
心の伊達市民 第一号
以前の地元の友人のHさんは、私のブログのファンのようだ。
毎朝、犬の散歩の後にブログを読むのが日課のようだ。
そして1週間に1度、必ずブログに付いてのコメントを手紙で送って来る。
ある時のコメントに『本日の写真を見て、東京にはやはり緑が少ないと思いました』とあった。
更に『公園以外はほとんど緑が無く、人工物ばかりが見えるのだから、これはまさにコンクリートジャングルです』と書いて来た。
緑の多い山の中で育ったHさんは、そう思うだろう。
私はそうは思っていない。逆に『大都会なのに緑が多いなー』と思う。
大阪に行くと『緑が無いなー』と思うし、大阪の人が東京へ来ると、『緑が多いなー』と言う。
そこで今回は「都会の中の小さな緑」を、写真でHさんに知らせようと思う。
彼はかなり前からパソコンが不調なのだが、なかなか買い替えようとしない。
私より若いのだから、『まだ先の人生は長い。パソコンを買え!』と言いたい。
今回は地元の中央区を離れて、千代田区を歩いた時の「小さな自然」である。
麹町から九段までの道で見付けたのだが、道路わきの自然は近隣の人達が大事に育てている。都会では放っておいたら、自然は無くなる。
個人も役所も一生懸命に自然を保護し、育てているのである。
九段に近付いたところで、歩道と車道の間に植えられた木に驚いた。
なんと小さいが、大量のビワが生っていた。
個人の庭じゃあるまいし、まさか果物が生っているとは思わなかった。
しばらく立ち止って、ビワを眺めていたら、通行人が不思議そうに私を見ていた。
Hさん、東京には緑はおろか、果物も生っているのですよ!
話は変り、ニューヨークのライブカメラの映像である。
若い頃に住んだことがあるので懐かしく、時々、NYの「TIMES SQUARE」 のLIVE CAMERAを見ている。5月21日の夜の画像に驚いた。
巨大なホットドッグが現れた。現地時間の午後9時である。
人出も多く、みんな「なにをしているのだろう?」
多分、ほとんどが観光客だろうと思う。銀座の夜9時は人通りも絶える。東京も夜の観光をもっと提案した方が良い。
激安のキーボードを買って、PCの不具合が直った話は以前に書いた。
ところが今度は、カーソルが動かなくなる問題が発生した。
もう私のPC能力ではお手上げである。「遂にPCが壊れたか?」と思った。
またビッグカメラに行って、PC関連の売り場を見て廻った。
するとワイヤレス・マウスが売っていて、値段も色々ある。
「もしかして?」と思い、3000円くらいのものを買った。
そして家で使ってみたら、問題が解決してしまった。「安物買いの銭儲け」である。
(おまけの話)
【築地本願寺】
暇を持て余した時は、築地本願寺に行く時がある。
私は門信徒でポイントカードを持っていて、ポイントが溜まると何かに交換できるらしい。お参りする度にカードをセンサーに当てると、10ポイントが加算される。
ところが最近のお知らせで、『11月末でポイント制度は終了します』と知らせて来た。それまでに何かと交換しようと思ったが、信心が足りず交換するほどにはポイントが溜まっていなかった。
【渋沢栄一】
築地本願寺の向かい側に都バスの「亀戸駅」行きの停留所がある。
そこからバスに乗って、茅場町で降りた。
そこには「KABUTO ONE」がある。その1階に渋沢栄一の銅像があり、椅子に座った渋沢栄一と一緒の記念撮影が出来る。
零細投資家の私は、時々、ここへ行って休み、天井から吊るされた巨大な株価ボードを見る。長い投資歴の割に儲けたことはあまり無く、株の才能が無いと分かっている。
【無銭飲食】
「KABUTO ONE」の横から都バスに乗り、水天宮前で降りて「うどん屋」に入った。
ここは「うどん屋」にしては珍しく、代金が後払いである。
「おろし梅ぶっかけうどん」を食べて、レジに向かった。
財布を出したら、全く現金が入っていなくて焦った。
