ある日の夕方にマンションの友人からメールが届いた。
そこには『久し振りに浜離宮に行って来ました。水仙が咲き、梅も咲き出し、蝋梅は満開でした。立春まであと2週間です』と書いてあり、写真も添付されていた。
私も『そろそろ蝋梅が咲く頃では?』と思っていたので、この情報はありがたかった。

そして翌日の午前中に、浜離宮恩賜庭園まで散歩を兼ねて歩いて行った。
入口を入った正面の広いお花畑には「菜の花」が植えられていたが、まだ時期には早いが探してみたらたった一輪が咲いていた。


たった1輪だけ咲いていた「菜の花」



菜の花畑から右の方に行くと、小さな橋を越えたところに「蝋梅」が咲いていた。
でもなんだか寂しいので、先を急ぐ。その先に「花木園」がある。
そこにも蝋梅は合ったが、それよりも「水仙」の花が満開で綺麗だった。

水仙は下を向いて咲くので、なかなか良い写真は撮り難い。
場所を色々と変えて、やっと下から撮った写真がこれである。


水仙はアチコチで咲いていた。



もっと他に「蝋梅」の『綺麗に咲いている場所はないかなー?』と思い「汐入の池」の方へ行くと、なんと公衆トイレに横に綺麗に咲いている1本の蝋梅があった。この日は寒くて小雨だったので、観光客はほとんどいないから良いが、観光客の多い日にトイレ方面に向けてカメラを構えたら「変質者!」と叫ばれる恐れがある。


 一番、綺麗だった蝋梅はトイレの横。



疑い深い私は「蝋梅は梅ではないのでは?」と思っていたので、ネットで調べてみた。
すると『中国産のロウバイ科の落葉低木です。初春に蝋(ろう)でコーティングしたような質感の淡い黄色の花が開花し、花には芳香があります。蝋梅と名がついていますが、梅の仲間ではありません』と出ていた。私の勘が当たっていた。
小雨のせいか、芳香は感じられなかった。


「蝋梅」が満開だった。



今回の目的は「蝋梅」の撮影だったので撮影出来たらもう終りで、ゆっくりと先へ進んで出口に向かった。池では鴨が遊んでいる。
私が近付くと、一斉に泳いで去って行った。

その光景が整列行進をしているように見えて、なんだか可笑しかった。
でも「絵になる」と思い、レンズを向けた。


 池では鴨が整列行進。



観光遊覧船の乗り場の前を通った。
コロナが始まってから、ここはズーと閉鎖中である。それ以前は浅草から日の出桟橋へ行く定期観光船は、ここに立ち寄っていた。そのすぐ近くには「梅林」がある。

まだ開花には少し早いようで、枯れ木が50本ほど並んでいる。
良く見たら、その中の1本に1輪の花が咲いていた。
木に吊り下げられた名札を見たら、「思いのまま」という名前だった。それにしても変な名前だ。


 梅林では、たった1輪だけ梅の花が咲いていた。



出口に向かうと菜の花畑の手前に、綺麗なピンクの花が咲いているのが見えた。
数本の木がピンクに染まっている。近付いて名札を見たら、「八重寒紅」という梅の種類だった。

寒々しい公園の中で、ここだけが際立って明るく輝いていた。
ここでも雨のせいか、香はあまり感じられなかったが、臭覚が衰えたのかな?
花をバックに、自撮りで記念写真を撮った。


菜の花畑の奥では「八重寒紅」が真っ盛りだった。



(おまけの話)
気象庁は1月21日に梅の開花宣言をしたそうだ。これは例年より11日も早いそうだ。
「桜の開花宣言」は聞いたことがあるが、「梅の開花宣言」は初めて知った。
梅の場合の標本木は「北の丸公園」だそうだが、桜の場合は「靖国神社」の能楽堂横である。

浜離宮を出て、新橋駅から地下鉄「浅草線」で「東日本橋」に出て、「新宿線」の乗換えて「九段」で降りた。


  北の丸公園のバス駐車場の「蝋梅」



駅からすぐの大きな門を入り日本武道館の前を通り過ぎると、「北の丸公園」である。
ここにも蝋梅があると調べておいたので探してみると、大型バス駐車場の横に数本の蝋梅があった。

でもただの「植え込みの木」という感じで、名札も無いし大事にされている様子もない。手入れもされていないので、元気もなく寂しい感じがした。


東京の「梅の開花」を知らせる標準木(北の丸公園)



先に進み、梅の開花宣言に使われる「標準木」を探した。
この公園は花がほとんどなく、冬場は寂しい公園である。訪れる人もほとんどいないので、私も寂しくなる。林の中を遠くまで見通したが、花の気配すらない。

調べて来た地図を見ると科学技術館の近くのようなので、その辺りを探したが無い。
やっと見付けた梅林で、たった1本だけ花が咲いている小さな斜めになった梅の木を見付けた。「標準木」の名札も付いていなかったが、これに間違いないと思った。
期待が大きかっただけに、落胆も大きかった。


北の丸公園の「鴨」


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

コメント

  1. Shinji
    Shinji
    返信

    水仙のように春を告げるものもあれば、まだまだ冬は厳しいぞよ、というしるしもあり、の1月末の冬景色。

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