
ホテルマンの幸せ
いい道☆
おはようございます♪
緑のトンネル…
きっと知らない人も多いんだろうなぁ…と思える道
伊達市内の緑のトンネルの道があるのです…☆
素敵ロードじゃないですか?
この道の抜ければ…
こんなところに抜けるのです。
なかなかこの角度から有珠山を眺めるコトってないと思うのです。
反対側の景色はというとね…
海が見えるのです☆
実にのどかでいい感じなのです。
北海道っぽい道もありました。
子供の頃によく見た景色です☆
とてものどかでいい道だと思います。
そんな夏の終わりの午後でした…♪
北海道ブログランキングは1位~3位でかなりのデッドヒートを繰り広げております!!
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03/15(火) 嘘のない循環を生み出す〜『天花地星』オーナー木村洋子という人
「え! 私の写真撮るの!? ちょっと待ってて!すぐ着替えて来るから!」 そして、ほんの1分くらいで笑顔で戻ってきた洋子さん。 「じゃん! 店のTシャツ着てきた!」「どこで撮る?」とキョロキョロしながらおっしゃる。 せっかくなので、店の原点だという子どものおもちゃの前に立っていただきました。 とにかく相手を飽きさせない。 少しも飾り気なく、元気で可愛いノリ。 筆者、すっかり洋子ワールドに引き込まれてしまいました。 では改めて〜。 函館ご出身の木村洋子さんは、2011年に今の『天花地星』をOPENさせたオーナーさんです。 今回は、一瞬で人を惹きつける不思議な魅力を持つ洋子さんの人物像に迫ってみました。 店名『天花地星』の由来 「雪は天に咲く花。 北海道ではその雪が結晶となって星のように降って来る。 地に降りた星のような雪は、地上の花への恵みの水となる。 そして再び空気となった水は天へ戻り、雪は天に咲く花となる。」 なるほど…。 ずっと知りたかった店名の由来がストンと腑に落ちました。 大好きな北海道の雪をベースに、自然の循環を店名に込めていたのですね。 「自然豊かなところで暮らしたい。」 洋子さんのご両親が青森に住んでいたこともあり、20年以上前、洋子さんご夫婦は青森の山奥に住んでいました。 ところが直ぐに想いと環境のギャップに悩まされる事件が起きました。 実は、住んでいたその地の近くには産業廃棄物処理場があり、ダイオキシン混じりの黒い煙が辺り一帯に漂うところだったのです。 洋子さんは、自分達のためにも周辺住民のためにも必要だと感じて反対運動を起こしました。ですが、仲間を得られず同意も得られず、いきなり厚い壁に打ち当たってしまいます。 「反対運動なんかしてもらったら農産物が売れなくなるから困る! 止めてくれ!」 それは洋子さんたちにとって、我が耳を疑う衝撃的な出来事でした。 「みんな、この状態を黙って受け入れるのか? 何故!?」 愕然とした想いに陥りながらも、その後洋子さん夫婦は環境問題に取り組むようになりました。 そして、それは自分達の生き方を見つめ直すきっかけにもなりました。 ↑さまざまなカゴが並びます。天花地星の人気商品です。 ↑アフリカ製品 「買い物をすればゴミは増えます。自分達もゴミを増やすことに加担している。でも生きるためには買い物は必要…。 買う者・使う者としての責任も考えるようになりました。 行動をしながらも悶々とした日々の中で、シュタイナー教育と出会い伊達に移住して来ました。」 さて。 3人の子どもを授かりましたが、ほどなくして洋子さんはシングルマザーとなりました。 30代の頃です。 ↑こちらはとても履き心地が良く丈夫なヘンプの靴下。 「子どもの学費を捻出するため、仕事をいくつも掛け持ちしながら必死で働きました。当時の写真を見ると、今の方が若々しいと子どもたちに言われます。」 そんな洋子さんが18歳から続けていたのはエアロビクスでした。 他にもリズム体操なども教えていらっしゃいます。 まさに芸は身を助けました。 それと同時に、地道に続けて来た環境問題への取り組みの延長線上に、『天花地星』の前身である通販サイトも2004年より立ち上げました。 本当にバイタリティー溢れる方♡ 当時扱っていたのは「子どもが安心して遊べる玩具」でした。 主に木製のドイツ製品だそうです。 