトラセブンがジュワッと変身する様に。 力むことなく。 カッコよく。 おしゃれ。 だから女性から見てもちろん、男性から見てもカッコよく映るのだと思います。 最後に次の目標を伺ってみました。 「二つあります。一つは死ぬまでにオペラのアリアをできるだけたくさん歌いたいということです。もう一つは完璧だとは思わないで常に高みを目指すということ。どちらも絶対に諦めたくないです。こんなもんだと思ったらだめだと思っているんです。」 いざという時にウルトラセブンになれるように。 亀の様に辛抱強く。 梅番茶で喉ケアをしながら。 今日も亮子さんは歌っています。 「声をかけていただければ、たとえ、たった一人のためでも、どこにでも行きますよ〜!」 声楽家 加藤亮子 情報 洞爺湖芸術館FB https://www.facebook.com/toyakomuseumofart 加藤亮子 FB https://www.facebook.com/ryoko.kato.9699 Instagram
Rietty
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06/30(金) BROCKEN代表 佐藤大輔氏 〜「もったいない!」に背中を押され、ゆるっと しれっと 熱い人
今回の主人公は「BROCKEN」代表 佐藤大輔氏。 「一体全体この人は何者なんだろう?」 そんな筆者の興味からオファーを入れた取材でしたが、正直「しまった…」と思いました。 何故ならば、一つにはプロの編集者でライターさんだったことをうっかり忘れていたこと。 そして、ネタが豊富すぎたこと。 「やっちゃった…」と思いました。 さて。 待ち合わせたのは地球岬にある「崖の駅」でした。 きっと、この画像に書いてあることをもれなく読んでいただくだけで、佐藤さんの「ゆるっとしれっと感」が伝わるかと思います。 なので「これにて終了〜」と、してしまう手もありかな…。 そんなことを思ってしまうほど、取材させていただいた2時間はヌマでした ^^; 佐藤さんったら、面白すぎます。 危うく、すっかりハマった足が抜けなくなるところでした。 気を取り直して佐藤大輔氏略歴から 1)1982年10月 室蘭生まれ 高校生までの18年間を室蘭で過ごす。 〜室蘭中島町生まれだそうですが、その記憶はほとんどなく、あるのは高砂町に住んだ頃のこと。その後の大輔氏は、生まれ故郷「室蘭」の刷り込みを実感する場面に何度も出会います。 2)中国留学。その後、当時、道内唯一中国語学科のある大学に進学。 〜なぜ中国語なのかは、「なんだかよく判らない」という面白さに惹かれたのと、 「これからは中国語を学んでおくと良さそうだ」と直感したのがその理由。 3)大学卒業後、JTBに入社し二年間在職。 人に旅を売るより自分が旅をしたくなり世界一周の旅に出る。 〜なぜ狭き門で自分が採用されたのか気になり上司に尋ねると、なんと「ギャンブル枠採用」と言われたそう。 JTBでは曹洞宗の檀家さん向け「団体参拝」の営業を経験。隣のチームは日蓮宗担当されていました。 旅行業界の興味深い背景です。 「特に旅行業界に興味があったわけではないんですよね。 外国語が活かせるかな〜?くらいの気持ちで受けたら採用してもらえました。 でも「ギャンブル枠採用」って、納得しました笑」 世界一周の旅へ 「檀家さんたちに営業の仕事をするうちに、『人に旅を売るより自分が旅をしたくなった』というわけですね。」 「そうなんです。世界一周しよう!と思い立ち、半年間の有効期限で世界を周れる『世界一周堂』という会社が売っている『一周券』を利用しました。」 なんでも、5大陸の内、何大陸を選ぶかによって値段が変わるそうで、最初に選んだアライアンスの航空会社で決めた日時しか乗れないという縛りがあるのだそう。 その時、大輔さんが選んだ旅は半年間の移動代が40万円という格安のものでした。 なんという魅力的な!! 筆者も行きたい…。 うずうず…。 「その旅の中で印象深く忘れられないエピソードを教えていただけますか?」 「よく言われますが、インドへの旅はその後の自分の人生観に大きな影響をもらったと思っています。