
ホテルマンの幸せ
ゴッツい集団が報告に来てくれました♪
おはようございます♪
先月の26日は昭和新山国際雪合戦が開催されました♪
世界各国から選手達が集まりこの日も各地区を勝ち上がってきた精鋭達1500人が集いました♪
この日はホテルローヤルの創立40周年記念イベントが開催されたために私は雪合戦には参加出来ませんでした…。
残念!
この日のイベントは想像を超える程多くのお客様がお越し下さいました!
881名さまです!
そんな駐車場もビッシリになる程にホテル館内が混雑している時に、いかにも怪しげなゴッツい集団の姿が見えました…!
そうです♪
我がキテレツ大百科♪のメンバー達です!

怪しさ満開でした…。
この写真はこの日取材に来ていたみほっほうさんがビデオで撮影してくれていたものをいただきました♪
で、この中でのリーダー格の関尾くんから色々と報告がありました♪
関尾くんは先日のこのブログでも書きましたが滝川市内の繁華街での『腕相撲』勝負では負け知らずの強者です。
ベンチプレス160kgの怪力ですからね♪
関尾くんからのモロモロの報告があった後に今度はポールが
『磯辺さんっ!小林さん8年ぶりに雪合戦に出たので試合が始まってからすぐに当たってばっかりいました…!』と報告してきました…。
ポールはホテルの後輩でコバ(小林くん)は高校野球時代の後輩です。
なのでポールは当時の野球部の鉄の上下関係を知らないのです…♪
……?!!
『コバ!マジで?』と私。

この私の「ポキポキっ』って指をならす仕草はマズいですね…。
今はホテルマンですし…。
ついつい無意識で(しかも学生時代の後輩達の前だったので…)出てしまっているのでしょうね…。
そしてコバ(後輩の小林くん)は『……っ!ポールっ!お前余計なこと言うな~~~!』って真顔で訴えてましたね♪
みんな大笑い♪
※注!ここからはご愛嬌ですからね……♪
私、『コバっ♪そうなの?!』と問い

コバ、『あっ!いえ……まぁ……はい…。』と答えると!
間もなく!!!
ひゃ~~~~~~!!!

この間に何があったのかはヒ・ミ・ツ……です♪
私の固く、そして強く握りしめられた拳は何のためだったのでしょう…?
ハテ…?
みんな大笑いでしたね~~~♪
コバだけは『さっせ~~~ん…!』とかすかな声で言ってました♪
(さっせ~~~~ん=すいませ~~~ん!の意)
こんな関係でかれこれもう21年も経過しましたね♪
僕も先輩の前では直立不動になってしまいます!
軍隊みたいに…です♪
あの頃の体育会系の方ならよくご存知かと思いますケドね。
みんな!
来年はもっと勝ち上がろうぜ!!!
コバ!関尾!新右衛門!ホリエ!
お疲れさま!
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04/12(火) The 洋菓子界のサムライ 川村拓也 “ Sweets Nature “のオーナーシェフに出会った。
今回は、2021年10月に新規オープンした洋菓子店“ Sweets Nature “のオーナーシェフ川村拓也さんを訪ねました。 「お菓子作りに絶対に妥協はしません!」 可愛らしい洋菓子がずらりと並ぶショーケース。 ため息が出るほど繊細で可愛らしく美しいデザインに、誰もが一目で幸せに浸れるほどのインパクトがあります。 そして、綺麗に並べられたケーキの前に立つオーナーシェフ川村拓也さんは力強く言いました。 「お菓子作りに絶対に妥協はしません!」 拓也さんは神奈川県川崎市ご出身の33歳。 1歳の娘さんを持つパパでもあります。 建具職人の家に生まれ育ったことは、しっかりと少年の心と頭に刷り込まれていたようです。 中学生の頃になると、「将来もの作りをする人になる!」と決めていたといいます。 そして、当時放送されていた「アンティーク」というパティシエのテレビドラマが、拓也さんの将来の職業を決定づけました。 「自分は絶対にパティシエになる!」 そう決めてからは、脇目もふらずその道に一直線でした。 拓也さんのパティシエ修行の始まりです。 高校卒業後は「国際フード製菓・製パン専門学校」へ進学。 1年目は和菓子とパンも学びました。 卒業後は、東京の有名洋菓子店「ラテール」に就職し5年間勤めました。 ラテール退職後は、恩師の紹介でウィンザーホテル洞爺に出店していた「ミシェルブラン」にて8年間パティシエ修行。 その後退職され、起業準備を始められました。 「何故、起業の地に伊達を選ばれたのですか?」 「実は伊達は妻の出身地でもあります。ここは気候も温暖ですし、周辺地域ではフルーツ各種の生産農家さんも多くいらっしゃるからです。」 なるほど。 フルーツは洋菓子には欠かせない素材です。 「フルーツ以外の素材選びはいかがですか? 何か拘りはありますか?」 「メイン素材としての小麦については、北海道産があまり洋菓子には向かないので使っていないのですが、乳製品・卵・砂糖・塩は北海道産です。なかでも砂糖は北海道糖業(伊達市)のものですし塩はカムイミンタルの塩(洞爺湖町)です。できるだけ近隣の、もしくは北海道のものを使うと言うのが素材へのこだわりです。」 材料の出処がわかるということは、消費者としてとても安心します。 「ところで、中学生の時にパティシエになると決められてから、一直線にこの道を歩んで来られたわけですよね? 特に影響を受けた方はいらっしゃいますか? またそれはその方のどういうところですか?」 「二人います。一人は横浜の洋菓子店 “ グリューネベルグ “の浜田さん。もう一人はミシェルブラスさんです。どちらの方もケーキ一筋で引き出しが非常に豊富でしたし、私の知らない世界を見せてくださいました。そんなお二人のフランス菓子に取り組む姿勢全てに影響を受けていると思います。」 拓也さんとお話をしていると良くわかるのですが、とにかく洋菓子への想いがものすごく深いのです。 ストイックにとことん追求しようとされている姿勢が、尊敬するお二人に学んだというお話からも感じ取れました。 もの作りの魅力は、形のないゼロから作り出して自己表現することにあり、洋菓子作りは自分にとっての最大の表現方法だとも話してくださいました。 「お菓子のイメージ作りに参考にするものは何かありますか?」 「料理やジュースなどを見て、使われている素材そのものや組み合わせなどを参考にしたりしています。デザイン的にはフランス人のパティシエのインスタなどを参考にすることもあります。 レシピは仕事の最中に突然沸いてきます。」 