洋子さんの店のコンセプトは、今も昔も” 心と体に優しいこと “ “ 最終的に地球に還るものであること“ ですから、塗料は極力ケミカルを排除しました。 クレヨンは小さなお子様が口に入れても安全な材料で作られているものを選びました。 その後、2011年に今の場所とご縁があり実店舗を作りました。 実店舗ができた当初は玩具だけの取り扱いでしたが、今は一般食品から雑貨、服飾雑貨、フルーツまで多種多様な物を扱っていらっしゃいます。 ↑とても思い入れが強いフェルトシューズ。何年も探していたそうです。丈夫で長持ち、ものすごく暖かい。 ↑風呂敷のような布バッグ。色や柄のバリエーションも豊富です。 その取り扱い商品が広がっていった理由が、いかにも洋子さんらしくて面白い。 「なんだか気がついたらこうなっちゃっていたの! 生徒さんたちやインストラクター仲間との繋がりの中で、どんどん商品の種類が増えっちゃって。繋がりって面白いよね〜。でもね、これ絶対いい!って自信があるものしか仕入れない。食品はできるだけ無添加のもの・オーガニックのもの・アレルギーに配慮されたもの・フェアトレードのものに拘っているし。だから胸を張って勧められる。絶対損はさせない!って言えるの。」 ↑身体にとって良くないものが含まれるものは扱いません。 強い拘りを持ち吟味されて選ばれたものは、似たようなものを値段だけで比較すれば「高い」と思われます。 けれどもモノやコトの価値を値段で測らない『天花地星』のラインナップは、自分にとって本当に必要なものを、その商品の背景も含めて判断してほしいという願いを洋子さんは持っています。 「類は友を呼ぶ」 とはよく言ったものです。 いまや『天花地星』は、洋子さんの理念を理解して足を運ぶ人、口コミで買い物に来る”食べ物ジプシー(様々な事情で特定のものしか口に入れられない人)” にとっての大切な存在になっています。 「うちの店ね、胆振管内一入りにくい店って言われてるの!笑 ぱっと見 普通の家だしね。 でも大丈夫だから!笑 どんどん入って来ちゃって大丈夫って書いておいて!笑」 1時間ほど話していて、「この人は本当に開けっぴろげで嘘をつかない人だなあ…」ということを感じました。 常に直球勝負で潔い。 自分の言動にはきちんと責任を持つ。 自分の中に矛盾があるのは許せない。 だからあらゆることに辻褄が合うように努力する。 かくいう筆者にも似たところがあるので、これら一つ一つのお話に大きく頷いてしまいました。 ↑全国各地に仲間がいる洋子さんは大のフルーツ好き。天花地星の玄関には、一年中全国の果物が並びます。 ところで洋子さんは2010年からヨガインストラクターをされています。 ↑インドにて〜。 ヨガのポーズにはそれぞれ意味があるそうですが、生徒さん一人一人に目指してほしいゴールがあるそうです。 目指してほしいのは、一人一人が心も身体も健康になるためのゴールとその道筋。 ↑右側の男性がインド人の洋子さんの師匠です。この先生に師事できること自体がすごいこと。 「自分も含めて、何故それをするのか?何のためにやっているのか分からないと心身ともに納得して取り組めない。ヨガにはね、人は生きている間に7回生まれ変わるという思想があるの。そして最後は泡になる。ヨガはきれいな泡になるための修行。 私はまだまだきれいな泡にはなれてないけどね。」 正直、体験していない筆者にはよく理解ができない表現でしたが、身体には「理想的な動かし方」つまり「理にかなった動かし方」がきっとあり、それが健康に結びついていくということなのでしょう。 「7回生まれ変わる」「きれいな泡になる」については、次回詳しく教えていただこうと思います。 ↑インドでの修行の途中にて〜。 洋子さんは最後にこんなお話をしてくださいました。 「商品は国内だけのものではなくて海外のものも多くある。海外旅行が好きだから、以前は現地に買付にも行っていたの。でも今は仕入れ方を変えた。だって、買付に行ったら国内でお金が回らないでしょ? だから国内の輸入事業者から仕入れるようにした。もうね、自分のところだけ儲かればいいって時代じゃないよ。いろんな国のいろんな人とも関わって、いろんな人たちが幸せになった方がいいもの。」 このお話は、洋子さんの生きる姿勢を端的に表す言葉だなあと感じました。 人の繋がりを何よりも大切にして、関わる人を心から大切にする。 その結果、嘘のない好循環が生まれていく。 