あそこにはまだカースト制度の名残があって、乞食として生まれ乞食として死んでいく人が今でもいるわけです。汚水の中を歩いて生活する様な…ね。でも、目がとても綺麗で、白目の光の強さに圧倒されました。そして気付いたのは、目の綺麗さと貧富の差はイコールじゃないということ。言い換えれば『金持ちにならなくても幸福はある』というか。どういう風にしても生きていけるんだよな…って思ったんです。」 こういうエピソードにも大輔氏の『ゆるっと熱い』感が溢れています。 「でね、肺炎で入院したんですよ。」 「そうそう!そういえば、旅する間のアトラクション的楽しみを持ちたくて、『1カ国につき1回はぼったくられても良しとする』というルールを自分に決めていました。どこの国でもボッタクリって普通にあるんですが、それを通してその国が少しわかるような気がして。でもこれって『傲慢』な考えでもあるよな…とは思っていました。」 ぼったくりエピソードもたくさんお持ちのようですが…。 本当にヌマから抜け出せず帰れなくなりそうだったので、ほどほどで切り上げさせていただきました ^^; 気になる方は是非ご本人に会って聞いてみてほしい! 本当はもっと旅を続けたかった大輔さんは、先輩の結婚式に呼ばれたことをきっかけに、旅を途中で止めて帰国してしまいました。 「まあ、結果的には旅には満足したんですけど、少し後悔しているのは一周券を買ったこと。あらかじめルートを決めて旅に出るものだったので、ある意味自由を奪われてしまったわけです。だから、途中で気が変われない。気に入ったから滞在を延ばすってことも許されない。あの旅は、自分にとっての何回目かのモラトリアムだったので、そもそも目的がある旅ではなかったんですけどね。実に勿体ないことをしたな…って思っています。もっと何て言うか、沢木耕太郎の『深夜特急』のような旅をしたかったな…って。とはいえ『深夜特急』に出会ったのも旅の途中だったので、最初から手遅れでした笑。」 なるほど。 世界一周こそしませんでしたが、若かりし頃、一人ふらふらと行き当たりばったり旅ばかりしていた筆者にも、なんとなく大輔さんのお話の意味がわかる様な気がしました。 「ところで、いま振り返ってみてもう一度行きたい!と思うところはありますか?」 「イースター島かな…。実はイースター島まで行ったというのに、なんと室蘭を思い出しっちゃったんです。イタンキ浜の上の丘の膝丈の笹とか、ローソク岩とか、海とセットで色々思い出して『似ているな…』って思ったんですよね…。」 イタンキ浜の丘にそっくりな風景があったりして、モアイ島に居ながら室蘭を思い出してしまった大輔さんでした。 そして再び略歴の続き 「僕、根本的にはマイナス思考だし、実は結構真面目なんですよ。」 大輔氏は自分をそう分析します。 前職から逃げる様に世界一周の旅に出たにも関わらず、「不自由な旅をしてしまった」と悔い、「勿体ないことをしてしまった」と思ってしまうマイナス思考さ加減。 けれども、空の色とか、建築物とか、旅の中でいろいろなものを観て『旅とか観光って人生の栄養なんだな』と思うところ。 ネガティブな部分も含め、旅で得た心の栄養を無駄にはしないと思う真面目さ。 「1カ国1回ぼったくりアトラクション」を許す自分に傲慢さを感じるところ。 イースター島で感じた故郷室蘭を想う気持ち。 確かに自己分析通りだと思います! 4)帰国半年後、リクルート北海道 じゃらんへ入社し、11年間勤務する。 〜苦手な営業部で2年。 編集部では9年働き、仕事はとても楽しかったそう。 「編集の仕事って設計屋なんです。 『なんでそれを作るのか?』『誰が喜ぶのか?』を考える役。 つまり枠組み作りです。その後、デザイナーとライターに依頼をして協働して作っていく。 根が真面目だから、誰かの役に立っているとか、何かの糧になっていると知ると嬉しくなるんです。 でもね。当時の編集長に言われました。『お前の記事は毒が強い。が、薄めれば薬になる。 スパイスだけじゃ味がないんだ。味付けは大事だ。』 この言葉には本当に感謝しています。 すごく心に残っているし、その後の僕の仕事にも生きている言葉です。」 「じゃらん」時代の面白いエピソードを伺いました。 読者の嗜好の指標として、購読前支持率と購読後支持率というものがあるそうなのですが、 その過去最低の数字、購読後支持率3%というのを取ったことがあるそうです。 