常に勉強熱心な拓也さんです。 現在、1週間に3~4日の休業日を設定していますが、店の休業日は全て仕込みに使われているそうです。 開業以来全く休んでいらっしゃらないとのこと。 ただし、ショーケースに並ぶ生菓子は全て当日の朝作られたものです。 当日以外に作られるのは焼き菓子のみとなっています。 このことは、“ Sweets Nature “のコンセプトにも通じていました。 それは〜 『フレッシュなものをフレッシュなうちに召し上がっていただくこと』 絶対的に新鮮であることにこだわっていらっしゃいます。 そのために命を賭けていると言っていいほどだとおっしゃいます。 「だから、生ケーキはその日に売り切ります!」と断言されていました。 生ケーキは、夕方行くとショーケースがガラガラのこともあります。 新鮮さを追い求めると同時に、食品に携わる者の責任としてフードロスを出さないこともポリシーとされているため追加製造はしていないそうです。 店舗デザインについては、シンプルであることにこだわりました。 シンプルであれば季節感の演出もしやすくなります。 ロゴもまたシンプル。 自然派をイメージした清潔感あふれるものになっています。 そして、店舗デザインで最もこだわったところは作業場が見える大きな窓でした。 「双方に顔が見えると、お互いに安心しますよね。ここに窓をつけました。」 「でもちょっと大きすぎました。」と照れ笑いをした拓也さんへ、最後の質問をしてみました。 「ご自分を一言で言うとどんな人間だと思いますか?」 しばらく考えて答えてくれた言葉に、筆者は大きく頷いて「その通りですね!」と間髪入れず言ってしまいました。 「難しいなあ…。ひとことで自分を表現すると…、“ まっすぐ “ かな…?」 職人気質で一直線な“ Sweets Nature “のオーナーシェフ川村拓也さん。 まさに洋菓子界のサムライのような人でした。 Sweets Nature情報 オーナーシェフ 川村 拓也 住所 〒052-0027 伊達市大町3-2 電話 0142-88-6093 営業日・休業日はInstagramをご参照ください。 https://instagram.com/sweets_nature_kawamura?igshid=YmMyMTA2M2Y= ケーキの種類 :ショーケースには定番・季節ごと合わせて常時12種ほどのケーキがあります。マカロンは5種類。パンはクロワッサンとパンオショコラの2種類があります。また、焼き菓子はクッキーからバターケーキなど多数。季節のイベントに合わせて特別な商品も並びます。
Rietty
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11/17(水) 引き継ぎ手募集!アイスプラント栽培、大滝の白戸さん
大滝区で「アイスプラント」という珍しい野菜を栽培する白戸和夫さんが引き継ぎ手を探しています。 南アフリカ原産のアイスプラントは多肉植物の一種で、サクッとした歯応えとプチプチした食感、塩気のある味が特徴のオシャレな野菜。中性脂肪の抑制や血糖値を下げる効果のある成分が含まれており、近年注目を集めています。 白戸さんがアイスプラント栽培を始めたのは13年前。当時は市場でも希少で、栽培方法も確立されていなかったそう。たくさんの研究と試行錯誤を重ね、独自のノウハウを開発しながら育ててきたのだとか。現在およそ3千株のアイスプラントが元気いっぱい育っています。出荷先は札幌方面のスーパーでサラダなど生食用として好評だということです。 詳しくは特集記事をご覧ください! https://mushanavi.com/specials/4448/ 育苗ハウスの中。なんだかかわいい! アイスプラントの苗。種から栽培しています。 ビニールトンネルが並ぶ白戸さんのアイスプラント畑 アイスプラントの収穫時期は6月〜11月。ポットで育てるため耕作機など、大型の農機具は不要。ハウスがあれば栽培でき比較的手軽に始めることができます。 栽培のポイントは土!貝殻や海砂などを混ぜ込んだ白戸さんオリジナルの用土がなんといってもよく育つ秘訣だそうです。農薬は使いませんが、独特の塩味を出すために夏と秋に数回、塩水を撒きます。 今シーズンもそろそろ終わりという時期ですが、ビニールシートの中では、はちきれんばかりに元気なアイスプラントがたくさん茂っていました。 うまく育つようになるまでに、多くの失敗と苦労があったそうです。このみずみずしさは長年の研究の賜物!葉を少しちぎって食べてみると、シャキシャキした歯応えとまろやかな塩味がとってもおいしかったです。 研究熱心でお元気な白戸さんですが、年々、体力的に大変になってきたため、苗や用土を譲り受けて代わりに育ててくれる方を探しています。伊達周辺の若手農家の方でアイスプラント栽培に興味のある方、白戸さんにご連絡ください(ハウスを一棟以上持っている方が望ましいそうです)。 匠の大地 白戸和夫 北海道伊達市大滝区優徳町 電話0142-68-6747 記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2021年11月)
むしゃなび編集部
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01/18(火) ブレない自然体な人 “ 須藤建設 株式会社/ SUDOホーム“ 4代目代表取締役社長 須藤正之氏に出会った
冒頭からなんですが…。 筆者、須藤正之氏に惚れました。 正之氏の未来への愛溢れる想いに触れ、とても清々しく温かい気持ちにさせていただいた取材でした。 正之さんの生い立ち 正之さんは1973年 北海道豊浦町で生まれました。 豊浦町は、須藤建設(株)の創業者 須藤幸次郎氏が1918年に会社を興したところです。 ↑宮大工だった幸次郎氏、豊浦神社の建築がきっかけで、山形県から豊浦町(当時は豊浦村)に移り住みました。当時は家具も手がけていたそうです。 生まれた家は、会社の資材センターの敷地内にありました。 「子供の頃の自分にとっては、“ そこにある “ 木端や釘などが格好の遊び道具でした。 友達や兄弟(弟二人)たちと秘密基地を作ってよく遊んだものです。今思えばかなり危険な場所だったのですが、資材センターという子供にとっては危険地帯で遊ぶことで、加減を知り、安全を学んだのだと思います。同時に、「そこにあるもので工夫して遊ぶ」ということを学びました。」 