
心の伊達市民 第一号
湯河原観梅と不思議なアート
マンションでの友人のMさんから電話があった。
『梅の季節になった。観梅と言えば「湯河原の幕山梅林公園」だが、一緒に写真を撮りに行かないか?』
私は暇を持て余していたので、大歓迎だった。
今回は私の他に、マンションのデジカメクラブのたった1人の女性会員のSさんが参加するそうだ。
前回も急に『忍野八海の写真を撮りに行かないか?』と誘われたのだが、その時は前日の誘いだったので都合が付かなかった。

湯河原の梅林はまだ7分咲き。
その後、当日の詳しい計画をメールで知らせて来た。
「午前7時にマンション前を出発」、「午前9時、湯河原梅林に到着」、「午前11時、江の浦測候所」、「13時30分、ランチ」、「15時、干物の山安」、「17時、帰宅」。そして各所のHPも添付されていた。
彼と一緒に出掛けると、旅行社の企画のような詳細計画が届く。
本人曰く『旅は計画段階から始まっているのだ』

カメラマンも多かった。
当日の朝になりMさんから電話が入った。中止のお知らせかと思った。
Mさんによると、『Sさんの部屋の上階から自宅に水漏れがして来ている。15分ほど出発を延ばして欲しい』ということだった。私は驚いた。『自宅が水漏れして被害が出ているのに、Sさんは行くの?』
道中でSさんに話を聞いたら、『15年間で、これが3回目』と驚くような話だった。
彼女はもう慣れているのか、保険で修繕はしてもらえるので、あまり気にしていなかった。

ピンクの梅の花は遠くからでもよく分かる。
9時に湯河原梅林に到着の予定が、道路の混雑で10時となった。
現地は観梅に来た人達で大混雑で、3人はそれぞれ別行動にした。
梅はまだ7分咲きで、元々、梅は華やかではないので、少し寂しい。
私は写真を撮るのが早いので、すぐに終り飽きてしまった。
私の「一写入魂」と違いMさんは「百写入魂」だから、いつまでも戻って来なかった。

快晴の空に映える梅の花
午前中に行く予定の「江之浦測候所」は午後からに変更し、小田原で食事とする。
Mさんが予約をしてくれていた懐石料理店は、料理が安いし雰囲気も良かった。
コロナ前だと、なかなか予約が取れない繁盛店だったそうだが、この日は我々以外には2人だけだった。
前日にはロシアがウクライナに侵攻するという暴挙を犯すし、コロナで人生が狂ってしまった人も多いと思う。そんな時に「観梅」をする我々は少し気が引けた。

料理屋「右近」の「点心懐石ランチ」(2500円+税)
(おまけの話)
私が写真を撮る時は「一写入魂」とは言っているが、あまり考えもせずにパッと撮る。
一方でMさんは考え抜いた上に、何枚も撮る。
だから私と一緒に撮影に行くと、私は時間を持て余してしまう。
後で彼の撮った写真を見せてもらうと、かなり私より上手だ。枚数も私の10倍くらいはある。
でも運転免許証を返納した私なので、Mさんに誘ってもらえるのはとても嬉しいので我慢する。

NHK大河ドラマ「青天を衝く」の題字。
食事の後に「江之浦測候所」に行くことになった。
その時になりMさんは『予約が必要だったかもしれない』と言い出す。
そして慌てもせずに電話番号を調べて、電話をしていた。
Mさん『入館には予約が必要ですか?』
先方 『予約が必要です』
Mさん『当日予約は出来ませんか?
先方 『出来ますが、高くなります』
Mさん『いくらですか?』
先方 『3850円です』
Mさん『それでお願いします』

江乃浦測候所のガラス張りのギャラリー。
私は驚いた。江之浦測候所というのはなにかの測候所だろうが、そこに入るのに3850円は高過ぎる。
でも既に予約をしてしまった後なので、いまさら止めにも出来ない。
私 『江之浦測候所って、どんなところなの?』
Mさん『ウーン。説明が難しいが、有名な芸術家が私費を投じて「みかん山」に巨大なアートの設備を作ってある。自然の中でそれぞれが静かにアートの世界に浸れる場所である』
私には「なんだか」分からなかった。

