心の伊達市民 第一号

ブログ閉鎖中の話題(2017年8月4日)

昨日(8月3日)の午後はソファに寝転がり、図書館から借りて来た小説「偽造同盟」という戦後の闇のフィクションを書いた本を読んでいた。
その時にマンションのデジカメクラブのメンバーのYさんから電話が入った。
時間は午後4時50分であった。


築地場外市場の地図の下半分。新大橋通の有次の裏が火事現場である。


「橋本さん、築地場外市場が火事だ! 私はいま隅田川テラスを散歩しているが、築地市場辺りから煙が上がっているのが見えるので、窓から見て!」と言った。
すぐにカーテンを上げて、築地市場を見た。大きな煙がモクモクと上がっている。
場所は場外市場で、築地3丁目交差点に近い場所のように思えた。


8月3日午後4時50分に火事になった。


すぐにカメラを取り出して撮影を開始する。消防車のサイレンの音は聞こえない。
マンションは密閉度が高いので、窓を開けないと外の音は聞こえない。
火事の現場から上がる煙はドンドン大きくなって来ている。
築地場外市場の建物は古い木造で、バラックのようなものだから火が点いたら燃えるのは早い。


火事はドンドン大きくなって行く。 左側の茶色の国立癌研究センターも煙に包まれる。


その内に赤い炎も見えるようになって来た。
煙は癌研のビルを包むように、大きくなって来た。これは大火になると感じた。
上空を見ると報道関係のヘリコプターが飛んでいる。数えたら9機も舞っている。
空中衝突でもしないかと、そちらの方が気になった。


テレビ画面で火元がハッキリ分った。



テレビをつけてみた。
各局は築地場外市場の火事を現場中継している。
いま移転問題で話題の築地市場のことなので、メディアも大騒ぎだ。
テレビ画面で火事の現場が分かった。
新大橋通に面した食堂街にある刃物店「有次」のすぐ裏の建物「大野屋」らしい。


午後6時になっても、まだ炎が見える。



築地は私のテリトリーなので「何でも知っている」と思っていたが、テレビ画面で思い掛けない光景を見た。消防士は色々な場所から放水しているが、ヘリコプターからの中継画像で築地場外市場地図には載っていない墓地が見えたのである。

墓地の墓石のところから放水している消防士たちを見て、「築地市場には一般の人が知らない秘密がまだまだある」と知ったのである。


「我が家から」と「消防庁のヘリコプター」



私がここへ引っ越して来てから、築地市場では3回の火事があった。
1回目は場内市場で、お昼にガスコンロに鍋を乗せたまま席を外している間に出火した。

2回目は場外市場の真ん中くらいの場所で、原因不明だったが1軒が燃えただけで大事には至らなかった。そして今回が3回目で、鎮火まで8時間も掛かったそうだ。
観光客に人気の築地市場だが、これでまた野次馬の観光客が増えそうだ。


そろそろ鎮火か?、煙が白色に変った。(午後6時30分)



(おまけの話)
夕食を食べ終っても火事は鎮火しないようで、白い煙が上がっている。
すると女房が言った。「火事現場の取材に行ったらどう?」・・と。
腹が膨れてもう面倒になっていた私だが、女房の言うことは聞かないといけない。
そして午後7時53分のバスで築地まで出掛けた。


ラーメン屋「井上」の裏に放水する。


築地市場が近付くと、多数の消防自動車が赤ランプを点滅しているのが見えた。
晴海通りは通れるが、新大橋通りは全面通行止めとなっている。
この通りはたくさんの消防自動車が止まっていて、消火活動の真っ最中だった。

まだまだ鎮火にはほど遠いようで、30メートルはしご車と屈折放水塔車が大量の水を火事現場に放水している。見ていて、その迫力が凄い。


多数の消防士が出動していた。消防士が熱中症で1人、病院行きになった。



野次馬も大勢出ていて、警察官が「見物をしないで下さい。立ち止まらないで下さい!」と叫んでいるが、誰も言うことを聞かない。私も聞かない。
日本の首都の東京の火災であるから、最新鋭の消防車が勢ぞろいしている。

私の写真の師匠の言う「良い写真を撮るには、その時、そこにいること」 を実感した。
「女房の言うことを聞いて良かった」と思いつつ、帰りは歩いて家に戻ったのである。


新大橋通りから消火活動をする東京消防庁のブーム放水車。 消防車は最終的には50台も出たそうだ。


コメント

コメントを書く
お名前 必須

名前を入力してください。

メールアドレス
(表示されません)

正しいメールアドレスを入力してください。

コメント必須

コメントを入力してください。

コメントに不適切な言葉が含まれています

パスワード必須

パスワードを入力してください。

パスワードは半角小文字英数字で入力してください。

Cookie

心の伊達市民 第一号からの関連記事

伊達季節移住のススメ 心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

心の伊達市民 第一号のよく読まれている記事(直近期間)

心の伊達市民 第一号のカテゴリー

心の伊達市民 第一号のアーカイブ