架け橋としても。 実践者としても。 洋子さんが繋ぐ人々の活動が正当に評価され、みんなが幸せになる。 本当に素敵です。 小さな体でなんという大きなパワーを持つ人なんだろう!と、終始屈託ない笑顔の洋子さんに圧倒された時間でした。 さて、その洋子さん。 実はさらなる夢の実現に向けて大きく動いています。 なんと、5月〜6月を目標に「こども食堂」を展開されるそうです! そちらについてはいずれまた〜。 『天花地星』情報 *むしゃなびページhttps://mushanavi.com/author/tenk/ *ヨガサークル サントーシャ https://mushanavi.com/author/mutenka2/ ※記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2022年)
Rietty
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07/23(火) 【あの人に会いに】無理せずに巡っていく恩返し [ 岡本 里佳さん / 洞爺 ]
むしゃなびエリア(胆振地区・虻田郡)にて 会いに行ってみてほしい ”人” にフォーカスする企画 【あの人に会いに】vol.6 今回は、洞爺地区で『TOYA親子塾』を主宰されている 岡本 里佳 さんです。 洞爺地区でどのようにして親子塾が生まれたのか、 そして10年も続いているという、その秘訣をお聞きしました。 巡っていく恩返し 里佳さんの原点となるエピソードがあります。 それは、静岡に住んでいた頃のお話。 車無しで、子どもを3人連れての病院帰りでした。 4歳の手を引き、2歳を乗せたベビーカーを押し、 更には赤ちゃんをおんぶして、 歩道もなく歩きにくい狭い道を なんとか歩いていました。 遠い道のりを頑張って歩いていたその時、 急に雨が降ってきてしまいました。 傘を持っておらず、そのまま歩き続けていると…… 横にスッと車が止まり、 中の方がビニール傘を差しだしてくれました。 「お礼がしたいと連絡先を聞こうとしたら、 『お礼は良いから、次はあなたがその傘を誰かに渡して』と」 「人にあげるものって、 ちゃんとしたものじゃないと!って思っていたけど、 高価なものじゃなくても良いんだって気付けて。 この時のことがすごく残っていて、 できる限りのことをしようって」 ちょっとしたことが物凄くありがたい、 無理をせずできる範囲でも恩を送ることができる。 この出来事は里佳さんの原点となりました。 塾がない、なら作っちゃおう 九州から洞爺地区に移住してきた岡本家、なんとお子さんが6人の大家族!「でも、この地域に来たときは周りに大家族が多くて、6人兄弟だって他に2家族もあったの!」と里佳さんは笑います。 親子塾は、お母さん方の会話から生まれました。 「近所のお母さんから、子どもたちが家ではなかなか勉強できない、というお悩みを聞いていて」 他の友人から『塾というより塾の”自習室”が良いらしい!』と耳にしたところで、ここには塾も無い。塾を作ろうにも、この町には大学生もいない。 「でも、自習室で良いなら、場所だけ提供すれば良いんじゃない?親子塾をやってみよう!ってなったの。役場にこんな活動がしたいと相談に行くと、じゃあうちの子も……とすぐに子どもは集まって。」 親たちが当番制で見守りをして、子ども達に学習の場を提供する『親子塾』がスタートしました。さらに、見守り担当の親も一緒に学ぶスタイルが定着しました。 親子塾には月に2回程度、食事提供の回があります。(冬季を除く)その名も、『親むすび子ろりん(おむすびころりん)』。中学生は部活帰りでごはんを食べずに親子塾に直行になることもあるらしく、ここでご飯を食べられる回はありがたいそうです。 「やっぱり食は繋げてくれるよね、参加率が高い。笑」 食事の提供には、地域の農家さんから野菜をいただいたり、フードバンクを活用したりしています。 美味しい!とニコニコでごはんを食べる小学生たち。そこに部活帰りの中学生たちもワイワイと加わります。学校の外で友達とごはん食べられるって、嬉しいですよね。食後の片付けは子ども達自身で。学年が異なる子どもたちの交流は、兄弟が増えたようで楽しそうです。 無理しない、出来る限りのことを 一緒に活動するメンバーに『里佳さんはどんな人?』