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小さな話(30)
【江戸のカリスマ商人(1)】・・・(前田正甫) マンションの友人から「江戸のカリスマ商人」という本を借りて読んだ。 「蔦屋重三郎」から三越の始祖の「三井高利」まで12人が登場するが、富山藩二代目藩主の「前田正甫」が面白かった。 彼は日本中に置き薬を広めた男で、私は結婚後もお世話になった覚えがあったからだ。 薬箱を無料で家庭に置いて行き、1年に1回、訪問して使った薬の料金を回収して、不足の薬を足していった。 私の定かでない記憶を辿ると、家に行商に来ていた人達は次のような業種だった。 「富山の薬売り」、「千葉から野菜の担ぎ屋」、「山梨からブドウ」、「近く農家から卵」を売りに来ていた。 このブログを読んだ若者がいたら、「本当かよ?」と言われそうだ。 【江戸のカリスマ商人(2)】・・・(豊島屋十右衛門) この本の中に思い掛けない人物が出ていた。それは豊島屋十右衛門で、私の中高時代の同級生の先祖だった。20年以上も前だが多摩湖近くにある、彼が社長の豊島酒造の工場見学をさせてもらったこともある。 豊島屋十右衛門は日本で最初に「居酒屋」を始めた男で、彼のアイディアで大儲けをしたようだ。当時は関西から送られて来る酒は「下りもの」といい、とても値段が高かったがそれを原価で販売した。しかしこれにはカラクリがあり、酒の入っていた空樽は酒の仕入れ価格の10%で味噌屋や醤油屋に売れたのである。 また女性が大ぴらに酒を飲めない時代に、「白酒」を桃の節句に飲む習慣を作ったのである。当時は「山なれば富士 白酒ならば豊島屋」と、詠われたほどの大店だった。 【区議会傍聴】 都議会選挙が終り、話題にこと欠いて中央区議会の一般質問の傍聴に行って来た。 かなり前に伊達市のXさんから、中央区の議員選挙に立候補するTさんの応援を頼まれたことがある。幸いにTさんは当選したので、Xさんの様子を議場で見ようと思い立ったのである。 傍聴席は70人分くらいあるが、この日の傍聴者はたった3人だけだった。 午後2時に始まった議会は共産党の女性議員が資料を見ながら、約20分くらい質問した。質問に対する回答者も資料を読み上げる。全然、面白くない。 写真撮影・飲食・帽子・襟巻・外套・ハチマキ・タスキは禁止だった。 【べらぼう展】 中央区の新しい図書館である「本の森ちゅうおう」で、「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の世界観に触れることが出来る展示会が開催された。蔦重は中央区に縁があったので、区役所は色々な企画を出して来る。 展示は「番組紹介パネル」、「キャストビジュアルロールバナー展示」などであるが、私が興味を持ったのは「べらぼうの世界を背景に撮影できるフォトコーナー」だった。 開催場所は1階の「多目的ホール」だったが、誰も見に来ていない。 NHKとの協賛らしく、「支えているのは受信料制度です」などと宣伝臭が強く感じられた。 大きな画面が設置されていたが、そこで放映されいるのはNHKの番組の宣伝だった。 肝心の「フォトコーナー」だったが、一番奥に飾られた大きなパネルの前で自撮りするだけだった。 【ハマナスの実】 中央区には4ヵ所の図書館がある。 いままで私は月島図書館に行っていたが、古くて汚いので新しく出来た晴海図書館に行くようになった。家から都道2号線の脇の歩道を歩いて行くと、晴海フラッグの少し手前に「ハマナス」の植えてある場所がある。 森繁久彌が歌って大ヒットした「知床旅情」の歌詞に出て来て、初めてハマナスという花を知った。私がハマナスを初めて見たのはもう20年ほど前のことだが、北海道の噴火湾のアルトリ岬の海岸だった。 「ハマナス」は寒い地方に育つと思っていたのに、この異常気象の暑さの中の東京でも咲くとはどうしたことか? しかも実がなっている。 知らなかったが「ハマナス」は漢字で「浜茄子」とはびっくりだ。 (おまけの話)【花王ミュージアム】 「どこか行くところがないかなー?」とネットで検索していたが、工場見学というものに出会った。以前に鉛筆工場を見学して面白かったことがあるので、あまり遠くない工場を探した。 すると「花王ミュージアム」というサイトがあり、工場見学ではないが見に行くことにした。サイトを見ると1回の募集人数が15人と少ないので、なかなか空きがない。 7月7日(月)の午前10時に4人分の空きが見付かったので、すぐに申し込んだ。 場所は亀戸近くで、自宅前から都バス「亀戸行き」の8時53分に乗り、東京スカイツリーの少し先の「福神橋」で降りた。 「花王」という名は誰でも知っていると思うが、その名前の由来が面白い。 花王のサイトには『花王株式会社の前身は、1887年に長瀬富朗が創業した洋小間物商・長瀬商店です。1890年に花王石鹸を製造・販売しました。顔も洗える高品質の国産石鹸誕生の想いを込め、当時、化粧石鹸が「顔洗い」と呼ばれていたことから「カオ(顔)石鹸」と名付け、「花王」という文字を当てました』と書いてある。 時間になり2組に分かれて案内が始まったが、私の組には車椅子のおばあさんが2人もいた。だからノロノロとなかなか進まないし、ガイドの女性と昔話ばかりしている。 それも分かる。なにせ聞こえて来たのは『私は90歳だから、花王の製品はみんな知っているよ!』だった。 ミュージアムはパネル表示と歴代製品展示が多く、最近の動画による展示方法を採用していない。時代別に展示してある製品は、私の人生で使っていたものばかりだ。 今も多く使っているので、私はガイドに『私はずいぶんと花王にお金を払っている』と言ってみたら、恐縮して『ありがとう御座います』と返して来た。 1時間弱の見学を終ったら、帰りにお土産に「ビオレ 泡ハンドソープ」をプレゼントされた。残念なのは、このミュージアムは7月いっぱいで閉鎖になるそうだ。 高齢者には懐かしく、面白いミュージアムなんだが・・・。
心の伊達市民 第一号
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