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じもとブロガー
心の伊達市民 第一号
8月17日は台風一過の晴天だった。
朝から気温がぐんぐんと上がり、この日も「危険な暑さ」と伝えていた。
私のおぼろげな記憶でも、数年前までは「危険な暑さ」などと言わなかったと思う。
毎日が「危険」では、どうすりゃいいんだろう?
そんな中でも私は、危険を覚悟で出掛けて行くのである。
少し前に門前仲町で、深川神明宮のお祭りのポスターを見掛けた。
8月17日(土)と18日(日)に6年ぶりの例大祭があるそうだ。
そこで出掛ける前に、この神社の歴史を調べてみた。
『今からおよそ400年の昔、現在の深川一帯は葦の生い茂る三角州で、住む人もいませんでした。その頃、深川八郎右衛門が一族を引き連れてこの地に移り住み、土地の開拓に着手しました。これが深川神明宮の起源です』
午前10時に神輿の渡御があると知り、時間に合わせて深川神明宮に行った。
神社は誰もいなくて、「祭はどうなったの?」と思った。
その時、近くで太鼓の音が聞こえたので、そこへ急いだ。
すると町内の詰所から、神輿が出るところだった。
しかし神輿は「子供神輿」で、小さな子達が小さな神輿を担いで100メートルくらい進んで終りとなった。なんだか拍子抜けした。
「宮神輿」の渡御は午後からと知っていたので、他の町内に行ってみた。
その時に分ったのだが、最初に見た場所は一番「深川神明宮」に近い町内なので、法被の背中の文字も「宮元」だったのである。
高橋(たかばし)地区に行ってみた。すると丁度、向こうから子供神輿がやって来た。
こちらの方が宮元より、大勢の子供達が参加している。
熱中症を恐れて、給水車が神輿の後に続いている。
まだ午後の部には時間が余り過ぎているので、コンビニに入りアイスコーヒーを飲む。
次に森下に行った時は立ち寄る「こがね製麺所」で、「冷おろしぶっかけうどん」を食べた。この店の「うどん」は美味しい。
午後になり、宮神輿の出発点の三目通りに近い「森下4丁目」まで歩いて行った。
町内の詰所の前には、立派な宮神輿が置かれていた。担ぎ手も見えないので詰所の人に聞いてみたら、『渡御は午後1時15分からだよ!』と言われた。
午後1時過ぎになったら、どこから現れたのか? 大勢の担ぎ手が現れた。
暑いので、どこか近くで休んでいたらしい。後で分かったが、詰所の裏手の中学校で昼飯を食べて休んでいたらしい。担ぎ手が多過ぎると思っていたら、これも後で分かったのだが、次の町内の担ぎ手も一緒に歩いていたのである。
神輿は次の道を左折した。「エー!どこへ行くの?」と思った。
するとある会社の前で神輿は停止して、会社の方に向けて神輿を上げた。
そしてまた進むが、その先は小名木川である。
そのまま進むのかと思ったら、宮神輿は橋の中央でUターンした。
そしてまた先ほどの会社の前で停止して、森下4丁目会の役目は終ったようだ。
ここからは別の町内の担ぎ手に代わる。それを繰り返し繋いで、深川神明宮に戻るようだ。私は暑さに負けて、ここで終りにして家に帰った。
(おまけの話)
午後からの宮神輿の渡御まで1時間以上もあった。
森下にはカフェがほとんど無い。きっと昼間人口が少ないからだろう。
やっと高橋商店街でコーヒー店を見付けた。なんだか入り難い店構えだ。
中に入ると細長く右半分が客席だが、壁際にベンチ状の椅子があるだけだ。
マスターは気の良さそうな男で、コーヒー豆の入ったガラス瓶を示して『どれにしますか?』と言った。私は選ぶのも面倒なので、「お任せ」でお願いした。
お客は私1人だけだった。マスターは愛想が良く『どちらから?』と聞いた。
それから話が弾み宮神輿の通る時間を聞いたら、『午前中に通過した。午後から戻るのではないか?』と言うので、一時私は店を出て近くの詰所に行って聞いて来た。
店に戻ってもまだ午後の宮神輿の渡御には1時間近くあるので、話し相手になってくれるマスターはありがたい。高橋の人口形態から、門仲の富岡八幡宮の殺人事件まで話は飛び楽しかった。あと20分という頃にお客が3人入って来たので、そこで私は切り上げて店を出た。
行く前にHPで神主のコラムを読んで、なんだか深川神明宮に親しみを感じた。
『先日、作家の林望さんが当社を訪ねて見えまして、桜なべの「みの家」で楽しく会食する機会を得ました。林望さんは、日本文学者であると同時に、「イギリスはおいしい」「イギリスは愉快だ」などのイギリスシリーズで、多くのベストセラーをものした著作家のリンボウ先生として知られています。実は、林望さんと私は「遠縁の」親戚で、いわば同じ「林一族」なのです』。
なんと林望さんは私の以前の住居だった小金井の住民で、私は話をしたこともある。
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伊達季節移住のススメ 心の伊達市民 第一号
アクセス総数:1,422,502
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
引用元:洞爺湖周辺地域マガジン「むしゃなび」
https://mushanavi.com/author/jiyujin/blog2/see/entry-23133.html
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普段見知らぬ街中で、祭りになると現れる若衆や旦那にキレイどころに子供達。揃いのハッピでいいですね。