と聞いてみると、『しっかりしてるのに、フワフワしてる。だから緊張しすぎないし、楽しく活動できる』とのこと。 「無理はしないって決めていて。トップが無理しちゃうと、みんなも苦しくなっちゃうから」。みんなで楽しく活動すること。そのためにはトップが程良い”ゆるさ”がを保つこと。持続可能な活動にするための秘訣はここにありました。 <運営するお母さんたちに話を聞いてみました> Q.なんで『TOYA親子塾/親むすび子ろりん』に参加していますか? A.「たのしい」「子育ての情報交換になる、先輩がたくさんいて何でも聞ける」 「友達と居る時の子どもの様子を見られる」 「子育てを離れても、小中高の話が聞けて情報が入る」 どなたもとても楽しそうに参加されており、 保護者のみなさんにとっても憩いの場となっていることが伺えました。 ここだから、続けてこられた 親子塾は、なんと今年で10周年! 子ども達は卒業していき、保護者も入れ替わる中、この活動が10年も続くというのはとても凄いことだと感じます。 子どもが卒業しても変わらずにお手伝いに来てくれる方もいるそうです。 「はじめはこんなに賛同して、協力してくれる人が沢山いるなんて思っていなかった。洞爺地区だから、この地域だから続けてこられた、というのは凄く思う」 洞爺地区に訪れると、地域で子育てをしている様子を見かけることがよくあります。ひとりの大人が沢山の子どもを連れていたり、他人の子どもでも自分の子どものように叱っていたり。みんなお互い様で、子ども達を見守り合っているコミュニティ。この地域力が根底にあることが、親子塾が存続できる理由だと里佳さんは言います。 「みんなが同じ方向を向いているから、助けて!って言いやすい、頼みやすい」 10年間ずっと続いているから、いつでも帰って来られる安心感。日々活動を積み重ね、子どもにとっても親にとっても大切なコミュニティが出来上がっていました。 さて、今後の展望はあるのでしょうか。 「私たちが老後になっていって、いろいろと困ることがあると思う。次はその問題を解決していくようになるのかな?」。何かあっても助け合える、心強い関係性は既にできているように見えました。 『TOYA親子塾』・『親むすび子ろりん』は、洞爺地区の親子が参加できます。 (毎週水曜19時から、洞爺総合センターの和室にて。) 次は誰かのために、と活動し続けられる優しさ、包容力あふれる里佳さん。子育てに悩む方にはぜひお会いしてほしい、素敵な”地域の母”でした。
misaki
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06/30(金) BROCKEN代表 佐藤大輔氏 〜「もったいない!」に背中を押され、ゆるっと しれっと 熱い人
今回の主人公は「BROCKEN」代表 佐藤大輔氏。 「一体全体この人は何者なんだろう?」 そんな筆者の興味からオファーを入れた取材でしたが、正直「しまった…」と思いました。 何故ならば、一つにはプロの編集者でライターさんだったことをうっかり忘れていたこと。 そして、ネタが豊富すぎたこと。 「やっちゃった…」と思いました。 さて。 待ち合わせたのは地球岬にある「崖の駅」でした。 きっと、この画像に書いてあることをもれなく読んでいただくだけで、佐藤さんの「ゆるっとしれっと感」が伝わるかと思います。 なので「これにて終了〜」と、してしまう手もありかな…。 そんなことを思ってしまうほど、取材させていただいた2時間はヌマでした ^^; 佐藤さんったら、面白すぎます。 危うく、すっかりハマった足が抜けなくなるところでした。 気を取り直して佐藤大輔氏略歴から 1)1982年10月 室蘭生まれ 高校生までの18年間を室蘭で過ごす。 〜室蘭中島町生まれだそうですが、その記憶はほとんどなく、あるのは高砂町に住んだ頃のこと。その後の大輔氏は、生まれ故郷「室蘭」の刷り込みを実感する場面に何度も出会います。 2)中国留学。その後、当時、道内唯一中国語学科のある大学に進学。 〜なぜ中国語なのかは、「なんだかよく判らない」という面白さに惹かれたのと、 「これからは中国語を学んでおくと良さそうだ」と直感したのがその理由。 3)大学卒業後、JTBに入社し二年間在職。 人に旅を売るより自分が旅をしたくなり世界一周の旅に出る。 