心の伊達市民 第一号

ブログ閉鎖中の話題(2017年8月2日)

有楽町に用事があって出掛けて時に、ランチに何を食べようか迷った。
その日は涼しかったのでモリソバを食べる気にならず、急に思い出して気になっていた店に向かった。その店は数寄屋橋にあるビアレストラン「ニュートーキョー」である。


ニュートーキョーの2階のかなり広いレストラン。


「建物が古くなり、新しく建て直す」という話を友人から聞いていたので、2年前の3月に建物を取り壊し更地になった風景は明るい未来を予見していた。
その後、工事が始まったが、なかなか工事が進まない。
完成したら一番乗りをしたいと思って、前を通る度に工事の進捗状況を見ていたのである。


この店のランチで一番高い「サーロインステーキ・ランチ」(1580円) 懐かしい店なので、無理した。


その後、その土地の奥にビルが建ち、そこにニュートーキョーの仮設店舗が出来た。この場所はニュートーキョーの本社があった場所で、とりあえずここで営業をするのだなと思っていた。そして私はその店に入り、メニューを見て2階のレストランに向かった。

(ここから下の写真は真夏の日比谷公園です)


東京は水不足で、日比谷公園の名物の噴水も止まっている。


ニュートーキョーの創業は1937年であるから、私が生まれる前である。
「おまけの話」でも述べるが、この店には私の青春の思い出が詰まっている。
私達がNY世界博覧会の日本館で働く前に、レストラン経験の無い者たちの為に日本で研修があった。
ホテル・オークラ、ホテル・ニューオータになどの他に、ニュートーキョーもあった。


木立の中の松本楼。ランチを食べたが、日陰のテラス席でも汗びっしょり。


私はニュートーキョーに派遣されて、2ヶ月くらいこの店で働いた。
その時の社長はMさんで、40歳代くらいだったと思う。
この店は大繁盛店で、生ビールが飛ぶように売れて、私は片手に中ジョッキを5杯、両手で10杯のビールを運んだ。私は本職以上に良く働いたと思う。


公園の奥にある鶴の噴水池。


さてランチの話に戻るが、店に入ったらお客は私の他に1人しかいない。
そこでウェイターに声を掛けて「新しいビルはいつ完成するのですか?」と聞いたら驚くことに、「分かりません」と言う。
そうこうしている内に店長が出て来たので、私が53年前に研修でこの店で働いたこと、M社長の思い出などを話した。


水不足だが、鶴の噴水は水を出していた。


そして分かったことがあった。
M社長はバブル期に強気に出て、ビアホールの全国展開を行った。
ところがバブルが崩壊してしまい、莫大な負債を処理し切れず本社ビルまで売却して、現在はこの店は仮設店舗ではなくテナントとして本社も入居しているとのことだった。
「栄枯盛衰は世の習い」とはいうものの、私の青春時代の思い出が壊されてしまったようで、寂しい気持ちで家に帰ったのである。


鶴の噴水の奥の出口から出ると、弁護士会館、地方裁判所へと行く。



(おまけの話)
私は若い頃に2度だが、ラブレターをもらったことがある。
1回目は高校1年の時だと思うが、近所の農家の娘からで、手紙には「朝の7時に踏切のそばで会いたい」とあった。

でも私には思い当たることが無かったので、友人に付き添いを頼んだ。
そしてそこで出会った彼女はあまり私の好みでなかったので、そのままになってしまった。


鶴の噴水


2回目は今回の話に出て来るニュートーキョー数寄屋橋店である。
当時の東京のレストラン、工場、商店などは東北地方から出て来た中卒の男女が多く働いていて、彼ら・彼女らは「金の卵」と言われていた時代である。
私はNYに行くための研修でニュートーキョーで働いていただけのことで、レストラン業界で働く意思など無かった。


鶴の噴水

ニュート―キョ―のウェイトレスは、みんな地方から出て来た中卒の女性達だった。ところがそこに思いがけず、突然のように大卒の若い男性が入って来たのである。
しばらくして慣れて来ると私に近付く女の子が増え、その内に3人からラブレターを渡された。

思い掛けないことに驚くと同時に、私は全く彼女達に興味も持っていなかったので、返信さえもしなかった。今にして思えば、気の毒なことをしたと反省している。
「私はこれからアメリカに行くので、付き合えない。ごめんなさい」と言うべきだった。


木陰で写生をする高齢者

日陰で写生をするジジババ。


コメント

  1. Shinji
    Shinji
    返信

    青春の甘くも苦くせつない思い出。地方と都会、学歴の違い、戦後の経済成長期の世相など、この短いエピソードの中にもさまざまな要素が絡み合っています。

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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