徒然ならざる伊達日記

何より生きている感じがした。

伊達に来て、初めて収入を得た仕事は、土木作業だった。
今のミュージアムがあるあたりは中学校があって、その建物がほぼほぼなくなった後、地面に残ったコンクリートの残骸のような出っぱりを、電動のコンクリートハンマーで崩していく仕事だった。
コンクリートハンマーなんて遠くから見たことはあったが、触ったことはなかったので、慣れるまでかなり手こずった。
本来は機械が振動するはずが、操作している自分が上下に振動するのだから、見ている人がいれば、笑いが止まらなかったのではと思う。
実際、その現場で働く人たちは「何やってんだあ」と言わんばかりの顔でこちらを見ていた。
大体チノパンツに白いポロシャツで作業しているのだから、それだけでも現場では浮いていた。
それでも何とか操作してその日の日当を頂いた。
その土木清掃会社では何度か使ってもらった。全くの素人を根気よく使ってくれて感謝している。

そのほかに、中古の農業機械を扱う会社でも仕事をさせて頂いた。
寿都の方までトラックに乗せられて、中古の穀物乾燥機を解体して運ぶ仕事だった。
ビルの2階くらいある古い大きな乾燥機だった。言われるままに真っ黒になってお手伝いをした。
足手まといだったのではないかと思われたが、お昼をごちそうしてもらい、日当も弾んでもらった。

長いこと国会議員の秘書なんかして、身体を使う現場仕事は初めてだったので、とても良い経験だった。何より生きている感じがした。

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この町に思うこと

こくぼ重孝

25年前、東京からこの北海道伊達市に移住した。都会であくせくして生きてきた自分にとって、この街は楽園のようだった。そんな楽園も暮らしていくといろんなことがあった。徒然なる街ではなく、変化があり退屈しない街に住んで感じたことを600字に絞って綴っていこうと思う。

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ジャンル
政治・ビジネス
アクセス総数
10,176回

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