〜なぜ狭き門で自分が採用されたのか気になり上司に尋ねると、なんと「ギャンブル枠採用」と言われたそう。 JTBでは曹洞宗の檀家さん向け「団体参拝」の営業を経験。隣のチームは日蓮宗担当されていました。 旅行業界の興味深い背景です。 「特に旅行業界に興味があったわけではないんですよね。 外国語が活かせるかな〜?くらいの気持ちで受けたら採用してもらえました。 でも「ギャンブル枠採用」って、納得しました笑」 世界一周の旅へ 「檀家さんたちに営業の仕事をするうちに、『人に旅を売るより自分が旅をしたくなった』というわけですね。」 「そうなんです。世界一周しよう!と思い立ち、半年間の有効期限で世界を周れる『世界一周堂』という会社が売っている『一周券』を利用しました。」 なんでも、5大陸の内、何大陸を選ぶかによって値段が変わるそうで、最初に選んだアライアンスの航空会社で決めた日時しか乗れないという縛りがあるのだそう。 その時、大輔さんが選んだ旅は半年間の移動代が40万円という格安のものでした。 なんという魅力的な!! 筆者も行きたい…。 うずうず…。 「その旅の中で印象深く忘れられないエピソードを教えていただけますか?」 「よく言われますが、インドへの旅はその後の自分の人生観に大きな影響をもらったと思っています。あそこにはまだカースト制度の名残があって、乞食として生まれ乞食として死んでいく人が今でもいるわけです。汚水の中を歩いて生活する様な…ね。でも、目がとても綺麗で、白目の光の強さに圧倒されました。そして気付いたのは、目の綺麗さと貧富の差はイコールじゃないということ。言い換えれば『金持ちにならなくても幸福はある』というか。どういう風にしても生きていけるんだよな…って思ったんです。」 こういうエピソードにも大輔氏の『ゆるっと熱い』感が溢れています。 「でね、肺炎で入院したんですよ。」 「そうそう!そういえば、旅する間のアトラクション的楽しみを持ちたくて、『1カ国につき1回はぼったくられても良しとする』というルールを自分に決めていました。どこの国でもボッタクリって普通にあるんですが、それを通してその国が少しわかるような気がして。でもこれって『傲慢』な考えでもあるよな…とは思っていました。」 ぼったくりエピソードもたくさんお持ちのようですが…。 本当にヌマから抜け出せず帰れなくなりそうだったので、ほどほどで切り上げさせていただきました ^^; 気になる方は是非ご本人に会って聞いてみてほしい! 本当はもっと旅を続けたかった大輔さんは、先輩の結婚式に呼ばれたことをきっかけに、旅を途中で止めて帰国してしまいました。 「まあ、結果的には旅には満足したんですけど、少し後悔しているのは一周券を買ったこと。あらかじめルートを決めて旅に出るものだったので、ある意味自由を奪われてしまったわけです。だから、途中で気が変われない。気に入ったから滞在を延ばすってことも許されない。あの旅は、自分にとっての何回目かのモラトリアムだったので、そもそも目的がある旅ではなかったんですけどね。実に勿体ないことをしたな…って思っています。もっと何て言うか、沢木耕太郎の『深夜特急』のような旅をしたかったな…って。とはいえ『深夜特急』に出会ったのも旅の途中だったので、最初から手遅れでした笑。」 なるほど。 世界一周こそしませんでしたが、若かりし頃、一人ふらふらと行き当たりばったり旅ばかりしていた筆者にも、なんとなく大輔さんのお話の意味がわかる様な気がしました。 「ところで、いま振り返ってみてもう一度行きたい!と思うところはありますか?」 「イースター島かな…。実はイースター島まで行ったというのに、なんと室蘭を思い出しっちゃったんです。イタンキ浜の上の丘の膝丈の笹とか、ローソク岩とか、海とセットで色々思い出して『似ているな…』って思ったんですよね…。」 イタンキ浜の丘にそっくりな風景があったりして、モアイ島に居ながら室蘭を思い出してしまった大輔さんでした。 そして再び略歴の続き 「僕、根本的にはマイナス思考だし、実は結構真面目なんですよ。」 大輔氏は自分をそう分析します。 前職から逃げる様に世界一周の旅に出たにも関わらず、「不自由な旅をしてしまった」と悔い、「勿体ないことをしてしまった」と思ってしまうマイナス思考さ加減。 けれども、空の色とか、建築物とか、旅の中でいろいろなものを観て『旅とか観光って人生の栄養なんだな』と思うところ。 