正之さんにとって、器としての家への想いとは? 「昔の家なのでとにかく寒かったです。 中学までは生まれた家で過ごし、高校からは札幌の寮に入りました。大学は東京へ。そして大学卒業後、札幌で勤めた時にアパートに住みました。この時、建材アレルギーで大変辛い思いをしました。 色々な土地の色々な家に住む中で、家は環境や気候や何より住む人に合ったものであるべきだと思うようになりました。 家に住むということを日々当たり前に暮らしていますが、引っ越しを繰り返す中で「住」の大切さを肌で感じるようになりました。 」 生まれた時の住環境に始まり、周りの大人たちの仕事ぶりを見ていたこと、色々な家に住んだこと、そんな経験から「住」に関わる仕事への擦り込みがされていったと思うとも話してくださいました。 須藤建設株式会社の住宅部門SUDOホームの企業コンセプト「土地が家を決め、人でいえが決まる。」 正之さんの経験談から発する「住」への想いは、まさに企業コンセプトにリンクするお話でした。 「北海道の地を見つめ、ここで暮らす人々を見つめて、この風土にふさわしい住まいを追求する」 この信念は、外観へのこだわりにも繋がります。 「家はそこにずっとありつづけるものです。 ですから、自然も含めた周辺環境に溶け込み、トータルで存在するものでなければならないと思っています。」 実は筆者の家の近くにもSUDOホーム作の家があります。 やはり、周りに馴染みながらもとても存在感があり、外観的にも素敵で住みたくなる佇まいです。 本当にお話の通り♡ 正之さんにとって自然とは? 「自然も含めた周辺環境」のお話が出たところで、こんな質問をさせていただきました。 「私は豊浦に生まれたわけですが、あそこは海があり川があり山がある自然豊かなところです。 札幌や東京にも住みましたが、自分の中では住むのも仕事も自然豊かな北海道だと思っていました。 アトピー体質ということもあり、自然に囲まれているとストレスがないですし、人間らしくいられます。 自然の中で遊ぶ経験が少ないと、人間力が退化してしまうのではないかという危惧を持っています。 そういう意味では今の子供たちが心配です。 人間にとってどんなに知識や技術が発達しても自然には勝てません。 産業革命以降、人間は自然を犠牲にして生きてきました。 もしかしたらすでに手遅れかもしれませんが、それを食い止めるために何かしないと心配で子どもも作れません。 環境を未来へバトンタッチするためにも、できることを何かしないと。地球を大切にしないと…。」 ご自分を “ 話し下手 “とおっしゃる正之さんは、丁寧に言葉を選びながら、自分に言い聞かせるように、そして心でお話しされているのが分かる語り口調でお話ししてくださいました。 筆者は、ここまでのところで文章には表現はしませんでしたが、何度も子どもたちへの想いを語る正之さん。 本当に未来の子どもたちのことが心配で仕方がないご様子でした。 須藤建設株式会社の住宅部門SUDOホームの取り組み〜子どもたちと自然に向けて 実は、初めて須藤社長にお会いしたのは、3年前のことでした。 「植樹会に集まったお子様向けに何か自然体験プログラムを行なってほしい」というご依頼をいただき実施した時のことです。 ↑2019年10月の植樹会・昼食のあとの自然体験プログラム風景 このようなスタイルで植樹会を行うようになったのは、「使わせていただいた分だけ、木を植えて地球に返していきたい。 子どもたちにこの森で自然に触れ合う時間を作りたい。」という正之さんの想いからでした。 「もちろん、木が大きくなるのには時間もかかります。 すぐに元に戻るわけではありません。 でもECOへの取り組みは ” 1人の100歩より、100人の1歩 “ を座右の銘に、取り組みたいと思っています。」 植える樹種も様々です。 トドマツ・アカエゾマツ・イタヤカエデ・ヤチダモ・エゾヤマザクラ・シラカバetc.という風に北海道に馴染んだものを専門家のアドバイスを受けて選んでいます。 これらをオーナーの皆様に植えていただき、ジンギスカンを囲んでいただき、自然体験をしていただくという内容です。 ここでの体験が、子どもたちに擦り込まれて自然に親しみを持ち、木に親しみを持ち、木で作られたものへの愛着、家への愛着が湧くようになるのだと思います。 さらに今後に向けてこんな構想もあるそうです。 「今後、少子化と人口減少は止まることなく続き、DXは進化していきます。でも、子どもたちにはAIにはできない” 物づくりの楽しさ “ を知ってほしいと思っています。 ですので、家づくりの技術を知る子ども向け体験会の実施計画を持っています。 そして将来、職業の選択肢に建築業を入れてほしいとも考えています。 話で聞いたり本で読むよりも、体験に勝るものはないです。 」 お話を伺いながら、正之さんの幼少期のエピソードを思い出していました。 この構想のベースはきっと、資材センターでの秘密基地つくりなのでしょう。 ↑「彩り豊かな風」とは子どもたちのことだそうです。 ↑須藤正之氏が青年会議所の理事長だった頃に書いたものです。 2012年ですから、まだSDGsが叫ばれる前ですね。 ところでご趣味はなんですか? ↑お気に入りのロードバイク 「三つあります。 一つ目はお気に入りのロードバイクで走ることです。5年くらい前に始め、コロナ禍では3つの密を気にする必要がないため洞爺湖一周などして走っています。自然の中、心地よい運動にもなっています。二つ目は3~4年前に始めた硬式テニスです。 伊達テニス協会主催の初心者教室から始めて続けています。 三つ目はバイオリン(あまりできてないから恥ずかしいのでフォントを小さくとのご要望で… ^^;)です。」 ↑洞爺湖一周の時の一コマ。 どれも友達から誘われたのがきっかけだそうです。 「どんなことでも取り敢えずやってみる!というのがモットーです。 それは全てのことにおいてそうです。 固定概念に囚われて、食わず嫌いをすると世界を狭めてしまいもったいないと思っています。 どんなことでも楽しめてどんなことでも無駄はないと思えるのは自分の良いところかもしれません。 それに何より人の輪が広がるのが嬉しく楽しいです。 」 ところが、一方でこんな風にご自分を評価されていました。 「もしかしたら自分がないのかもしれません。 自分が話すより聞く方が好きですし。 人と交わることで常に変化している自分を感じたりもします。 いわば細胞分裂を繰り返すアメーバみたいなものです。 