ところが何故か嬉しそうな大輔さん。 「実は、その時の購読前支持率は1%だったんです。ところが読んだ後に2%増えたというわけです。 小さい数字でも3倍になった!購読後に数値が3倍になるっていうのは滅多にないことなので嬉しかったです。」 5)じゃらん退職後の地域おこし協力隊+α 〜2017年に退職したのち室蘭に帰郷。同時に室蘭市観光課付、室蘭観光協会配属になりました。 同時期、個人事業として『BROCKEN』も立ち上げました。 また、『北海道Likers(当時サッポロビールが運営していた)』のライティングの仕事も始めました。 いつの間にか着実に積み上がっていたキャリアがフルに発揮でき、さらに地域おこし協力隊としての活動で経験値を上げながら、『BROCKEN』の活動も成長させていきました。 「地域おこし協力隊をしながら感じたのは、世界一周から帰国したときにも感じた『もったいなかったなあ』ということでした。それは、室蘭的な良さに触れずに無関心に育ってしまったということに対してです。例えば、蓬莱門・地球岬・イタンキの丘・大黒島の夕陽など室蘭の素敵な風景があったのに、その良さに気づかなかった。」 Uターンをして室蘭を見直した時、何かが外れたように室蘭が見えてきたと言います。 高校を卒業してからの18年間で多くの気づきを得た大輔さんは、「室蘭の良さを発信したい!」と強く想うようになりました。 6)そして今 現在は、個人事業「BROCKEN」での活動と、合同会社「SUM-i-CA」の経営メンバーとしての活動、二本立てで活躍されています。 事業内容はあまりにも多岐に渡っているのでHPをご覧いただいた方がわかりやすいです。 でも、せっかくなので特記するとすれば、というよりも筆者のツボだったのが今回の取材の待ち合わせ場所でもあった「崖の駅運営」と「むろらんくん育成事業」と「たたら製鉄への関わり」のこと。 「この崖の駅はもともと地球岬にあった『毒まんじゅう』の店の空き家利用でした。地球岬は室蘭の顔なのに『もったいないなあ』と思ってね、私設の無人観光案内所みたいなものを作ったんです。堂々と無人と謳っている通り、僕はほとんどいませんが時々母がいます。その時は「むろらんくんグッズ」も販売しています。」 え!? 毒まんじゅう?? と、びっくりされた方にちょっと説明的にこちらの画像を〜。 というわけです。 で、このキャラクターこそが「むろらんくん」。 大輔氏はさまざまな場面で登場させる「むろらんくん」を育成事業と呼んでいます。 そしてついにはLINEスタンプ販売まで育成事業は発展しました。 つぎに、「たたら製鉄への関わり」です。 地域おこし協力隊時代、ムロランワンパクに来てもらったご縁で「登別室蘭たたらの会」石崎会長と知り合った大輔さんは、石崎家で玉鋼のナイフ鍛造体験をさせてもらいました。 その後、「なんか話の流れで、たたら製鉄の手伝いをすることになった」のだそうです。 大輔さんの父方の祖父が鍛冶屋だったこともあり、職人的なことへのあこがれもあり、もともと手仕事好きなのもありで、製鉄も鍛造も興味深いし楽しい!と感じたそうです。 そんなこんなで「たたら製鉄への関わり」を持つようになりました。 「室蘭は鉄の町だけど、鉄を身近に体感できる体験コンテンツはすごく少ないんです。その点でたたら製鉄と鍛造体験は質の良いコンテンツになる可能性があると思いました。しかしとにかく炭代と人の手がかかるので、ちゃんと体験メニューとして稼げるように仕立てるにはどうすればよいのか目下考え中です。」 最後に さて。 この辺りでそろそろ最後にしたいと思います。 初めに「この人は一体全体何者なんだろう?」という筆者の興味はほぼ満足しました。 …と思わなければいけないくらい、やはり、佐藤大輔氏はヌマすぎました。 この上なく、果てしなく面白すぎました。 なので、どこまでもしつこく追求してしまいそうなのでこの辺りで止めることにしました。 でも、はっきりと分かったことがありました。 こんなこと書いたら「恥ずかしいから止めて〜!」と言われるかもしれません。 でも、きっぱり言います。 直球ストレートではないけれど。 