ネガティブな部分も含め、旅で得た心の栄養を無駄にはしないと思う真面目さ。 「1カ国1回ぼったくりアトラクション」を許す自分に傲慢さを感じるところ。 イースター島で感じた故郷室蘭を想う気持ち。 確かに自己分析通りだと思います! 4)帰国半年後、リクルート北海道 じゃらんへ入社し、11年間勤務する。 〜苦手な営業部で2年。 編集部では9年働き、仕事はとても楽しかったそう。 「編集の仕事って設計屋なんです。 『なんでそれを作るのか?』『誰が喜ぶのか?』を考える役。 つまり枠組み作りです。その後、デザイナーとライターに依頼をして協働して作っていく。 根が真面目だから、誰かの役に立っているとか、何かの糧になっていると知ると嬉しくなるんです。 でもね。当時の編集長に言われました。『お前の記事は毒が強い。が、薄めれば薬になる。 スパイスだけじゃ味がないんだ。味付けは大事だ。』 この言葉には本当に感謝しています。 すごく心に残っているし、その後の僕の仕事にも生きている言葉です。」 「じゃらん」時代の面白いエピソードを伺いました。 読者の嗜好の指標として、購読前支持率と購読後支持率というものがあるそうなのですが、 その過去最低の数字、購読後支持率3%というのを取ったことがあるそうです。 ところが何故か嬉しそうな大輔さん。 「実は、その時の購読前支持率は1%だったんです。ところが読んだ後に2%増えたというわけです。 小さい数字でも3倍になった!購読後に数値が3倍になるっていうのは滅多にないことなので嬉しかったです。」 5)じゃらん退職後の地域おこし協力隊+α 〜2017年に退職したのち室蘭に帰郷。同時に室蘭市観光課付、室蘭観光協会配属になりました。 同時期、個人事業として『BROCKEN』も立ち上げました。 また、『北海道Likers(当時サッポロビールが運営していた)』のライティングの仕事も始めました。 いつの間にか着実に積み上がっていたキャリアがフルに発揮でき、さらに地域おこし協力隊としての活動で経験値を上げながら、『BROCKEN』の活動も成長させていきました。 「地域おこし協力隊をしながら感じたのは、世界一周から帰国したときにも感じた『もったいなかったなあ』ということでした。それは、室蘭的な良さに触れずに無関心に育ってしまったということに対してです。例えば、蓬莱門・地球岬・イタンキの丘・大黒島の夕陽など室蘭の素敵な風景があったのに、その良さに気づかなかった。」 Uターンをして室蘭を見直した時、何かが外れたように室蘭が見えてきたと言います。 高校を卒業してからの18年間で多くの気づきを得た大輔さんは、「室蘭の良さを発信したい!」と強く想うようになりました。 6)そして今 現在は、個人事業「BROCKEN」での活動と、合同会社「SUM-i-CA」の経営メンバーとしての活動、二本立てで活躍されています。 事業内容はあまりにも多岐に渡っているのでHPをご覧いただいた方がわかりやすいです。 でも、せっかくなので特記するとすれば、というよりも筆者のツボだったのが今回の取材の待ち合わせ場所でもあった「崖の駅運営」と「むろらんくん育成事業」と「たたら製鉄への関わり」のこと。 「この崖の駅はもともと地球岬にあった『毒まんじゅう』の店の空き家利用でした。地球岬は室蘭の顔なのに『もったいないなあ』と思ってね、私設の無人観光案内所みたいなものを作ったんです。堂々と無人と謳っている通り、僕はほとんどいませんが時々母がいます。その時は「むろらんくんグッズ」も販売しています。」 え!? 毒まんじゅう?? と、びっくりされた方にちょっと説明的にこちらの画像を〜。 というわけです。 で、このキャラクターこそが「むろらんくん」。 大輔氏はさまざまな場面で登場させる「むろらんくん」を育成事業と呼んでいます。 そしてついにはLINEスタンプ販売まで育成事業は発展しました。 つぎに、「たたら製鉄への関わり」です。 地域おこし協力隊時代、ムロランワンパクに来てもらったご縁で「登別室蘭たたらの会」石崎会長と知り合った大輔さんは、石崎家で玉鋼のナイフ鍛造体験をさせてもらいました。 その後、「なんか話の流れで、たたら製鉄の手伝いをすることになった」のだそうです。 大輔さんの父方の祖父が鍛冶屋だったこともあり、職人的なことへのあこがれもあり、もともと手仕事好きなのもありで、製鉄も鍛造も興味深いし楽しい!