心の伊達市民 第一号

ブログ閉鎖中の話題(2017年7月19日)

今年も靖国神社の「みたままつり」の日がやって来た。
ここは戦争で亡くなった兵士を祀ってあるが、台湾人、朝鮮人も同じように祀っている。私は靖国神社に特に思い入れがあるわけではないが、でも昇段参拝を2回ほどしたが、一番奥の本殿まで行くと厳かで自然と特別な感情が湧いて来る。


靖国神社の大鳥居。 外国人観光客が多いが「みたままつり」の意味を知って来ているのか?


暗くなるまでにまだ間があるので、とりあえず遊就館に入り展示物を見る。
もう私はこれまでに4~5回は見ている。
入口に飾られたゼロ戦に、当時の特攻隊員の若者の思いを見る。
館内の展示物は明治以降の全ての戦争に関する資料・写真・遺品などである。


境内に大東亜戦争で生還した兵士たちが桜の木を寄贈している。


今年もお盆が近付き、写真とブログの題材を求めて7月13日に靖国神社に夜の撮影に行った。今回はなぜか靖国神社から「みたままつり」の案内と共に「遊就館の無料入場券」と「記念品引換券」が届いた。
以前にY君と一緒に昇段参拝をした時に、住所・氏名を書いたからかもしれない。


戦争で死んだ犬、馬、伝書鳩も慰霊碑が建てられている。


他国の戦争博物館もいくつか見たことがあるが、共通しているのは自国の軍隊の自慢ばかりで、兵器の陳列や指導者の軍歴、栄誉などの写真や説明パネルなどが多い。
遊就館も似たような感じだが、割合に冷静で公平に戦争の歴史を解説しているように思う。


最近は日本人女性も浴衣姿が増えて来たように感じる。


どこの国にも、自国の為に戦って死んだ兵士を祀ってある墓地がある。
ところが韓国や中国などの反日国の人達は、「靖国神社に墓がある」と思い込んでいる。

お寺には墓があるが、神社には無い。死んだ人の魂が宿るのが神社なのであり、死ぬのが分かっていて戦地に向かった若者たちは「靖国神社で会おう」と言って出撃したのである。だから靖国神社には墓は無く、名簿と魂だけがあるのである。


中央は「大村崑」、右はデビ・スカルノの献灯。


参道の両側に飾られた3万個の提灯に灯が入ると、それまでの風景が一変する。
2015年から恒例だった屋台が禁止されて、本来の「英霊の魂を慰める」という目的に適うようになり、靖国神社が静かになって私は気に入っている。
やはり「みたままつり」は夜に限る。


献灯は1個(12,000円)×3万個=3億6000万円。


先の戦争で親族を失ったらしい老いた人達が、静かに神殿に向かって手を合わせている。幸いに私の親しくしている親戚では、戦死した者はいない。
普段は戦争のことなど忘れているが、私の祖父、父の時代は戦争をしていたのである。
しかし最近は世界中で戦争のきな臭い匂いがして来た。
私はもし戦争が起きたら、今でも祖国の為に武器を持って戦うだろうと思う。


神門に吊り下げられた七夕飾り。


(おまけの話)
靖国神社という場所は、元軍人達やその家族にとっては特別な場所のようだ。
神社の境内を見渡すと、多くの関係者による植樹や石碑などを見付けることが出来る。
同じ部隊に所属していた仲間などが、記念に残したのだろう。
戦後の連合軍によって行われた東京裁判に於いて、「日本は無罪である」と主張したインド人弁護士のパール博士の石碑もある。


東京裁判で「日本は無罪」と主張したインド人判事「ラダ・ビノード・パール博士」。


私の友人で先の大東亜戦争で父親を亡くした男がいる。
「戦死した人達が祖国の為に戦ってくれたから、今の私達の生活がある」と私は感じている。

ところがその兵士たちのことを私が「英霊」とブログに書いたら、非常に気分を害し「英霊なんかじゃない!」とメールを寄越して、「もう勝どき通信を送信しないでくれ」と書いてあった。


遊就館入り口に飾られている零式艦上戦闘機「ゼロ戦」。


彼は自分の父親が戦争で無駄死にしたと思っているようだ。
人それぞれに色々な事情や考え方があるので、「勝どき通信」を書く時はかなり気を使っているつもりだが、それでもブログで友人を失うこともあるのである。
でも私は「もう私には残り時間も少ないのだから、My Wayで行こう」と開き直っている昨今である。でも彼もいい年なんだから、嫌なら読み飛ばすことが出来なかったのかなー?


人間魚雷「回天」・・・1人乗り。 これに乗って若い兵士が敵艦に突っ込んで行ったのである。


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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