「ゆるっと・しれっと熱く、人間愛・室蘭愛に溢れる方」でした。 仕事の上でも、出会った人との繋がりも、「もったいない」の心を大切にしてきたからこそ多くの依頼があるのだと感じました。 参ったなあ…。 ファンになってしまったじゃないですか。 佐藤大輔氏、すっかり目が離せない存在になってしまいました。 ―佐藤大輔氏情報― Facebook https://www.facebook.com/daiske.sato Instagram https://instagram.com/satodaiske?igshid=MzRlODBiNWFlZA== BROCKEN https://www.brocken.work SUM-i-CA https://www.sum-i-ca.com
Rietty
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09/27(火) 「手を動かす人たち」へのリスペクト。お酒と木と本の店 BACKWOOD【洞爺湖町】
8月下旬、洞爺湖町入江にお酒と本と木工作品を扱うお店がオープンしました。 「へき地、辺境、奥地」といった意味を持つ「BACKWOOD(バックウッド)」という名前のお店です。 その名の通り、入江地区の奥深く、人家もまばらな場所にひっそりと佇んでいます。 移住者の店主が、古い納屋をリフォームしてつくりあげた、素敵な空間をご紹介します! アパレル業界から田舎暮らしをもとめ洞爺湖町へ 国道から有珠山側に車を走らせること数分。 看板を頼りに細い路地を入っていくと、深い緑の中に三角屋根のお店が現れました。 有珠山の麓のすぐ近く、自然豊かでとても静かなエリアです。 黒いトタンの壁と看板の木材の色あいが緑に溶け込むようにやさしく目に映りました。 中を覗くと個性的な木のクラフトが並んでいます。 壁には本がいっぱい。 大きな冷蔵庫ではカラフルなラベルのビールがずらりと冷えていました。 元の家主が廃材を使い建てた築20年の納屋を改装したという店内。剥き出しの梁や壁はほとんど当時のままだそう。 レトロな雰囲気を残しつつ、今風でもあり。素朴で洒落ていて、どこかホッとするような温もりのある空間です。 店主の菅松 剛士さんは2021年2月に一家で東京から洞爺湖町に移住しました。 「会社勤めは向いていないと思いながらも、楽しく働いていた」という菅松さん。もとはバリバリのビジネスパーソンで、競争の激しいアパレル小売業界にて、ブランドの立ち上げ等に長く携わってこられたそうです。 お子さんの就学を機に、長年思い続けてきた「いつか田舎で暮らしたい」という夢を実現し洞爺湖町へ。 当初はもう少し中心街寄りの場所に住んでいたそうですが、ランニング中に偶然この土地を見つけて購入を決め、昨年末に移り住みました。 この古い納屋を見たときに「ここでお店を始めよう」と閃いたそうです。 菅松さん: もともと「いつか田舎に」というのはずっとあったんです。 20代の頃は沖縄と思っていましたが、年を重ねるにつれて住みたい場所がどんどん変わってきました。 妻の両親の実家が北海道なので、子供が産まれて連れてきた際に、日高のあたりを海沿いにドライブしていたんです。 その時に「うわあ、北海道に住みたい」と思ったのが、移住先に北海道を選ぶきっかけとなりました。 廃材を組み合わせたオーダーメイドの入り口ドア。今では貴重な磨りガラスや「総合案内」の文字が渋い味わいを醸し出しています。 北海道の人は「手を動かす人」 BACKWOODでは「北海道を軸に、クリエイターや素材にこだわったいいもの」をテーマに商品を取り揃えています。 「お店を始めるならまずは酒屋を」と以前から思っていたそうで、ワイン、日本酒など様々な北海道産の酒類の中から、専門店の少ないクラフトビールとスピリッツを扱っています。 クラフトビールは現在、4社をセレクト。おいしいクラフトビールが道内各地にある中で、厳選に厳選を重ねたこだわりのラインナップです。 左から 美深白樺ブルワリー: 日本最北のクラフトビール工場。希少な白樺樹液を副原料として使用。 忽布古丹(ホップコタン): 上富良野の地場産ホップで醸したクラフトビール。 