
心の伊達市民 第一号
カメラの趣味を始めて、もうなん年になるだろう?
【中央区観光写真コンクール】
ここへ越して来てから中央区観光協会がフォトコンテストを行っていることを知り、自分でも中央区のことが知りたくてアチコチと出掛けては写真を撮った。
そしてそれを中央区環境協会に応募した。
そうしたらビギナーズ・ラックなのか、すぐに入選した。
その後、毎年のように応募しているが、その後は全く入選しなくなった。
昨年の応募作を見て欲しい。入選するだろうか?
【港区観光フォトコンテスト】
観光協会が主催するフォトコンテストは、どの区でも「区の魅力を表現した写真」を希望している。港区にも色々な観光名所があると思うが、私は「東京タワー」が一番だと思っている。
かなり前に「東京タワーに夕陽が沈む」というタイトルだったと思うが、太陽が東京タワーの鉄骨の中に沈みかけた写真を撮って応募したら入選した。
それ以来、飽きずに東京タワーで応募し続けているが、入選しない。
昨年の私の応募作品を見て欲しい。入選するだろうか?
【東京大回廊写真コンテスト】
このフォトコンテストは以前は「千代田区観光フォトコンテスト」という名前だったと思うが、いつの頃からか「東京大回廊写真コンテスト」に名前が変った。
このフォトコンテストにもだいぶ前だが、和田倉噴水公園のカーテンのような噴水の向こう側で、外国人の子供がジャンプする姿を水越しに撮影した写真を応募して入選した。写真の上手下手よりも、「観光協会で使えるかどうか?」の方が選ばれる条件のように思える。私の応募作品を見て欲しい。入選するだろうか?
【文京区観光写真コンクール】
以前に1回、このコンクールに応募したら、それ以来、毎年のようにコンクールの時期が近付くと「応募のお願い」の封書が届くようになった。『文京区は行くのが面倒だしなー』と思っていても、「募集のお願い」が来ると無視も出来ない。
そこでそれから撮影場所を探して、写真を撮る。だから「応募したい」と思って撮る写真ではないので、今までに入選したことは無い。昨年の私の応募作品は、やはり落選の通知が来た。
【交通総合文化展】
ネットで見たのか、地下鉄車内で見たのか忘れたが、「交通総合文化展」というイベントがある。これは「交通総合文化協会」という公益財団法人が行う文化展で、写真部門と俳句部門がある。
表彰には「国土交通大臣賞」、「環境大臣賞」、「JR旅客鉄道社長賞」など錚々たる賞が並んでいる。
私は今回は初めての応募だが、賞を見ただけで「無理だろう」と思った。
でも応募はしたので、私の応募作品を見て欲しい。入選するだろうか?
【川カシャ! 川の写真コンクール】
この写真展も初めて知った。「国土交通省 関東地方整備局」が主催で、やはり「国土交通大臣賞」がある。
写真展の目的は「河川愛護月間の一環として、川に出掛け、それぞれの目線で写真を撮影することを通じ、川に興味を持ち、川を大切にする気持ちや防災意思を高めてもらうこと」のようだ。
その目的に合う1枚かどうか分からないが、私の応募作品を見て欲しい。入選するだろうか?
【一日一訓カレンダーフォトコンテスト】
ある時に築地本願寺に行ったら、壁に写真が沢山貼られていた。そこには仏教の教えの言葉も付いていた。
「これはなんだろう?」と興味を持ち、家に帰ってパソコンで調べたら、「仏教伝道協会」の行うフォトコンテストだと分った。
自分で撮った写真に合うような、ホームページに出ている仏教の教えの言葉を選んで写真と共に応募するスタイルだった。まだ入選はしたことが無いが、ここも毎年のように「応募のお願い」が送られて来るので。必ず応募している。私の応募作品を見て欲しい。入選するだろうか?