小銭入れのコインも支払いに足りず、カードは使えないと言われた。
「無銭飲食か!」と焦ったが、落ち着いて考えた。『なにかの時のために、保険証入れに1000円を入れている』ことを思い出した。恥をかかずに済んで良かった。
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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10/08(日) ふらり旅人からのゲストハウス 自由人 小林圭子氏 〜想いと直感のままに『ポンコタン』
今回の主人公は洞爺湖の近くでゲストハウス『ポンコタン』を営む小林圭子さん。 旭川出身の47歳。 洞爺湖に移住する前は名古屋で商売をされていました。 「北海道には30代後半からバイクにテントを積み、 ふらりと旅しに来ていました。」 洞爺湖との出会いは、 2018年に「幸せのパン」の映画の舞台になったところを見てみたくて 青春18きっぷでふらりとやってきたのが初めてでした。 ところで圭子さん。 なんと言うか・・・。 「以前、どこかで会いましたっけ?」 そんな錯覚を起こさせる人です。 あの、バリアフリーな雰囲気は一体どこからくるのだろうか? 探ってみたくなりました。 旭川から札幌へ。 そしていきなりポン!と名古屋へ飛んだ圭子さんが始めたのは、 なんと”バナナ焼き屋“のお店でした。 店の名前は「パピリカ」。 それはアイヌ語で「豊作」という意味です。 バナナ焼き屋をやろうと思った理由は〜。 「小さい頃から食べていたソウルフードだったから」 ただそれだけの理由で、 古くからお菓子文化が発達している(駄菓子の製造所も多い)名古屋で店を出そうとは、 普通はなかなか考えつかない。 でもそれをひょいっと始めてしまうところが圭子さん流。 深くは悩まない。 やりたいからやる。 ただそれだけ。 そんなシンプルさが、度胸を超えた何かを感じます。 パピリカ時代のHPを見つけました。 熊が鮭ならぬバナナを咥えている姿が なんともユニークで忘れないロゴです。 何事もサラッと話す割には材料にはかなりこだわっています。 卵も牛乳も使用していないので(カスタード以外)、 卵アレルギーや牛乳アレルギーの子どもを持つ親御さんも よく買いに来てくれたそうです。 そして白餡はしっかりと手作り。 バナナ焼きと言えば旭川の名物お菓子。 この時お話を伺うまで知りませんでしたが、 旭川のバナナ焼きにもバナナそのものやバナナエッセンスなど、 バナナフレーバーは一切入っていないそうです。 バナナ焼きとは、形からだけ連想するネーミングのようです。 とても美味しそう〜! 食べたかった〜! パピリカはすぐに地元に溶け込み、 8年間営業を続けました。 その時の繋がりは今も続いていると言います。 人懐っこいと言う表現とも違う、 相手に壁を作らせない不思議な力を圭子さんは持っています。 「いろいろなところから転勤してきた人たちが多く住むところでした。 近所の方がよく買いに来てくださっていましたよ。 家賃を払いつつ、 女ひとりが食べるだけの分はなんとか稼げていました。」 「ところで、ポンコタンは小さな村という意味。 パピリカは豊作という意味ですよね? どちらもアイヌ語ですが、なにか特別な意味があるのですか?」 そんな筆者の質問に 圭子さんはまたもやあっさりと答えます。 「いや、なんとなくです。」 まただ…。 やはりこんな調子…笑 筆者はその言葉の背景を知りたい!と質問をしても、 決してはぐらかす訳ではなく、あくまでもサラッと答える。 想いが至極シンプルだからこそ、 きっとその時の直感のまま「なんとなくそうしよ」と 思った通りに動いてしまうのだろうと思います。 しかも、転機にはだいたい誰かが力を貸してくれる。 これはもう人徳です。 気負わず流れに任せるというのは、実は楽そうで楽ではない。 