NORTH ISLAND BEER(札幌): 「BEER IS ART」をコンセプトにカナダで修行したブルーマスターが醸造。 41 BEER CRAFT WORKS: 2021年にスタートした余市の醸造所。積丹岳の雪解け水(伏流水)を使用。 地場産ボタニカルの芳醇な味わいが広がる積丹ジン「火の帆(HONOHO)」。東京に住んでいた頃から愛飲していたという店主イチオシの一品です。 菅松さん: コロナの影響で、家の中で過ごす時間が増えましたが、それが意外といいな、ということを再認識した方が多いのではないかと思います。 僕もその一人で、大勢で飲んだり、みんなでわいわい過ごすのも楽しいですけど、一人で静かに過ごしたり、家族でのんびりしたり、気の合う友達と少人数で飲んだり喋ったりするのも、結構素敵な時間じゃないですか。 そういう時間をさらに盛り上げるものとして品揃えの軸を決めています。 例えばクラフトビールは、それほどたくさん飲まなくても、一人でゆっくり味わえば満足しますし、本も一人で楽しめますよね。 そしてそういう部屋に、木の道具や作品があったらさらに楽しい。 お酒と本と木の3つをもって、豊かな時間を過ごすお手伝いができればいいな、というのが発想のもとです。 木工は北海道在住のクリエイターの作品とBACKWOODのオリジナル商品を販売しています。 ARAMAKI(恵庭) 新巻鮭の木箱をリサイクルし制作を行うクリエイターチーム。独特の赤や黒の文字がインパクト大かつ手に取ると軽く、機能性も抜群です。代表の作家さんは優れた技術を持つ宮大工であり、設計が素晴らしいと菅松さん。 https://aramaki.world/ BACKWOODオリジナル商品 オリジナルデザインをプロの職人が制作。ただそこにあるだけで、空間がちょっと素敵になるような存在感ある品々。上画像は「自在STOOL」。椅子にしたり小物を置いたり、単独でもで重ねても使える5枚1組のスツール。 こちらは「FLAT PLATE」。縁なしで真っ平の珍しいデザインです。食材をのせるとすごく映えるそう。 鹿乃舎木工(伊達) まるで生き物のような、有機的で不思議な形のイス。有珠に工房を構え、古木や北海道産の木材を使用して制作するクリエイターの作品です。 https://shikanoya.theshop.jp/ このほか、豊浦の Horsemade Landscape の器類も取り扱っています。山から木を切り出して、馬に引かせて運び出す「馬搬」という昔ながらの技法に取り組み、素材の調達からこだわって制作されています。 https://horsemadelandscape.com/ 菅松さん: 北海道っていいものがたくさんあるし、作っている方もすごい方ばかり。 職業として作る人はもちろん、「こんなの自分で作るの」と思うようなものを暮らしの中で個人レベルで作っている人が沢山いますよね。 そういう方々に出会って、北海道の人は「手を動かす人たち」だなあ、と思います。 例えば近所のおじいちゃんを見ていても、なんでも自分でやるじゃないですか。 それに対して、都会の人ってなんでもやってもらう側で。 北海道には手を動かしている人が大勢いて、素材も食材も、素晴らしいものが豊富にあって、いいものがいっぱい生み出されている。 それを都会をはじめ、全国の方に向けて発信していければいいな、と思っています。 古本は、「飲む」、「食べる」、「自然」などお酒や木工と親和性の高いジャンルの本がカテゴリー別に並んでいます。開店してみたら予想以上に本が好評で「手元に置いておきたい本からなくなっていく」のだとか。 本の交換コーナーもあり。来店した方が持参したいろいろな本が置かれていました。地域の人の本が集まる楽しいコーナーです。 さて、お店の外に出ると、裏にはこんもりと緑が生い茂る庭が広がっていました。 りんごやなしなどさまざまな果樹が生えているそう。元の家主さんが植えたものだそうで、取材時には丸々とキウイが実っていました。 家や納屋を自分で建て、庭や畑も作っていた元家主さんは、まさに菅松さんが移住して出会った「手を動かす人」のおひとりでした。 その方の手から菅松さんの手へと受け継がれて、古い納屋がお店へと生まれ変わりました。 