それと、” 苦労は買ってでもしろ “という言葉がありますよね。 いつも自己変革を起こしていたいのだと思います。 でも同時に、人から頼られる存在でありたい、人の助けになりたいという欲求もあります。 」 こんなにも偉ぶらず、苦労話を一切せず、飾らず、自然体でご自身を語られる企業トップの方って、ほとんど出会ったことがない気がします。 すっかりファンになってしまった筆者です。 とことん謙虚でニュートラルな方です。 最後に、読者の方に向けて何か伝えたいことはありますか? 「困った時こそ手と手を取り合い力を出し合っていきたいですが、今は手と手を取り合えない状況ですね。でも、こんな時こそ人への思いやりを忘れずにいたいと思います。 一人一人が、人と人との関わりを大切にすれば、温かい世の中になると思っています。 他者を大切に思う心を忘れずにいようと思っています。 会社のことについては、山形から移住した初代から始まり100年以上存在してこられたのは、たくさんのお客様に受け入れていただいたお陰です。 この先も皆様に必要とされる会社であり続けるよう努力したいと思います。 」 北の地を愛し。 そこに暮らす人を愛し。 未来の子どもたちを愛し。 家つくりを愛する。 須藤建設株式会社/SUDOホーム 代表取締役社長 須藤正之氏は、ニュートラルだけれどブレのない、愛溢れる人でした。 今回の取材は須藤建設株式会社/SUDOホーム 代表取締役社長、そして個人としての須藤正之氏をクローズアップしました。 会社の詳しい情報はこちらを是非ご覧ください。 https://sudo-group.com 各種取り組みや、家作りへのこだわりなどが分かりやすく詳しく掲載されています。 ホームページをご覧になれば、皆様もきっと、家を建てたくなると思います。 ※記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2022年)
Rietty
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07/14(金) ☆洞爺湖からの極上ラグジュアリーを届けたい 〜LUX Hokkaido Advisor代表 佐藤 徹氏の人生第二ステージ物語
佐藤 徹氏は、40年以上のキャリアを重ねたラグジュアリーホテルでのお仕事をこの春辞され、「LUX Hokkaido Advisor」の起業という形で人生の第二ステージを歩み始めました。 まずは「LUX TOYA」のおはなし 皆様、前回の「ハーバルランチ」の記事の最後を覚えていらっしゃいますか? このようなテーブルセッティングが現れ。 「ウグイスデリ」のシェフが現れ。 「LUX TOYA」のワードが登場しました。 実は、ここ「ハーバルランチ」をメイン会場に「LUX TOYA」ブランドでケータリングを仕掛けた方こそが、「LUX Hokkaido Advisor」代表 佐藤 徹氏でした。 そして、RanchでLunchの仕掛け人も☆ では今回の主役 佐藤 徹氏の略歴を 「サラリーマンの時よりも楽しいですよ!」と話す佐藤氏は群馬県高崎市のご出身です。 「大学生時代からパーティーなどのイベント企画をするのが大好きで、企画してはチケット販売なども行い、いわゆる学生ベンチャー企業のハシリのようなことをしていました。バックギャモン大会なども行ったことがあります。私自身も強かったので、唯一東大生にも勝てる技でした笑」 あるバックギャモン大会に参加した際、なんと日本4位になったそう。 そして、この出来事が佐藤氏の人生を決定づけることになりました。 「この時、賞品として、東京ヒルトンホテルメインダイニングでのペアのお食事券が当たったのです。生まれて初めてホテルのメインダイニングでの食事を経験し、学生でもリラックスさせ楽しませてくれた一流ホテルのサービスと素晴らしさに、強い感動と衝撃を受けました。その瞬間、ホテルの営業職に就きたい!!と心が決まりました。」 就職活動の時期になり、超有名ホテルの試験を受けました。 「結果、帝国ホテルもホテルオークラも落ち、東京ヒルトンホテルに無事合格しました。 そして採用内定後にお誘いをいただき、在学中からインターンシップで通うことになりました。」 さて、憧れていたホテルの仕事でしたが、インターンシップで配属されたのは「宴会ハウス」と呼ばれる料飲部の裏方作業でした。 宴会場のテーブルをセッティングし、片付けるサービスには携わらないとても地味な仕事です。 「41年間ホテルの仕事を辞めたいと思ったことは一度もなかったのですが、この時だけは最初の3日目で『もういやだ‥。』と先輩に弱音を吐きました。思い描いていた華やかさは微塵も無かった。今思えばつくづく未熟だったな…と思いますが、その時、先輩に諭されたことで『まずは3ヶ月頑張ろう!』と思いとどまり、その後は無我夢中で働きました。そして、自分から『レストランのサービスをやりたい!』と申し出て配置転換をしてもらいました。外資系のホテルは自分から願い出ないとセクションはずっとそのまま変わらないのです。結局サービスの仕事は3年、その後26歳の時、念願の営業職に異動することができました。最年少採用でした。」 冒頭の画像でもご紹介した通り、佐藤氏はトライアスロンレース愛好歴30年の方。 あの過酷さに耐えられるのですから、並大抵な精神力ではありません。 人並み外れた努力家であり、ど根性の持ち主ですので多くの業績をあげた事と想像します。 実は、現在も開催されている洞爺湖を舞台にしたトライアスロン大会を最初に誘致した立役者も佐藤氏でした。 「営業職でしたが、正直、喋るのはあまり得意ではありません。ただ、アイディアは誰よりも豊富に持っていると自負していましたし、『やるからにはトップセールスマンになりたい!』という想いだけは人一倍強かったので、営業成績はいつもトップでした。要は負けず嫌いなんですよね。」 ヒルトンホテルで15年間勤めた後は、常にヘッドハンティングを受けながら、パークハイアット東京やウィンザーホテルなどのラグジュアリーホテルで経験と実績を積み上げてきました。 「順風満帆にお見受けしますが、失敗談の一つ二つはありますか?」 「あります!あります!本が書けるくらいありますよ〜!笑」 「え!? ^^; では、本一冊分はお聴きできないので一つか二つお願いします笑」 「一番忘れられないのは、というか、お客様に物凄く怒られたことがあるんですが…。