崖から突き出た四角の鉄のアートは「何を意味するのか?」
江之浦観測所はみかん山の頂上にあり、車でなければ行けない場所だった。
入口で3850円を支払い、見学の説明書とアートのパンフレットを渡された。
そこには作者の杉本博司氏が【今、時代は成長の臨界点に至り、アートはその表現すべき対象を見失ってしまった。私達に出来る事、それはもう一度人類意識の発生現場に立ち戻って、意識によってたつ由来を反芻してみる事ではないだろうか】
相変わらず芸術家の言うことは難解である。測候所という名前は『人類意識の発生現場を見てくれ』ということなのかもしれない。

四角の鉄の箱の中は真っ暗だった
杉本博司氏はNHKの大河ドラマ「青天を衝け」の題字を描いたアーチストだった。
係員に聞いたら、『この江之浦測候所は、17年間の工事を終えて、5年前に開業した』
入口は超近代的なガラス張りの展示場で、そこを出ると石をふんだんに使った庭が現れる。
崖から突き出た四角い鉄は何なのか? 中に入ると真っ暗で、その先の明りが見える。
みかん山の小径をかなり下りて行くと、竹林や神社がある。
しかし戻るのが大変だった。難解なアートの上に、山登りまでさせられてしまった。
この施設を見た後の私の感想は、『凄い!』と一言だった。