そうして誕生したBACKWOODの店内にいると、 「暮らしの中で手を動かして、生活に必要なものを作ってきた北海道の人々へのリスペクト」 というような、あたたかく真摯な心意気を感じました。 つくることの素晴らしさと、いいものが放つ輝きに満ちた小さなお店。 北海道の良い品を探しに出掛けてみませんか。 商品はWebサイトでも購入できます。 また、ビールは「角打ち(立ち飲み)」OK。お庭を眺めながら飲んだら、おいしいビールが何倍も味わい深く感じられそうですね。 BACKWOOD 店舗情報 住所 北海道虻田郡洞爺湖町入江265-55 営業時間 木曜〜土曜:13時〜18時、日曜:13時〜17時 HP・ショップ https://backwood.jp/ 記事の内容は取材時の情報に基づいています。取扱商品、メニュー等は変更になることがあります。取材2022年
ch
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06/19(月) チャンスは逃さない! 進化しつづける人 〜『グルテンフリー米粉のお菓子と雑貨のお店 ま〜の』代表 沖本洋子さん
今回はもしかしたら知らない方はいないくらいの有名人。 『ま〜の』代表 沖本洋子さんにお話を伺いました。 まずは『ま〜の』の歴史から …とその前に、『ま〜の』の由来から〜 ま〜の はイタリア語・スペイン語で「指」という意味。 そこから解釈して、「指先からひろがる世界のイメージ」で名付けました。 なんと、弟さんが洋子さんへのプレゼントとして、プロの方にお願いして誕生したお名前でした。 〜2009年12月創業時 “いつきても誰がきても楽しめる街の小さな雑貨屋“『ま〜の』〜 2009年12月創業時は雑貨屋さんでした。 雑貨は今も少し取り扱いされていますが、当時は受託販売も行っていました。 ですので、今よりずっと商品が多い店を切り盛りされていたのです。 とっても賑やかな店内。 多くの作家さんの作品を受託販売されていました。 店内をキラキラに飾るサンキャッチャーは洋子さんご自身の作品です。 こちらのサンキャッチャーのほか、ご自身も各種アクセサリーなどを制作する作家『ゆりりん』として活動され、近隣の各種イベントなどにも出没するタフぶりを発揮されていました。 『ゆりりん』作品の制作時間も確保しながら店舗の切り盛り。 そして二人の子育て。 その忙しさといったら、側で見ていても目を見張るほどでした。 常にアンテナがフル受信状態の『ゆりりん』さんは、誰よりも早くスイーツデコに取り組んでいました。 筆者が出会ったのはちょうどその頃のこと。 この人、夜も寝ていないのではないだろうか?と良く心配をしていました。 洋子さんの、あのパワフルさの原動力の全ては、どうやらお子様たちにあったようです。 どんなに忙しくても、親ってそういう姿を我が子に見せたいのですよね。 わかる。 わかる…。 筆者も遠い目…。 そして洋子さんには「必ず到達する!」と、確信に満ちた将来への展望がありました。 それは。 最も得意分野の『食』をテーマにした店にしたい! ということ。 どれだけ得意種目があるのだろう!!?と驚きますが、実はママになる前は調理師として活躍されていたのでした。 「本当は初めから『食』に取り組みたいという気持ちがありました。でも子育ても手を抜かずにしたかったので、スタート時はこのスタイルを選んだのです。」 そう話す洋子さんでしたが、スタート時のスタイルでも十分大変だったことは容易に想像できます。 「私、とことんやりたがり屋なんです 笑」 はい。 確かにそのとおりです!! 「とにかくなんでも手づくりは大好きです。子どもの頃からビーズやフェルト手芸は良くしていました。大人になって調理師として働いていた店で今のベースとなるような勉強をさせていただきました。そこは無添加の食材を使い、全て手作りで提供するレストランでした。また一方で、拘った本物の食材を使ったお菓子作りを8年間習っていました。また、室蘭の雑貨屋で5年間働いていました。思えば、子どもの頃からの『手づくり好き』がどんどん形を変えていき、今の形へのベースを作っているように感じます。」 〜2018年4月 “グルテンフリー米粉のお菓子と雑貨のお店 『ま〜の』”〜 店舗のスタイルを一新しました。 