某有名企業の社長が亡くなったという情報を得た時、すぐに次期社長の就任パーティーの企画書を作り、お葬式の日にプレゼンしに行ったんです。他所に取られたくないから一刻も早くと思って。もちろん物凄く怒られました。今思えば当然なんですが笑 その時はもう夢中でした。でも、なぜか私の上司は怒りませんでした。 それから…、もう時効だからいいかな…。東京都庁で当時の知事主催で『都民栄誉賞』の式典があったときのことです。20,000円20人分の弁当のご注文をいただいたのですが、スロープで台車を使って運ぶ際に全部落としてしまったんです(部下)。昼食の時刻も迫っている。料理長は当然カンカンに怒る。でもなんとかしなければいけない。有名デパートにも頼みましたが、20,000円の弁当を今直ぐ作ることはできないと断られる。もう一度料理長に頭を下げて頼みに行きました。当然材料が少なかったので、10,000円の弁当をなんとか作ってもらって急場を凌ぎました。お客様には行程を入れ替えるなどしていただき、自分は場を繋ぐためにひたすらお飲み物をお注ぎしていました。冷や汗エピソードです。」 「それはどちらを伺っても顔が青くなるエピソードですね…。」 「私が営業の仕事をする中でポリシーにしていることがあります。それは決して諂わないこと。絶対に満足していただける仕事をすることで、お客様とは対等でありたいと思っています。ホテルの仕事をしていると、本当に数え切れないほどのクレームを受けます。時には理不尽とも思える件も。ですが、どんな揉め事でも全て穏便に治めてきました。もちろん胃が痛くなることもありましたが、クレーム対応は得意なんです。毅然として諂わず、誠意を持って傾聴するように心がけていました。」 佐藤氏のお話を伺っていると、「Win-Win」というワードがよく出てきます。 プロのサービスとその対価に自信があるからこその言葉です。 今までの経歴からの気づき 「40年以上ホテルのお仕事に携わっていらして、気づき学ばれたことは何でしょうか?」 「現在の活動に大きく関わっていると思う気づきは、『地元事業者との連携の大切さ』です。これはハイアットリージェンシー京都にいた頃の経験に基づくものです。京都では、寺社仏閣との連携で仕事をさせていただくことが多かったのですが、少子化の影響で修学旅行が減り、拝観者が減り、檀家さんも減り…。ですので、京都の神社や寺の経営は楽ではないのです。そこで、夜を貸切にしていただき特別な体験メニューを企画しました。参加してくださるのはほぼ外国人でした。お寺や神社はもちろんのこと、お客様にも喜んでいただけたのでとても嬉しかったです。パークハイアット東京にいた頃は、食とアートを繋げた企画として、美術館と連携をしてラグジュアリーブランドのケータリングを行っていました。ホテル滞在のお客様に向けて高付加価値なラグジュアリー商品の開発や、MICEのローヤルコーディネートも行いました。」 素晴らしすぎる! お話を伺う筆者の目がキラキラハートになっていたのは言うまでもありません。 「ウィンザーホテルの東京本社から洞爺の現地に赴任した際、ウィンザーホテルは地元との連携があまり出来ていませんでした。ですので、私は洞爺湖温泉に家を借りて住み、洞爺湖周辺の全てのお店に通い、顔を知っていただく努力をしました。おかげで、様々な企画をご一緒いただくことができました。その頃からの人の繋がりと経験は全て財産です。」 この気づきと実践こそが、佐藤氏が話す「Win-Win」の考え方に沿う企画を生み、今に繋がりました。 さて、再びハーバルランチ会場へ〜 佐藤氏も大工仕事を手伝った外のデッキは屋根付き&シート付きなので雨の日もOKです。 自然に囲まれた贅沢空間でのBBQケータリングメニューは24名様まで可能だそうです。 しかも、1日に昼夜一組限定なので、時間を気にせずにゆっくりとお食事を楽しめます。 これらの画像に写るシェフ達は、有名高級ホテルで腕を振るった方ばかり。 この凄腕達による最高級のフレンチスタイルBBQをケータリングサービスする部門が「LUX TOYA」であり、そのメイン会場が「ハーバルランチ」というわけです。 つまり、ハーバルランチや各事業所のシェフの皆様と連携をされているということになります。 ここでも地元の事業者との「Win-Win」の考え方が生きています。 「LUX Hokkaido Advisor」ケータリング以外の事業のおはなし さて、なんと佐藤氏ご自身も得意分野のサイクリングでガイドも始めることになりました! 「洞爺湖町の、特に元洞爺村周辺の、調和がとれた自然と文化の素晴らしさを自らお伝えしたくなりました。」 湖畔の彫刻を愛でたり、洞爺湖芸術館を観覧したり、ハーバルランチでハーブティーを楽しんだりできて、ガンガン漕ぐ行程ではなく、のんびり走るのがとても魅力的です☆ また、自らのガイドだけではなく、地元のガイド事業者との連携もしっかりと考えていらっしゃいました。 ホーストレッキング・カヌー・ネイチャートレッキングなど、今後の展開が楽しみです。 そしてもう一つ。 佐藤氏のこれまでの職歴の集大成とも言える事業はホテルのコンサルティングです。 「『営業・マーケティング・サービスのプロフェッショナルとして是非うちのホテルへ!』と、あるホテルの総支配人としてのお誘いもいただき、とても有り難かったのですが、丁重にお断りさせていただきました。どうしても『自営でやりたい!』という想いが強くなっていたからです。実はこれら全ての構想は2年前から大事に育てて温めてきたものでした。」 現在、あるホテルとゲストハウスのコンサルティングも既に始めていらっしゃいます。 なんと心強いコンサルタントなのでしょう!! 最後に「LUX Hokkaido Advisor」のポリシーとビジョンを語っていただきました。 「何よりも地元の事業主さんの役に立つことを第一に考えるということをポリシーにしています。将来は洞爺にラグジュアリーマーケットを増やしていきたいです。目指すは北海道のラグジュアリーアドバイザーです!!」 観光業界のアイアンマン佐藤氏。 人生の第二ステージを既に全速力で走り出しています。 ―LUX Hokkaido Advisor・佐藤 徹氏 情報― 代表 佐藤 徹 住所 北海道伊達市末永町175-32-102 電話 080-3725-0262 Email :tsato@lux-hokkaido.com ・ LUX TOYAのメニュー(今後も進化する気配☆) https://lux-hokkaido.com ・ サイクリングガイド(今後もアクティビティーメニューが増えそう☆) https://toyako.biz/cycling/