【EPSON meetup!-selection 2022】
最後は私程度では入選の可能性は無いが、応募した写真展である。
有楽町の「エプソン・スクエア丸の内」には、時々、プロの写真展を見に行っている。素晴らしい写真を見て参考にしたいが、私の実力では参考にもならない。
最近のフォトコンテストはほとんどが「ネットで応募」でるが、ここはプリントで応募である。私はEPSONのプリンターを使っているから、それでプリントする。キャノンだったら入選は無理だろう。
私の応募作品を見て欲しい。やはり無理だろうねー。
*このように8枚の応募作品を並べてみたら、自分でも「ダメかなー」と改めて感じたのであった。
(おまけの話)
昨年も11月に中央区文化祭が開催された。
私のマンションの「デジカメクラブ」は、毎年、必ずメンバー全員で写真を展示する。もともと上手なのはMさん、メキメキと腕を上げ、最近ではアチコチのフォトコンで入選しているのがS子さんである。
あとのメンバーは残念だが、フォトコンに出せるような腕前ではないし、そんな気持ちも無い。月1回の集りを楽しみにしているだけで、それは写真でなくてもよいのだと思う。
11月9日から始まった「文化祭」には色々な趣味の人達が、それぞれの作品を展示している。私達は展示の準備を終えて、みんなで例会を近くの和食店「魚月」で行った。
写真の話が出るかと思ったら、誰も写真の話をしない。
話題は「円安」、「東京直下地震」、「その時の避難方法」などで、大いに盛り上がった。でもデジカメクラブなんだから、写真の話題も出して欲しかった。
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
詳しくはこちらハッシュタグ
月別アーカイブ
「むしゃなび」はこちらの皆様に支援して頂いています
人気の記事
-
08/15(月) パール判事の「日本無罪論」
-
07/24(水) 新宿御苑のカブトムシ

イベント
観光・体験に関する
特集記事
-
ふらり旅人からのゲストハウス 自由人 小林圭子氏 〜想いと直感のままに『ポンコタン』
今回の主人公は洞爺湖の近くでゲストハウス『ポンコタン』を営む小林圭子さん。 旭川出身の47歳。 洞爺湖に移住する前は名古屋で商売をされていました。 「北海道には30代後半からバイクにテントを積み、 ふらりと旅しに来ていました。」 洞爺湖との出会いは、 2018年に「幸せのパン」の映画の舞台になったところを見てみたくて 青春18きっぷでふらりとやってきたのが初めてでした。 ところで圭子さん。 なんと言うか・・・。 「以前、どこかで会いましたっけ?」 そんな錯覚を起こさせる人です。 あの、バリアフリーな雰囲気は一体どこからくるのだろうか? 探ってみたくなりました。 旭川から札幌へ。 そしていきなりポン!と名古屋へ飛んだ圭子さんが始めたのは、 なんと”バナナ焼き屋“のお店でした。 店の名前は「パピリカ」。 それはアイヌ語で「豊作」という意味です。 バナナ焼き屋をやろうと思った理由は〜。 「小さい頃から食べていたソウルフードだったから」 ただそれだけの理由で、 古くからお菓子文化が発達している(駄菓子の製造所も多い)名古屋で店を出そうとは、 普通はなかなか考えつかない。 でもそれをひょいっと始めてしまうところが圭子さん流。 深くは悩まない。 やりたいからやる。 ただそれだけ。 そんなシンプルさが、度胸を超えた何かを感じます。 パピリカ時代のHPを見つけました。 熊が鮭ならぬバナナを咥えている姿が なんともユニークで忘れないロゴです。 何事もサラッと話す割には材料にはかなりこだわっています。 卵も牛乳も使用していないので(カスタード以外)、 卵アレルギーや牛乳アレルギーの子どもを持つ親御さんも よく買いに来てくれたそうです。 そして白餡はしっかりと手作り。 バナナ焼きと言えば旭川の名物お菓子。 この時お話を伺うまで知りませんでしたが、 旭川のバナナ焼きにもバナナそのものやバナナエッセンスなど、 バナナフレーバーは一切入っていないそうです。 バナナ焼きとは、形からだけ連想するネーミングのようです。 とても美味しそう〜! 食べたかった〜! パピリカはすぐに地元に溶け込み、 8年間営業を続けました。 その時の繋がりは今も続いていると言います。 人懐っこいと言う表現とも違う、 相手に壁を作らせない不思議な力を圭子さんは持っています。 「いろいろなところから転勤してきた人たちが多く住むところでした。 近所の方がよく買いに来てくださっていましたよ。 