それが今の形態、グルテンフリー米粉のお菓子と雑貨の店へのリニューアルです。 そしてここにも物語が隠れていました。 「2016年、突如、いままで見たことないような水泡状の湿疹が腕に現れました。皮膚科に通い、薬を処方されましたが原因も分からず…。子育ても続いていたので、自分でなんとか治さないと!と、ファスティングも試してみました。同時に原因を突き止めようと、めちゃくちゃ調べました。『とことんやる』はこんな時も発揮しますから笑 その途中で、これだ!と行き着いたのがグルテンアレルギーという症状でした。さっそく小麦を抜く生活を始めてみました。すると、みるみる効果が現れ始めたんです。あんなに悩まされた症状がなんと3週間で治ってしまいました。 思えば当時、趣味でパン作りブームが起きていた頃でした。だから小麦断ちにはとても苦労しました。小麦が入っているものは調味料から全て台所から排除しました。でも当時この辺りにはそういう食品は売っていませんでしたので探すのにも時間がかかりました。」 原因を自分で突き止め、その原因を排除することで体内環境を変え、体質改善してしまう。 ここには短大の時に取得した栄養士としての化学的知見が生きていたのでしょう。 こうしてグルテンアレルギーを克服した洋子さん。 「きっと同じ症状で苦しんでいる人は多いはず。グルテンアレルギーのお客様が安心して楽しめる。アレルギーではないけれど、ここのお菓子は安心て食べられるし美味しい。そんなふうに思ってもらえるような店を作りたいと思いましたし、いよいよ『食をテーマにした店』にリニューアルする時だ!と思いました。」 そう思った時がチャンス。 チャンスは逃さない洋子さんです。 ちょうどお子様たちも手を離れ。 自分の体でもすでに治験済み ^^; 雑貨も思い切り減らし、受託販売もやめました。 「コンタミネーションで、材料にも拘りました。製品はもちろん小麦粉を使わず、全て米粉を使っています。また、砂糖はきび糖、乳・卵・ナッツ不使用製品もあります。ありがたいことに、今では道内各地、遠方からも買いに来てくださる方もいらっしゃいます。『自分の子どもに食べさせたいもの』、でも『あれだめこれだめ』と言ったり、極端に偏ったりすると長続きしないことも、グルテンアレルギーを持つ栄養士・調理師の立場からも提案したいです。近隣の方から遠方の方まで、訪れてくださるお客様のおかげで求められている実感を得て、今年秋頃を目標にネット販売も始めることにしました。」 品数も多いです。 やはり常に前進! 実体験がものがたり、専門家としてのスキルもあるので説得力あります。 さすが、とことんやる派☆ こうして『ま〜の』さんは創業14年目にして “グルテンフリー米粉のお菓子と雑貨のお店 『ま〜の』” としてリニューアルされました。 さて、これで満足しないのが洋子さん。 「実はね、これもやろうと思うんです^^」 嬉しそうに見せてくれたそれは、いかにも洋子さんらしいものでした。 「でもね。これはまだ書かないでね。」 どうやらしばらくは趣味として大事に育てたい様です。 ずっと走り続けてきた洋子さん。 子育ても一段落し、ようやくご自分の時間が持てるようになったということでしょうか。 とことんやりたがり屋の洋子さんが、その趣味をどこまで持っていくのか、こっそり注目したいと思います。 ―ま〜の情報― 室蘭市中島町 電話:0143-50-6433 Instagram
Rietty
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06/06(日) 有珠善光寺 2台の門前市 仲良く営業中♪~伊達みやげ研究所&morning owl Japan~