と感じたそうです。 そんなこんなで「たたら製鉄への関わり」を持つようになりました。 「室蘭は鉄の町だけど、鉄を身近に体感できる体験コンテンツはすごく少ないんです。その点でたたら製鉄と鍛造体験は質の良いコンテンツになる可能性があると思いました。しかしとにかく炭代と人の手がかかるので、ちゃんと体験メニューとして稼げるように仕立てるにはどうすればよいのか目下考え中です。」 最後に さて。 この辺りでそろそろ最後にしたいと思います。 初めに「この人は一体全体何者なんだろう?」という筆者の興味はほぼ満足しました。 …と思わなければいけないくらい、やはり、佐藤大輔氏はヌマすぎました。 この上なく、果てしなく面白すぎました。 なので、どこまでもしつこく追求してしまいそうなのでこの辺りで止めることにしました。 でも、はっきりと分かったことがありました。 こんなこと書いたら「恥ずかしいから止めて〜!」と言われるかもしれません。 でも、きっぱり言います。 直球ストレートではないけれど。 「ゆるっと・しれっと熱く、人間愛・室蘭愛に溢れる方」でした。 仕事の上でも、出会った人との繋がりも、「もったいない」の心を大切にしてきたからこそ多くの依頼があるのだと感じました。 参ったなあ…。 ファンになってしまったじゃないですか。 佐藤大輔氏、すっかり目が離せない存在になってしまいました。 ―佐藤大輔氏情報― Facebook https://www.facebook.com/daiske.sato Instagram https://instagram.com/satodaiske?igshid=MzRlODBiNWFlZA== BROCKEN https://www.brocken.work SUM-i-CA https://www.sum-i-ca.com
Rietty
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04/06(火) お腹と心が喜ぶごはん。ほっとするカフェ 洞爺湖「MITTSU みっつ」
ふらりと一人で入りたいお店に出会いました。 「MITTSU」のオーナー二瓶光子さんは、東日本大震災をきっかけに洞爺湖町に移住して来られた方。 当時、洞爺湖町から入っていた震災ボランティアNPO団体からのお誘いがなければ洞爺湖町には来ていなかったと言います。 ご縁は不思議ですね。 極限状態の時、人の繋がりは本当にありがたいものだと思います。 移住後は、2014年に現在の場所から300mほど離れたところでカフェとハンドメイド作品を取り扱う「MITTSU」を開業され、現在の場所に移転してからも丸4年になるそうです。 お食事メニューは A. ベジプレート(材料は野菜のみ) B. ベジプレート+肉料理 の二種類。 私はAをいただきました。 とてもとても優しいほっこり味。 おいしかった~! メニューは日替わりです。 「できる限り地元の野菜をふんだんに使うこと」 をポリシーにされていらっしゃいます。 「足りない場合は伊達野菜も使います。」 とのこと。これは伊達市民としても嬉しいです♡ 同じメニューをお弁当にもできるそうですし、ご予算や内容のご相談も受け付けてくれます。 1個からでもOK。 10個以上の時には5日前までのご注文をお願いしますとのことでした。 そして、もうひとつのお顔。 実は洋服の仕立て・リメイク・お直しなどの技術者さんでもあります。 夜の営業もなさっているのに、ふたつのお顔を同時にこなすスーパーウーマンです。 幸せを伝播させる笑顔の裏に、秘めた底力を感じる素敵人でした。 5月にはお友達とアロマのワークショップを開催予定だそうです。 そして、夏には店をリニューアル予定とか。 洞爺湖町の女性たち。 エネルギー満開です♪ ※夜の営業は2021年4月現在、予約制でひと組のみとなっています。 ※記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2021年)。メニュー、料金は変わることがありますのでご注意ください。 ※シェア、リンク大歓迎です!
Rietty
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