Rietty
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10/08(日) ふらり旅人からのゲストハウス 自由人 小林圭子氏 〜想いと直感のままに『ポンコタン』
今回の主人公は洞爺湖の近くでゲストハウス『ポンコタン』を営む小林圭子さん。 旭川出身の47歳。 洞爺湖に移住する前は名古屋で商売をされていました。 「北海道には30代後半からバイクにテントを積み、 ふらりと旅しに来ていました。」 洞爺湖との出会いは、 2018年に「幸せのパン」の映画の舞台になったところを見てみたくて 青春18きっぷでふらりとやってきたのが初めてでした。 ところで圭子さん。 なんと言うか・・・。 「以前、どこかで会いましたっけ?」 そんな錯覚を起こさせる人です。 あの、バリアフリーな雰囲気は一体どこからくるのだろうか? 探ってみたくなりました。 旭川から札幌へ。 そしていきなりポン!と名古屋へ飛んだ圭子さんが始めたのは、 なんと”バナナ焼き屋“のお店でした。 店の名前は「パピリカ」。 それはアイヌ語で「豊作」という意味です。 バナナ焼き屋をやろうと思った理由は〜。 「小さい頃から食べていたソウルフードだったから」 ただそれだけの理由で、 古くからお菓子文化が発達している(駄菓子の製造所も多い)名古屋で店を出そうとは、 普通はなかなか考えつかない。 でもそれをひょいっと始めてしまうところが圭子さん流。 深くは悩まない。 やりたいからやる。 ただそれだけ。 そんなシンプルさが、度胸を超えた何かを感じます。 パピリカ時代のHPを見つけました。 熊が鮭ならぬバナナを咥えている姿が なんともユニークで忘れないロゴです。 何事もサラッと話す割には材料にはかなりこだわっています。 卵も牛乳も使用していないので(カスタード以外)、 卵アレルギーや牛乳アレルギーの子どもを持つ親御さんも よく買いに来てくれたそうです。 そして白餡はしっかりと手作り。 バナナ焼きと言えば旭川の名物お菓子。 この時お話を伺うまで知りませんでしたが、 旭川のバナナ焼きにもバナナそのものやバナナエッセンスなど、 バナナフレーバーは一切入っていないそうです。 バナナ焼きとは、形からだけ連想するネーミングのようです。 とても美味しそう〜! 食べたかった〜! パピリカはすぐに地元に溶け込み、 8年間営業を続けました。 その時の繋がりは今も続いていると言います。 人懐っこいと言う表現とも違う、 相手に壁を作らせない不思議な力を圭子さんは持っています。 「いろいろなところから転勤してきた人たちが多く住むところでした。 近所の方がよく買いに来てくださっていましたよ。 家賃を払いつつ、 女ひとりが食べるだけの分はなんとか稼げていました。」 「ところで、ポンコタンは小さな村という意味。 パピリカは豊作という意味ですよね? どちらもアイヌ語ですが、なにか特別な意味があるのですか?」 そんな筆者の質問に 圭子さんはまたもやあっさりと答えます。 「いや、なんとなくです。」 まただ…。 やはりこんな調子…笑 筆者はその言葉の背景を知りたい!と質問をしても、 決してはぐらかす訳ではなく、あくまでもサラッと答える。 想いが至極シンプルだからこそ、 きっとその時の直感のまま「なんとなくそうしよ」と 思った通りに動いてしまうのだろうと思います。 しかも、転機にはだいたい誰かが力を貸してくれる。 これはもう人徳です。 気負わず流れに任せるというのは、実は楽そうで楽ではない。 でも圭子さんは素直に誰かの力を借りながら、 とても自然にその技を使ってしまう。 「名古屋の友人がゲストハウスをしていたんです。 あらたに宮古島でゲストハウスを始めるにあたって、私も少し手伝いました。 その友人は度胸があるというかなんというか、 外国人が結構泊まりに来ていたのですが、英語は喋れないんです。 でもなんてことなくやっているのを見て、 私も妙な自信をつけてしまいました。 『そうか、英語ができなくても宿屋はできるんだ』 ってね。」 「その辺りから、ゲストハウスに興味を持つようになりました。 ちょうど、ふらりと洞爺湖へ足を運ぶ機会も増えていたこともあり、 洞爺湖の近くでゲストハウスをやることが ふわっとしたものから現実的になりました。 あ…その前にバナナ焼き屋を畳まないと。」 そう思った時、 店を丸ごと買いたいと申し出てくれた人が現れました。 それは元々はお客様だった友人で、古民家カフェを営んでいる方でした。 バナナ焼き屋営業終了2日後には洞爺湖に移住してしまうというスピーディーさ。 思ったらサラッと行動! その後、1年半をかけて建物をリフォームし、ポンコタンを開業されました。 「待っていてくれているような気がしていました。 洞爺湖はどっしりとしていて迎え入れてくれるような安心感がある湖だと感じています。 移住してすぐは、キャンプ生活をしながらあるホテルでバイトをしていました。 同時に物件探し。 そんな中、即決したのがこの建物でした。 借金も1000万円以上してしまいました。」 この建物は、昔、ある会社の社員寮だったところ。 なので、一部屋一部屋にトイレが付いていました。 さて、ゲストハウス「ポンコタン」は 内装・外装そのほとんどをDIYしています。 もともと建物に興味があったわけでもなかった圭子さんですが、 もの作り好きであったことが功を奏しました。 「必要に迫られた部分もありますが、 バナナ焼き屋時代に建物の内部構造にものすごく関心を持つようになりました。 そもそもは工事関係者への不満に端を発したのですが、 お陰で建築について色々知ることができました。 建物がどんなふうにできているのかを知るために、 分解しながら構造を理解していきました。 コンクリートにネジを入れるにはどうしたらよいか?とかね。」 冒頭に登場した仕切りに描かれた洞爺湖の絵は、名古屋時代の友人が描いてくれたもの。 「名古屋時代の友人たちは変人が多くて(笑) 尋ねてきては色々置いて行ってくれます。」 困ったふりをして、笑いながら話す圭子さんには、 遠くから支えてくれる友の存在に感じる安心感が表れていました。 圭子さんの仲間たちは、 「ポンコタン」のオーナーの とてつもなく自然体なおもしろキャラクターをよくご存知のようです。 「うちね。コンセプトなんてないのよね。」 圭子さん、突然、そうサラッと言った後でこう続けました。 「よく眠れました!って言ってもらえるのが一番嬉しいかな。 旅の途中で快適な時間をここで過ごしてくれたら、 それが一番嬉しい。 それとね。 今年の夏はすごく忙しかったのね。 借金あるからあと10年はやらないといけないけど、 とりあえず持続可能な宿を目指して働き方改革するわ(笑)」 「10年経ったら何するの?」 そんな問いに。 またもやサラッと 「わからないな」 と答える圭子さんでした。 帰り際 「また来て!」 と軽い調子で言われました。 「うん」 と答えてしまいました。 ポンコタンの魅力は この気安い感じなんだろうと思った筆者でした。 決して気負うことなく、 そのまんまの圭子さんが妙な安心感を与えてくれる取材の時間でした。 ゲストハウス ポンコタン 〒049-5721 北海道虻田郡洞爺湖町洞爺湖温泉97 080-6092-4967
