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[2011.06.30]
■老いる覚悟
同期のY君から、「老いる覚悟」という本をプレゼントされた。これはどういう意味か? 
Y君自身がこの本を買って読んだのだから、彼は自分に「老いる覚悟」を言い聞かせているのかもしれない。 
 
作者は森村誠一で、年齢は78歳である。 
この本では定年後の長い時間をどう過ごすか?、その為にはどのような覚悟がいるか?を解説している。 
 
「老いる覚悟」 森村誠一著 


私は60歳になるまでは、老いなんて全く感じなかった。 
それが60歳を過ぎてから少しずつ感じ出したので、関係者に迷惑を掛ける前にと思い、自分で決めて61歳で引退した。 
 
でも、「老いる覚悟」はしたことがない。 
覚悟なんてしなくても、老いて行くのである。 
他人から「老いる覚悟」を教わらなければならないほど、我々の世代はバカじゃない。 
 
阿修羅像 (彫るには覚悟がいった) 
 
知り合いの後期高齢者の女性は若さを売り物にしている。 
その為の努力は相当のもので、お金を掛けて美容、整形、サプリメントとなんでもやる。 
 
そのせいか、見た目は若く見える。 
でも、立ち上がって歩く姿は、どう見てもバアサンである。 
これも見苦しいし、悲しい。 
このような人は老いる覚悟が出来ていないのである。 
 
これを食べるには覚悟がいる(メタボだから) 
 
私は69歳の誕生日の5日前に、長年住み慣れた小金井の自宅を売却して、中央区の高層マンションに引越した。 
そこでは目新しいことばかりなので、老いる暇が無い。 
ここへ来て、老いるスピードが少し減速したように感じている。 
 
私は森村誠一にお願いして、次に書いて欲しいのは、「ボケる覚悟」である。 
 
タバコを止めるのも覚悟がいる(喫煙者の群れ) 
 
(おまけの話) 
私のオヤジは56歳で亡くなったので、老いの覚悟をする暇も無かった。色々とやり残したことはあると思うが、今になって私から見ると幸せな人生だった。 
 
私の小学校の担任の女のK先生は、厳しかった。 
女だてらに、悪さをした私に黒板用のチョークを投げつけた。 
 
その先生が定年を迎えたら、やることが無くなったのか、急に衰えて近所を徘徊するようになった。 
その先生もそれから間もなく、アチラへ行ってしまった。 
 
次回予定作「吉祥天」 これも彫るには覚悟がいる 
 
今から50年くらい前はサラリーマンの定年は50歳で、普通はそれから10年もしない内にお迎えが来てアチラに行ってしまった。 
だから今のような解決困難な問題なんか無かったのである。 
 
「日本は長寿世界一」なんて言って喜んでいるが、そんなのは決して目出度い事じゃないのである。 
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▼コメント(2)
名前:shinji  2011.06.30 13:21:02
私は61歳6ヶ月です。 私の十八番だった記憶力が衰え始めています。 先日もあんなに得意だった、映画の題名、監督、出演者の名前が出てこず、そろそろ始まったのかー、と感じ始めています。 なるべく反復、復習、口に出して言ってみる、などを心がけています。 でも、忘れたら忘れたのことさ、それも自然の流れだから、とも思っています。 
名前:H.YAMA  2011.06.30 09:21:23
老いる覚悟という事は、今の己の状態を知ることと思います。  
70歳には70歳の状態があることを知って、それを確認することでしょうか。先日、友人ご夫婦と一緒のゴルフの折、シルバーティーからショットを打って、ラウンドした結果、レギュラー・ティーからと全く変わらないスコ己の全てが70歳の状態であることを思い知りました。  
ゴルフに限らずに、これからは色々な事で、老いたことを知らされ、それへの覚悟が必要となるのでしょうか。 

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プロフィール
心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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