でも圭子さんは素直に誰かの力を借りながら、 とても自然にその技を使ってしまう。 「名古屋の友人がゲストハウスをしていたんです。 あらたに宮古島でゲストハウスを始めるにあたって、私も少し手伝いました。 その友人は度胸があるというかなんというか、 外国人が結構泊まりに来ていたのですが、英語は喋れないんです。 でもなんてことなくやっているのを見て、 私も妙な自信をつけてしまいました。 『そうか、英語ができなくても宿屋はできるんだ』 ってね。」 「その辺りから、ゲストハウスに興味を持つようになりました。 ちょうど、ふらりと洞爺湖へ足を運ぶ機会も増えていたこともあり、 洞爺湖の近くでゲストハウスをやることが ふわっとしたものから現実的になりました。 あ…その前にバナナ焼き屋を畳まないと。」 そう思った時、 店を丸ごと買いたいと申し出てくれた人が現れました。 それは元々はお客様だった友人で、古民家カフェを営んでいる方でした。 バナナ焼き屋営業終了2日後には洞爺湖に移住してしまうというスピーディーさ。 思ったらサラッと行動! その後、1年半をかけて建物をリフォームし、ポンコタンを開業されました。 「待っていてくれているような気がしていました。 洞爺湖はどっしりとしていて迎え入れてくれるような安心感がある湖だと感じています。 移住してすぐは、キャンプ生活をしながらあるホテルでバイトをしていました。 同時に物件探し。 そんな中、即決したのがこの建物でした。 借金も1000万円以上してしまいました。」 この建物は、昔、ある会社の社員寮だったところ。 なので、一部屋一部屋にトイレが付いていました。 さて、ゲストハウス「ポンコタン」は 内装・外装そのほとんどをDIYしています。 もともと建物に興味があったわけでもなかった圭子さんですが、 もの作り好きであったことが功を奏しました。 「必要に迫られた部分もありますが、 バナナ焼き屋時代に建物の内部構造にものすごく関心を持つようになりました。 そもそもは工事関係者への不満に端を発したのですが、 お陰で建築について色々知ることができました。 建物がどんなふうにできているのかを知るために、 分解しながら構造を理解していきました。 コンクリートにネジを入れるにはどうしたらよいか?とかね。」 冒頭に登場した仕切りに描かれた洞爺湖の絵は、名古屋時代の友人が描いてくれたもの。 「名古屋時代の友人たちは変人が多くて(笑) 尋ねてきては色々置いて行ってくれます。」 困ったふりをして、笑いながら話す圭子さんには、 遠くから支えてくれる友の存在に感じる安心感が表れていました。 圭子さんの仲間たちは、 「ポンコタン」のオーナーの とてつもなく自然体なおもしろキャラクターをよくご存知のようです。 「うちね。コンセプトなんてないのよね。」 圭子さん、突然、そうサラッと言った後でこう続けました。 「よく眠れました!って言ってもらえるのが一番嬉しいかな。 旅の途中で快適な時間をここで過ごしてくれたら、 それが一番嬉しい。 それとね。 今年の夏はすごく忙しかったのね。 借金あるからあと10年はやらないといけないけど、 とりあえず持続可能な宿を目指して働き方改革するわ(笑)」 「10年経ったら何するの?」 そんな問いに。 またもやサラッと 「わからないな」 と答える圭子さんでした。 帰り際 「また来て!」 と軽い調子で言われました。 「うん」 と答えてしまいました。 ポンコタンの魅力は この気安い感じなんだろうと思った筆者でした。 決して気負うことなく、 そのまんまの圭子さんが妙な安心感を与えてくれる取材の時間でした。 ゲストハウス ポンコタン 〒049-5721 北海道虻田郡洞爺湖町洞爺湖温泉97 080-6092-4967
Rietty
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Shinji