家賃を払いつつ、 女ひとりが食べるだけの分はなんとか稼げていました。」 「ところで、ポンコタンは小さな村という意味。 パピリカは豊作という意味ですよね? どちらもアイヌ語ですが、なにか特別な意味があるのですか?」 そんな筆者の質問に 圭子さんはまたもやあっさりと答えます。 「いや、なんとなくです。」 まただ…。 やはりこんな調子…笑 筆者はその言葉の背景を知りたい!と質問をしても、 決してはぐらかす訳ではなく、あくまでもサラッと答える。 想いが至極シンプルだからこそ、 きっとその時の直感のまま「なんとなくそうしよ」と 思った通りに動いてしまうのだろうと思います。 しかも、転機にはだいたい誰かが力を貸してくれる。 これはもう人徳です。 気負わず流れに任せるというのは、実は楽そうで楽ではない。 でも圭子さんは素直に誰かの力を借りながら、 とても自然にその技を使ってしまう。 「名古屋の友人がゲストハウスをしていたんです。 あらたに宮古島でゲストハウスを始めるにあたって、私も少し手伝いました。 その友人は度胸があるというかなんというか、 外国人が結構泊まりに来ていたのですが、英語は喋れないんです。 でもなんてことなくやっているのを見て、 私も妙な自信をつけてしまいました。 『そうか、英語ができなくても宿屋はできるんだ』 ってね。」 「その辺りから、ゲストハウスに興味を持つようになりました。 ちょうど、ふらりと洞爺湖へ足を運ぶ機会も増えていたこともあり、 洞爺湖の近くでゲストハウスをやることが ふわっとしたものから現実的になりました。 あ…その前にバナナ焼き屋を畳まないと。」 そう思った時、 店を丸ごと買いたいと申し出てくれた人が現れました。 それは元々はお客様だった友人で、古民家カフェを営んでいる方でした。 バナナ焼き屋営業終了2日後には洞爺湖に移住してしまうというスピーディーさ。 思ったらサラッと行動! その後、1年半をかけて建物をリフォームし、ポンコタンを開業されました。 「待っていてくれているような気がしていました。 洞爺湖はどっしりとしていて迎え入れてくれるような安心感がある湖だと感じています。 移住してすぐは、キャンプ生活をしながらあるホテルでバイトをしていました。 同時に物件探し。 そんな中、即決したのがこの建物でした。 借金も1000万円以上してしまいました。」 この建物は、昔、ある会社の社員寮だったところ。 なので、一部屋一部屋にトイレが付いていました。 さて、ゲストハウス「ポンコタン」は 内装・外装そのほとんどをDIYしています。 もともと建物に興味があったわけでもなかった圭子さんですが、 もの作り好きであったことが功を奏しました。 「必要に迫られた部分もありますが、 バナナ焼き屋時代に建物の内部構造にものすごく関心を持つようになりました。 そもそもは工事関係者への不満に端を発したのですが、 お陰で建築について色々知ることができました。 建物がどんなふうにできているのかを知るために、 分解しながら構造を理解していきました。 コンクリートにネジを入れるにはどうしたらよいか?とかね。」 冒頭に登場した仕切りに描かれた洞爺湖の絵は、名古屋時代の友人が描いてくれたもの。 「名古屋時代の友人たちは変人が多くて(笑) 尋ねてきては色々置いて行ってくれます。」 困ったふりをして、笑いながら話す圭子さんには、 遠くから支えてくれる友の存在に感じる安心感が表れていました。 圭子さんの仲間たちは、 「ポンコタン」のオーナーの とてつもなく自然体なおもしろキャラクターをよくご存知のようです。 「うちね。コンセプトなんてないのよね。」 圭子さん、突然、そうサラッと言った後でこう続けました。 「よく眠れました!って言ってもらえるのが一番嬉しいかな。 旅の途中で快適な時間をここで過ごしてくれたら、 それが一番嬉しい。 それとね。 今年の夏はすごく忙しかったのね。 借金あるからあと10年はやらないといけないけど、 とりあえず持続可能な宿を目指して働き方改革するわ(笑)」 「10年経ったら何するの?」 そんな問いに。 またもやサラッと 「わからないな」 と答える圭子さんでした。 帰り際 「また来て!」 と軽い調子で言われました。 「うん」 と答えてしまいました。 ポンコタンの魅力は この気安い感じなんだろうと思った筆者でした。 決して気負うことなく、 そのまんまの圭子さんが妙な安心感を与えてくれる取材の時間でした。 ゲストハウス ポンコタン 〒049-5721 北海道虻田郡洞爺湖町洞爺湖温泉97 080-6092-4967
Rietty
0
-
-
-
Shinji