2006年 土日のみの営業で善光寺さんの門前市は始まりました。 「善光寺さんはもちろんのこと、伊達市の皆様のお力添えがあったからこそ門前市を始められました。」 当時を振り返り、そう語り始めたのは “伊達みやげ研究所”代表の赤塚文俊さんです。 その頃は仲間達と一緒に、木製の屋台を店舗にして門前市を開催されていたそうです。 けれども、店主たちの高齢化とともに屋台の老朽化も進み、一人抜け二人抜け、3年前からとうとう赤塚さんお一人になってしまいました。 ↑仲間とともに開催していた頃の様子です。 門前市を始めた頃の赤塚さんたちは、「伊達の文化財を活用して町の経済活性化を計りたい!」という強い想いのもと、週末の境内を賑わしていました。 お一人になった今でも、「観光振興の一助を担いたい!」という気持ちから、訪れた観光客にお勧め周辺スポットや善光寺・善光寺自然公園の見所などを語り、伊達の魅力の情報発信をしていると話していらっしゃいました。 「伊達は本当に素晴らしい資源がたくさんあるのです。」 このお話には筆者も激しく同意。 途中、取材だということを忘れてしまい語り合ってしまいました ^^; 対面販売の良さを大切にする赤塚さんの姿勢は、当然お客様にも伝わります。 「あ。おじさん居るかなあって思って来たのよ!」 取材中、登別からいらしたご夫婦が「鰐口もなか」を2箱買っていかれました。 「リピーターの方もいらっしゃり嬉しいです。」 心から頷いてしまう…。 ↑「鰐口もなか」は、地元有珠の老舗製菓店「日当製菓」さんが作っていらっしゃいます。 最中はもちろんですが、私は善光寺さんのお茶も強くおすすめします。 熱くしても冷やしても本当に美味しいのです。 お話をする中で何度も何度も赤塚さんの口から出たのは、「善光寺さんには本当に感謝しています。」という言葉でした。 そんな赤塚さんに、今後に向けての想いをお尋ねしました。 「自然・歴史・文化など、地域資源の保全も意識しながら伊達市の活性化をしたい!という想いを持つ、門前市の仲間を増やしたいです。」 控えめだけれど熱い心が伝わる言葉でした。 そして、その想いを繋ごうとしている若い門前市仲間が現れました。 “ morning owl Japan “さんです。 Japanとある通り、実はカナダのオタワに本店があります。 オーナーの西村ななさんは、札幌出身喜茂別在住。 オーストラリア・カナダ・ニュージーランド・アイルランドと、海外にトータル7年間住んでいらっしゃいました。 3年前に移動販売車でのカフェを始め、冬はニセコのヒラフ坂に常駐していらっしゃるのだそうです。 morning owl Japanを始めた時の想いを語ってくださいました。 それは、やはり豊富な海外経験から。 「向こうでは、キッチンカーが当たり前にあるのです。その文化を北海道にも根付かせたかったのです。」 そんな強い想いから、なんの躊躇いもなく一気にこの世界に飛び込んだのだそうです。 出店を断られることも多く、場所探しには苦労なさっているようですが、めげている様子は見せません。 「珈琲には特に力を入れています。こちらのエスプレッソマシーンは実は車より高いのですよ。」 ↑こちらのエスプレッソマシーンを載せているキッチンカーは他にはないとか。 珈琲豆は、札幌平岸のAce Coffee Roaster さんの浅煎り豆で、morning owl Japanオリジナルブレンドを作ってもらっているそうです。浅煎りなので豆の味がよくわかり、すっきりと美味しいです。 ↑ドリンクメニューがとっても豊富です。 要所要所に強いこだわりがあってほんと素敵♡ 常に筆者を真っ直ぐに見つめながらにこやかに話してくださる西村ななさん。 その目には、未来がはっきりと映っていると感じました。 「この店を通して、” 私もやってみたい “という方が意外と多いことを知りました。まだまだ認知度が低いキッチンカーですが、コロナ禍でも密にならないという利点もあります。共に北海道にキッチンカー文化を定着させられたら嬉しいです。」 ななさんは、最後にそう語ってくださいました。 ―善光寺門前市情報― 場所 有珠善光寺境内(伊達市有珠町124) 「伊達みやげ研究所」 冬季以外はほぼ毎日営業 代表 赤塚文俊 電話 090-9751-9065「morning owl Japan」 ひと月に週末のみ4回位営業 冬季は@ニセコ 代表 西村なな 詳細はQRコードを読み取りInstagramをご参照ください。 ※ 記事の内容は取材時の情報に基づいています。営業日等、変更になる場合があります(取材2021年)
Rietty
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