Rietty
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10/21(木) 人生の道を楽しむ。マイワールド全開な癒しカフェ!道楽
南黄金に昨年2020年オープンしたカフェをご紹介します。 国道から山側入り、気仙川の橋を渡って少し進むと、「道楽」と壁に描かれた楽しげなペイントが見えてきます。 こちらがカフェ道楽。 自然に囲まれて佇んでいます。 海も川も山も近くにある国道沿いのエリア。伊達にこういう場所があったのか…と思わせるような、独特の隠れ家的雰囲気があります。 古い住宅をほとんどDIYで改装したという店内は、なんとも独創的! 手作りの温もりと遊び心にあふれるギャラリー風の空間です。 陶芸や手芸など、素朴な風合いのいろいろな作品が飾られていました。店主の鎌田さんと教室仲間の皆さんの作品だそうです。 個性的な陶芸作品の数々。 実物大ワンちゃん。なんと愛らしい! 店主の作業場。 窓の外には庭が広がっています。野鳥がたくさん訪れるそうで、運がよければ窓際の席からバードウォッチングが楽しめます。 夏真っ盛りの緑の庭。秋には紅葉、冬は雪景色と、四季折々の自然が見られます。程よく手の入ったナチュラルな雰囲気がステキ。いました!さっそく野鳥発見。 庭のあちらこちらに、野鳥のためにさりげなく置かれた種。なるべく人工的でなく自然に溶け込むよう工夫して置いているのだそうです。 倒木を利用したナチュラルな餌台。 食事はポークカレーとナポリタンの2品。手作りにこだわって提供しています。有機栽培コーヒーや、日替わりの焼き菓子も人気です。本を読んだり、おしゃべりをしながらのんびりランチやティータイムを楽しんでいく方が多いそうです。 ナポリタンの食欲をそそる香り! お米もこだわり!自家製ポークカレー この日の焼き菓子はガトーショコラ。畑でとれたブラックベリーとミントを添えて! 「人生の道を楽しんで」との願いを込めて「道楽」。 「お客さまに楽しい時間を過ごしていただき、自分も一緒に楽しめたら」と話す鎌田さん夫妻のセンスとアイデアが随所に光っていました。 まさに「マイワールド」全開! かつ、ゆったり過ごせる居心地の良さも大きな魅力です。 自分の手で、オリジナルなものを作ることの素晴らしさ、豊かさを教えていただいた気がしました。私も何か作ってみたい!創作意欲が湧いてきました。 窓辺の特等席で野鳥を眺めながらの一杯。コーヒーのおいしさが染み渡ります。 なんと庭から出てきたという縄文式土器!北黄金貝塚が近いですが関連があるのでしょうか・・・ カフェ道楽 住所 伊達市南黄金町163-10 営業時間 木・金・土10:00~17:00/日曜10:00~16:00 定休日 月曜・火曜・水曜 TEL 080-1879-2009 https://date-insyokuten.jp/archives/1017 ※記事の内容は取材時の情報に基づいています。メニューなどは変わることがあります(取材2021年)
むしゃなび編集部
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03/15(火) 嘘のない循環を生み出す〜『天花地星』オーナー木村洋子という人
「え! 私の写真撮るの!? ちょっと待ってて!すぐ着替えて来るから!」 そして、ほんの1分くらいで笑顔で戻ってきた洋子さん。 「じゃん! 店のTシャツ着てきた!」「どこで撮る?」とキョロキョロしながらおっしゃる。 せっかくなので、店の原点だという子どものおもちゃの前に立っていただきました。 とにかく相手を飽きさせない。 少しも飾り気なく、元気で可愛いノリ。 筆者、すっかり洋子ワールドに引き込まれてしまいました。 では改めて〜。 函館ご出身の木村洋子さんは、2011年に今の『天花地星』をOPENさせたオーナーさんです。 今回は、一瞬で人を惹きつける不思議な魅力を持つ洋子さんの人物像に迫ってみました。 店名『天花地星』の由来 「雪は天に咲く花。 北海道ではその雪が結晶となって星のように降って来る。 地に降りた星のような雪は、地上の花への恵みの水となる。 そして再び空気となった水は天へ戻り、雪は天に咲く花となる。」 なるほど…。 ずっと知りたかった店名の由来がストンと腑に落ちました。 大好きな北海道の雪をベースに、自然の循環を店名に込めていたのですね。 「自然豊かなところで暮らしたい。」 洋子さんのご両親が青森に住んでいたこともあり、20年以上前、洋子さんご夫婦は青森の山奥に住んでいました。 ところが直ぐに想いと環境のギャップに悩まされる事件が起きました。 実は、住んでいたその地の近くには産業廃棄物処理場があり、ダイオキシン混じりの黒い煙が辺り一帯に漂うところだったのです。 洋子さんは、自分達のためにも周辺住民のためにも必要だと感じて反対運動を起こしました。ですが、仲間を得られず同意も得られず、いきなり厚い壁に打ち当たってしまいます。 「反対運動なんかしてもらったら農産物が売れなくなるから困る! 止めてくれ!」 それは洋子さんたちにとって、我が耳を疑う衝撃的な出来事でした。 「みんな、この状態を黙って受け入れるのか? 何故!?」 愕然とした想いに陥りながらも、その後洋子さん夫婦は環境問題に取り組むようになりました。 そして、それは自分達の生き方を見つめ直すきっかけにもなりました。 ↑さまざまなカゴが並びます。天花地星の人気商品です。 ↑アフリカ製品 「買い物をすればゴミは増えます。自分達もゴミを増やすことに加担している。