小石を敷き詰めた庭園は素晴らしい
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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07/16(金) 家具と雑貨と憩いの店 洞爺湖畔「KITORINGO」
KITORINGOって何語だろう…? そう思った方に、まずは種明かしから。 実は「木と林檎」なのだそうです。 国彦さんは家具製作をなさっているので「KI」。 雑貨屋とカフェを切り盛りする瑠美さんが林檎好きなので「RINGO」 なんとも単純明快なお答えが返ってきました。 りんご好きな瑠美さんが作るジャムです。 りんごを持ち上げるエゾリスのシールが可愛い! ブルーベリーは自家栽培です。 お店を始めて6年目のKITORINGOさんは、当初、留寿都村の旧三の原小学校で5年間営業されていました。 そして、今の場所に移転オープンされたのが今年の4月29日になります。 奥様の瑠美さんはカフェと雑貨担当。 伊達のご出身です。お店を始める前は札幌のアパレル会社でバイヤーをされていたそうです。 旦那様の国彦さんは山形県のご出身。 家具職人になるか建築家になるかを迷った末、家具職人の道を選び、旭川の高等技術専門学院で家具制作を学んだのち、札幌で修行をされたそうです。 当時、札幌に住んでいらした佐藤さんご夫妻は、週末カヤックをするために通っていたのがここ洞爺湖だったと言います。 「ここの環境がすっかり気に入り、住みたいと思うようになりました。2年半懸けて家探しをしていたところ見つけたのがここでした。」 現店舗と工房は、家を借りていた当時は倉庫と畑だったのだそうです。 「実は、私たちが住む家の前所有者は私の出身幼稚園の園長先生だったのです。」 と、瑠美さん。不思議なご縁とタイミングに恵まれた佐藤さんご夫妻でした。 だって、洞爺湖まるごと敷地のようなロケーション! なんという贅沢! 現在ではその家を購入し、店舗兼工房を新築、内装は全てご自身の手でおこないました。 店内には国彦さん作品の会計カウンター兼キッチンと雑貨コーナーがあるのみ。 ドリンク&フードは、テイクアウトまたは外のデッキ(こちらも国彦さん作)でご飲食可能です。 雑貨は日本のものも一部ありますが、多くはスウェーデン・フィンランド・デンマークなど北欧で買い付けてきたもの。 「今はコロナで行けなくなりましたが、以前はスーツケースとリュックにプチプチと新聞紙だけを詰めて仕入れに行っていました。」 と、語る瑠美さん(シャイな瑠美さんは写真NGでした)。 商品選びの勘とセンスはバイヤー時代に取った杵柄なのでしょう。 小さな体でリュックを背負いスーツケースを引く瑠美さんを想像するとちょっと驚きます。 食器をスーツケース一杯に入れたらどれだけ重かったことか…。 でも、自分の目で見て選びたい気持ち、よくわかります。 だからこそのこのラインナップ。 海外へ出かけられない今は、その時に知り合ったフィンランド人から仕入れをしているそうです。 食器はどことなくレトロ感漂います。 ヴィンテージ物だそうです。 「ちょっとレアな食器に拘っています。これらが生活に加わることで精神的に豊かな気持ちになってほしい。」 瑠美さんはそう語ってくれました。 家具職人の国彦さんには工房を案内していただきました。 大きな機械がたくさんあり、工房というよりも工場といった雰囲気です。そこには、見たこともない重たそうな機械が所せましと置かれていました。 当たり前ですが、全て使い道が違います。 これらを全てお一人で使いこなしています。そして、これらの機械でカットされ加工され材となった木は、国彦さんの手で家具などに生まれ変わるのです。 ダイニングチェアからスツール、箱物、キッチン周りなど家具全般を制作なさいます。 たとえフシがあってもそれを活かしたものを作るなど、端材も決して無駄にしないそうです。 こちらのカッティングボードもフシがありますが、味わい深い作品になっています。 そして、どうしても作品にならないときには薪に。 “ 材料を無駄にしない “というのは国彦さんのポリシーです。 こちらはオガクズを集める機械です。 もちろんオガクズも無駄にはしません。 肥料として引き取ってもらっているのだそうです。 国彦さんは丁寧に言葉を選びながら家具作りへの想いを語ってくださいました。 「なるべく環境に配慮したいと考えています。 自分が作るものを通して、あるいは木を通して地域や社会に貢献したいと思っています。」 “ 環境への配慮 “ “ 社会貢献 “ いまやどの分野でも気を配らなければいけないキーワードです。 それを意識した実践は素敵です。 そして最後にこうも話してくださいました。 「KITORINGO作品を使っていただくことで、生活に精神的な豊かさを感じてほしい。これが来てから生活が楽しくなったね。これが来たから生活しやすくなったね。そんな風に思っていただけるような、品質の良い使いやすい作品を作りたいです。」 近々新作発表があるそうです。 ある方とのデュエット作品とか…? とてもワクワクします。 珈琲の香り。 良質でハイセンスな雑貨。 瑠美さんの笑顔。 木の香り。 シンプルで使い心地の良い家具。 国彦さんの木への眼差し。 そしてまるで庭のように遮るもののない洞爺湖。 それらすべての融合である「KITORINGO」さん。 なんとも言えない心地よさを感じる素敵な空間でした。 KITORINGO キトリンゴ 営業 土日祝 11:00~16:00 住所 虻田郡洞爺湖町洞爺町174-7 電話 0142-82-9382 e.mail kitoringo@gmail.com Facebook ※記事の内容は取材時の情報に基づいています。取材2021年
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02/20(土) 大切なものはずっと一緒 にいたい♡だから直す!
ベーシックな紺色が気に入って買ったダウンジャケット。 ダウンがたくさん入っているのでとても暖かくて気に入っていました。 ところがファスナーが壊れてしまいました。 修理をしてもらおうと、メーカーほか数件に問い合わせをしたのですが「ダウンはできない」と断られてしまいました。 諦めたもののもったいなくて捨てられず一年放置していました。 ところが! 灯台下暗し! 「ファッション・リフォーム」さんの存在を思い出し、ダメ元で持っていきました。 すると、あっさりと。 「出来ますよ。」とのお返事! しかも3000円で直してくれるという。 感動です。 救世主現る!です。 だって、ワンシーズン着れなかったのですから。 今こそ物の使い捨てを見直したいと思っていたところだったので、本当に嬉しかった~! 「ファッション・リフォーム」さんの店主さんは、なんとこの道50年の大ベテラン。お子様ができた時、家にいてもできる仕事としてこの道を選んだのだそうです。しかも製図から何から全て独学で学んだそうです。 最近は着物のリフォームのオーダーが多いとも話されていました。 「仕立てもするけど、直す方が好き。」 その言葉に物への愛情を感じます。 所狭しと置かれた仕事別のミシン。 右側はロックミシン。 そして、400色あるという糸。 「ここには出しきれないからよく使うのだけ並べているの。」 とのこと。今は息子さんと二人でお仕事をされています。 私がお話を聞いている間も男性が修理済みのものを受け取りにやってきました。 その男性は、戻ってきた大切なものを手に満足そうに帰っていかれました。 その嬉しい気持ち。 わかります! わかります! ちょっとキツくなったスカート。 ゆるくなったズボン。 丈を直したいコート。 諦めないで! 手を入れていただくと、なおさら愛着が湧いてきます。 諦めかけた時、もう一度、ものを大切にする気持ちを思い出させてくれました。 「ファッションリフォーム」さん。 場所は鹿島町通り、道南バス「網代町」バス停前です。 営業時間は看板の通りですが、昼休みを長く取ることがありますので、電話をしてから行かれた方が良いです。 ※記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2021年) ※シェア、リンク等大歓迎です!
Rietty
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