でも生きるためには買い物は必要…。 買う者・使う者としての責任も考えるようになりました。 行動をしながらも悶々とした日々の中で、シュタイナー教育と出会い伊達に移住して来ました。」 さて。 3人の子どもを授かりましたが、ほどなくして洋子さんはシングルマザーとなりました。 30代の頃です。 ↑こちらはとても履き心地が良く丈夫なヘンプの靴下。 「子どもの学費を捻出するため、仕事をいくつも掛け持ちしながら必死で働きました。当時の写真を見ると、今の方が若々しいと子どもたちに言われます。」 そんな洋子さんが18歳から続けていたのはエアロビクスでした。 他にもリズム体操なども教えていらっしゃいます。 まさに芸は身を助けました。 それと同時に、地道に続けて来た環境問題への取り組みの延長線上に、『天花地星』の前身である通販サイトも2004年より立ち上げました。 本当にバイタリティー溢れる方♡ 当時扱っていたのは「子どもが安心して遊べる玩具」でした。 主に木製のドイツ製品だそうです。 洋子さんの店のコンセプトは、今も昔も” 心と体に優しいこと “ “ 最終的に地球に還るものであること“ ですから、塗料は極力ケミカルを排除しました。 クレヨンは小さなお子様が口に入れても安全な材料で作られているものを選びました。 その後、2011年に今の場所とご縁があり実店舗を作りました。 実店舗ができた当初は玩具だけの取り扱いでしたが、今は一般食品から雑貨、服飾雑貨、フルーツまで多種多様な物を扱っていらっしゃいます。 ↑とても思い入れが強いフェルトシューズ。何年も探していたそうです。丈夫で長持ち、ものすごく暖かい。 ↑風呂敷のような布バッグ。色や柄のバリエーションも豊富です。 その取り扱い商品が広がっていった理由が、いかにも洋子さんらしくて面白い。 「なんだか気がついたらこうなっちゃっていたの! 生徒さんたちやインストラクター仲間との繋がりの中で、どんどん商品の種類が増えっちゃって。繋がりって面白いよね〜。でもね、これ絶対いい!って自信があるものしか仕入れない。食品はできるだけ無添加のもの・オーガニックのもの・アレルギーに配慮されたもの・フェアトレードのものに拘っているし。だから胸を張って勧められる。絶対損はさせない!って言えるの。」 ↑身体にとって良くないものが含まれるものは扱いません。 強い拘りを持ち吟味されて選ばれたものは、似たようなものを値段だけで比較すれば「高い」と思われます。 けれどもモノやコトの価値を値段で測らない『天花地星』のラインナップは、自分にとって本当に必要なものを、その商品の背景も含めて判断してほしいという願いを洋子さんは持っています。 「類は友を呼ぶ」 とはよく言ったものです。 いまや『天花地星』は、洋子さんの理念を理解して足を運ぶ人、口コミで買い物に来る”食べ物ジプシー(様々な事情で特定のものしか口に入れられない人)” にとっての大切な存在になっています。 「うちの店ね、胆振管内一入りにくい店って言われてるの!笑 ぱっと見 普通の家だしね。 でも大丈夫だから!笑 どんどん入って来ちゃって大丈夫って書いておいて!笑」 1時間ほど話していて、「この人は本当に開けっぴろげで嘘をつかない人だなあ…」ということを感じました。 常に直球勝負で潔い。 自分の言動にはきちんと責任を持つ。 自分の中に矛盾があるのは許せない。 だからあらゆることに辻褄が合うように努力する。 かくいう筆者にも似たところがあるので、これら一つ一つのお話に大きく頷いてしまいました。 ↑全国各地に仲間がいる洋子さんは大のフルーツ好き。天花地星の玄関には、一年中全国の果物が並びます。 ところで洋子さんは2010年からヨガインストラクターをされています。 ↑インドにて〜。 ヨガのポーズにはそれぞれ意味があるそうですが、生徒さん一人一人に目指してほしいゴールがあるそうです。 目指してほしいのは、一人一人が心も身体も健康になるためのゴールとその道筋。 ↑右側の男性がインド人の洋子さんの師匠です。この先生に師事できること自体がすごいこと。 「自分も含めて、何故それをするのか?何のためにやっているのか分からないと心身ともに納得して取り組めない。ヨガにはね、人は生きている間に7回生まれ変わるという思想があるの。そして最後は泡になる。ヨガはきれいな泡になるための修行。 私はまだまだきれいな泡にはなれてないけどね。」 正直、体験していない筆者にはよく理解ができない表現でしたが、身体には「理想的な動かし方」つまり「理にかなった動かし方」がきっとあり、それが健康に結びついていくということなのでしょう。 「7回生まれ変わる」「きれいな泡になる」については、次回詳しく教えていただこうと思います。 ↑インドでの修行の途中にて〜。 洋子さんは最後にこんなお話をしてくださいました。 「商品は国内だけのものではなくて海外のものも多くある。海外旅行が好きだから、以前は現地に買付にも行っていたの。でも今は仕入れ方を変えた。だって、買付に行ったら国内でお金が回らないでしょ? だから国内の輸入事業者から仕入れるようにした。もうね、自分のところだけ儲かればいいって時代じゃないよ。いろんな国のいろんな人とも関わって、いろんな人たちが幸せになった方がいいもの。」 このお話は、洋子さんの生きる姿勢を端的に表す言葉だなあと感じました。 人の繋がりを何よりも大切にして、関わる人を心から大切にする。 その結果、嘘のない好循環が生まれていく。 架け橋としても。 実践者としても。 洋子さんが繋ぐ人々の活動が正当に評価され、みんなが幸せになる。 本当に素敵です。 小さな体でなんという大きなパワーを持つ人なんだろう!と、終始屈託ない笑顔の洋子さんに圧倒された時間でした。 さて、その洋子さん。 実はさらなる夢の実現に向けて大きく動いています。 なんと、5月〜6月を目標に「こども食堂」を展開されるそうです! そちらについてはいずれまた〜。 『天花地星』情報 *むしゃなびページhttps://mushanavi.com/author/tenk/ *ヨガサークル サントーシャ https://mushanavi.com/author/mutenka2/ ※記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2022年)
Rietty
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